千三百三十七話 喧嘩両成敗
交渉はお互いの歩み寄りによって成り立つ。
いくら自分が正しかろうと……もとい正しいと思っていようと、要望を100%通すのは不可能に近い。歩み寄りが足りなければ自己中心と罵られることも多い。力で強引に解決してもプラスに働くことはまずない。
――というような話は10分ほど前にもしたが、マクモス商店三号店の店主と元従業員のわだかまりを解消するためには必要なものなので、大人な彼等には俺とゴロツキ達以上に穏やかな空気の中で話し合い、些細なことから始まったいざこざをチョチョイのパッパで解決していただくとしよう。
「「…………」」
茶色い鶏冠以外全身緑色のずんぐりむっくりのドラゴンモドキと、ピンク髪の魔法少女風着ぐるみが無言で対峙する。
言うまでもなく中身は当事者達。
マクモス商店内は相手にとっては敵地、こちらにとっても見られたくないものは多いだろうし殴られただの脅されただの嘘八百を並べられても困る。かと言って大衆の面前でやるようなことではない。
そこで思いついたのが、互いの店のマスコットの中に入ってもらい、フィーネ大先生に協力してもらって念話で会話する方法。
建前上はライバル店との新作勝負なので、暴力行為をすれば店の信用はガタ落ちだし、逆に愛想を振りまけば人気爆上がり。
ライバル店の人気に火をつけることになりかねないが、味で勝っていれば良いだけの話なので、このアンチ撲滅の切っ掛けおよび一矢報いるチャンスを逃すわけもなく、両者から二つ返事でOKが出た。
『これはこれは……身勝手な真似をして店に迷惑を掛けた挙句、批難を受け入れないまま退社し、自分の店を構えたものの鳴かず飛ばずで逆上。マクモス商店が潰れれば人気店になれると自分の腕と魅力のなさを他人のせいにして営業妨害に精を出している、見当違いな努力家のシルベルトくんではありませんか。右肩上がりの元職場に何か御用ですか?』
『黙れ! 人の手柄を横取りした挙句、口封じのために店から追い出し、すべての訴えを逆賊の戯言として取り合おうとしなかった悪党がッ! 貴様さえいなければすべて上手くいったんだ! 俺の人生の汚点と無駄となった時間、命で償え!!』
これは喧嘩ではなく交渉の初期段階。仲直りするためには、不信感や不満を解消するためには、本心のぶつけ合いが必要だ。
それを喧嘩と呼び、止めることは、問題を先延ばしあるいは無視するということ。努力をバカにするクズ然り、失敗を恐れて何もしないゴミ然り、優先順位をつけることを陰湿と捉える勘違い野郎然り、過程を軽んじる者のなんと多いことか。
この一触即発な空気も念話が聞こえているからそう思うだけで、何も知らない客達にとっては愛嬌ある動きをしているようにしか見えない。
ちなみに、店主は「何か御用ですか?」と言いながら首(というか巨大な頭)を傾げ、元従業員……もといシルベルト氏は「黙れ!」と吠えながらオボンを持ってない方の手を突き出している。どれだけ攻撃的に捉えても『いい勝負しようぜ』が精々だろう。
愛らしいマスコット達が罵り合っているなど夢にも思わないし、合同イベントをおこなう店同士がそんなギクシャクしてるなど想像もしない。従業員達ですらただのライバル店との勝負と思っていそうだ。
「準備はいいな? 始めるぞ?」
両陣営の誘導スタッフ兼司会進行役として最後の確認をおこなうと、2人は当社比5倍となった大きな頭をゆっくり縦に振り、開会宣言を待った。
「制限時間は30分。会場はここ、マクモス商店三号店の前。補充やパフォーマンスは自由だけど相手や周りの迷惑になるようなことはしないように」
いくら祭りとは言え無許可でおこなうわけにもいかない。
店主の元職場発言は『荒らされるてるとこ見たくて来たのに残念だったね。順風満帆だよ。m9(^Д^)プギャー』以外にそういった意味もあると睨んでいる。
相手……もといシルベルト氏の店から距離はあるが、こちらは品切れなので追加中で、あちらは有り余っているので持ってくるだけ。試食のために小さく切り分けていることもあって30分で捌ける量ではない。つまり条件はイーブン。むしろ既に試食した客を取られる分、不利だ。
