千三百二十一話 続それぞれの道
世界に自分達より上の存在がいることに気付いている者は少なく、彼等も何となく感じているだけで干渉して来ない強者のことは無いものとして扱い、その他大勢の人類と共に世界の覇者を気取っていた。
そんな中で、神か、精霊か、はたまた宇宙人か、正体不明ながらも絶対的な力を持った存在から告げられた防壁除去という直接的な干渉……の予告に王都は1日経っても大混乱を続けていた。
「はぁ~、こういうのが面倒臭いんだよなぁ……かさばるし、すぐ割れるし、興味ない連中からしたらただのゴミだし……。誰だよ、サイダー瓶をこんなに持ち帰ろうとしてるバカは」
まぁそれはそれとして俺は自室で帰り支度を進めている。
買い忘れたものはないか、失くしたものはないか、それは本当に持って帰るべきものなのか、同じ場所に入れても問題はないか、もっと効率よく詰められないか。
ベッドや床に一切合切ぶちまけて回想に耽ったり、この後のスケジュールに後悔や見落としはないか思案する、旅行最後にして最高に楽しい時間だ。
「……? ルーク君じゃないの? ユキさんがみんなに問い詰められてる時も、我関せずでせっせと洗ってたって聞いた」
作業自体は1人でやっているが部屋には俺を見守る存在がある。
イブだ。
目と鼻の先に自宅がある上、そこに運ぶだけの簡単な作業すらメイドさんにやってもらったとは言え、俺より先に支度を終えて暇になったのは事実なので『一足早く終えて部屋に遊びに来た』という表現は間違いではないと思うが、邪魔にならないよう椅子の上で両膝を抱えていた王女が、的確だが不安げにツッコミを入れてきた。
「正解だよ。だからもうちょっと勢いのあるツッコミをしてくれ。自信を持ってぶつかって来てくれ」
これは「私ってカワイイかな?」という構ってちゃんであり、「○○をやるかどうか悩んでるんだけど……」という自分の中で答えは決まっているので後押ししてほしい問答。
ヒカリかニーナ辺りから又聞きした情報の真偽を、たどたどしく確認してくる場面ではない。
「せやかて工藤」
咎められたイブがどういう反応をするかと思っていると、ボケかツッコミか言い訳かわからないものが繰り出された。
ただ返答は決まっている。
「もろたで工藤」
「…………」
「なんだよ。ユキにその先のやり取りまで教えてもらってないのかよ。『甘いぜ服部』って言って、互いの主張をぶつけ合って、もろたでを言った方が負けて終わるんだぞ」
使用者が理解していない可能性を考慮して「誰だよ、それ」と素っ気なく返すことはやめておいたのだが、どうやら正解だったようだ。
そこで終わらされたら話も広げられないので、ある意味正しい対処法なのかもしれない。
「ううん。神様から教えてもらった。ルーク君の対応が面倒臭くなった時に便利だって。下手に無視すると1人語り続けるからちゃんと終わらせた方が良いって」
と思ったら予想外の方向に広がった。
(あんのクソ神ぃ~! 俺には口うるさく指示するクセに、自分は余計な知識与えまくりじゃねえか!)
(人間がやるのはダメでも私がやるのは良いんですぅ~)
神が自己チューとか終わってんな、この世界……。
いやまぁ制御出来るヤツだけがやるってのは正しいんだけど、たぶんこの神、俺にマウント取りたいだけだし。不自由に悩む俺の姿を見て楽しんでるだけだし。
(悔しかったら全知全能になることです。自分の影響力を把握出来ない内は認めませんよ。私や強者の尻ぬぐいをしながら力をつけるのです。ふふ~)
(何が『ふふ~』だ。精神的ねずみ講やってるだけじゃねえか。教育のためって名目で責任を下に丸投げしてるだけじゃねえか)
やるけどね。間違ってるとは思わないし。
ただマウントは取ってくるな。『子供叱るな来た道だ。老人笑うな行く道だ』の精神を大事にしろ。
(神なので生まれた時から全知全能ですが?)
