千三百三十五話 ジャスティスクラッシュ
「ったく……わかったよ」
客や邪魔者を威圧し、店内を無茶苦茶にし、「これに懲りたら二度と魔獣なんて信仰するんじゃねえぞ!」と脅迫する展開を想定していたであろうゴロツキ達。
相手にしてもらえないどころか下手に手出しすると罪をでっち上げ……オッホン! これまでおこなってきた悪行の数々が白日の下に晒されてしまうことを知り、『対話』というゴロツキらしからぬ方法で妨害活動を始めた。
こちらからしたら非は営業妨害をしている彼等にあり、第三者に無記名投票を実施した場合9割9分勝つが、それでは根本的な解決にならないので俺も妥協することに。
大事なのはここを乗り切ることではなく、魔獣アンチが妨害活動をしなくなること。
そのために必要なのは譲り合い。つまり交渉だ。
そして交渉というのは、力で強引に解決する場合を除き、お互いの歩み寄りによって成り立つもの。いくら自分が正しかろうと……もとい正しいと思っていようと、100%要望を通すのは不可能に近い。自己中心と罵られることも多い。
それは相手とて同じこと。
まさか『他者に迷惑を掛けられればそれでいい』『虐げられている者を見るのが大好きだ』などという狂った精神の持ち主の集まりでもあるまいし、一歩間違えば自分達が迫害される側になることぐらいわかっているはず。
それでもなお、魔獣や魔獣を愛する者を『悪』としたい連中には、何かしらの正義があるはずだ。
「そ、そうか、わかってくれたか!」
「お前ならそうしてくれるって信じてたぜ」
そんな俺の反応を見て、安堵の表情を浮かべるゴロツキ達。
お前等は俺の何なんだ……。
フレンドリーとも違う謎の距離感で接してくる2人に呆れながら、俺は妥協案を提示した。
「こっちの要望としては過激派の魔獣アンチをどうにかしたい。そこで不満や怒りを自分の中だけで処理するのはどうだろう。脳内でボコして満足するんだ。さっきも言ったけど俺は思想の自由を大切にしてる。だから表に出さなきゃ何もしない。わかりやすく言うと二度とアンチ活動するな。従わない場合は実力行使も辞さない覚悟だ」
「妥協案じゃなくて脅迫では!? こっちにメリット皆無では!?」
「裏でやってることをバラされずに済むじゃん」
「それ捏造ッ! たぶん濡れ衣!!」
「ならやってないって証拠出せよ。清廉潔白だって証明してみせろよ」
「存在しないものをどうやって示せと!?」
悪魔の証明は地球では犯罪に近い。これさえ言っておけば大体勝利するチート能力だ。小学生が言う「いつ俺がそんなこと言ったんだよ。しょーこあんのかよ。何時何分、地球が何回回った時?」と同じ。
人は幼い頃から理屈責めの便利さをわかっているのだ。『相手が答えられない=自分の勝ち』という方程式を、誰に教えられるでもなく理解しているのだ。
だがこの世界では通用しない。
「精霊裁判があるじゃん。真偽をハッキリさせられるじゃん」
「ええぇ……そこまでするか? あれって手続きにメチャクチャ時間掛かるんじゃなかったっけ?」
「ああ。1000年祭で忙しい時だし普段より掛かりそうだよな。半年とか覚悟しておいた方が良いかもな。あと料金も高いって聞くぞ。疑惑でやるもんじゃないって」
金で雇われただけのゴロツキ共は心当たりがないらしく、不安の感情は一切見せず、この場で何とかならないものかとただただ面倒臭そうに互いに顔を見合わせる。
もしかしたら歩合制なのかもしれない。暴れないと支払い半減とか。用心棒倒したらボーナスとか。
「それでもやれ。費用は裏で悪いことしてたらそっち持ち。してなかったらこっち持ちだ。もちろんやってたら関係者全員逮捕。強制労働してもらう」
まぁ俺達には関係ないことだ。
ぶっちゃけ、俺は俺で臨時バイトの身なのでこの店がどうなろうと関係ないのだが、十分過ぎるほどいただいているのでサービスだ。良い魔獣もいるって知ってるしな。
これで半年は時間が稼げる。
