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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
六十三章 魔獣と精霊

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千三百三十話 1000年祭完結編9

 人間は社会を形成した時から富と名声を求めるようになった。


 ある者は実力で勝ち取り、ある者は知恵と言葉で組織を束ね、またある者は媚びへつらうことでトップではないが上位に食い込んだ。


 野心家が全員自分より弱かったり、相次ぐ激戦で弱っていて楽に勝てたり、最初の数名が集まらなかったり、策が裏目に出て結果が出なかったり、同じ方法で取り入ろうとした者に先を越されたり、容姿や昔からの繋がりの差で負けたり。


 運が多大に絡むこの仕組みは貧富の差を生み、その偏りはさらなる差を生んでいく。


 些細なことが切っ掛けとなって一発逆転もあり得るが、それに期待して生きるのはあまりにも非現実。非効率。悪に手を染めない限り実現しないと言っても過言ではない。


 そして社会はこの不平等を容認する。


 運も実力も関係ない。結果がすべてだ。


 勘違いされがちだが、この『結果』というのは、そこから発生したものすべてを指す言葉。過程で素晴らしい活躍をした者を認める者も居るし、自分の地位が脅かされる危機感を抱いて排除しようとする者も居る。そういった評価を受けて下の者達が上の者達の是非を判断したりもする。


 自分と志を同じくする者の目に留まるかどうかも運だ。


 取り入ろうとする者達に存在を隠されてしまえば認知されないし、唯一の失態を見られて「はい、さようなら」というのも十二分に起こりうる事態。


 必至になればなるほど自らを上げて他者を下げるもの。差以上にアピールに適したものはない。競争原理は社会発展の基礎。無能有能を区別しない画一的な管理の方が社会としては不健全と言えよう。


 とは言え、貧困に苦しむ人間にとって、そのような小癪な理屈は意味がない。明日の食事さえままならないような生活を送っていれば、誰もが世の中の不平等に怒りを覚えるはずだ。自らの才や努力を認めない社会に不満を持つはずだ。


 それが力を持つ者による搾取ならなおのこと。



 貧困という苦境に陥った者達にとって、そこからの脱出、あるいはさらなる苦境に陥らないための現状維持策として、取るべき選択肢はそう多くない。


 すべての苦しみから解放される死。


 賭け事や画期的な商売による一発逆転。


 希望を胸に地道に労働。


 0か100か50かの3つだろう。


 もちろんこれは貧困に喘いでいる者にとっての数値であり、富裕層からしてみれば0と5と1程度の感覚。努力している者を嘲笑う連中も多いだろう。例え芽が出たとしても摘み取られる。取り込まれる。結果いつまで経っても差は埋まらない。それが現実。


 ただ取り込むというのは下の者も出来ること。むしろ下の者の方が長けている。


 そしてこれは一発逆転とまではいかずとも起死回生の一手となり得る。


 誰もが生まれながらに持つ才……すなわち見た目。


 女であること。若いこと。美しいこと。


 その1つでもあれば手っ取り早く道が開ける。開けてしまう。


 元手は自分自身。準備資金も必要ない。他者の前に姿を晒すだけで貧困からオサラバ出来る。欲望に訴えかける動作や甘い言葉があると成功確率は跳ね上がる。


 人によってはそれを堕落と罵るだろう。


 ただ、それでも選択の余地がない場合というのは、人生において少なからず存在する。プライドと未来。どちらを優先するかは本人次第だ。




「本当に……するの……?」


 扉の向こうからイブの恥ずかしそうな声が届く。


 これで三度目だ。この事態を受け入れた時、部屋に入る前、そして今。回を重ねるごとに嫌悪感は薄れていき、代わりに恥ずかしさが濃くなっている。


「ああ。やるしかないんだ」


 俺は出来るだけ優しく、そして事の重大さを訴えるように真剣に返答。


 数秒の沈黙の後、イブは意を決して身につけていた衣類を脱ぎ始めた。


「…………」


 一方でニーナは黙々と衣擦れ音を奏でている。


 彼女もイブと同じで人と接するのは苦手なタイプだが、ウェイトレスをしているので人前に出ることにはそれなりに慣れており、何かにつけてお姉さんぶっているので消極的な人間の前では普段より積極的になる。