……たしかに。
でも下々の者達の心を理解しない上司や貴族ってダメだと思うんですよ、僕。理解した上で無視したりバカにするのはもっとダメだと思うんですよ。
「というわけで次の話題。慌ててるのは半分だけ。残る半分は壁や宣言した人の調査、改築のための準備でバタバタしてるって、お姉様が言ってた」
「へぇ~」
イブが信仰深い者達とは異なる『神託(笑)』を受けていることに驚いたものの、これが唯一のものだと言う彼女の言葉を信じて、話題転換に乗ることに。
やりたかった話題だったしな。有益な情報も飛び出したし。
「まぁこれは人為的なものじゃなくて天災って思うべきだわな」
「ん。国や町が一丸となって対処すべき事態。私達は普段通りの生活を謳歌するだけ。慌てるのは間に合わないことが判明してからでいい」
干渉して来ない強者が無関係なら、干渉しようがない俺達も無関係だ。
起きてしまった、あるいは起きることが決まっているのなら、影響を出さないためにはどうすればいいか考える方が建設的だし努力しないで困るのは自分だ。
「ルーク君にも手伝ってほしいって。ロア商会にも声は掛けてるけどルーク君は絶対だって」
「手伝うって壁の調査を?」
「……興味ないの?」
先程のツッコミ以上に戸惑いながら首を傾げるイブ。
この様子からして俺への応援要請はマリーさんだけでなくセイルーン王家、さらには関係者全員の総意であり、引き受けてくれるところまで含めて決定事項だったようだが、正直あまり乗り気ではない。
その気持ちが表に出てしまったようだ。
念押ししたのも悪かったかもしれない。「だったら断る」と受け取られかねない口調だったし。いやまぁ断るんですけど。
「なくはないけど解析出来るとは思えないんだよなぁ。ステーションの魔法陣ですら無理だったんだぞ? 昨日、壁際を通った時に暇潰しがてら調べてみたけど全然無理だったし、強者が邪魔してくるかもしれないし、時間の無駄だって」
「……やけに消極的。これまでは嬉々として立ち向かってきたのに」
「知識や技術を手に入れる必要があったからな。これは違う。万が一解析出来たとしても、1000年持続する強力な結界が作れたとしても、それは人類のためにならないだろ。世界中で安全が確保されたら間違いなく堕落して滅びるぞ」
俺は、床に転がっていた幾何学模様が刻まれた腕輪を見ながら、非現実とは言い難い妄想を口に出した。
昔、フィーネから貰った結界が張れる魔道具だ。
「最近は魔獣に襲われても自分で対処するだけの力が身についたし、作業時に魔法陣同士が干渉したり物理的に邪魔になることがあるから、外していることが多いんだけどな。
真心の籠った贈り物を遠ざけるのは心が痛んだんだけど、フィーネは『これは頼られなくなることが本懐だ』って喜んだんだ。
その時思ったんだよ。俺は、世界がこれまで種族のレベルに合わせて良い感じに出してた知識や力を、無理矢理引き出してるんじゃないかって。ごく一部の人間しか理解出来ないもの……何なら誰も理解出来ないものを行使して自己満足に浸ってるんじゃないかって。後世の人達の楽しみを奪ってるんじゃないかって」
「やり過ぎてるってこと?」
「ああ」
知識や技術が加速するのは仕方ない。応用に応用を重ねれば新たな事実が見つかるものだ。そこから明らかになる事象も多い。
ただ俺は人類が扱いきれないものを作り過ぎ・見つけ過ぎている気がする。
「困窮した状況を打開するために限界突破するのは仕方ないと思う。だってそうしないとやりたいことが出来ないんだから。でも最近は贅沢の領域にまで足を踏み入れてる気がするんだよ。時々『これって本当に必要なことか?』って思うんだ」
「副産物だから仕方ない」
「まぁな。ただグレートウォールは違う。あれを解析して得られるのは結界に関する力だ。もしかしたら他にも色々見つかるかもしれないけど俺は現状に不満がない。というかやりたいことが溢れてて時間が足りない。
だから俺は新しいものに手を出さずに今ある技術を向上させたい。道を切り開くのでも建設するのでもなく地盤整備をメインでやっていこうと思ってる。『今の技術で魔道具を作り直したらどうなるか』『一般人に知られていない知識をどうやって噛み砕いて伝えればいいか』って活動をしていくつもりだ」
これまでは転生者としての知識だった。
今後は純粋に発想力勝負だ。
「そのために俺が欲しいのは成長を促す力。理解出来ないからと諦めたり頼られる力じゃなくて、参考にしたくなる力だ。あの防壁は違う」
努力してる連中を「ふっふっふ、俺を超えられるものなら超えてみろ!」と挑発して、超えられて、何もしてないのに師匠面で「次はお前が手本になるんだぞ」と勝手に未来を託して死ぬのが理想。
もちろん全力で歩み続ける。
でもトライ&エラーを積み重ねて新しい道を切り開いていく先人より、整備された道を使って追ってくる後人の方が絶対に早い。正解も知っている。失敗によってのみ得られる経験値こそ足りないが、その分時間と参考になるものはあるので、失敗した状況まで持って行って新たな試みが出来る。
つまり先人は後人に抜かれるべき存在なのだ。
最初の1年はバカにされ、10年後には持て囃され、100年後には伝説となり、200年後には無名で良い。
草葉の陰から「これ俺の功績やで!」って1人でドヤっとくから。
「私は前に進みたい」
「これは俺がやりたいだけ。別に許可取る必要なんてないさ。コーネルとかパスカルとか、他にもそういうヤツも多いだろうし。広めてほしくないものに関してはその都度注意する。もしくは強者からストップが掛かるから従ってくれ」
俺は、凛とした瞳を向けてくるイブを茶化すように、肩を竦めてみせた。
やりたいという気持ちに善悪も真偽もない。好きにやればいい。怒られたり衝突したら立ち止まって、善悪について考えればいいのだ。
特殊五行やリニアモーターカーのようにどこかで交わることもあるだろう。
「とにかく俺は今回不参加。マリーさん達にも伝えといてくれ……っと。うっし、帰り支度終わり! 出発予定時刻までまだ2時間ぐらいあるし、最後にもうひと思い出つくろうぜ!」
俺はちょっぴりしんみりした空気を拭い去るように勢いよくカバンの蓋を締めて立ち上がり、イブをデートに誘った。
暇そうな人間が他にいれば全然誘うが現状2人きり。デートだ。
「きゃあ、ルークさんに誘われちゃいました~。ど~しよぉ~。困るぅ~」
……ユキ、参加決定。
「フ、フィーネさん!? ち、ち、違うんですよ!? これは帰り支度を投げ出したわけでも、2人のデートの邪魔をしようとしてるわけでも、ルークさんを落とそうとしてるわけでもなくてですね!」
「いいから来なさい。やるべきことが残っているんです」
「あ~れ~」
……ユキ、不参加決定。
「私も調査があるから」
「なんでやねん。お前は来いよ。2時間ぐらい付き合えよ。じゃないとユキをけしかけるぞ。防壁と王城の両サイドから邪魔するぞ」
「……わかった」
こうして、俺は快くデートを快諾してくれた婚約者と共に、残された僅かな時間で1000年祭を楽しむことになった。




