千三百四十話 より強大な悪
『二十六話 フィーネ知る』を修正しました。
どがしゃぁぁぁっ!
SNSにマクモス商店の誹謗中傷を書き込んでいたアンチ共をボコ……注意しようと店の外に出た直後。数人の男達が軒先に並べられたテーブルをなぎ倒した。
「誰だ! こんなことしやがったのは!」
ただし犯人は彼等ではない。
このけたたましい音は彼等がオープンテラスに突っ込んだことで発生したもの。
散らかった椅子とテーブルに埋もれていたり乗っていたりする、ひょろっとした顔色の悪い男達には見覚えがある。
アンチ共だ。
品切れで店を閉めていたのでテラスの利用者はおらず、被害者は彼等だけのようだが、世間体を気にしない無能な味方の仕業にしろ被害者に成り切る厄介ムーブにしろ、良い方向には進みそうにない。
悪事を立証出来ないのに暴力を振るうのは悪。立証出来たとしてもやり過ぎたら悪。流血沙汰に加えて店に迷惑を掛けるのはどう考えてもやり過ぎ。
強硬派と穏健派によるアンチ同士の抗争か別件のトラブルに期待しつつ、そして放置するのは体裁が悪いので介護および証拠写真を残す係は背後から駆け寄ってきている店主達に任せつつ、俺は群衆の中にいるであろう犯人探しを始めた。
「……おぅフ」
距離にしておよそ5m。ぽっかりと空いた空間に仁王立ちする人物を目にした瞬間、俺の口から変な声が出た。言うまでもなく無意識だ。
「あら、ルークじゃない。久しぶりね」
アリシア=オルブライトが、身内で唯一バカな真似しそうな我が姉が、人を殴った直後とは思えない穏やかな雰囲気で挨拶してくる。
「おや? なんですか、その顔は? これはアリシア様が勝手にされたこと。わたくしは無実でございますよ」
その隣では最凶最悪の体現者レイクたんが、鬱陶しそうな顔で逃れようのない事実を突きつけてくる。
(へ、へへ……へへへ……どうして油断しちまったんだろうな)
俺の知り合いに無意味に暴力を振るう人物は1人しかいない。その人は国外にいる。何かの間違いで王都に来ていたとしても強敵以外眼中にない。SNSへの書き込みという証拠がないと言っても同然の罪を裁くような人でもない。一般人をボコそうとしたら優秀な相棒が止めてくれる。
Q.E.D.証明完了。
そんなありもしない空想に逃げていた数秒前の自分を責めてやりたい。
(な~にが「マズイなぁ……このままだとニーナにからかわれちまうよ。上手くやるよ、とかカッコいいこと言っておきながら何もせずに片付いたの、皆してここぞとばかりに馬鹿にしてくるよ」だ。バカか俺は。犯人が身内であることを想定しておけよ。
アリシア姉は昔っから曲がったことが大嫌いだったじゃないか。正義のためなら暴力を使うことを厭わなかったじゃないか。仲間と別行動することだってあるじゃないか)
俺は生まれたての小鹿のようにガクつく足で必死に立ちながら、1人反省会を開いた。
その間コンマ2秒。
「わたくしのマンドレイク生の貴重な0.2秒が無駄になりました。お詫びに2000人の生贄を差し出してください」
「0.0001秒につき1人って破格にも程があるぞ!?」
悪い意味で期待を裏切らないレイクたんが畳みかけてきた。
彼女達への質問なり群衆への説明なりしたかったが、放置すると無断で実行に移しかねないので後回しにしてツッコむ。
「ルーク様ならそうおっしゃると思ったので試食品に種を仕込んでおきました」
「別に生贄を差し出すことを面倒臭がってるわけじゃないが!? そんな権限もないが!? そしてこれ以上問題を増やさないでもらえるか!?」
