閑話 ガールズトーク
「……ふぅ。皆さんの気持ちはわかりました。いいでしょう。話すとしましょう」
ルーク達がボーイズトークで盛り上がり始めた頃。
高齢者……もとい強者と若人が入り混じった女子(笑)チームを自室に集めたユキは、まるで男子達がそうなるのを待っていたかのように閉じていた目をゆっくりと開き、神妙な顔つきで言葉を紡ぎ出した。
「「「――っ」」」
いつもの構ってちゃんに違いないと、ユキをガン無視してガールズトークに花を咲かせていたフィーネ、ルナマリア、ヘルガ、ヒカリ、ニーナの5人は、それぞれに驚きの反応を見せる。
事情を知っている者も、知らない者も、まさか“あの”ユキがはぐらかさずに真実を教えるとは微塵も思っていなかったようだ。
『本当に明かして良いのか』
『どこまで話すつもりだ』
『それを知った後、一体どんなトラブルに巻き込まれるのだろう』
シングルベッドが2つ、壁際に机が1つと椅子が2つあるだけの、8畳ほどの小さな部屋に様々な想いが溢れる。
「ヘルガさんはキスと性欲は無関係と思ってるタイプらしいですけど、皆さんはどうです? クラスメイトの女子の縦笛に興味を示す男子は健全だと思います? 口や唾液に性を感じます?」
(((うん、まぁ知ってた……)))
やはりユキはユキだった。
「わたしは関係ある派だね。肉体接触は言わずもがなだし、間接的にでもセックスアピールに興奮するのは当然だよ。妄想でどうにでもなるからね」
「乗るの!?」
平然と話を広げるヒカリに、ヘルガから鋭いツッコミが入る。
「うん。どうせ何を言っても無駄だし。こういう話嫌いじゃないし。ルークがやったら殴るけど女同士ならいいかなって」
普段ツッコミ係の彼女だが、ルナマリアやヘルガが居ることでボケに回ったわけではなく、呆れると同時に諦めただけである。
ヘルガがこのノリに慣れていないとも言う。
「嫌いなの?」
「というかもうルークと散々やったのよ。時々飛び出すセクハラに物理的に説教しながらね。遺伝子を残すことに無関係な初潮前の子供だろうと、他人の子を孕んでる妊婦だろうと、何なら精液を出さなくても満足出来るとか言われたわ」
「……あとで殴っとく」
人生経験にどれだけ差があろうとセクハラには変わりなく、見た目はロリの口から放たれる淫靡なワードの数々に犯罪臭を感じたヒカリは、親友への教育的指導を決意。
ルークが反省することは生涯なかったが、言われた側も気にしていないので、彼等の間では飲みニケーションならぬ殴りケーションとして不動の地位を確立したとかしなかったとか。
「とにかくうんざりしてるのよ。その手の話には」
「まぁまぁそんなこと言わないで。実はエルフの価値観って興味あったんだよね。わたし達とは違うところ結構あるし。性欲もそうなのかな? それともヘルガちゃんだけなのかな?」
「ところでなんで勿体ぶったのよ?」
肩を竦めて拒絶するヘルガと、あくまでも対立を求めるヒカリ。
その矛先はフィーネやルナマリアにも及ぶが、逃れるように視線をベッドの上のユキに向けたルナマリアは話を戻し、今の今で瞑想していた理由を尋ねた。
「え? 気分ですけど?」
「……まぁ旅行の振り返りしてたから良いけど、これからは出来るだけわたし達の貴重な時間を無駄にしないようにしてね。ユキちゃんのことをよく知らない人は、真面目な話をする流れだって勘違いして黙りこくっちゃうから」
ダメージを負ったのは他でもないヒカリ。やはりツッコミ役からは逃れられない運命にあるようだ。
このことをルークが知れば「スルースキルが足りないな」とでも言うに違いない。責任感が強いとも言う。
「善処します~」
なお、ユキがその場のノリで生きることを反省・改善した形跡は、ヒカリは死ぬまで見ることはなかった。
「で、ヘルガちゃんはなんで否定派なの?」
「だって生物として不自然でしょ。排泄物とかそこに至るまでの行為に性欲を感じるなんて、本来あるべき『性』とは違うじゃない。そこでしか見られない・得られないものに興奮してるだけじゃない」
「種の繁栄に結びつかないから自然じゃないってこと?」
「そうよ。妥協や妄想で無理矢理興奮してるだけでしょ」
その他の面々はどーでもいい、もしくは2人までの熱量はなく、完全に聞き手に回っているので、このテーマで主役となるのはヒカリとヘルガで決まりだろう。
「ん~、たしかに生物としてはおかしいかもしれないけど、周りからの評価を何よりも大事にしたり時には本能に抗ってでも社会性を求める人間としてはおかしくないと思うよ。
子づくりより仕事優先。養うのが面倒だから結婚はしない。金は自分のためだけに使う。実現は不可能だけど高貴な女を屈服させる妄想をする。
