千三百三十三話 魔獣アンチ
曰く、魔獣は人類を脅かす存在。
曰く、家畜にも劣る存在を愛する必要などない。
曰く、そんなものをマスコットにしているマクモス商店は反逆者だ。
ベーカー商会王都中央店の店主だか従業員だかの主張を、わかりやすくまとめるとそんなところだ。
魔獣の被害者、陰謀論を信じてしまった者、愉快犯など、理由は様々だがこの手のタイプはどこにでもいる。魔獣を愛すべきキャラクターにする難しさは理解しているし、例え相容れないものであっても他者の意志は尊重するつもりなので、俺が取るべき行動は『相手の信念や悪意がどの程度のものか判断して、売られた喧嘩を買わずに立ち去る』である。
相手が身近な人間でどーしても理解してほしかったら対話すればいいし、有象無象なら無視すればいい。実害がありそうなら処理……もとい対策しておく。なくてもいつか面倒事に巻き込まれるかもしれないので策を練っておく。
社会で生きる人類は数字に弱く、過半数が集まっているものを正義と思い込む節があるので、こういった場合は言葉より行動や結果で示した方が早い。というか以外の方法がない。言葉や時間を費やせば費やすほど激化して泥沼になる。
よくある失敗談だ。
――と、理解はしていても気にならないわけではないので、中年が実際におこなった誹謗中傷より数段悪く捉えてしまうが、仕方がない。
嫌いなものは嫌いだし面倒臭いものは面倒臭い。
「――というわけで、今後ベーカー商会に睨まれる可能性があるので気をつけてください。まぁ口先だけで、何かしてくる気配はなかったんで大丈夫だとは思いますけど。無視されてイラついてましたけど手出しはしませんでしたし」
1時間の労働を終え、重く動きづらい着ぐるみから解放された俺は、一部始終を店主に伝えていた。
こういった問題は些細なことでも共有しておくべきだ。
ユキからの情報で、ベーカー一族は世界で最初にパンを作ったのではなく広めただけ、手柄を横取りしただけということが判明しているが、どこぞの海賊も言っていたようにこの世の理は勝者こそが正義。数多の商人や料理人の中で、最も知名度を得た者が『元祖』を名乗る権利がある。真実には何の意味もない。
そんな歴史ある大企業の一族の末端(?)が個人的な感情でロア商会に喧嘩を売ったらどうなるかわからないはずがないし、本物のアレだったとしてもピートが居るのでなんとかなるだろう。
魔獣は嫌いだが撲滅団体を作ったり加入したりするほどガチではない感じ。
魔獣被害で売上が低下しているようなこと言っていたし、沸点が低くなっていたところをたまたま刺激してしまったのだろう。
「だ、大丈夫、ですよね?」
後頭部が寂しくなりつつある小太りのオッサンが、何か……十中八九手厚いサポートを求めてフィーネに視線を送る。
俺達が入ったことで人手が足りたこともあり、彼女は今回皆の仕事ぶりを見ていただけだが、何かされたら時給金貨50枚という超超高給がパーになるし、守り神と一緒でいてくれるだけで助かる存在なので不満の声は誰からもあがらなかった。
「ちょっとしたすれ違いやタイミングでその後の関係が大きく変わってしまうのも、よくある失敗の1つですよね」
が、フィーネは我関せずで話題を広げた。
「そういう時は一旦引き下がって相手が冷静になるのを待つべきだよな。一時の感情に流されるのは本性じゃなくて失態。切り捨てるのは簡単だけど、それ以外の部分が気に入っているなら、目を瞑って今後そうならないように教育してやるのもありだと思うわ」
俺も嫌な予感がしつつも乗る。
否定しないのは肯定と同じってばっちゃが言ってた。
会ったことないけど。
「てかいくら親族と疎遠になりがちな世の中って言っても、実家ヨシュアにあるっぽいし、世情変わってきたんだから会ってもよ――」
「おうおうおう! ここだな! 魔獣に肩入れしてるってパン屋は!?」
満員御礼。売切御免。在庫がなくなり、次の下ごしらえが終わるまで一時的に閉店していたのだが、残念がる客達に混じって乱暴な声が轟いた。
声はどんどん大きくなっていく。近づいてくる。
「世情変わってきたんだから会ってもよくないか? 紹介してくれてもよくないか?」
まぁ無視しますけどね。
だって俺関係ないし。臨時のバイトだし。対処しなきゃいけないのは魔獣をマスコットに採用したマクモス商店だし。
「無視すんじゃねえよ!!」
「なぁ、フィーネ。2人が着替え終わるまで暇だし、しりとりしようぜ。俺から行くぞ。ゴロツキ」
「だから無視してんじゃねえよ!! 2人しりとりなんて究極に暇な時にしかやらないことだろ!! そんなことするぐらいだったら俺達の相手しろよ!!」
「凶器」
「近隣住民から苦情が来る前に立ち去らないと酷い目に遭うぞ、ゴロツキ」