 もしかしたらイブもそんな彼女の姿を見て、どうにもならないのだから早く済ませてしまおうと決心したのかもしれない。


 まぁそれはそれとして、年齢はニーナの方が上だが肉付きには貧富……もとい強弱……いやさ差がある。


 同世代女性の平均値を上げているイブと、下げているニーナは、服の脱ぎ方一つとっても異なる動作が多々見受けられる。


「見受けられる……?」


「いい加減慣れろよ。俺はケモナーだぞ。お前の一挙手一投足なんて半径100m以内なら余裕で感じ取れるわ。本気を出せば300mはイケる。イブのも空気の流れで何となくわかる。精霊術の基本だろ」


 イブとは違った意味の戸惑いを向けてくるニーナに、俺も先程との違う、言い聞かせるような口調で応じる。


「それはよくない使い方」


「今回はたまたま覗きになったってだけだろ。気が向いた時に居場所や動きを調べることで、人探しや病気・怪我の早期発見、着替え方のアドバイスなんかが出来るんだ。ましてや2人とも初めてのこと。心配し過ぎるのも当然ってもんさ。昨日もさっきも、それをしかなったせいでトラブルになったしな」


「……たしかに」


 チョロインめ。可愛い奴め。


 まぁ女子トイレの時はヘルガが居たから覗きようがなかったし、どうせベーさんを慕う精霊に邪魔されて感知も出来なかった。更衣室は言わずもがな。


 そもそも読心術で覗いていることがバレている時点で、お互い様というか失敗なのだから、気にするだけ無駄な問題だ。


「わたし達が見られ損」


「いいじゃないか、見られて減るもんでもなし」


 っていうよくわからない言い訳ね。


 見られた側が嫌な気分になるんだからダメに決まっている。奢る・奢らない問題と同じで、見たり満足したのなら男はそれなりの対価を払うべきだ。


 ちなみに俺は散々貢いでいるからセーフ……のはず。昔から普通にやってたことだしな。アレよ。子供と一緒に風呂に入るみたいなもんよ。見られたくないなら結界でも張れば良いんだ。「もうパパと一緒には入らない」って断れば良いんだ。


 あと俺がこうなったのは、嫌がる俺を無理矢理鍛えたアリシア姉達のせい。ニーナもその1人。自然と感知するようになってしまったのだから自業自得と言えよう。


 さ、というわけで俺の無罪が証明されたところで、語りを続けよう。


 女性の肉付きの良し悪しについて永遠に議論出来てしまうのが男という生き物。


 なんでも願い事が叶うなら理想の彼女を求める者も少なくないだろうが、欲を言うならスタイルを自由に変えたい、色んな性格の女が欲しい、色々試したいと身勝手なことも願うだろう。


 1つに決められない。飽きないように日替わり定食求む。だから永遠に議論出来てしまう。


 そこから生まれる所作も同じ。


 初体験に恥ずかしがってほしい時もあれば、手慣れた様子で淡々とやってほしい時もあり、積極性を求める時もあれば消極性を求める時もある。


 とにかく男は今の気持ちと合致した時、驚くほど意志が弱くなる。そりゃーもう弱い。浮気なんて余裕のよっちゃん。親友の彼女だろうと平気で手を出す。


「つまり私はルーク様が求めておられるものを出せていないということですね」


「ちょっと違うな。俺は意志が固いんだ。友達だろうと何だろうと性欲は感じるけど、それを満たすための行動には移さない。三大欲求より周囲の目や自分の価値観を大事にする。それもまた社会で生きるってことだ」


「つまり欲望に忠実に生きたいのでこのような社会は滅ぼせというご命令ですね」


「全然違う」


「そうですか……」


 フィーネは何故か残念そうに言って、気を取り直すように一度目を閉じ、改めてこちらを見て微笑んだ。


「似合っておられますよ」


「全然嬉しくない。あと誰が着ても変わらない」


 俺は、布と綿で作られた着ぐるみの中から、評価と現状に対する不満の声を漏らした。




 昨日おこなったというか強制参加させられたスタンプラリーは、最終的にベーさんにすべての空欄を埋めてもらう形で達成したのだが、これが不正と見なされてしまった。


 スタンプラリーイベントを失敗した俺達は『なんでも好きな商品をあげる』という賞品を受け取ることが出来ず、破損した商品の弁償……すなわち金貨50枚の支払いを命じられた。


