千三百二十二話 1000年祭完結編1
「よう、ニーナ、1人で何してんだ? 暇なら一緒に祭りに行かないか?」
既に相方はゲットしているので、2人きりでも構わないとパーティ強化より移動を重視しながら宿屋の出口を目指していると、玄関で装飾品をボーっと眺める如何にも暇そうな雰囲気のニャンコを発見。
最後の思い出づくりとしては中々にマニアックだ。
そんな姿を知り合いに見られたらほぼほぼ弄られるし、弄られなかったとしても同情的な目は向けられる。無関係な人間に変な目をされたり絡まれる可能性だってある。ナンパではなく『お嬢ちゃん迷子?』的な意味で。
部屋でのんびりするわけでも、誰かのところにお邪魔するでも、散歩するわけでもなく、目につきやすい場所でジッとする。
それは卒業式後や長期休暇前に教室に残ったり、合コンのメンバーを探しているヤツの近くで「酒好きなんだよなぁ~」と遠回しにアピールしたり、アニメの話がしたいけど同志を探すのは怖いし面倒なのでボリューム大きめでアニソン聞いたり休み時間にカバーもつけずに漫画やラノベを読んだりするのと同じ。
誘われ待ちの空気を感じ取った俺は、陰キャの精一杯のアプローチを酌んで、誘いを掛けた。
声を掛けてもらえたら嬉々としてついて行く。掛けてもらえなかったら「んだよ、陽キャ共がよ」と心の中で文句を言ったり、「べべ、別に興味ないし……」と負け惜しみを言って自尊心を保ったりする。
「失礼な。誰かと待ち合わせしてるかもしれないのに」
「ないな。ヒカリや子供達を誘おうと思って部屋を覗いたけど大人達しかいなかったし、強者はなんか忙しくしてるし、お前が最後の最後に新しい出会いを求めるなんてあり得ない。向こうから誘われても『約束があるから』とかテキトーな理由をつけて断る。それがニーナという少女だ」
「決めつけるのは良くない」
「普段ならな。この場合の返答はイエスかノー以外肯定と見なす」
「…………」
答えは沈黙。
ただ残念ながらそれもイエスとノー以外の返答だ。よって俺の推測は正しかったということになる。ぼっちイェ~イ♪ フゥ~♪ うぇいうぇいうぇ~い♪
「1人なのは認める。でも暇じゃない」
煽り以外の用途が見出せないパリピダンスを踊ろうとしていると、ニーナが一部妥協しつつ抵抗してきた。
このニャンコ……対人スキルが上がっていやがる。
そうなのだ。勘違いしている人間が多いが、自分の非を認めないとその部分を責める&攻め続けることが出来るため、いつまで経っても有利な状況が作れない。攻撃に転じるためには一旦負けを認め、新たな戦場に持ち込むことだ。
ぼっちが悪いわけじゃないしな。バカにされやすいってだけで。特に旅行とかクリスマスとかのイベント時。
最近は自虐ネタにすることも多いのである意味楽しんでいるが。
「その心は?」
「昨日、チコ達が屋台ですくった金魚が元気ないから心配してた」
そう言ってニーナは目の前の金魚鉢に視線を落とした。見覚えのある容器だ。部屋だとバタバタするので一時的に置かせてもらっているのだろう。
中を泳ぐ4匹の金魚は、俺の記憶にある金魚とは似ても似つかない、ゆったりとした動きをしている。明らかに元気がない。
「朝早くに遊びに出掛けた子供達に世話を頼まれた。やり方がわからないって言ったら見てるだけで良いって言われた。だから見てた。そしたらどんどん元気がなくなっていった」
「だから何もせずに見守り続けたのか!?」
「ヘタに手を出したら悪化すると思って……」
「お前は是非の判断が出来なくて言われたことしかやらない新入社員か! 女子供は抱きしめたら壊れると思ってる童貞か! なんだ、その、愛を勘違いしてる男みたいな思考!? 時間は解決してくれないし、思ってることは口に出さないと伝わらないし、意見交換する前に動くのは大抵の場合悪手だからな!?」