それは人間が生きていくために必要な配慮で、楽な人生を歩むための言い訳で、たぶん強い遺伝子を残したいって生存本能より上なんだよ。今は妄想こそが性欲と呼べる時代なんだよ」
「~~~っ! ルナマリア様はどう思います!?」
エルフの自分とは価値観が違う種族という、どうしようもない結論を突きつけられたヘルガは、同じエルフに助けを求めた。
数の力に頼ろうとしている時点で思考が人間と同じだが、それを指摘すると泣きながら部屋から飛び出していきかねない雰囲気なので、ニーナ以外の全員が気付いているが誰もツッコまない。
「アタシに振らないで。人類と交わることなんて一生無いし、本質を理解したいとも思わないからどーでもいいわよ。勝手にしてって感じ」
ただ巻き込まれたら容赦はしない。ルナマリアは自分に縋りついてきたヘルガを素っ気なくあしらう。
ただここにはそんなルナマリアを煽る存在が居た。
「おやおや~? 次期女王としてその考えはどうなんですか~? 里に来たがるハーフエルフも多いですし、イヨさんみたいに里から出たいというエルフも今後増えるかもしれないんですよ~? エルフ族の長の1人として、世界で一番幅を利かせている人間のことを理解しておく必要があるのでは~?」
ベッドの上で胡坐をかきながら合わせた両手をクイクイと左右に揺らす、煽りのような運動のような謎の行動を取りながら指摘するのは、言うまでもなくユキ。
「人間が何をしようと知ったことじゃないわ。向こうには向こうの正義があるように、こっちにもこっちの正義があるんだから、違うと思ったら怒るし罰を与えるだけよ」
ルークの煽りに対しては沸点の低いルナマリアだが、ユキ、もしくは同性に対しては耐性があるのか、顔を真っ赤にすることなく平然と答える。
「あくまでも自分基準で考えると?」
「種族間の価値観や力の差なんてそう簡単に埋まるものじゃないしね。変わりたいと思うなら学べばいいし、変わりたくないと思うなら排除すればいいだけのことよ。アタシは後者。王女として最低限のことは学ぶつもりだけど性癖は対象外よ」
「私は興味津々ですけどね」
「それ『人類に』じゃなくて『ルーク=オルブライトに』でしょ」
フィーネがこういった話に参加するのは珍しい……どころか初めてで、一瞬戸惑ったルナマリアだが、すぐに理由がわかったので感情を呆れにシフト。それ以外はあり得ないと断定し、面倒臭そうにジト目で正解を告げた。
「それが何か? 十人十色の性癖など考えても仕方ないでしょう。必要なのは愛しの人への理解ですよ」
案の定である。
「ほどほどにしておきなさいよ……」
「善処します」
このキチ●イ盲信者ならどんな特殊性癖でも受け入れそうだ。
エルフ族の未来と立場に一抹の不安を覚えたルナマリアだが、内心冷や汗を垂らしながらテキトーに注意するに留めた。そのことをルークが知れば、嬉々として迷惑を掛けてきそうと考えたのだ。
なお、これもヒカリが生きている間に改善された様子は見られなかったが、エルフ族とトラブルになることもなかったので、ルーク=オルブライトの名前は英雄として語り継がれることになる。
「ではでは、それを踏まえた上で本題です。男女の間に友情は成立するか否か~♪」
「成立するに決まってるよ。そりゃあ性的な目で見ることはあるだろうけど、それを表に出すかどうかは倫理観や世間体によるからね。本能よりそっちを優先したら何もしない。つまり友情は成立する」
ヒカリが怒りにも近い口調で答える。
「それって本当の友情って言えるんですか?」
「そんなこと言い出したら貧富の差や能力の違いだってそうでしょ。そこで生まれるメリット・デメリットを考慮する人は居るけど、ほとんどの人は気にしないでしょ。それと同じだよ。重要なのはどっちが過半数を占めるか、そして傾くことがあるか否か、だよ」
「あっ、ヒカリさん、気持ちが傾かなければ浮気はOKってタイプですね~」
「もちろん」
突きつけられた指先を見ながら自信満々に答えるヒカリ。
「逆に苦い顔をしているヘルガさんやルナマリアさんは許せないタイプですね~」
「一夫多妻を受け入れてるならともかく浮気は論外でしょ。それで性欲を発散しようって思った時点で心も傾いてるわよ。ましてや行動に移すとか。苦労してでも手に入れようとしてるじゃない。そんな努力認められるわけないでしょ」
「絶対に比較するしね」
「え~? いいじゃない、比較されたって。自分に自信があれば平気なはずだよ。むしろ自分の良さを再認識させるいいチャンスじゃない。愛はそういうことの連鎖で深まるんだよ。無垢なまま愛させるなんて出来ないんだよ」
「ルナマリア達は自分がカワイイだけ。自分を一番に想ってくれる男が、自分を一番輝かせてくれるアクセサリーが欲しいだけ」
「その通りだよ、お姉ちゃん!」
