千三百二十七話 1000年祭完結編6
「ドヤァ」
なんやかんやあって着替えるのが遅くなり、一番最後のお披露目……しかも間が開いたので空気が入れ替わっている状況にもかかわらず自己評価の高さで難なく乗り越えたニーナは、高慢と言っても差し支えのない表情を向けてきた。
「いや似合ってるけどさ……お前すげぇな」
何を求めているかは一目瞭然なので俺はたじろぎながら素直な感想を口にする。
出会った頃からほとんど変わらず、ここ数年に至っては一切変化していない彼女の体を彩るのは、ヒラヒラ付きのピンクのドレス。俗に言うロリータファッションだ。
外見はもちろんのこと、完全に流れたネタを拾い上げて「今の私のボケどうだった?」と尋ねるような強靭なメンタルは『凄い』の一言に尽きる。
普段しない恰好をしてドヤ顔出来るメンタルも凄い。
本人は大人に見られたがっているので普段そういった服を着ることはないし、個人的にもケバケバしいファッションはあまり好きではないの構わないのだが、こういう機会でもなければ一生見ることがないと思うとテンション上がる。
そんな身勝手で選ばせてもらったのだが、想像以上にお気に召したようだ。
「~~♪」
無駄に神獣の力を活用して空気の乱れから俺達がどんな動きをしているのか読んでいたらしく、踊るように手を伸ばしたり首を軽く傾げたり、イブとほぼ同じアピールをかましてくるニーナ。
陰キャが勇気を振り絞って参加したハロウィンイベント並にテンションが高い。完全に開き直っている。
たまにメンタル弱者になるクセに強い時は本当に強い。
「そんなことはない。褒めてもらえなかったら泣きながら家に帰ってた」
「そこまで!?」
急に素に戻ったニーナがうつむき、呟いた。
おそらく向かう先は宿屋ではなく猫の手食堂。
これまた神獣の力を無駄に活かして風のように大地を駆けながら、ヨシュアまでの数時間の旅を後悔と決意の連鎖に費やすのだ。
彼女が流した涙は大地を潤すのでベーさんやレイクたん辺りは歓迎しそう。栄養価高そうだし。新種の植物とか生み出しそうだし。
「次は私の番だニャ」
「わたしも。たぶんこの中で試着する数一番多いし」
「逆に俺はもう着ないからさっさと終わらさせてもらおう」
ひとしきり褒めたり褒められたり引き留めたりした後。
まだ一度も試着していないユチと色々試したいヒカリ、そろそろ女装ネタが寒くなってきた俺が試着室を利用することに。
ファッションショーはまだまだ始まったばかり。ヒカリ達の試着に最後まで付き合う気はないが、イブとニーナに着てもらいたい服はまだ残っている。終わるまですべての試着室を占領すると他の客の迷惑になってしまうし、待っている1人が手持無沙汰になるので、使用するのは3つまでだ。
ヒカリとユチで1つ、イブとニーナで1つ、余った1つはフリー枠、俺は常時外のフォーメーションになるだろう。流石に二度もボケる勇気はない。邪魔になるし。
「やりたくないことを我慢してやったり、間違っているとわかっていても利益のために目を瞑るのって、悪しき風習ですよね~」
「……そうだな」
バッと脱いでババッと自分の服を身に着け、誰よりも早く試着室を出ると、何食わぬ顔でイブとニーナの間で仁王立ちしていたユキが意味深な発言をおこなった。
大人になればなるほど自分の信念に従って動くことが難しくなる。
俺はそんな人生は嫌だ。
良いじゃないか、好き勝手にやれば。胸を張って生きることの何がいけないって言うんだ。胸を張れないことの方が恥ずかしいわ。地位や名誉のために自分を殺すな。自分を殺す言い訳を求めるな。
「ですって」
「おい……その言い方だとまるでイブとニーナのどっちかがそう思ってるみたいじゃないか。嫌々付き合ってるみたいじゃないか。服を買ってもらう代償にセクハラじみたファッションショーを受け入れてるみたいじゃないか」
左右の女子2人に交互に視線を向けたユキを問いただす。
もちろん本人達も問いただす。
「……? 私は最初から面倒だって言ってる」
「順番待ちは想定外」
「ど、どっちもだとぉ!?」
まさかの返答に動揺を隠しきれない。
「い、いや、たしかにイブは服なんてどーでもいいって言ってたけど。他人が選んだ着心地のいいものをボロボロになるまで着続けるタイプだけど。会話弾んでたじゃん! 褒められてニッコニコだったじゃん!
