千三百十七話 スタンプラリー王都編7
「ほふほふっ、うまー! プリプリのタコがいいかんじ! これはこれでありね!」
王道トッピング&タコ入りたこ焼きを、まるで奇をてらったアレンジのように評したイヨは、でもやっぱりこっちも捨てがたいと、再び具無したこ焼きに手を伸ばした。
そしてこれこれと歓喜する。
「なによ。そんな顔して。アンタたちも食べてみればわかるわよ」
出来立てほやほやの卵かけご飯ではなく、その隣の醤油かけご飯を嬉々として食べている者を見るような気持ちになっていると、イヨはこちらこそが王道とばかりに自信満々に具無したこ焼きを差し出した。
食べ比べをおこなうのは自然な流れだが、この場には俺、ヒカリ、ニーナ、ユチ、イヨ、ココ、チコ、ルイーズ、そしてヘルガの9人いる。
銅貨4枚のたこ焼きは8個入り。
1個足りない。
何なら提案者があと2、3個ずつは食べたいという雰囲気を醸し出している。
「あ、わたし達はいいよ。みんなで食べて」
「そっか。悪いな」
「ルークはこっち側」
さも当然のような感じで食べ比べ組に混ざろうとするも、ヒカリはそれを許さなかった。手を掴まれて移動を封じられる。というか輪から引き離される。
俺とヒカリ、ニーナとユチとヘルガ、子供達の3グループが生まれた。
「大人……じゃなくて、社会人……でもなくて、10歳以上組が全員遠慮する必要はないだろ。たこ焼き初体験のイヨに3個ずつ、残りを5人で1個ずつ食べれば丁度良いじゃないか」
「何をもって丁度良いって言ってるのかはわからないけど、ルークが辞退すればイヨちゃん3つ、子供達1つ、お姉ちゃんとヘルガちゃん1つで丁度良くなるんだよ」
「俺にはこのたこ焼きがたこ焼きと呼ぶに相応しいものかどうか、たこ焼きとはこういうものと思われて良いかどうか、見定める義務がある。粉っぽかったり、カリふわじゃなかったり……あ、意図的にトロトロにしてるたこ焼きは除くけど、とにかく微妙な出来だったら本物を作ってやらなきゃならないから俺も食べる」
「それは別にルークじゃなくても……あ、やっぱ今のなし。じゃあ誰が代わりに諦めるっていうの?」
「そりゃジャンケンだろ」
言いながら、いつの間にやらこちらのグループに属していたユチ以外の2人……ニーナとヘルガに視線を向ける。彼女達は出来ることなら食べたい組だ。
そして料理出来ない組だ。
少なくとも俺やヒカリよりは出来ない。子供達と一緒になってわーきゃー言いながら手作り感満載のタコパのたこ焼きを作るタイプだ。それはそれで有りだが今求めているものではない。いつかやる。
「いい加減にしなさいよ! 黙って聞いてればさっきからアタシを子供扱いして! 見た目はこんなでも大人だし、社会人だし、たこ焼き食べたことあるし、今もそこまで食べたいとは思ってないわよ! 争うぐらいならもう1つ買うし!」
「あ、すいませーん。今日はもう店じまいなんですよー」
「その作り置きを売りなさいよ!」
絶妙なタイミングで店先から顔を出した店主が謝罪および事情を説明するも、それを自分への嫌がらせと捉えたヘルガは、残っていた3つの容器を指差す。
今イヨが手にしているパーフェクトたこ焼きと共に作られたものだ。
「これは予約品なのでー」
「ぐぬぬっ……」
おそらく嘘だが、確証がない以上、批難も強要も出来ない。
どうせユキの分とかだし。
「だいじょうぶ……わたしが諦めるから……」
「あ~、悪いなニーナ。今度メチャクチャ美味しいたこ焼き作ってやるから」
「ん」
「なんでアタシが悪い感じになってんのよ!」
発言とは裏腹に悲しそうな顔をするニーナと、慰める俺と、自分がたこ焼きを食べるためにそれほど親しくもない知人を蹴落とす意地汚いヘルガ。
これを悪と呼ばずしてなんとする。