精霊や強者を頼れば秒で解決するのにしない理由は、慌てていて気付いていないのか、頼ったものの教育として無視されたのか、はたまた原因はわかっているが治療方法が実行不可能なものなのか。
そんな普通の行動理念を期待した俺の気持ちを返せ。
「ルークはいつもそう。自分も出来てないのに人を責める」
「な、なにぃ~?」
心当たりがありそうで無い、でも時間を掛けて考えたらやっぱりあるかもしれない指摘に、思わずたじろぐ。
心も体も周辺環境も強くてニューゲーム中の今生では有言実行しているはずだが、全部が全部出来ているかと言われたら微妙なところ。ニーナに伝わっていない可能性もある。自慢するのは違うが『思っていることは口に出さないと伝わらない』の亜種と言われればその通りだ。
「みんなから聞いた。ルークも妊婦のお腹に触れなかったって」
「あれは仕方ない。未知の力が暴走するかもしれない状況で、知り合ったばかりの妊婦の腹に直接触れるとか、ビビらない方がおかしい。自分から言い出したんじゃなくて周りから強要されてのことだし。例え安全だとしても全世界の男子が恐れおののくぞ」
「ならこれも無理?」
「『なら』ってなんだよ。出来るよ。金魚とか全然未知じゃないし。同じような経験何度もあるし。ちょっと待ってろ」
挑発なのか頼られたのかはわからないが、金魚とイヨ達に非はないので、俺はこの状況を何とかするべくクララの部屋に急いだ。
「……っし、完成! 水槽付きキャリ~ケ~スぅ~♪」
「なんでだみ声?」
何度も言うけどマナーだから。
ただこれは言っても伝わらないことなのでオリジナルのボケということにしてスルーし、イヨ一家の所有するキャリーケースに取り付けた水槽の解説に入った。
「人間もそうだけど、たまには広々とした空間で体を動かせないと体調悪くなるからな」
「小さな金魚鉢で飼うのはよくないってこと?」
「いいや。ちゃんと環境整備すれば問題ない。今回はそれがなかっただけ。ま、広いに越したことはないけどな」
言いながら水槽の中に水を注いでいく。
我ながら惚れ惚れする出来栄えだ。とても製作時間5分とは思えない。魔術と前世で身につけた技術と知識様様だ。今の俺にとって水槽をつくるなんて朝飯前よ。
「ルークがつくった水……なんかイヤ」
「人を病原菌みたいに言うな。文句があるなら自分でやれ。そのぐらい出来るだろ。水温調整ミスって金魚が死んでも責任は取らんがな」
「む……」
精霊術および魔力操作の技術は自分の方が劣っていることを自覚しているらしく、ニーナは嫌々といった様子で引き下がった。失礼なニャンコだ。
ちなみに日本の水道水はカルキたっぷりなので、塩素の中和剤を入れる必要がる。じゃないとほぼ毒だ。もちろん俺が生み出した水は最適化されている。
「最後にこれを取り付けて引っ越し準備完了だ!」
さらに俺は水槽に出来立てほやほやの魔道具を取り付ける。
「それは?」
「エアレーション。水の中に酸素を溶かす魔道具だ」
製作時間の大半を費やしたものだ。
小学生がつくった電気スイッチぐらい簡易的なものだが、帰宅までならこれで十分。クララにも知らせたので、もたなかったらお得意の精霊術でなんとかしてくれる……というか彼女はこうなることを承知していた。
子供達が気付けるかどうか試してたんだと。
ニーナが気付かなかったら処置を施してたとも言っていた。クラスでアサガオ育てたり、学校でウサギやニワトリ飼うみたいなもんだな。先生は助言するだけ。
「水面でパクパクしてる金魚いるだろ。あれは酸素が足りなくてやってるんだ。水草を入れておけば草から酸素が出るんだけどそういうのもやってなかったし」
「……まだ元気ない」
引っ越しを済ませた4匹の金魚に変化は見られない。それどころか『泳ぐ』から『漂う』に悪化している。
