千三百二十四話 1000年祭完結編3
中央大通りに立ち並ぶ商店。
ユキの防壁除去宣言のお陰で先日までのお祭り騒ぎが嘘のよう……とまではいかないが、警備兵が出動する必要がないぐらいの賑やかな通りを進んでいた俺達は、休憩がてらその中の1つの雑貨屋に足を踏み入れた。
「助かる」
「気にすんな。祭りでハイになった気持ちのまま、こういう通常営業してる店に入るのも乙なもんだ」
感謝の言葉を口にするニーナに、俺は何でもないといった様子で返答し、それ以上この話に触れさせないよう店内に目をやる。
生活用品からお土産まで手広く扱っていて品揃えも豊富で質も良い。先日利用した下町の雑貨店を隠れた名店とするなら、こちらは大手百貨店。普通のお土産も買おうと外観だけで選んだが大当たりだ。
ちなみに気を遣ったわけではなく本心。
バーベキュー中に足りなくなった食材を購入のために車を走らせたスーパーや、飲み会前に二日酔いや口臭対策のための用品を買うために入るコンビニ並みに、気持ちが高揚している。
今なら世界に蔓延るすべての悪を許せそうだ。
「奢ってもらえるなんて助かる」
「ザケんな」
世界に蔓延る悪は許せても甘えた心は許せない。
俺は、淡々と舐め腐ったことをほざくニーナに負けず劣らずの真顔、かつ一切譲る気のない口調で返事をした。
「……?」
「不思議そうな顔すんな。俺は何もおかしなことは言ってない。なんで俺が意味もなく奢らなきゃならないんだ。デート代や合コン代は全部男が出すものとか思ってる女子が俺は世界で一番嫌いだ。飲み食いする量に差があったとしても自分が食べた分ぐらい出せよ。男の半分ぐらい出せよ」
「あっ、ごっめーん。財布忘れちゃったー」
と、先程までのクールビューティが嘘のように、キャピキャピ(死語)声を出しながら舌を出したり自分のおでこをコツンと叩きそうな空気を醸し出すニーナ。
肉体的にも役者的にも棒だが、可愛いか可愛くないかで言えば可愛い。ただこのシチュエーションでは煽りでしかない。可愛さ余って憎さ百倍だ。
ここまでのやり取りが彼女なりにボケようとした結果であることはわかったが、下手をすれば本当に奢る羽目になるので、慎重に、しかし決して流されないように対応させていただこう。
もし猫の手食堂の連中の入れ知恵だとしたらマズイ。
「ケータイで決算出来るから問題ないな。チャージしてないなら友達から借りろ。男だと次会う口実だのセコイだのゴチャゴチャ言われるけど女同士なら問題ないし絶対に返すだろ」
「4人とも忘れちゃったー」
俺達の輪から少し離れて店内をうろつくイブをレジ周辺に置いてある雑貨コーナーで我関せずにはしゃぐ友人Aに見立て、架空のBとCも加え、クオリティが高いんだか低いんだかわからない演技をするニーナ。
一切払うつもりのない女になり切っているとしたら完璧だが現実でここまで棒読みなことはおそらくないし、そっちをやってみろと言われても彼女は絶対に出来ない。あとシチュエーションの解像度は高いが誰かの受け売りで体験談ではない。もしやってたらキレる。
「そんなことほざくバカには体で払わせろ。二次会のカラオケ店で何点以下は罰ゲームとかセクハラ上等の王様ゲームやらせろ。対価を払わないヤツにはセクハラしても許される風潮を作れ。いやさ作る」
彼氏になれるのは投資し続ける覚悟のある男だけ。その場限りの充実感を得たいならセクハラすれば良い。どっちにしろ満足出来る。誰も損しない。
「わたし達みたいなカワイイ女の子とお喋り出来たんだから払うのは当然だよねー。うぃんうぃんだよねー」
「くたばれ」
ニーナがどこまでやれるか見てみたい気持ちはあるが、演技とは言えこういう女子と長いこと喋っていると自分の質まで底辺に落ちそうなので、最終奥義『失せろ』をもって終わらせることに。
知能指数が20違うと会話が成立しないと言うが、数値化出来ないだけで価値観が違っても会話は成立しないものだ。
「知らないかもしれないけど、奢ることが彼氏の前提条件と思っている女と同じぐらい、支払うのが彼女の前提条件と思っている男もいるからな。『気を遣えない女はちょっと……』ってヤツ案外多いからな」
女は性的に弱者でもあり強者でもある。
それを使い分けるほどに周囲からのマイナスポイントは貯まっていくのだ。どれほど容姿に優れていようと人生舐め腐ってるヤツの評価は低いのだ。
「こういうのが好きって男の人も多いって聞く」
「否定はしない。承認欲求や自己顕示感が高い男は特にそう。『俺が守ってやってるんだ』と思いたいがためにクソガキに頼れようとする。感謝の言葉とかなくても勝手に満足する」
「つまりこのムーブは正解。強い」
「バカの考えだな。それじゃあ出し抜いたヤツが褒め称えられるぞ。他の女共がさっさと店を出ていく中、1人だけ残って『あ、私、自分の分出します』とかたどたどしく財布取り出したら、ほとんどの男落ちる」
「……? 男も同じじゃないの? 『ここは俺が出しとくぜ』って言えば評価爆上がりするんじゃ?」
「言っただろ、相手にどう見られたいかで対応変えろって。紳士ポイント稼ぎたいなら奢れば良いし、性欲を満たしたいなら強引に迫れば良い。女はそれを念頭に置いて動く。悪いのは払わない自分。迫られたり好感度下がっても文句は言わせない。
その辺のバランスがおかしなことになってるからライアーゲーム始まるんだ。100点以外意味ないのに30点でも良いから取ろうとする。0点はダメみたいな風潮がある」