「おや? ルーク様ほどの御方が世界の真理をご存じないのですが?」
レイクたんは、真偽についての言及はおろか悪びれた様子もなく首を傾げ、その不気味なまでに美しい緑髪を揺らした。
フィーネと同じ髪色なのに印象が真逆だ。こっちは深淵だ。
「理解しているではないですか。その通りです。光と闇は表裏一体。光が大きければ大きいほど闇も大きくなるもの。魔獣を嫌う者が改心するためにはより強大な悪が必要となるのです。すなわち人類に危害を加えるわたくし。
わたくしはルーク様に助けていただいたご恩に報いるべくこの身を犠牲にする心優しきマンドレイクなのです」
「やめろ。お前が暴れる大義名分を作るぐらいなら、魔獣アンチが裏でこそこそやってる方がまだマシだわ。あと無理矢理繋げるな。そんなの一ミリも意図してねえよ。その深緑の髪がお前の心の中と同じく底無し沼みたいって話だ」
「つまり懐が深いということですね」
「違う」
「お褒めに預かり光栄です。お礼に寄生して差し上げましょう」
「やめろ」
「では寄生した者達の記憶を消し去って差し上げましょう」
……ちょっと悩む提案するのやめろ。
てか本当に寄生してんのかい。いやまぁこの発言すら冗談の可能性あるけど。
「あ~……訊きたいことは山ほどあるけど、まずはこの空気をどうにかしようか。知らない人からしたら、子供には『嘘をついちゃダメだよ』『人に優しくしようね』と言っておきながら自分のメリットのために平然と嘘をついたり他者を虐げる大人並みに気持ち悪いから」
大人しく引き下がってくれたレイクたんに感謝するという立場が逆転した状況に疑問を抱きつつ、俺は群集に見守られながら話を進めた。
ゴロツキ共の時とは違い、今回はこちらから手を出しているので裏に引っ込むわけにはいかない。説明する義務がある。
「誰よ、そんな雰囲気にしたの。私が許さないわよ」
「アンタだよ……一見善良な王都民の魔獣アンチに過剰暴行した挙句、久しぶりに再会した知人にフレンドリーに話し掛けるなんて狂気の沙汰だよ……」
まぁ裏とはいえ、淡々と犯罪者を締めあげて、胸ぐらを掴んだまま仲間達と他愛のない会話に花を咲かせてた俺が言えた義理じゃないけど。
「は? 何言ってんのよ。こいつ等が善良な王都民なわけないでしょ。無関係な人間に迷惑掛けて楽しんでるゴミなんだから」
「証拠でもあんのか?」
……あれ? なんか俺、敵をフォローしてる?
いやでも事実確認とか証拠の有無って大事だしな。このままだと味方が引き金となって争いが激化する可能性あるし。敵のスパイとじゃなくてマジモンの味方のせいで。これはそうならないために必要な工程。結果的には味方のサポートになる。
「詳しくないけど風評被害を垂れ流すのってケータイで簡単に出来るんでしょ。こいつ等がやってるとこレイクが見たのよ。現行犯よ」
「はい。彼等は匿名掲示板にーちゃんねるで、人々に魔獣を嫌悪させるような書き込みをおこなっていました。事実は拡大解釈し、デマを広め、擁護する者達を煽って対立させていました。この場で起きていることも、魔獣や魔獣を愛する者が攻撃されるような偏向に満ちた書き方で、投稿されています」
アリシア姉からのバトンを受け取ったレイクたんは、地面に転がっていたケータイを拾い上げ、これが証拠です、と今まさに投稿しようとしていた書き込みを人々に見せつけた。
だからと言ってこれはやり過ぎだ、と咎める空気も若干あるが、大多数から納得と感謝のオーラが漂い始める。
おかしい――。
(レイクたんが人類の手助けをするだと?)