しかも優良店舗の営業妨害は『悪いこと』なので勝ち確。アンチ共を追い払える上に、その他のアンチにも警告出来る素晴らしい手だと思う。
1人を徹底的に罰することでその他大勢に警告するというのは、古来より伝わる効果的かつ効率的な方法だ。自分もいつかこうなるかもと不安にさせたら勝ち。
それでも手を出してくるようなら、しょうもない復讐心で再犯するようなら、改心する気のない悪として滅ぼすだけだ。
「フザけるな! なんで店を荒らしただけで大罪人にならなきゃなんねーんだ! 俺達は細々と弱い者イジメをして生きてるだけだ!」
「普通に犯罪」
ニーナから鋭いツッコミが入る。
淡々と言っているので一刀両断感が凄い。扉から顔だけ出していることも大きい。わざわざこのためだけに現れたようなものだ。
「ちっげーし。大きい声出したら相手が勝手にビビるだけだし。俺達何もしてねーし。怯えてる姿を見てゲラゲラ笑ってるだけだし」
「そうだそうだ。『次からは気を付けろよ』って忠告もしてやる心優しいゴロツキだぞ。仮に世間がこれを悪と呼ぶとしても、事実を捏造しようとしたお前等だって悪だろ。どっちも悪なら意味がないだろ」
ウゼェ……微妙に頭使ってるところがウザさを倍増させてやがる。ゴロツキならゴロツキらしく頭悪く暴力に訴えろよ。理論武装すんなよ。
「うるせーなぁ。魔獣が好きだって言ってる連中に危害加えたり、風評被害垂れ流すような悪党が、正義を語るんじゃねえよ。
自分の思い通りにならないからって数の力を頼るとか、力づくで邪魔者を排除するとか、ガキか。やりたきゃ1人でやれ。他人に自分の考えを押し付けるな。人の不幸は蜜の味って思考は表に出さないから許されるもんだからな。
大体アンチ活動するなら徹底しろ。どうせこれは例外とか言って魔獣を素材にした用品使ってんだろ。討伐したついでに換金してんだろ。『例え飢え死にしても魔獣肉は食べない』ぐらい言え。自分が苦しむ分には一向に構わないぞ。誰の迷惑にもならないからな。そこまでしないと俺は認めないぞ」
「俺達に言われても……」
「なあ。所詮俺達、金で雇われただけのゴロツキだし。魔獣に対する意識とかどっちでもいいし。この後打ち上げでオーク肉のステーキ食べに行く予定だし」
俺もだよ、とは口が裂けても言えないし、優良店舗や知り合いが迷惑を被るのは嫌なので、彼等の主張を無視して交渉を続ける。
いや、続けたかった――。
「これでも喰らえ!!」
と、ニーナを押しのけて店から出てきた店主が、俺達に向かって何かを投げつけた。
とち狂って爆弾でも放り投げたのかと思い、念のため結界を張りつつ観察すると、それは出来立てホヤホヤのハンバーガー。
料理店らしく味で唸らせて引き下がってもらおうという作戦らしい。
喰らえも、一般的に使われている『叩きのめしてやる』的な意味ではなく、文字通り『食べてみろ』という意味だったようだ。
「うまっ。お前等も食べてみろよ」
そういうことならと素直に受け取り、意思疎通に喜んだ店主のサムズアップを横目に一口食べ、ゴロツキ達にも勧める。これで不信感は取り除けるはずだ。
「「もぐもぐ……ぐぼぁ!?」」
「ちょ、やめろよ、そういう営業妨害の演技。美味いだろうが。外はふんわり、中はカリッと、甘辛ソースが堪らないバーガーだろうが」
「あがっ……がっ……がああ!」
「おご……ご……」
「おい? おーい?」
まるで毒でも仕込まれていたようにハンバーガーを吐き出した2人は、喉を掻きむしったり手をどこかに伸ばしたり、悶え苦しむような演技(?)を数秒ほどした後、地面に突っ伏したまま動かなくなった。
「いや~困ったものですね。ここまで真に迫った演技をされると毒でも仕込んだんじゃないかと疑われても仕方ありません。してやられましたよ」
困り顔で歩み寄ってきた店主は、地面に転がっているゴロツキ達に近づき、