「流石にそんなすぐには良くならないって。だいぶ弱ってたし」
「昨日は元気だったのに?」
「ああ。イヨ達なら持ち前の魔術適性や身体能力で元気なのをすくってると思ったんだけど、どうも違ったみたいだな。他の連中と同じで弱ったのをすくっただけだったらしい。しかもその後の処理もしてないと来たもんだ」
金魚がすくえるのは弱っている証拠。
生まれて数ヶ月の金魚が馬車に揺られて縁日会場に運ばれ、大量の金魚の中で泳がされて疲れ果てた状態でビニール袋の中で保管され、ロクに息も出来ない世界に放り出されて長生きするわけがない。
縁日の金魚がすぐ死ぬ原因はそれだ。
「だから普通にやるんだったら、家に帰ったらすぐに広い場所に移してやること。酸素は少ないとダメだけど多過ぎても金魚が弱るからちゃんと調整すること。金魚は胃がなくて食いだめが出来ないからいつもお腹を空かせてる。定期的な餌やりを欠かさないこと……とか言ってると見てみな。元気に泳ぎ始めた」
「さすがルーク」
「ふふーん、もっと褒めろ」
「イヤ。金魚達の健康状態に気付かなかったのは同罪。飼育方法を教えられたのに教えなかった分、罪は重い。やって当たり前」
「……この金魚達、ニーナが見てたせいでプレッシャー感じて弱ったんじゃないのか? 腐っても神獣だから人間には感じ取れない圧とかありそうだし。生物ってそういうのに敏感って言うし」
「――っ!?」
「なんてな。冗談だ。お前は圧なんて出せない雑魚だ。安心しろ」
「それはそれで嫌」
わがままなヤツだ。
何はともあれ復讐成功。
命の大切さを教えるために大人達が後から手を加えた可能性もあるが、確証もないのに疑うのも嫌なので、誰も気付かなかったということにしておこう。
少なくとも俺はそうだし。
昨日、子供達に金魚を見せびらかされた時も「ちゃんと育てるんだぞ」と保護者面しただけで、金魚の健康状態や飼育方法なんて考えもしなかった。精霊や大人達がついてるからなんとかなるだろうという他人任せ思考もあった。
「んじゃあ俺はこれを片付けてくるわ」
「わたしは念のためにしばらく金魚達の様子を見てる」
「おっけ~。クララの帰り支度もそろそろ終わりそうだったし、ロビーで大人組だけでエロカルタしたいとか言ってたような気もするし、後のことは任せて一緒に祭りに行こうぜ」
階段の上から怒気が放たれたが、おそらく俺に向けられたものではないので無視させていただく。
元はと言えば御宅の娘さんのせいだ。風評被害ぐらい受け入れてもらわないと。
「イブもここに居てくれ。すぐ戻ってくるから」
「わかった」
ニーナとイブを玄関に残し、エアレーション製作で使用した素材や道具を自室へと持ち帰る。
「ユキ」
その道中。誰も居ない廊下を歩きながら俺は虚空に呼び掛けた。
「へい、親分」
「行ってこい」
王都内某所――。
「どうもどうも、通りすがりの王族関係者で~す。突然ですが水質チェックをさせていただきま~す」
「な、なにを……」
「あ~最悪ですね~。これじゃあ金魚さん達が可哀想です。というわけで正しい運搬・管理方法を記した参考資料をプレゼント~。これ等が実行されない場合は無期限の出店禁止を命じま~す。金魚が死んだとか元気がないとかクレームがあった時は真摯に対応するように~。ではでは~」
戸惑う男を無視して水槽を覗き込んだユキは、評価・提供・警告・離脱を一連の流れでおこない、店主も客も周囲の店の者達もすべてを呆然とさせた。
「あーあ、やっちまったな。ルークの身内に売るなんて」
「ここがあの男の人生の分岐点だな」
反応らしい反応と言えば、偶然通り掛かったワンとスーリが同情的な目をしたぐらいである。巻き込まれないように遠巻きに見ているだけだったが。