「それじゃあ……はじめ!!」
味と人気と対話の三つ巴の戦い(?)の火蓋は切って落とされた。
『ふっ、これだけハンデをあげても互角なのですか。所詮アナタの腕はその程度なんですよ。身の程を弁えなさい。これに懲りたら二度と絡んでくるんじゃありませんよ』
『くくっ……バカは見つかったようだな。出来立てと時間が経った品を同列視するパン屋がどこにいる。それに美味しければ何度だって食べたくなるもの。飽きられていることに何故気付かない? 味で勝負出来ないからと美少女で釣っていただけの二流店舗がッ!!』
『その二流店舗に勝てないからとあれこれ迷惑行為をおこなってきたのは、どこのどなたでしたかねぇ』
『貴様等が味で勝負しなかったせいだ! 金と知名度にものを言わせて不都合な真実を隠蔽していたせいだ!』
店主がサラッと言えば、シルベルト氏がギリギリと歯を食いしばって反論する。
有利なのは店主。
所詮は弱肉強食の世界だ。どれだけ実力があろうと、世間から支持されている方が心にも財政にも余裕があり、相手を煽りやすい。元々の性格もあるだろうがその差は決定的だ。すべての主張がただの逆恨みにされる。
いやまぁ実際ただの逆恨みなんだが……。
まぁ流石にそろそろ止めておこう。
頭の中では殴る蹴るの暴行を加え、肉体ではやんわりと子供頭を撫でる、超絶マルチタスクを披露しながら罵り合う2人に感動すら覚えるが、これでは交渉にならない。
『やめんか。どっちも自分の正しさと相手の悪いところしか主張してないじゃないか。非を認める気ゼロじゃないか。そんなことのために企画したんじゃないぞ』
お互いに言いたいことを言ったら次に必要となるのは妥協。己の非を認め、相手の嫌いなところを受け入れ、可能な限りお互いが損しない、ともすれば得する道を探すことだ。
俺はバチバチと火花を散らす2人の間に割って入った。誘導スタッフなので体は両者の中間辺りにあるが、心も脳内で殴り合っている2人の間に滑り込ませた。
気分は格闘技のレフリー。
『当然でしょう。非はあちらにあるのですから。私のは正当防衛です』
『こちらとて正義の主張だ!』
『なにをおっしゃる。先に手を出してきたのはそちらでしょう。私は二度とそういった気が起きないように手を尽くしただけ。法律で許されるギリギリの罰を与えた後に犯罪者として警備兵に突き出しただけですよ』
『嫌がらせに対して罰が重すぎると何度も注意されてただろうが! 証拠がないものを俺のせいにしたことも一度や二度じゃない! 俺の功績を奪ったことも含めて謝罪しろ! その後に出頭して人生無茶苦茶になれ!』
あーもう……。
『シルベルト。相手が不幸になっても自分が幸せになるとは限らないぞ』
『いいや、なるね! 俺の気が晴れる! そして権利で金が、正義で人気が手に入る! 大繁盛とまではいかずとも今よりは良い環境になる!』
声高らかに主張するシルベルト氏。
違うと言いきれないのがまた面倒臭い。
配っている試食品を見る限り、どうやら彼の店は魔獣肉を使わないハンバーガー屋らしいが、このままでは妥協したとしてもアイディアをパクったと思われるだけ。知名度の差があって、なおかつ二番煎じでは人気は出ないだろう。
しかしパクったのはマクモス商店の方という彼の訴えが認められれば、利用料ないし慰謝料としてそれなりの金がもらえる。立場が逆転する可能性は十分ある。
『でも魔獣アンチになって営業妨害した事実は消えないぞ? いくら己の正義を貫くためだからって悪に手を染めたのは事実だし、それは決して許されることじゃない』
『正義の訴えを認めない世間が悪いッ!!』
出た出た。なんだかんだ責任逃れするやつ。そりゃ悪いし無能だけど、そうならないように手を尽くさなかった方も悪いだろうに。
『新作を提案する前に契約書を交わすなりレシピを残すなりしておけよ。あとからでも「これは自分のアイディアだ」「勝手に使うな」って主張出来るようにさ。店主の悪事の証拠も掴んでおくべきだった』
