千三百四十四話 人の役割 思考編
「防壁が今の性能を保つために各々の成長と協力が必要なのはわかった。じゃあ具体的に俺達は何をしたらいいんだ? どうすれば力を合わせられる?」
バイトや喧嘩の延長、しかも何の変哲もない路上でやるような話題ではないが、流れを断ち切るよりはいいだろうと俺は国の命運をかけた質問をレイクたんに投げ掛けた。
聞かれて困るようなものでもない。
むしろ聞いてもらいたい。
通行人を呼び止めようかとも思ったが、ただならぬ空気を察して離れていく上、途中から聞いても理解出来るか怪しいので諦めた。
拡声器は無し。その場で疑問や勘違いに対処出来ないので魔獣アンチのような輩を生み出してしまう。レイクたんにも「わたくしの声は有料でございます」とか言われそう。対価として命を取られても不思議ではない。
何より策を講じれば講じるほど担当者にされそうで嫌。ドンタッチミー。国王が魔獣(?)を頼ると色々問題がありそうだと気を遣って、ガウェインさんに代わって話を進めてるだけ有難いと思え。
「答えを探し求めることも成長に必要な要素でございますよ。己を知り、相手を知り、優劣長短を見極めれば、自ずと答えが見えてくるはずです」
「ま、道理だわな」
それは魔獣や他者を見下したままでは絶対に辿り着けない議題。お互いを必要とすることで立てるスタートライン。
自分に出来ることは何なのか。本当にそれが限界なのか。誰なら出来るのか。どうすれば相乗効果を得られるのか。
レイクたんはその精神を俺達に教えるために来てくれたのかもしれない。
「勘違いしないでください。これはすべて自分のためにおこなっていること。栄養源を確保すると同時にフィーネ様に嫌がらせしているのでございます」
「賛辞すら拒否するとかどんだけ汲み取られるの嫌いなんだよ!? そこは素直に見下しとけ!? 『そんなこともわからないのぉ~?』『全然違うのに感謝してやがんの。プププ~』ってバカにしとけ!? てか何その理由!?」
「おや? まさかいけないとおっしゃるおつもりで? ただでさえ空気と思われているフィーネ様の仕事をさらに奪えば面白い反応が見られるかもしれないと、身勝手に行動したことを批難するというのですか?」
「むしろ批難しない理由を教えてくれ……」
どういう価値観でその結論に至ったのか。
自分達が悪と罵った魔獣アンチと同じ自己中心的な理念に呆れるも、レイクたんは、一緒にするな、と逆に俺の抱いた疑問に対して不満ありげに主張を続けた。
「困っている者がおりません」
「…………たしかに」
レイクたんの蛮行で困るのはフィーネだけ。
愉快犯には違いないが、説明役を奪われた本人が気にしておらず、俺達は有益な情報が得られ、レイクたんも満足している現状、一体誰が損しているというのか。
(ん~、なんだろうなぁ……この、ピースは揃ってるのにうまく組み合わせられない、答えに辿り着きそうで辿り着けない感じ。モヤモヤするわぁ~)
おそらく世界で唯一人類のみが持つこの理不尽な精神こそ、本件の解決の糸口のような気がするのだが、うまいこと思考がまとまらない。
「なんでも自分でやろうとするのはアンタの悪い癖よ。何を悩んでるのか言ってみなさいよ。私達なら簡単に解決出来ることかもしれないわよ」
「これはそういうんじゃないって。どう説明すればちゃんと伝わるか悩んでたんだ。企画書を作るために思いついたことを取り敢えず箇条書きしてる段階だ」
脳内をフル回転させてレイクたんから与えられたヒントを解き明かそうとしていると、アリシア姉が絡んできた。
顔には出ていなかったはずだが流石は姉といったところか。
「なんだって良いわよ。うまく伝えられるように悩む時点でプライド高いし、一緒に考えない時点で独善的なのは確定じゃない」
いやまぁそれはそうなんですけどね……。
脱線禁止委員会所属のアリシア姉は、過去を振り返ったり言い訳することを拒絶するように話を進めた。悩みについて語らせた。
「防壁生成における人間の役割について考えてたんだ。人間に出来ることって何だろうって、人間の信念は、力の源は、どこにあるんだろうって」
「そんなの『想い』に決まってるじゃない。やりたいからやる。達成したい目標があるから頑張る。そういう人生を楽しもうとする気持ちが力になるのよ」
「それは人間に限った話じゃないだろ。ネガティブな感情でも力は生まれるし。そもそも精霊がいなきゃ想いなんて何の力にもならないんだから精霊の力じゃん」
「そういうのも含めて人間の力でしょ。精霊は人の想いを糧にしてるだけ。想いを生み出すのは人間だし、精霊と合わさることで生まれる魔力って力を外に出すのも人間じゃない。嫉妬や恨みもレイクの栄養にならないだけで力には変わりないし」
「それはただ力を使ってるだけじゃないか。魔獣だって出来る。というかその理屈なら魔獣の方が適性あるはずだろ。精霊を宿した魔石を体内に持ってるんだから」
必要以上に命を奪わず、生まれながらに自然と共存している魔獣や動植物が、ちゃらんぽらんな人間より魔力や精霊術の扱いが劣っている理由がわからない。
生きたいという想いが欲望に負けるとは思えない。
俺達が知らないだけで人類以上に想いの力を操っていてもおかしくはない。
「そんなの獣人族やエルフ族を見ればわかるじゃない。精霊術を扱うのに魔石の有無は関係ないし、魔獣に近い存在の獣人族は肉体強化がメインだけど知能があるから魔力を外に出したり属性付与したり自在に操ることが出来る。きっと、生まれ持った身体能力だけで戦うしかない魔獣は、力の源が別なのよ」
「いや、それが何かを考えようって話なんですが……」
人類の力が知恵なのは納得出来る。俺もそれ以外ないと思う。
しかし知恵のせいで人間は不条理な生き物と化している。
強大な敵と相対すれば命惜しさに仲間を裏切るし、力を独占せんがために略奪を繰り返すが、大切に思っていた者にそれをされると不信になる。自分はしないから相手もしないに違いないという謎の信頼を抱いてしまう。裏切られないように契約やら罰則やら様々策を講じるが、口八丁手八丁で裏ルートを使われて結局は利用されてしまう。
自己顕示欲のために身勝手な振る舞いをする劣等種かと思えば、友を蔑ろにしていた者がある時突然大切な感情を得て人を愛するようになったり、想いによってとんでもない力を発揮することもある。
成長する心があれば失する心もある。
そんな面倒で非効率的なことばかりをする種族に一体何が出来るのだろう?
