千三百二十三話 1000年祭完結編2
「2人とも見てごらん。あれが財力を手に入れた者の末路だよ」
イブとニーナを引き連れて町を歩くこと十数分。
宿屋周辺は見飽きたが、人混みが苦手な彼女達に無理をさせたくもないので、様子を見ながらほどほどに人もイベントも盛りだくさんの王都中央部に近づいていた俺達は、金に物を言わせて屋台の品々を買い漁る子供達を発見した。
「よっ」
俺のネタ振りに対し、どう返していいかわからなかったのか、そもそも気付いていないのか、ニーナは馴れ馴れしく声を掛ける。
初対面の相手にこの1割でも出せたら交友関係は格段に広がるはずだが、それが出来ないからこそのニーナなので一生このままでいてほしい。コミュ力をバカにされた時に「親しい相手なら大丈夫」とか言っちゃう子は、とても良いと思います。
ニーナほど親しいわけではなく、しかし何もしないのも違うからと、注視していないと気付かないような会釈をするイブの内心を考えてもキュンキュンしちゃう。
「…………」
睨まれた。
さっさと話を進めろってことなんだろうけど、見目麗しい高貴な者のジト目とかご褒美でしかない。このまま流れを止めて戸惑わせたいまである。
まぁ思うだけだけど。
「どんだけ買ってんだよ。そして食べてんだよ」
コンマ数秒のやり取りを楽しんだ後。俺は、4人が装備しているお祭りグッズの数々およびそこら中に散らばっている空の容器に呆れながら、話を進めた。
昨日の稼ぎは現在絶賛着用中の浴衣代で消えたはずだが、保護者連中が甘やかしたのか金魚を置き去りにさせるために与えたのか、はたまた子供達が無理言って前借したのか。初体験でお気に召したたこ焼きをはじめ、リンゴ飴、イカ焼き、焼きトウモロコシ、綿菓子などなど、お祭りのためにあるような食料がズラリ。
価格もお祭り価格だ。
こういった場で金額を計算するのは野暮というものだが、日本円に換算するなら樋口さんが1人旅立つぐらいの量である。
「もごご、もご!」
「せめて理解出来るように喋れ。口一杯にもほどがあるわ」
口の周りをソースまみれにしたイヨが、イカ焼きを頬張りながら満面の笑顔を向けて説明するも、楽しんでいること以外何一つ伝わらない。
無理矢理に捻り出すなら、この状態で口を開けたらどうなるかわかっているので身振り手振りでやっていること。そしてリンゴ飴を持っている方の手でやっていること。イカ焼きを持っている右手を振り回したら間違いなくソースが飛び散った。
俺達に掛かるのも、地面やベンチに掛かるのも、おニューの浴衣に掛かるのも、全部アウトだ。
例え一瞬で汚れを落とせるとしても倫理的にアウト。目に入ったものだけ何とかするなんて愚の骨頂だ。もしそんなことされたら金魚のことを話した上で説教だ。
「お祭りでしか食べられない物があるって教えたらこんなことに……」
ジュースで流し込めば素早く口の中のものを片付けられる、とベンチに置いていたカップに手を出して限界突破。口や鼻から色々噴き出したバカの代わりに、説明役を買って出てくれたココが嘆くように言った。
そのことには感謝するが内容は感心しない。
「な~に被害者のフリしてんだよ。一緒になって楽しんでる時点でお前も同罪だからな? 何なら責任転嫁してる分、悪だからな?」
「おー。なるほど」
しまった……ずる賢いニャンコがまた1人増えてしまったかもしれない。
(ヒカリとユチだけでも持て余し気味なのに、ココまでその枠になったらもうおしまいだぁ。子猫とかいう最強生物があの手この手で悪戯してくるよぉ)
チラッ――。
「3人は何してるの? デート?」
「出発時間まで暇を潰してる」
「歩いてる」
ふっ、今はまだその時じゃないってことか……待ってるぜ。お前がその気になるまで。
まぁそれはそれとして、なんで子供の方が説明能力あるんだよ。読解力あるんだよ。口下手にも程があるだろ。ボケか? ボケただけなのか?
