九十七話 隣町1
ユキとアリシアの2人は、ヨシュアから歩いて半日ほどの距離にある隣町の『ダアト』にやって来ていた。
「この近くにキングオークが居るね・・・・グフフ、腕が鳴るわ!」
「という噂ですからね~? 本当に居るかはわかりませんよ~?」
と、意気込むアリシアとそれを宥めるユキはダアトの田舎町を練り歩いている。
知っての通り魔獣討伐を生き甲斐とするアリシア。
そんな彼女が強い魔獣の噂を聞きつけ、保護者としてユキを連れてはるばる隣町まで遠征したと言うわけだ。
歩いて半日、竜のクロに乗れば数時間の距離なのでアリシア1人で来ることも出来たのだが、彼女がどんなに頼んでもクロはヨシュア近辺の野山までしか移動してくれなかった。
「ほらあっちに行くのよ!」
ブンブン。
「グルル~」
こんなやり取りを繰り返すだけ。
もちろんこれにはちゃんと理由がある。
クロにも命令をきく優先順位というものがあり、まず最優先は『神であるフィーネ』、次に『主のルーク』『家長のアラン』『裏でオルブライト家を操るエリーナ』、最後に『他の家族』なのだ。
一応ロア商会の従業員が言う事も聞くのだが、その辺は基本的にクロの自己判断になるので優先順位は限りなく低い。
そんなトップの4人からアリシアの行動範囲を決められているクロは絶対に遠出をしない。そしてさせない。
アリシアがクロに乗って野山へ移動した後、たまにそこから自らの足で隣町まで行こうとするのだが、それを毎回阻止しているのである。
しかし強敵キングオークが出没するという噂を聞いたアリシアは、どうしても隣町ダアトに行きたくなった。
そこで思いついたのが『保護者同伴なら問題ない』と言う案。
そしてその保護者として選んだのは、いつもフラフラして暇そうなユキ。
「ねぇユキ。一緒に冒険しましょう!」
「いいですよ~」
と、細かい説明もなく唐突に決まった今回の旅。
他の家族もユキが一緒なら良いか、と許可したので2人はダアトへとやってきたのだ。
「ここも久しぶりに来たわね~。ヨシュアと同じで名産がないから、わざわざ来ることもなかったし」
「観光名所じゃなくて、人々が暮らす町ってだけですからね~。宿泊施設も少ないですし~」
そんな話をする2人の事をダアト町民が睨みつけているが、そんなことは気にせずギルドへと向かう。
全ての町には大なり小なりギルドは存在するのである。
そして田舎町のダアトは当然『小』の方だった。
「ち、小さい・・・・これ民家じゃないわよね?」
アリシアが驚くのも無理はない。彼女の知っているギルドと言えば、人の出入りが激しく、飲食店も入っていて、遠目でもわかるぐらい存在感のある大きな建物なのだ。
しかし目の前になるダアトのギルドは、10人も入れば身動きの取れなくなりそうな小さな家。
2階もあるのだがそこは人の生活スペースのようで、辛うじてギルドらしさのある1階と比べると明らかに彩りや雰囲気が違った。
ギルドと呼べるのは1階の小さな空間だけらしい。
町の規模からしてこれでも大きいぐらいなのだが、意気揚々とやってきたアリシアのテンションはガタ落ちしていた。
「・・・・も、もしかしたら凄い掘り出し物の依頼があったりするかもしれないわね! 数十年間未達成なダンジョン攻略とか」
しかしなんとか持ち直してギルドへと入っていく。保護者同伴なので10歳以下でもOKだ。
「な・ん・でっ! 討伐依頼が1件も無いのよぉぉーーっ!」
そしてキレた。
それもそのはず、ギルドにあった依頼は『家の草むしり』や『犬の散歩』など子供のお手伝いレベルのものばかりだった。
元々小規模の町に魔獣討伐依頼は少ない。