 散々言っているが今俺は無一文。母親に通帳を管理されているニーナも自由に下ろすことが出来ず、参加していないイブに借りるのは気が引ける。


 というか彼女も無一文だった。


 王女なので自由に出来る金はそれなりにあるらしいが、自分自身で稼いだ金はそこまで多くはなく、それも研究資金として日々散財しているとのこと。


 国が彼女のために用意した資金や、貴族連中から貰った贈り物に手を付けるのは、国庫に手を出すのも同じ。


 そんなことをするぐらいなら俺は労働を選ぶ!


 ……うん。まぁ当たり前のことだな。親兄弟に泣きつかないだけマシだろ。どうせ泣きついても売り子する羽目になってただろうけど。


「私はやらない」


 ただ、関係ない上に外見をウリにした販売員などというやりたくもないことをやらされそうになったイブは、容赦なく断った。


 そんな彼女の意志を俺とニーナも尊重した。


「アイヤー。困タネ。ワタシ3人組ニ魅力感ジテルアル。2人ナタラ要ラナイヨ。時給銀貨1枚ネ」


「五千分の一だとぉ!?」


「普通アル。1時間デ金貨50枚稼ゲル方ガドウカシテルネ」


「そ、それはそうなんだけど……」


 無理強いすることも出来ず、それ以外の方法も思いつかない。


 イーさん……もといイーサンの真っ当なようなそうでないような要求にしどろもどろしていると、イブは舌打ちしそうな顔で彼女を睨み、どこかへ通話を掛けた。


 普通の回線は使えないはず。王族用の特別回線だろう。


『どうした?』


 通話の相手は彼女の保護者的な立場にして王都の守護神、アルテミスのみっちゃん。この後のセリフは大体予想がつく。


「金貨50枚今すぐ用意して」


『……国の存続と一時の恥。どちらが重要かわかるな?』


 みっちゃんはそれだけ言うと通話を切った。


 下ろした金額の1億倍を国庫から消すとか、リニア計画を邪魔して浪費させるとか、恥ずかしい秘密を暴露するとか、某精霊王から圧を掛けられたのだろう。


「アイヤー。残念ダタネ。アトワタシノ目ハ誤魔化セナイアル」


「……?」


「シラバクレテモ駄目ネ。右ノぽけっと。盗ンダ商品入テルネ」


 イーさんに言われるがままにスカートのポケットを調べると、そこからシンプルながらも美しい宝石細工が施されたペンダントが出てきた。


 十中八九イーさんの仕業だ。


「こんなの知らない」


 焦ったら負けと思ったらしくイブはいつも以上に淡々と告げる。


「犯人ハ皆ソウイウネ。返シテモ無駄ネ。指摘シナカタラ盗ラレテタヨ。ばれナカタラ問題ナイ。ワタシソノ精神嫌イネ」


「代金を支払うほどのことじゃない」


「ソノぺんだんと。10代前半ノ金髪ガールガ触レルト他ノ人間使エナクナルネ。売リ物ニナラナイネ」


「どんだけ限定的なもの!?」


 これがさっき買ったばかりの服だろうと、イブは通話中一歩も動いていなかろうと、この状況を覆す証拠にはならない。


 こうしてイブも、西洋のペンダントの代金(金貨100枚)を支払うべく、俺達と共に労働することとなった。



「ア、効果言ッテナカタネ。月明カリヲ通シテ見タラ幸セナ気分ニナレルヨ。効果ニハ個人差ガアルケドネ」


「タイミング的に壁の調査に役立つかと思いきやそんなこともなかった!? ただの万華鏡!? あとそれ効果ない商品の常套句!!」


 まぁイブ以外は見ることすら出来ないので確かめようがないのだが……。

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