千三百四十二話 救世主の主張
「そこまでだ!!」
厳然とした声が、善悪が迷子になっている俺達の争いを止めた。
数分前までの和気あいあいとした空気など忘れて寝返ったゴロツキ達も、三下ムーブで保身に走った魔獣アンチおよび店主も、正義を滅ぼそうとしていることに気付かない客達も、声の正体を確かめようと振り向いては次々に固まっていく。
それどころか、声の主が歩を進める度に、ズザザっと立ち退いていく。
周りの人間に肩がぶつかろうが押したせいでコケようがお構いなし。半径1m以内に近づいたら死ぬんじゃないかというレベルで一生懸命だ。
「お、おい、あれって……」
「しぃ~っ! 黙ってろ。殺すぞ」
「お前がうるさい」
範囲外に逃れた者達……は動悸や息切れで忙しいので、そのさらに奥の者達のヒソヒソ話を聞き流し、無言でこちらに近づいてきた男性は、アリシア姉から2mほど離れて立ち止まった。
「行くわよ!!」
「行くな。戦おうとするな。道譲ってやれ。ガウェインさん困ってるだろ」
背後で起きているモーセ現象や自転車現象(道の譲り合いや追い越す際に噛み合わず、あ、あ、となるアレ)など気にも留めず、今にも飛び掛かって来そうな姉を窘めた俺は、彼女の背後で立ち尽くしているやたら豪勢な衣類を身に纏った中年をアゴで差した。
ガウェイン=オラトリオ=セイルーン。
セイルーン王国の国王にしてこの場を収めにきた救世主だが、身を挺してまで収めるつもりはないらしい。最初の一言で大人しくなってくれたらやる程度の覚悟らしい。
一同が自主的に避ける必要があるのに対し、ガウェインさんは進路を塞がれただけなので必死さは感じられないが、その分どうしようもなくて困っている。
本人はそれほどアリシア姉と親交はないはずだが、家族かユキ辺りから聞いたのか、タイプは違うがイブやマリーさんに共通するものがあるので察したのかは定かではないが、まぁ正解だ。
決闘の邪魔をしたら殴られる。誰であろうと容赦なく顔面パンチが飛んでくる。無駄な犠牲になるどころか新たな火種になるだけだ。相手が国のトップならなおのこと。
意志の強い女性ってどう対処すればいいか悩むよね。女が手を出すのは良いけど男はダメとか、男が女性の社会進出の機会を奪ってるとか言われるから、目の前のことに夢中になってて話を聞かない場合の対処方法がわからないよね。
「はぁ? 何を困ることがあるのよ。横から通れば良いじゃない。王族だからって道を譲ってくれると思ったら大間違いよ」
(((ええぇぇ……)))
体はこちらに向けたまま首と視線だけ動かして真偽を確かめたアリシア姉は、相変わらずの唯我独尊っぷりを発揮し、俺の指摘が間違っていることと身勝手(?)なガウェインさんの両方を咎め始めた。
思わず群衆と共に呆れる。
主張自体は間違っていないが流れというか空気感は察してもらいたい。
ここは戦いをやめて話を聞く場面だ。ガウェインさんもそのようなことを言っていた。自分に向けられた言葉じゃないor止まる気がないので無視したアリシア姉にはわからないだろうけどさ……って、わからないんだから咎めて当然だったわ。ごめん。
「私が用があるのはキミだ。キミさえ止めればこの戦いは終わるのでな」
と思ったら色々あってたわ。道を譲ってくれないことに対する悩みじゃなくて、自分の存在に気付かせてくれ、戦意を削いでくれっていう要望だったわ。
アリシア姉に加担した連中は、ガウェインさんの登場によって正義の所在を思い知り戦意喪失しているので頼みを断ることは難しいが、意図せず成功しているので結果オーライ。
レイクたんの支配力も国王には及ばなかったようだ。
『今の発言は挑発と受け取ってもよろしいですか?』
『よろしいわけないだろ……』
と、俺がレイクたんの小粋なジョークに付き合っている間にも話は進んでいく。
「ふん。取ってつけたような理由ね。権力の上にあぐらかいてるダメ権力者の典型だわ。その腐った根性叩き直してあげる」
「やめんか! 戦いの邪魔された怒りを正義の鉄槌に変換するな! 元々戦う気もなかったし! 終わりだ終わり。この茶番はここまで。もうアンタの政権は終わったんだ。これ以上やると悪者として方々から攻撃されるぞ」
道を譲らない理由から離れようとしないアリシア姉が、まずは貴様からだと言わんばかりに敵意を向けるも、悪手でしかない。
「元々1人で戦うつもりだったし別に構わないわよ。国王が現れたことと魔獣を忌み嫌う連中を倒すことは別の問題じゃない」
「いや、私はそちらを何とかするために来たのだが……騒ぎの中心であるキミを止めたのはそうしないと話が進まないからで」
「そうなの? なら最初からそう言いなさいよ。仮にも一国の国王でしょ。なんでそんな消極的なのよ。もっと堂々としてなさいよ」
「最初に言ったのだが……まぁいい。皆も私の話を聞いてくれ」
若干不満げに拳を下ろすアリシア姉と、溜息をつきながらも本題に入れることを喜ぶガウェインさん。
もうこの時点で不敬罪が成立しそうなものだが、言われた本人が気にしていない上、咎めると問答無用で暴行されることを知っている一同は誰も何も言わない。
国王の話の邪魔をするのもアレだし。
てか俺も色々知りたいし。