「魔獣に知恵を与える、とか?」
実質その立場となったニーナからの発言。
しかし考えるまでもなく否だ。もちろん、彼女の頭がアレだからとか、力に振り回されていて意味がないとか、そういうことではなく。
「まず間違いなく勢力バランスが崩れて終わるな。武具や術式は唯一の対抗手段だろ。ただでさえ肉体で劣ってるのに精神や知識でも劣ったら絶対襲われるぞ。たぶんそれが防壁生成失敗ルートだ。
あとは力を使いこなせなくて自爆か、勢力争いに無関心だった連中を呼び寄せるほどのお宝をぶら下げてしまって攻め込まれるか、自分達で奪い合って破滅するか」
「神獣化させて仲間に引き込めば問題ない」
「裏切られたら終わりだけどな」
心技体を手に入れた魔獣なら神獣になってもおかしくはないが、劣等種と化した人類の味方をする者がどれだけいるのか……。
普通に考えたら同族を守る。
つまり人類の敵になる。どんなに良くても必要最低限の領土争いは起きる。
「魔界の二の舞でございますね」
「……やっぱあそこってそうやって出来たん?」
「さぁ? わたくしは生まれておりませんので」
どっちやねん。
まぁいいや。今大事なのは世界の真実より来年の防壁だ。卵鶏ジレンマと同じで魔族が先か人類が先かの違いだろうし。
俺はレイクたんの発言を無視して思考を続けた。
「んじゃあ逆に魔獣ってなんだろう? 人類にとってどういう存在だ? 何が特徴だ?」
「え? あ、え~っと……人類の敵?」
そのぐらいは役に立てと魔獣アンチ共に話を振ると、当たり前の答えが返って来た。
「でもどれだけ討伐しても滅びないわよね」
アリシア姉が実感の籠った声で言う。
面倒臭さの中に喜びが混じっていたのを俺は見逃さない。
「まぁ戦いで消費した魔力が魔石を生み出してるからな。新しいダンジョンなり魔獣の巣が生まれるだけだし、万が一自然界を支配したら町のど真ん中に生まれるから資源の奪い合いや押し付け合いが絶えなくなって人類滅亡待ったなしだ」
俺達に出来るのは領土を守るために魔獣をどこかに追いやることだけ。
余計な被害を出さないためには作物が採れる自然界が必要なのだ。
「そう考えたら魔獣って神だよな」
「え?」
「違う。お前じゃない。神獣じゃなくて魔獣が神って話」
人類が一致団結して戦うべき相手でありながら決着がつかず、同族で争って勝利しても魔獣に滅ぼされたら意味がない。だから戦争は小規模にしか起こせない。逆にドラゴンのような強大な魔獣を討伐するために戦力を集めたら国防が手薄になるので迂闊に手出しは出来ない。魔獣側も同じ。
結果、国と国、人間と魔獣、魔獣と魔獣は睨み合いになる。
でもそれじゃあ生活が成り立たないから適度に鍛えたり争ったりする。
それは活力となる。
お互いの存在が秩序をもたらしてくれる素敵な存在になっている。共存している。
「でも、そうだとするとやっぱ神獣ってバランスブレイカーだよな。『討伐しようと思ったら神獣化してて全滅しました』『怒りを買って国が滅びました』なんてことありそうじゃん。人類側にも生まれるし、何のために超進化するんだ?」
「……成長した証?」
「他が神調整なのになんでそこだけテキトーなんだよ。そしてなんで疑問形なんだよ。そもそもお前は成長してないだろ。気が付いたらなってただけだろ」
そういう意味ではニーナもバランスブレイカーだ。
もしもこんな信念もなければ制御も出来ない神獣がポンポン生まれていたら、穏健派の強者が頑張ってくれなければ世界はとっくの昔に終わっている。
「精霊だから」
会話と会話の間を切り裂くような絶妙なタイミングで放たれたイブの発言は、全員の耳に届いたはずだが、意味を理解した者は俺を含め誰も居なかった。