ダアトもそうだが、このような町に魔獣が出没すること自体が稀。旅の休憩地点として使われるので旅の商人や兵士が倒したり、たまに出ても町民で対処できる程度。
平和な土地に作った『道の駅』なのだ。
それに加えて最近ではロア商会が幅を利かせているため、魔獣はあらかた狩り尽くされている。
知能の低い魔獣とはいえ危険な地域ぐらいは認識できるため、ユキ曰く「この辺りの魔獣は山の中でヒッソリ生活している」らしい。
魔獣だって怖いものは怖いのだ。
「フィーネさんが頑張っちゃったので数少ない討伐依頼も取り下げたみたいですね~。
どうします? この分じゃキングオークなんて居そうにありませんよ~」
元々キングオークを討伐するためにやってきたのだが、噂はデマだったらしい。
おそらくヨシュア学校に通う貴族の子供が「俺んチの兵士、ダアトでキングオーク倒したし」などと言ったのだろう。よくある嘘を交えた自慢話である。
「ねぇ、ユキが今から強い魔獣を連れて来て私が討伐するって言うのはどうかしら?」
折角いい戦いが出来ると思って隣町まで遠征したにも関わらず、肩透かしを食らったアリシアが妙な事を言い出した。
やけに食い下がっているところを見ると、試してみたい新魔術でもあるのかもしれない。
「探してみましょうか~。ユキちゃんフィールド、全・開っ!」
変な名前が付いているが、要は普通の探索魔術。
周囲50kmほどを調べるユキだが、もちろんこれが全力ではない。なんとなく雰囲気で『全開』と言いたかったのだろう。
そしてすぐに結果が出た。
「ん~、アリシアさんには良い相手が居ないですね~。弱すぎるか、強すぎるかのどちらかです~」
「強すぎるほうで! お願い!!」
近くに強敵が居る事を知ったアリシアがユキに頼み込む。
別にキングオークでなくても戦えれば何でも良いのだ。
「これはダメですよ~。せめてダンジョン攻略できてから相手にしてください~」
どうやらユキの言った『強すぎる相手』とはダンジョン最下層に居る魔獣らしい。
それでもなお食い下がり、「ならダンジョンに連れていけ」と言い出したアリシアを、なんやかんやとはぐらかしつつ町を歩く2人。
「アリシアさんじゃないですか! こんなところで奇遇ですね!」
すると突然、アリシアより1、2歳ほど年下の少年が声を掛けてきた。
「・・・・誰?」
「ボクですよ! この前、学年別のランキング戦があったじゃないですか」
たしかにヨシュア学校で先週ランキング戦をやったのだが、この少年の事をアリシアは思い出せないらしい。
「・・・・私、アンタと戦った?」
ランキング戦の最後に別学年のトップ3とも戦うので、3年生ナンバー2のアリシアも同級生以外と戦った。
しかしそんな相手を彼女が忘れるとも思えないのだが・・・・。
「いえ、それを観戦してたんです」
「そんなの知る訳ないでしょ!」
ちなみに1度も話したことは無いと言う。
当然アリシアが少年の事を覚えているわけがなかった。そもそも知り合ってすらいないのだ。
しかし少年の方はアリシアの強さに憧れを抱いているらしく、今着ている服にサインを書いて欲しいと言うので汚い字で、
『アリシア=オルブライト
目標は世界最強』
と書いてあげると大層喜んだ。
「自己紹介が遅れました。ボクの名前はバンと言います」
ダアトには学校が無いので寮生活をしている彼は、休暇を使って地元に帰ってきていたらしい。
そしてサインのお礼として少年にダアトを案内してもらった2人は、これと言ったイベントも無く帰宅した。
「結局ダアトを歩いただけだったわね」
「新しい場所に行くって言うだけでも楽しいじゃないですか~」
「私は戦いたかったの!」
そんな何の変哲もないユキ達の日常風景。