「やめなさいよ、その仲間内での空気! ノリ! 面白いのはやってる方だけで、やられた方はなんとも言えない気持ちになるんだからね! いいわよ! 食べる権利譲るわよ!」
どんだけ声荒げるんだよ。この中で一番食べたかったまであるな。
まぁ譲らないけど。
「あ……わ、わたし、1個がまんする、わよ……?」
「やめさない! これ以上アタシに気を遣わないで!」
イヨに譲られるのは死に等しい屈辱だろう。
わかりやすく言うなら幼い我が子にお菓子を譲ってもらうみたいなもんだ。一口食べるごとに「あ……」とか言っちゃうぐらいギリギリのやつ。
「デュフ、デュフフ……拙者の食べかけで良ければ、ゆ、ゆ、譲りますぞ? 間接チューしても構いませんぞ? 美少女ロリエルフと1つのたこ焼きを半分こするなんてワクワクが止まりませぬ故」
「死ね!」
相変わらずの純情ガールよ。
1000年も生きて、しかもこんなに友好的なのに、間接キスを気にするのはたぶんヘルガぐらいだろうな。
『タコが入ってるかどうかだけで他は同じでしょ』
そんなヒカリの目から鱗の指摘により、俺が具無したこ焼きを、ヘルガが具有りたこ焼きを食べることでみんなが幸せになれる未来を実現した後。
俺は、歯に青のりをつけたまま服屋に入りたくないという謎の女子力を見せつけたヘルガとニーナと共に、近くの公衆便所に来ていた。
「で、何の用だよ? イヨ達との浴衣購入イベントすっぽかしてまで付き合ってやったんだ。何もなかったは許さねえからな」
この状況が意図的に作られたものであることを察していた俺は、女子トイレの前に陣取り、壁越しに化粧直し……もとい洗面台の鏡に向かってイーッしている最中であろうヘルガに俺達の前に現れた理由を尋ねた。
青のりがついてることはついてたんだ。
あ、ちなみにたこ焼きは及第点だった。お値段以上だが最高というわけでもない。お祭りで見かけたら毎回買うレベル。
そしてあの様子からして、歯の青のりを一切気にしない子供達とたこ焼きを食べていないヒカリとユチは、今頃浴衣を購入している。
参加出来ないのはこちらの用件を優先したから。
「同行拒否されてたじゃない」
「あれはいつものジョーク。お前等が青のり気にしてなきゃ一緒に楽しめてたはずなんだ。いいからさっさと理由話せよ」
「アンタがふぉふぉってるほど深い理由はないわよ。みんなが集まってるって精霊達に聞いたからふぁち寄っただけ。どうせ帰るならクララと一緒の方が楽しいし」
俺の相手をするのが面倒になったのか、たまたまそういうタイミングだったのか、ヘルガは舌ったらずというか口内をモゴモゴさせながらもなんとか聞き取れる口調で話し始めた。
どうやら彼女はこういった場合に爪ではなく舌を使うタイプらしい。
『思ってる』や『立ち寄った』など、一部怪しいところはあったが許容範囲内だ。ただ舌打ちはいけない。自然と出てしまったのだろうがちゅっちゅちゅっちゅうるさかった。女子力大幅減点だ。
「オフの時を採点してんじゃないわよ」
「どこがオフだ。俺と喋ってるでしょうが。外でしょうが」
ヘルガの声はシャクレたというか上を向いている時のものだった。
たしかにそんなことをするのはオフだろうが、問題はここが外で、俺と喋っている最中ということ。
「女にとって着飾る必要のない時は全部オフよ」
「やめろ。車内で化粧したり、痴漢推奨としか思えない恰好したり、男を勘違いさせる言動を取ることを正当化する言い訳は。見てる方は不快なんだよ。された方は迷惑なんだよ。自分以外の連中にもうちょっと気を遣え。外はそういう場所だ」
「自分達だって女の胸や顔に点数つけるクセに」
「そ、それを言われると……で、でもあれは定番のトークテーマだし、種の存続に必要な議題だし、本人の前で言うことはほぼないし、大声でもやらないし……」
「自分もそういう目で見られてるって思うだけで不快なんだけど?」