話は変わるけど女子が男の口調真似するのって良いよね。突然『俺』とか言われたらドキッとするよね。クール系の子がやったしたらもうだよね。
「草食系は例え法律で許されても手を出せないと思う」
「ん~、どうだろうな。やりたくても出来ないから諦めてるだけで、草食系の中にも野心家って多いと思うぞ」
「……そうなの?」
対価を求めるのはダメ。
尽くしてどうなるかは向こうの気分次第。
これで消極的になるなって方が無理がある。
人生舐めてる連中を落とすためにどれだけ頑張れば良いんだよ。だったら選んでくれそうな相手に行ったり、その労力を自分のために使うよ。努力しなくなるよ。んでもって妥協したせいで満足出来ず、結局『1人の方が良くね?』ってなるよ。
今は恋愛や充実した人生のための努力が馬鹿にされる時代だ。
失敗は恥ずかしいもの。頑張るだけ無駄。楽な人生こそ至高。
そういった風潮を何とかするためにも、まずは当たり前の倫理観と自己肯定感を身につけるべきだ。
「というわけで俺は奢りません」
「じゃあ着飾って」
一方的に話を締めて店内を物色しようとしていると、ニーナが両手を広げてない胸をアピールしてきた。
(……やるな)
自分がやりたいようにやったんだから衣装代を出すのは当然自分。
意中の相手に好きな格好させられる充実感を考えれば、別途小遣いを渡しても良いぐらいのイベントだ。『私達みたいなカワイイ女子と会話出来て良かったね』と『これアナタに似合うと思って』の合体技だ。プレゼントを渡せるし選んでいる時間も楽しめる。
俺は女の武器を使いこなすニーナに戦慄した。
「――ってやると効果的って雑誌で見た」
やっぱ女って怖い……男から搾取するための知識や技術を共有している。
俺達男は哀れな子羊だ。好き勝手に弄ばれるオモチャだ。汗水たらして稼いだ金を女に貢ぐ奴隷なんだ。抗ったらあることないこと言いふらされて袋叩きにされるんだ。
「それにルーク。ココ達にお土産マウント取るって言ってた。大人の財力見せ付けてやるって言ってた。1人より3人の方が豪華に見える。それに贈られたものはちゃんとアピールする。そういうのは奢ってもらった人が言われないと意味がない」
「し、仕方ないなぁ~」
そもそもこの店に入った理由の1つはイヨ達を煽るため。子供にたかるなんて情けない大人だとか、金もなければ人望も無いとか、散々言われたのでその復讐のため。
俺氏。なけなしの貯金を使うこと決定。
「ありがとー♪」
「ちょろ過ぎニャ……」
と、ここで新たな登場人物が。
完全に奢られる気でいるヒカリと、ニーナの巧みな話術を褒めずに俺を貶すマイナス思考の持ち主のユチだ。イケメンムーブすらバカにするなんてどうやったら彼女の好感度が上がるのか知りたいものだ。
「奢ること自体は称賛するニャ。それを当然のように思ってる女子に対する罰も大賛成ニャ。私が呆れてるのは、ルークさんがあまりにも無計画なこと、ただ一点ニャ」
「ふっ、すべて計算通りだと言ったら……?」
旅行さえ終わればまた貯蓄ターンが始まる。
魔道具を発明して臨時収入を得ても良いし、最悪家族を頼れば何とかなるので、ここですべて使い切っても問題はない。
ただ甘やかすのは違うし、自分から言い出すのもなんか恥ずかしかったので、こういった形を取らせていただいたに過ぎない。
――ということにしておこうじゃないか。これ以上の言及はやめてくれ。俺のプライドとか今後の人生とか色々影響してくる。
「散々奢ったのにこれ以上奢る意味なんてないニャ。マウント取るならココ達以外の人にプレゼントすれば良いニャ。『お前達の分は買えなかったわ~。なにせ俺金無しし』とでも言えば超絶ダメージを与えられるニャ。そして時間を置いて買っておいたものを渡せば好感度アップ間違いなしニャ」
「言及するなって言ったよな!? しかも的確なアドバイスまでしやがって! 今更やっぱ奢るのなしなんて言えないだろ! どうしてくれるんだ、この気持ち!」
「お金貸そうか?」
やーめーてー。それだけは無ー理ー。
俺はやたら分厚い財布を取り出したヒカリから泣きながら目を逸らした。
「男の人のそういう変なプライドも男女差別に一役買ってると思うよ」
ぐっ……ふ、風潮が悪いよ、風潮が。誰だよ、男の方が出世するとか金持ってるとか言い出したヤツ。てか『施してやってる俺かっけー』の精神を植え付けたやつ。
(……神か)
(責任転嫁甚だしいですね~。実力ではなく財力と権力を最重要視するようにした人間社会のせいでしょうに。その中で楽な生活を送りたい、良い地位につきたい、周りから評価されたいと思うのは人間の弱さですよ~。つまりルーク君は雑魚~)
ぐうの音も出ない正論パンチやめろ。
前世の頃から染みついた行動理念はどうしようもないじゃないか。男が女を頼るのってなんかカッコ悪いじゃないか。ましてや前言撤回してまで。
――とでも言うと思ったか! バカめ!
「え? マジで? サンキュー」
ふふっ、すべては俺の作り出した幻想。
俺は優先順位を決められる男ルーク=オルブライト。
優先度の高いものを手に入れるためならプライドなんていくらでも捨てられる。友達から金を借りるなんて朝飯前だ。土下座だろうが下僕ムーブだろうが余裕よ。
「男の人のそういう変なプライドも男女差別に一役買ってると思うよ」
あっれ~?




