千三百十六話 スタンプラリー王都編6
キリストもゼウスも、次の店で待機させている強者に名乗らせる予定だったエルディアも、すべてはユキの『なんか神っぽい名前を出しとけば勘違いしてくれるかも』というミスリード……はた迷惑な遊びによるものだったことが発覚。
イヨ達に給料を渡しに来たついでにからかっておこうぐらい感覚で、俺の反応を楽しむようにニタニタしながら暴露しくさったのだが、惑わされたのは俺だけで、上手いツッコミも思いつかなかったので泣く泣くスルーすることに。
この気持ちを引きずると負けた気がするので早々に切り替え、ヒカリ達が見つけたという浴衣屋とたこ焼き屋、2つのスタンプラリー対象店舗へ向かおうとしていると、
「ゆかた! きる!」
祭りで興奮しているのか、売り子が楽しすぎてテンションがおかしくなっているのか、俺達が飲んでいた酒を興味本位で口にしてバグったのか、かつてないほどの大金を手に入れてお年玉をもらいまくった小学生並みに気が強くなったのか。
精神年齢が出会った頃より低くなったイヨが、ヒカリ達が浴衣を買った店まで案内しろと言い出した。給料の使い道を浴衣購入に決めたらしい。
拒否する者などいるはずもなく、このメンバーならイキれると、非常に低い水準の中でお姉さん面したニーナ(とユチ)が子供達の先導を開始した。
行き先が若干怪しかったのは御愛嬌。
「買ってあげないんだ?」
地球の周りをグルグル回る月のように、2人を中心にしてバタバタと駆け回る子供達の後をついていこうとしていると、ヒカリが怪訝な顔で尋ねてきた。
給料の使い道のことを言っているのだろう。
たしかに普段なら奢ってやるところだし、実際直前までニャンコ達に奢っていたし、それほど高いものではないので全然出せるのだが、今回ばかりはそうはいかない。
「汗水たらして稼いだ金で買う自分へのご褒美は、他では絶対に味わえない喜びだからな。しかも友達と一緒になんて、金を出す方が野暮ってもんだろ」
「わたし達には出すじゃない」
「お前等は金を出してもらうことを当然と捉える子供じゃないだろ。自分のために金を使う喜びを知ってるし、稼いだ金を感謝の気持ちとして使って、そこで生まれる楽しさを謳歌してる。目先の快楽や損失を考えてたら絶対に手に入らないものを享受してる。イヨ達とは違うよ」
「ふふっ、そうだね」
こちらがドキリとするような柔らかな笑みでそう言って、ヒカリは早足で子供達に合流。ニーナ囲み隊に加入した。
ピロリン、と好感度が上がる音がしたのは気のせいではないはず。
「ん? どうした?」
浴衣屋という言い方からして、やっすいシャツをハンガーラックに大量に掛けている露店のようなものかと思いきや、まさかまさかの普通の呉服屋。
蕎麦屋がカレーを提供していた時のような『これじゃない感』に苛まれながらも入店しようとしていると、イヨが5mほど先のたこ焼き屋をジッと見つめていた。
「もしかしてイヨちゃんも何か感じた? 見た目は普通なのになんかやけに目立つよね。そうだよ。あのたこ焼き屋がもう1つのスタンプラリーのお店だよ」
「ううん、ちがう」
イヨはプルプルと首を横に振ってヒカリの推理を否定。
「あっ、わかった! ルークに任せると、太もも丸出しのミニ浴衣や獣人アクセサリーを強要するから、ここで別れた方が良いってことだね! ルークにはたこ焼きを買ってもらって、その間にわたし達だけで浴衣を選ぼうってことだね!」
「そ、そうじゃなくて……」
ヒカリがおこなった誹謗中傷への賠償は後々していただくとして、どうも彼女はイヨが何を言おうとしているか理解しているようだ。
でなければこんな邪悪な笑みは浮かべない。
弄んでいる。イヨのツンデレor妙なところでコミュ障な部分を弄って遊んでいる。ヒカリパイセンのSな部分が出てしまっている。
…………
……………………。
「たこ焼き食べたことないとかマジぃ~?」
「べ、べつにいいでしょ! ルークだって里にくるまでモーモーさんのお肉食べたことなかったでしょ!」
本当のことを言おうとしても、こうじゃないかとイエス・ノーの選択を迫られてしまいモゴモゴする羽目になったイヨだが、なんとか事情を説明。たこ焼き未経験だったことが判明した。
まぁエルフは人間との交流を断っている上に、海のない土地で暮らしているので、タコどころか海産物を知らなくて当然なのだが……。