「ふぅ……精霊とルイーズがいなかったらあぶなかったわ」
「完全にアウトだよ。あとでクララに怒られろ。祭りでしか食べられない物があるって、それがどれかわからないから全部食うのはバカの発想だぞ」
「じゃあどうしろっていうのよ!」
大惨事を他力本願で片付けたイヨは、ギリギリセーフのように宣い、一息つく間もなく逆ギレ。
どこまでも残念なエルフっ子に呆れ以外の感情が湧いてこないが、これもニーナ達と同じで“らしい”ので、気にせず話を続ける。
子供の成長は早い。このやり取りが出来るのもそう長くはないだろう。そうなったらたぶん泣く。娘を嫁に出す父親ばりに泣く。喪失感で3日ぐらい何もしたくなくなる。だから今を精一杯楽しむ。
「な、なんで遠い目をしてるの……?」
「気にしないでくれ。ちょっと感傷的になっただけだ」
「今のやり取りのどこに感傷的になる要素が!?」
と、動揺を露わにした上にツッコミまで担当してくれたココをはじめ、感傷的の意味を知らないイヨ以外を楽しませたところで、改めて――。
「祭りじゃないと買えないだけで食べられないわけじゃないぞ。作ろうと思えば作れる。そのことに誰も気付かなかったのか? もしくは大人達に教えてもらわなかったのか?」
ウェイトレス見習いのココとチコ、貴族としてそれなりに食の知識あるであろうルイーズに視線を向ける。
「いっしょういちご!」
「あ~……一期一会って言いたいのか? 祭りの空気はここでしか味わえないって? もしくは一日一生? 今のという瞬間を大事にしよう?」
もしかしたら好きなものを食べたい的な意味合いで『一生イチゴ』と言っているのかもしれない、と疑心暗鬼になりながら選択肢を出すと、イヨは肯定するように大きく頷いた。
タイミング的に一期一会が当たりだったらしい。
どうしてバカって難しい言葉使いたがるんだろうな。使いこなせない・説明出来ないならもっとわかりやすい言葉を使えば良いのに。なんかカッコいいから?
「みんな忙しいからってあんまり詳しく教えてくれなかった」
チコが説明役を買って出た理由は不明だが、落ち着いた子なので棒読みであったりポーカーフェイスでも違和感がないことだけは記しておく。
大人達が情報提供をしかなったのはおそらくわざとなので、触れない方向で行かせていただく。
「これでもししゃごにゅうしたのよ」
「取捨選択な」
と、わかりやすいボケ(?)に安心しながらツッコミを入れ、事情は把握出来たので話を進める。
「たしかにここでしか味わえない空気はある。でもそれは食べ物だけじゃない。お祭りでしか出来ない遊びも、今しか出来ない出会いも、ここでしか出来ない話だってある」
「楽しんでるんだからいいじゃない!」
「それはお前だけだ。お前等朝から食いっぱなしだろ。俺にはわかるぞ。エルフ信者のルイーズはともかく、ココとチコはイヨの暴食っぷりに飽きてる。本当はもっと色々見て回りたいけどいつまで経っても満足しないから仕方なく付き合ってる。
というわけでこれは俺達が責任をもって処理してやる。寄こせ」
「あーっ!」
集中力を欠いたイヨの手からリンゴ飴を奪い取ることは容易かった。
「さては最初からそれがねらいだったわね! 今言ったこともぜんぶウソね!」
「くくく……今更気付いても遅いわ。一瞬でも親友を疑ったことを後悔しながら、そこでリンゴ飴が食いつくされる姿を眺めているが良い。ふはははっ」
「え? 別に嘘じゃないけど?」
「「…………」」
ずる賢さだけでなくドSまで……ダメだ。この世の終わりだ。俺もイヨも一生ココに弄られるんだ。チワワのように怯えてる俺達に「仕方ないなぁ」とか小悪魔の笑みを向けてくるんだ。うわー。
チラッ――。
「あ、もういいから話進めてくれる?」