青のりとの戦いに勝利し、一足早くトイレから出てきたヘルガが、冷めた顔で言った。
「…………すいません」
そりゃそうだよな。知らないところで品評されてる可能性が高いってことだもんな。だからと言って女のずぼらが許されるわけじゃないけど。
どっちも反省・改善する必要がある。
「わかったらいいのよ。もう女の胸が揺れたりスカートがひらひらするのも見るんじゃないわよ」
「それは厳しすぎませんか!? 不快感がなくなる代わりに、好きな人にも振り向いてもらえなくなるってことですよ!?」
「別にいいわよ」
「よくねえよ! 例え揺れるだけの胸がなくても、肉感的な太ももや尻もなくても、男はどれだけ貧相なものでも見れたらラッキーと思うんだ! 老婆だろうと股開いて座ってたらなんとなく目が行くし、幼女だろうと胸元が見えてたらとりあえず見る! 場合によっては脳内に永久保存! それが性欲であり好奇心だ! 仕方のないことなんだ! 自然を受け入れろ! 潔癖症になり過ぎるな!」
突如突きつけられた不平等条約に異議を申し立てるも、ヘルガは取り合おうとしない。
これは俺がロリコンや熟女趣味ということではない。男は全員やっている。
「別に潔癖じゃないわよ。夫婦の営みは全然平気だもの。自然じゃないものが嫌いなだけ。性欲を向けるにしても相手は選びなさいよ。誰かれ構わず興奮してもどうにかなるものじゃないでしょ。相手を不快にさせるだけじゃない」
「誰かれ構わず興奮出来なきゃ選択肢狭まるんですが!?」
「表に出す必要はないじゃない。自然と視線が向くなら意識して見ないようにしなさい。感想を誰かに言うのもダメ。
大体、人間の男はなんでもかんでも性欲に結び付け過ぎなのよ。さっきの口移しも意味がわからないし、昔アンタに教えられたことも全然自然じゃなかったし」
「お? キスアンチか? 夜の営みを盛り上げるために必要なことだぞ?」
「どこがよ……」
チラッとトイレの奥に目をやったヘルガは、そこで青のりに悪戦苦闘しているニーナの姿にやれやれと肩を竦め、出てくるまでの暇潰しとばかりに話し始めた。
「クララ達が子作りしてるのは知ってるわよね?」
「……うん、まぁ」
思春期真っ只中の精霊から「おい、あいつ等昨日の晩にチューしてたぜ」という報告を受けたせいです。別に知りたくありませんでした。
「たぶん帰りの道中でもヤルけどアタシは気にしないわ。種の繁栄のための自然の営みは恥ずかしがることないもの」
「女の子がヤルとか言わない。しかも昔からの親友の行為を想像して」
「だから気にするようなことじゃないって言ってんでしょ。逆に聞くけど、生殖機能が備わってない子供や異性を興奮させるための部位以外に興奮するとか、何考えてんのよ。キス以上に意味わかんないわよ」
当時、顔を真っ赤にした理由はそれか。どうやら彼女は淡泊な営みがお好みらしい。色々知らないだけかもしれないけど。
「いつも同じ食事だと飽きるじゃないか。気分転換に新しいこと……アブノーマルに手を出したら案外好きだったってだけ。ある意味自然だぞ」
「限度を超えてるのよ。別にノーマルを堪能したわけでもないし。なんで最初から限界突破するのよ。そしてなんで戻らないのよ」
「知るか。俺は両立してる。ロリも年増もスパイス程度に思ってる」
「……今のがアタシへの告白だったらぶん殴るわよ」
「まさか。だとしたらもっとマシな言葉にするさ。『1000年熟成されたロリとか萌え萌えだわぁ~』とか『ロリババアに「のじゃ」って言ってもらうのが夢でした。結婚したら語尾をそうしてください』とか」
「はぁ……そういうところよ……」
人類の特殊性癖のことを言っているのか、甘い空気をはぐらかしたことを言ってるのか、はたまた別の何かか、彼女の言葉の真意を推し量ることは出来なかった。