「実はあの宣告以降、魔獣排他運動が活発化し、国中で似たような事件が多発しているのだ。その対策も含めて今後の方針を話し合った帰り道で偶然ロア商会の会長と出くわし、事情を聴いたので、口を挟ませてもらった」
「善悪と罪の所在があやふやな状況でしたからね。魔獣批判の件も知っていたので、最悪の事態を想定し、道端でお見かけした国王様にご相談させていただきました。ありがとうございます。お陰で大事にならずに済みました」
想定出来るわけがない。
彼女が俺達の下から離れたのは推理小説でいうなら登場人物が揃う前。遭難して山荘に辿り着いたあたりだ。ここからさらに同じような目に遭った連中が集って、自己紹介をして、一緒に食事して、一晩明けてから事件が起きるという工程をすっ飛ばしている。
すべてフィーネの計画的犯行であることを察した俺は、ガウェインさんの背後から現れ、白々しく感謝する彼女を睨む。
でなければレイクたんが戦力低下をこんなにアッサリ受け入れるわけがない。
どこかで見覚えのある護衛3人を薙ぎ払い、ガウェインさんを手に掛けるという反逆行為を実行に移さなかったのはフィーネがいたから。そういう計画だったから。
『相変わらずルーク様は面白い発想をなさいますね。ミジンコを戦力と思う人間がどこにいるのです? アリシア様がおっしゃったように、わたくしも最初から自分以外は数に入れておりませんよ。争いはわたくしの気が向いた時に始め、気が向いた時に終わるのです』
そう言えばこういう人だったぁ~。
『私も誤解です。どういった事態になろうと無理なく進行出来るよう準備はしていましたが、これ等はすべて各々の意志によるものです』
『おやおや。まるでわたくしの上をいっているような発言でございますね。聞き捨てなりませんよ。本気で防壁生成の妨害をしてもいいのですよ』
俺が反応する前にレイクたんが冷ややかな口調(?)で念話を挟んできた。
怒っている。利用されたと思っている。
『レイクさん。一時的な感情に身を任せて行動するのは愚かの極みですよ。聡いアナタならそれが未来に繋がらない悪手であることに気付いているはずです。ちなみに言っておきますとルーク様に暴行を加えたこととは無関係ですので』
こっちはこっちで怒っていた。そう言えばおふざけで殴られていた。
怪獣大戦争待ったなしだ。
「まずは皆の誤解を解かせてもらおう」
まさか裏でそんなことになっているなど夢にも思わないガウェインさんは、この間を場が落ち着くまでの時間と捉え、一同に向けて説明を始めた。
「魔獣さえいなければ防壁なんて必要なかった。防壁が消えて困るのは魔獣のせい。魔獣は精霊を喰うことで神獣になるのだから精霊が失われるのは魔獣のせい。そう思っている者も多いだろう」
全アンチと一部の人々が頷く。
「しかしそれは違う。魔獣がいるから精霊がいるのだ。魔獣がいるから活力が生まれるのだ。魔獣がいるから防壁は完成するのだ。魔獣は悪ではない。必要悪だ。
憎むなとは言わない。見下すなとは言わない。ただその力が必要となった時は頼らねばならない。心の奥底にある負の感情は一旦忘れて協力しなければならない」
「今がそうだと……?」
誰かが呟くように尋ねる。
「うむ。これまで我々は力を持つ者達に守られてきた。その彼等が手を引いた。保護者を失った弱者は淘汰されるのが世の常だ。これまで機会を窺っていた強大な魔獣が襲ってくるかもしれない。未知の生物が現れるかもしれない。
精霊を統べる者の言葉を思い出してみてほしい。あの者はお前達は十分に成長したと、グレートウォールを頼らずとも守っていけると、人類に自らの足で歩き出せと、これまで培ってきた知識と力で精霊と共に生きる国となれと言った。
皆も知っていると思うが1000年の間には今より繁栄していた時代がいくつもある。しかし宣言はなされなかった。何故か? 心が伴っていなかったからだ。魔獣を受け入れるだけの心がなかったからだ。外敵を滅ぼす以外の選択肢を持てるようになったからこそあの者は現れたのだ」
「た、たしかに今よりも強い魔獣が襲ってきたり、魔獣以外の外敵が現れる可能性はあります! しかしその力を授けるのが魔獣という根拠がありません!」
「たしかに。しかし我々は知っているはずだ。生物の無限の可能性を。神がつくりたもうた世界の素晴らしさを。近年の技術の発達は著しいが、理解すればするほどそれが如何に優れたものか知らしめられる。真似の出来ないものだと痛感する。
私は思うのだ。人類の成長とは、それ等を支配することでも利用することでもなく、知恵の力でそれ等を融合して次の段階へ進ませることではないかと。
そのために必要となるのが全種族の協力だ。魔獣をはじめとした各種族独自の力だ。根拠はない。しかし自己満足のために虐げて機会を逃す意味もない」
お前等の身勝手な行動が挑戦権を奪おうとしているんだ。
そう、国王から暗に責められたアンチ共……いや、何も考えずにのうのうと生きていた者全員が、気まずそうに顔を逸らす。
「まったく同じことをわたくしも言おうと思っておりました。人類だけでもそこそこの防壁なら作れるでしょう。しかし今後訪れる災厄には耐えられません」
「……レイクたん、これが最後だ。今度フザけたら、お前が泣いて謝って昔の無口系植物娘になるまで、攻撃をやめない」
俺は謎が明らかになることを信じて彼女の話に耳を傾けた。