サーイエッサー。
「うるせえ! お前等はその辺で売ってるたっかいお面でも被ってごっこ遊びをしてれば良いんだ! 固定されてて絶対に取れない射的の一等とか、紐が繋がってなくて絶対に当たらないくじ引きとか、悪戯にしか使えないのにそれすら禁止されて用途不明になった爆竹やオモチャの銃に金を使ってれば良いんだ!」
「きたない! おとなってきたない!」
――という反応を期待していたのだが、返って来たのは予想外の言葉。
「わたしが売り子したお店で売ってた、とつぜん『クーケケケケケッ!』って笑い出すコップとか、ひとりでに歩き出すくつしたとか、かみの毛が生えてくるノートとかを買えってこと?」
「あれそんな機能あったのかよッ!!」
今更ながらに発覚した驚愕の事実。
やはりラーメン皿が一番の当たりだったようだ。
何もないって素晴らしいね。『何もない』があるね。
「てか真面目な話、昨日のスタンプラリーみたいに絵や文字書いてもらって探せば良いじゃないか。宝探しと飲食が出来て二倍楽しいぞ」
「て、天才よ……天才がここにいたわ……!」
ここまで嬉しくない天才認定は生まれて初めてだ。
「子供ってウエストポーチをつけたがるよな」
「カッコいいじゃない!」
「でも基礎学校卒業すると、なんか違うってなって離れる」
「きっと大人になりたかったのね!」
「でも大人になると戻ってくる」
「ベンリだからね!」
ピンク色のウエストポーチから王都の地図とペンを取り出したイヨが「書いて!」と、裏面に書くよう突き出してきたので、時間稼ぎついでの他愛のない雑談に花を咲かせつつ、思いつく限りの食品のイラストと商品名を書いていく。
売ってるかどうかは知らん。探せ。今のこいつ等にとってはこの世のすべてとも言えるものがそこにある。個性的な落書きの痕跡が見られるが、そこに触れると時間が無くなるので無視させていただく。
「フッ……」
「……その笑いはこっちの落書きに対するものだよな? 俺の画力じゃないよな? 字の汚さじゃないよな? もし俺のをバカにしてるのなら描かせるからな。時間掛ければもうちょっと上手く描けるわ」
手元を覗き込んできたニーナを睨みつける。
「何も言ってない。自分から言い訳するのは自覚してる証拠」
「時間が足りないってことをな! 雑に描いてるってことをな!」
こういうのは知ってる人間に見せてギリギリわかるぐらいが丁度良いんだ。推理要素が大事なんだ。
10秒作画で正確性より雰囲気を捉えることが大事みたいなもんよ。
「うっし、こんなとこだな、今思いつくのは。宝探しに夢中になり過ぎて集合時間に遅れるなよ。置いていくぞ」
あっという間に宝の地図が完成。
大人達に散々言われているであろうことを念押ししながら渡してやると、一同は自信満々に胸を張って「だいじょうぶ!」と言い放った。
ただ子供のこのセリフを信じる保護者はいない。
「言っておくけど自力で帰って来ても許さないからな。間に合わなかった時点でアウトだからな。泣いて謝るようなきつ~いお仕置きが待ってるからな」
「なんでよ! 結果良ければすべて良しでしょ!」
「この場合の『結果』は時間に間に合うかどうかだ。ボケ」
遅刻しても許されると思っているバカの逃げ道を封じ、納得がいかずぎゃーぎゃー騒ぐバカを無視して、俺はその場を後にした。
「金魚のこと言わなくていいの?」
別れて数mも移動しない内に、イブが不思議そうに首を傾げて尋ねてきた。無言だったのはいつそのことを言おうかタイミングを窺っていたのかもしれない。
「ああ。そんなことしたら楽しい気分が台無しになる。大事なのはメリハリ。あとで怒られるなり反省するなりすれば良いんだ」
「「……なるほど」」
イブとニーナは気遣いを学んだ……と思う。