「危機意識」
「貴様等が相手にしてるのが誰かわかってんのか、ゴロツキ」
「危険地域」
「カーテン全開にしてるのは、作業風景を見せるのもパフォーマンスの1つだって俺が提案したからで、別にお前等の相手をするためじゃないんだぞ、ゴロツキ」
「諦めんなよ! やるなら最後まで『キ』縛りでやれよ! あとそっちの美人怖えよ! 笑顔で何言ってんの!? 俺達に圧かけてる!? それとも素!?」
このツッコミスキル……ゴロツキにしておくには惜しい逸材だ。
俺があの中年と絡むタイミングが悪かったように、彼等も何かのタイミングが違えば、芸人として真っ当な人生を歩めていたに違いない。
ロア商会と提携している旨が書かれた看板が目に入っていない時点で彼等の運命は決まったも同然なのだが、2人とも気に入ったのか宣伝のつもりなのかマッキーくんの頭を模した帽子を被っているフィーネの正体には気付いていないようだ。
「な、なんだよ、その同情的な目は……」
「あ~、いや、ここまで愚かで間違った信念は初めてだなって。一体何がお前等をそこまで無謀にさせるのか、突き動かすのか、興味が出てきた。そこだけなら話を聞いてやってもいいぞ」
「へ、へっ……ようやく自分達の愚かさに気付いた――」
「ただし面白くなかったら覚悟しておけ。一族郎党過剰な魔獣アンチとして晒し上げてやる。魔獣の肉は食べるし、魔獣の皮や骨から作られた家具は使うし、魔獣の命とも言える魔石を利用した魔道具は頼るのに、感謝しないどころか他人がするのも許さないゴミ共として」
ゴロツキの行動なんてお見通しだ。
とにかく自分の正しさを主張する。少しでも有利になるために相手の揚げ足を取ろうとする。言葉で勝てそうになかったら暴力に訴えたり噂を広めたりする。
厄介者ポイントでベーカー商会の中年を1とするなら、相手の店に直接来ているこいつ等は3、客のフリをしてハンバーガーを食べて風評被害を垂れ流したら4、店に石を投げこんだり関係者を襲ったりなりふり構わなくなったら最大の5だ。
ちなみに2は『知人との会話で出す』だな。「ああいう連中ってマジないわ~」的なことを言って意識改変をする連中。根拠がないだけ4の連中よりマシだ。
「お、おい、どうする……? 想像以上にガチな連中だぞ? 信念ありまくりだぞ? いつもみたいに脅せば何とかなる感じじゃねえぞ?」
「ああ。この分じゃ、本当は魔獣に防壁内部を食い荒らされたっていう陰謀論を唱えても無駄っぽいしな。困ったぞ」
ひそひそ話は聞こえないようにするもんだ。
お手伝いとして出入口の近くで陳列している俺に聞こえちゃダメだろ。てか陰謀論ってなんだよ。事と次第によっては覇王『魔津氣威』が降臨するぞ。
強面を持て余すように肩身を狭めて小声で話す2人が、方針を決めるまで待っていると、
「……ん」
「お? なんだ、ニーナ?」
着替えを終えて部屋から出てきたニーナ(とイブ)が、ケータイを見せつけてきた。
「あ~。なるほどね。にーちゃんねるでもやってんのか」
そこには魔獣アンチによる書き込みが。目の前の男達が言っていたような内容や、これからするorもうしたであろう王都の防壁と魔獣の因果関係が長文で書き連ねられている。別IDだがこの店の批判も書かれている。
どうやら話を聞いていたらしい。
さらに、俺の納得の声に合わせて、店の周りにいる数名の客の体がぼんやり光る。書き込みに使用したケータイを持っている証拠だ。
今後対策されるかもしれないが大気中に存在している精霊が光るので問題ない。犯人を確実に見つけられるよう二重に保険を掛けている。
つまりここには魔獣アンチの実行部隊とネットワーク部隊が両方居たと。厄介者ポイントの3と4が両方居たと。
「でもなんでそれを俺に言うんだ? 自分で何とかしろよ。表沙汰にならないように処理するのも大人らしさだぞ。腹芸が出来たらなお良し」
「そんな大人にはなりたくない」
みんなそう言うんだよ。
でも結局そうなるんだよ。
なりたくない者になって、やりたいことが出来なくなって、プライドとか立場とかでがんじがらめになって身動きが取れなくなることが人生なんだよ。
「辛いよな……」
「ああ……なんでこうなっちまったんだろうな……」
「嘆いてないで用件を言え。後悔するようなことをしてまで魔獣を嫌悪させようとする理由はなんだ? 金で雇われたのか? この店に恨みがあるのか? 脅されてんのか?」
「「金だ」」
じゃあ全力で暴れろよ。客を退かして飲食してイチャモンつけたり、虫とか針とか入れて評判落としたり、土地ころがししたり、ヤクザムーブしろよ。
――と助言するわけにもいかないので、俺はこちらの動向を監視しているネラー達を脅すと共に、世間を味方につけるムーブをすることにした。