俺への対応がどちらかという問題はさて置き、イブとアリシア姉には本当に恩義を感じていそうなので、手を貸すのはわかる。魔獣アンチを鬱陶しく思っているイブと暴れたいアリシア姉。2人の要望が一致するこのやり方を選んだのはわかる。
しかし、その他大勢に理解を求めたり、所持品を拾って近づくなど普段からは考えられない行動だ。虫を説得したりゴキブリがわんさか張り付いているケータイに触れたい人間がどこにいるというのか。
制裁も中途半端だ。
多機能で有名なケータイだが、ネット関係で出来るのはホームページのある町や店舗の情報を見たり評価すること、そして匿名掲示板にーちゃんねるの閲覧および書き込みだけ。
法整備が整っておらず誹謗中傷は噂話のような扱いだ。
貧弱な彼等がこの場でやり返すことはないだろうが、魔獣と共に冒険者やマンドレイク、ロア商会のアンチ活動に精を出してもおかしくはない。例え本人が反省しても第二第三のアンチが必ず現れる。ネットアンチを1人見つけたら300人いると思えという格言があるほど民度が悪いのだ。
「くそっ……なんなんだ、いきなり! 僕達が何したっていうんだ!」
この通り。肉体への攻撃は精神への攻撃より罪が重いという謎理論を展開しそうな様子で、男達はアリシア姉とレイクたんを睨みつける。
反省の色なし。報復待ったなし。
「反省の色が見えませんね。では引き続き罰を与えてまいりましょうか」
「ええ」
前言撤回。俺達の戦いはこれからだENDだった。いやENDじゃなかった。制裁はまだ始まったばかりだった。
「あ~、ちょっといいか?」
案の定、自分のことを棚に上げて暴力反対だの魔獣の恐ろしさを伝えているだけだの顔を真っ赤にして自分達の正義を謳い始めたアンチ共はさて置き、如何にレイクたんがすべての罪を被ろうとやり過ぎるとこちらの正義が危ぶまれることに加え、今回は不自然なことが多過ぎる。
俺はアリシア姉の前に立ちふさがって歩みを止めさせた。
「何よ、邪魔する気?」
「そうじゃねえよ。レイクたんがそこまでやる理由が気になったんだ。アリシア姉を操ってまで人間の争いに介入する理由ってなんだよ」
そういうことにしておかないとアリシア姉が悪にされてしまう。
店先で喧嘩騒ぎは困るが、どうせここで懲りさせないと次のゴロツキがやってくる。1回で済むなら安いものだ。理由が正義ならなおのこと。
「防壁を完成させていただかないとこちらとしても困るので、やむを得ず協力することにしたまででございます」
「は? 防壁工事と魔獣アンチを排除することとどういう関係があるんだ?」
まさか答えてもらえるとは思わなかった。
俺は驚きながらも情報収集を進める。
「気になるのでしたらご自分でお調べくださいませ」
「……ごもっとも」
「防壁の生成にはすべての生物の協力が必要なのです。全種族の血と肉と魔力によって強固な結界となり得るのです」
「なんで言った!?」
あまりにも素早い手の平返し。完全に王都に残ってイブと防壁の調査をする流れだったじゃないか。
「他力本願はわたくしの最も嫌う精神ですが、これを糧としてルーク様に成長されるのもシャクですので。まるでわたくしが成長を促したようではありませんか」
「ツンデレかッ!」
ズバシンッ――。
「へぐっ!?」
「二度とわたくしで性的興奮を催さぬように」
心底気持ち悪いといった顔をしたレイクたんによる音速を超えたビンタが炸裂した。対象は言うまでもなく俺。右頬。
ホント、人をおちょくるの好きだな。もう危害を加えられないだけマシってレベルだ。とか言おうと思ってた矢先にこれだよ……。
(種族が違えば価値観も違って当然です。人間がこれまで動植物にしてきた蛮行を考えれば恨まれていないと思う方がおかしいのです)
(うるさい黙れ。それ以上テキトーなことほざきやがったらマンドレイクのエロ同人描くぞ。人間に虐げられる植物娘で一大ブーム起こすぞ)
(ルーク様は戦乱の世がお好きなようでございますね)
数秒の睨み合いの後、俺は舌打ちしながら話を進めた。