ニーナも。俺が待機組になったんだから、イブと交互に使えばそんなに待ち時間長くならないじゃん! その時間も俺との会話を楽しめばいいじゃん! さっきみたいに俺達の反応見てドヤればいいじゃん!」
「「見世物になるのが苦痛」」
「へいっ、店員! ロア商会が責任を持つから魔術で簡易的に試着室を作っていいですか!? もしくは今ある試着室を借り切っていいですか!?」
俺はその場で大きく手を振って、近くに居た従業員に尋ねた。先程から度々登場しているエプロン姿の女性従業員と接触する時がとうとう来たようだ。
試着して、カーテン開けて俺の反応を見て、すぐに引っ込んで次の服を試着して。
そのつもりだった2人にとって、1回1回外で待機して時間を無駄にした挙句、モデルのような視線や扱いを受けることは我慢ならなかったと。ファッションショーこそ受け入れたものの好奇の目に晒されるのは嫌だと。
俺にとって順番待ちなど当たり前のことなので気にしなかったが、言われてみればたしかに嫌かもしれない。対人関係や人混みが苦手な人間にとっては、尊敬の眼差しも好奇の目でしかないのかもしれない。
「これ全部買い取るのはダメ? 気に入らなかったら知り合いにあげればいい」
「そ、それは流石に……」
イブの提案を、情緒がないという理由で却下……こそいないものの、楽しいイベントが潰れてしまうので渋る。金も勿体ないし。
「おっと。お金の大事に気付いちゃいましたね~。楽する方法見つけちゃいましたね~。人間社会の闇を垣間見ちゃいましたね~」
「喧嘩売ってんのか!?」
ヘラヘラと茶化してくるユキを睨む。
「それだけじゃありませんよ~。問題を力で解決しようとしましたね~。権力・財力・実力。持たざる者が羨むもので自分の利益を押し通そうとしましたね~」
「くっ……このクソ精霊がぁ……」
それ等を手に入れるために頑張るのが人間社会だが、行使することで周囲から不満の声が出ないかと言われればNOだ。順番待ちで横入りされたら文句を言うのが自然。力を持っていようが持っていまいが関係ない。
当たり前の倫理観だ。
しかも他の客に迷惑を掛ける可能性大。試着室はみんなのものです。
だが今ならまだ間に合う。
「いいだろう……2人を楽しませて、この待ち時間や好奇の目に晒される状況を、苦にならなくしてやるよ。『俺』の力を思い知れっ!!」
「いや、そんな頑張るところじゃないから」
溜息をつきながらカーテンを開けたヒカリは、ダボっとしたパーカーとズボンというストリート系の恰好のまま、両手に抱えた品々と共に試着室から出てきた。
「ま、まさか譲ってくれるんですか?」
「他の人の試着見るのも好きだし、わたしは見られても気にしないからね」
「ヒカリさん、マジぱねえっす。一生ついて行きます」
不快指数が上昇し続けている2人を試着室に押し込み、俺は譲ってくれたヒカリに感謝の言葉を贈る。
これで空きスペースは2つ。
イブとニーナの望むファッションショーが出来る。
「その場限りのリスペクトなんてしなくていいよ」
「いや、口先だけだぞ」
「その場ぐらい感謝しようよ」
「それもそうだな。んじゃあ……助かりました。ありがとうございます。ご迷惑お掛けします。迷惑ついでに服の洗浄をお願いして良いですか。女装はOKでも男の温もりやら何やらは綺麗サッパリ取り除くように言われたので。言われなくてもマナーだと思うので。そしたらより多くの感謝が得られますよ」
「感謝しなくていいから自分でやって」
「うっす」
先程試着した青のワンピースを突き返された俺は、服の洗浄をしながらヒカリ(とユキ)と共にイブ・ニーナ・ユチ、3人のファッションショーを楽しみ、着替えている時間を衣類トークに費やすこととなった。
「ポリエステル!? アクリル!? 石から取れる油で作れるの!? なんでそんな大事なこと今まで黙ってたの!」
生地の話題になったので、何とはなしに前世……もとい転移先で仕入れた知識、およびこちらで再現可能か否かについて話すと、ヒカリは怒りに近い感情を爆発させた。
「ナイロンは広めたじゃないか」
「水着とストッキングのためでしょ! どんだけ自己中心的なの! 性欲しかないの!?」
「酷い言われようだな。ちゃんとした理由があるんだぞ」
「あ、そうなの? 今回はあるんだ?」
今回も、な。
「真面目な話をすると石油って何千年と掛けて星が蓄えた資源なんだよ。俺が見てきた世界ではそれがあまりにも便利で人類が使い過ぎて枯渇してた。資源を巡って戦争もしてた。そんなことになってほしくないから黙ってた」
「今はいいの?」
「ユキが人類が次の段階に行くことを認めたからな。たぶん大丈夫だろ。今度暇な時にでも各地の知り合いに情報流しておくよ」
「自分ではやらないんだ?」
「魔道具で手一杯です」
1人で出来ることなんてたかが知れている。
時間は有限。労働力も有限。
「おっと。とうとうそこに不満を抱くまでになっちゃいましたか~。不老不死や無限の力を求めるようになっちゃいましたか~」
「抱いてねえよ。終わりや限界があるから色々考えて動こうって話をしてんだよ。それが充実した人生ってもんだろうが」
「そう……ですね……」
しんみりとした様子で顔を伏せるユキ。
彼女は生まれた時から力を持ち、老いることも死ぬこともない。出来るかもしれないが自ら選択しなければならない。不自然をおこなわなければならない。
「……なんかごめん」
障害者をバカにしてしまったような罪悪感に苛まれた俺は、即座に謝罪の言葉を紡ぎ出す。
「はい? ああ、これですか? 弱者に同情しただけですよ。『出来ない』と『やらない』では後者の方が絶対に上ですからね。やろうと思えば皆さんと同じように生きられますし。今はまだ好き勝手に生きたい年頃なのでしないだけで、気が向いたら力を封じたりしてみたり自然に任せて老いてみようと思ってますよ~」
クソがよぉ……。