「あ~、これは酷い。歯に仕込んでいた毒物を噛んだようです。リアリティを出すためにここまでしますか。困ったものですね。ですが見捨てるわけにもいきません。目を覚ますまで休んでいってもらいましょう。魔獣肉の処理に使っている解毒薬が使えそうです。やはり魔獣は素晴らしいですね」
と、ハンバーガーと共に回収し、何事もなかったように店内へ引き返していった。
「で? なんでこっちが暴力に訴えてんの? 口論で勝てそうだったけど? 俺まで倒れてたらヤバかったと思うんだけど?」
毒入りのハンバーガーを食し、胃に入る前に浄化したことで事なきを得た俺は、店内の奥に2人を寝かしつけていた店主を問いただした。
「ルークさんなら大丈夫だと信じていましたから。営業妨害しようとしていた敵2人と味方1人。例え人数で不利だろうと大衆がどちらを信じるかは考えるまでもありません。これでウチはさらに繁盛し、ゴロツキは感謝と恐怖で近寄れなくなり、ヘイトはすべてアンチに向きます。完全勝利ってやつですよ。ふははっ」
「実はアンタが先に手を出したとかないよな!? マクモス商店を恨んだけど人気店だから何やっても潰せなくて、ようやっと思いついた手段が大衆心理を動かすもので、そのために魔獣アンチになったとかないよな!?」
飄々と言い放つ店主に戦慄しながら尋ねると、
「とんでもありません。私は何もしていませんよ」
「何故『私達は』と言わない!? 他のヤツが何かしてる可能性あるってことじゃん! 認知はしてるけど見てみぬフリをしてるってことじゃん!」
「やむに已まれぬ事情です。私達は被害者です。信じてください」
「じゃあまず説明しろよ。隠してることがある時点でアウトだ」
「いいでしょう。まず発端はあっちです。魔獣アンチ共は、日頃自分達が着たり食べたり使ったりしているのを棚に上げて、魔獣肉を主に使っているマクモス商店を批難したんです」
「あ、元々目をつけられたんだな」
「はい。最初は人気店によくある嫉妬だろうと無視していたんですが、段々エスカレートしてきて、二号店をオープンした時にはそれはもう凄まじい嫌がらせを受けるようになりました」
「ほう。どんな?」
一番大事なところだ。
嫌がらせの程度によって悪のレベルが決まると言っても過言ではない。
「色々ありますが、特に酷かったのはマクドモストカゲ肉100%のハンバーガーに、こっちの方が美味しいからと牛肉を混ぜられたことです!」
び、微妙ぉ……。
虫や金属ならともかく、普通に食べられる上、親切心で混入されたものに激怒するのは、いくら食品偽装にあたるとは言え「ん~」って感じだ。
「って、ちょっと待て。どうやって混ぜたんだ? 不法侵入か? それなら話は変わってくるぞ?」
「元従業員の仕業です。ヤツはクビになった後、私達を恨み、魔獣アンチに加わりました。それにより奴等の営業妨害は激化。
我々は抗いました。この手の連中はちょっとやそっとブチのめしただけでは懲りませんし、どうせあの手この手で嫌がらせしてくるので、マクモス商店の名前を聞いただけで絶叫するようになるまで徹底的に叩くことにしたんです」
「うん。まず決めつけをやめようか。そうなる可能性は高いけど一応ジャブから入ろうか。相手を信じることから始めようか」
「抗争はさらに激化しました」
でしょうね。
「資金力と人気で上回る我々は情報戦略の甲斐もあって常に優位に立ち、いくらやっても表沙汰に出来ないアンチ共は衰退していきました。最近は落ち着いてきて用心棒を雇う必要もなくなったんですけど、まさかロア商会と業務提携した後にこんなことになるなんて……」
「あ~、ちょっと仲間と話したいことがあるから離れるわ」
雲行きが怪しくなってきた。ロア商会が手を貸しているから悪い連中ではないんだろうけど、これが本当に正義かと言われたら首を傾げるものではある。
……え? 俺? 自分は良いんだよ。他人がやってると『ん?』ってなるけど、自分がやる分には問題ない。それが人間の倫理観ってやつだ。