『これだから世間の辛さを知らないお子ちゃまは困る。従業員が新作レシピを考えるのは当然のこと。その権利を主張するのは不可能に近い。自分の手柄は会社のもの。会社の損失は下の連中の責任。それが社会のルールだ』
まさかそのルールを悪用するバカがいるとは思わなかったがな、と全力で敵意を剥き出しにしながら愛らしくポーズを決めるシルベルト氏。その間にオボンを交換する従業員も流石だ。
どちらもプロだ。どこで役に立つかは知らないし、どうやって身につけたのか想像もしたくないが、とにかく凄い。
『何を今更……それ等に納得した上で働いていたはずですよ? いくら提案しても受け入れてもらえないからと勝手に細工しなければ店を辞めずに済みましたし、例え功績を取られたとしてもそれでマクモス商店の利益が上がるなら喜ばしいことではないですか。会社より自分を優先し、賛同が得られないことを恨み妨害工作をおこなうなど、悪としか言いようがありません』
店主も負けてはいない。これでもかというぐらい挑発しながら、秘技『マッキーくん大回転』を披露する。一言でいうならスピニン●バードキックだ。着地と同時に手にしたオボンが新しいものに入れ替わっている。補充タイミング完璧。
こちらも中年がぜぇはぁ言いながら汗だくでやっていると思うと震える。念話なので実際の心拍数事情まではわからないが、たぶんそう。
『貴様が俺を騙して自分の手柄にしなければな! こんなレシピは使えないと一蹴したクセによく言う! どうせ社内でも尾ひれ背びれをつけて俺を悪人に仕立て上げたんだろう!』
『憶測でものを言うのはよくありませんね。大体これは私なりの誠意であり教育です。アナタならもっと良いアイディアが出せるという上司からの叱咤激励をそのように捉えられては、こちらとしても困ってしまいますねぇ』
うん、わかった。これ無理強いしないと話進まない。
『とにかく2人とも謝れ。どっちが勝ちとかなし。これまでやってきた悪事を全部上層部に伝えて出頭しろ。それでおしまい。いいな?』
『はぁ? なんでそんなことしなきゃならないんだよ。俺が正義だって言ってんだろうが。大体お前誰だよ。なに仕切ってんだよ。なんで俺達の問題に口出ししてんだよ』
『それもそうですね。アンチを何とかしてほしいとは言いましたけど、相手の悪を受け入れてというのはおかしな話です。何故0か100以外の答えを導き出そうとしているのですか? 我々は自らの正義を証明すること以外求めていませんよ?』
……イラッ。
「「しゅ、しゅびませんでした……」」
中の人の休憩……もとい想定より大人気イベントとなり、シルベルト氏の方が在庫切れとなってしまい、出来立てを今から運んでいては間に合わないので試食会を切り上げて少し早めの投票に入った後。
マクモス商店の奥で、10時間正座した後の足の痺れと、気圧の変化による耳のキーンと、30時間テレビゲームをプレイし続けた目の疲れと、激辛ソースを舐めた時の舌の痛みと、1週間便秘の時の腹痛を同時に味わった2人は、目に涙を浮かべながら土下座していた。
「なんで俺に謝ってんだよ。相手が違うだろ。まだわかってないようだから罰追加な。高所恐怖症のヤツがバンジージャンプした時のたまひゅんまで、3、2、1」
「「すいませんでした!」」
慌てて体を90度回転させて向き合った2人は、渾身の土下座を炸裂させる。
「ゼロ~」
が、俺のカウントは進む。
「「ひいいいぃぃやあああああーーーーッ!!」」
同じ感覚を共有するのって大事だよね、仲良くなるためにはさ。むしろ優しさまである。下校時に気を利かせて2人きりにしてあげるみたいなもんよ。
謝って済むなら警察はいらない。どこがどう悪かったのか反省し、関係者の名前と手口を明らかにし、文字や映像として残し、一切合切終わらせる意志と行動が必要だ。出来るか出来ないかじゃない。やれ。3秒以内に。
帰る時間が迫ってるし。