初のまともなフォローに目を輝かせて喜ぶヒカリ。とムフる姉。
「自分が一番なんて当たり前のことじゃない。自分を一番に選ばないヤツを大切にする必要がどこにあるのよ。そういう男はアクセサリーじゃなくてゴミって言うのよ。つけてるだけで自分も不快、評価も下がる装飾品なんて要らないわよ」
「強い遺伝子でもないですしね。2人は知らないんですよ。両親からの愛を注がれた子供じゃないと精霊には好かれないってことを。浮気するゴミとの子は雑魚ってことを」
「え? 話聞いてなかったの? 本当の愛は比較対象があってこそ得られるものってわたし言ったよね? 一番かどうか不安なまま愛し合って生まれた子の方が、どう考えても才能不足でしょ?」
2対2対2の構図のまま議論は白熱していった。
「で、どういうことよ、あれは?」
3時間に及ぶガールズトークが終わり、ユキと相部屋のフィーネ以外、部屋を出て行った後。誰にも悟られることなく戻ってきたor新規参戦した強者達は、ユキを問い詰めていた。
「あ~……男性にとって性の発散が食事と同じぐらい気楽で、1人の相手に一生縛られるのは難しいっていう話をしなかった件についてですか。たしかに人間を語るなら男女の差についても触れておくべきでしたね」
「違うわよ!」
「え!? 10代の頃からずっと当たり前だったパン食が、調理も片付けも面倒臭いご飯、しかもそれだけしか食べるなとか言われたら文句の1つも言いたくなるっていう話じゃないんですか!?」
「あのようなことをするなど聞いていませんよ」
ひたすらはぐらかすユキに全員からのジト目が刺さる中、すべての脱線と隠蔽を無効化するフィーネの絶対的な力を持った言葉の刃がユキを貫く。
「そりゃあ言ってませんからね~」
ユキは最後の抵抗とばかりに満面の笑みで応じた。
「建国に関わった者達にも秘密にする必要があったのですか?」
1000年祭に向けて各地の強者が動いていることを知ったフィーネは、ベルフェゴールをはじめ王都セイルーンをつくった者達全員を調べていた。
そこで判明したのは誰も何も知らないという事実。
「秘密なんて人聞きの悪い~。皆さんは楽しいから国をつくっただけ。懐かしいから集まっただけ。彼等の行動は人類史とは一切関係ありません。全部私が勝手にやっただけですよ~。精霊王らしく立派な国をつくっちゃおう、と張り切っただけです」
「アルフヘイム王国がエルフの加護で栄えたように、ですか……」
人類は弱い。
力もなければ信念もなく、ごく稀に生まれるそれ等も僅か数十年で潰えてしまう。寿命だったり社会の変化だったり何かしらの形で失われてしまう。
そんな彼等が生き残るために必要となるのが集団の力。
「先代の精霊王は争いによって個々の力を伸ばす形で栄えさせてたみたいですけど、私はそういうの嫌いなので~。転生者も『武』ではなく『知』の人でしたし~」
「結構やれるみたいだけどね」
ルークの戦いぶりを思い出しながら言うルナマリア。
武を極めるためにも、知を極めるためにも、己の肉体と世界について詳しくなる必要がある。
ルークはどちらも出来る貴重な存在だった。
「所詮は精霊さんのお遊びですよ~。私が知る限り、ルークさんが自分で力を引き出したのは、勇者と戦った時の一度のみ。他は誰かの協力があってです。武力と知力を両立するには人間の寿命はあまりにも短い……この辺が限界なんですよ」
「たしか大精霊も微大精霊も第一段階までしかクリア出来なかったんだっけ?」
「ですね~。協力を得られただけで、従わせることは出来ませんでした。まぁ本人がそこまでの力を求めていなかったので『やらなかった』が正しいですけど。
求める力は世界最高。領域の外には足を踏み入れない。あくまでも人で有り続けようとするルークさんらしい思考です。そういうの素敵だと思います」
「それ等も今回の件と共に歴史の闇に葬り去るのでしょう? エルフ出生の秘密のように」
「おお~っ、よく調べてますね~。どうやったのか後で教えてくださいよ~」
バルダルやレギオン連合のように人類の意志で生まれた国も多少はあるが、現在世界に存在している国の大半が強者の手によってつくられたものだ。
ただしその事実を知る者はいない。
「秘密です」
「ぶ~」
目には目を。秘密には秘密を。
フィーネはユキの要求を跳ね除けた。
「まぁ200年ぐらいしたら消すつもりです。と言っても、争いのどさくさに紛れて残っている文献を片付けるってぐらいですけどね。大体は自然消滅しますし。昔、アクアで試しましたけど、水神の討伐のことは語り継がれても討伐者の名前は残ってませんでしたし」
偉業なんてそんなものですよ、とどこが寂しそうに笑うユキ。
語り継いでもらいたかったものが色々あるのかもしれない。