たこ焼きなんて祭りでしか食べないしな。美味しさを知ってれば飲食店で頼んだりスーパーで買ったりもするが、知らない人間が好奇心で手を出す代物ではない。
「知名度が違いますぅー。たこ焼きを全人類の99.9%が触ったことがある道端に落ちてる石ころとするなら、モーモーさんの肉はブリリアントカットされた1000カラットダイヤモンド。触ったことある人間なんて0.1%もいませーん」
「ブ、ブリ……? カラ?」
「珍しいってこと。詳しくはヨシュアに戻ってからゆっくり教えてやる。今は時間が勿体ない。とにかく比較対象にならないからお前の主張は却下だ」
「うぅ~~っ!」
「ふはははっ! 世間から目を逸らして生きてきた愚かな自分を悔いながら、初体験を俺達に披露するがいい! そして『ぷぷっ、なにその食べ方。感想。そんなことする人居ないよ』と笑われるがいい!」
まぁ弄るんですけどね。
こんな面白イベントを逃す手はない。
「まいどあり~」
浴衣の購入に俺が参加するかどうかは一旦保留にして、取り敢えずスタンプだけ押してもらい(俺がイヨを弄んでいる間にヒカリが貰ってきた)、スタンプラリーとは無関係に新たにたこ焼きを購入。
ニャンコ達が既にイベントを起こしている(?)ので、浴衣屋とたこ焼き屋のスタンプは、まるで予約でもしていたかのようにスムーズに押してもらえた。
というか普通の店員だった。
いやまぁ明らかに強者なのだが、人間社会でやっていけるレベルの対応を見せてくれた。鉄板の上に並んだたこ焼きを鉄串で舟(容器)に移す動作なんて玄人そのもの。金の受け取りや挨拶も慣れたものだ。つまり普通。
「さぁ、好きなように食べてみろ」
「……こうね!」
イヨは少し悩んで、備え付けられた爪楊枝を1本手に持ち、たこ焼きにぶっ差した。そのまま自身の口に運ぶ。
「ほふほふっ」
そして出来立てホヤホヤのたこ焼きの熱さに苦しんだ。
ただ幸せそう。
「表面カリッと、中はトロッと! おいしい!」
「本当に?」
「え? う、うん……おい、しい……」
予想だにしない質問だったようで、イヨは戸惑いながら周囲の反応を窺い、参考になるものがなかったのか数秒前におこなった自分の感想を繰り返した。
その瞬間、半数が噴き出し、残る半数が同情的な空気を纏う。
俺は憐れむような目と声で真実を伝えてやった。
「そっか~。タコが入ってないたこ焼き美味しいって言っちゃうか~。マヨネーズも青のりも鰹節もかかってないたこ焼き美味しいって感じちゃうか~」
「――っ!?」
はい、というわけで、伝わったらいいな~と思って送った念話がバッチリ店員に伝わったお陰で、ドッキリ大成功!
たこ焼きじゃなくて『焼き』を美味しくいただいてしまったイヨさんの、食レポおよびリアクションがこちらになります。
「でもあれって普通に美味しいよね」
まぁね。
ご飯のオカズに最適なホットケーキみたいなもんだし。何ならソース掛かってなくても美味しいし。タコのグニュっとした感触が苦手な人も多いって聞くし。
ちなみに俺はお好み焼きとか焼きそばとかご飯と一緒に食べる派だよ。あったら嬉しいぐらいだけどソースってご飯に合うよね。オカズとして割と上位に来るよ。
「アンタ……子供イジメるのもほどほどにしなさいよ……」
地団太を踏むイヨを慰めるべく、100%中の100%のたこ焼きを振る舞っていると、背後から呆れ果てたようなロリボイスが届いた。
「おおっ、ヘルガじゃん。久しぶり。相変わらず小さいな。こんなところで何してんだ? クララに会いに来たのか?」
その正体はイヨの母親と親友にして精神年齢の近いイヨとも友達、それに負けないぐらい俺とも仲の良いロリエルフ、ヘルガだった。
「オ、オラトリオからの帰りに寄り道しただけなんだから! 魔道都市で勉強してアンタを見直させようなんて気はサラサラないわよ!」
ツンデレだ。ツンデレが居る。
ポーズは完璧。惜しむべくは「か、勘違いしないでよね!」が無かったこと。ツンデレはこれがあって初めて完結する。
「自惚れないでよね!」
完結した。
そりゃ1000歳のお婆ちゃんだもの。『勘違いするな』じゃなくて『自惚れるな』って言うさ。ちょっと古い言葉使うさ。
まぁその割に『~よね』だの『~なんだから』だの、全体的にロリロリしいのはロリエルフたる由縁と思っておこう。もしかしたら「勘違いしないでよね」と言いかけて語感が幼いことに気付いて頑張って変えたのかもしれない。
……今、彼女の頭の中が見えたらたぶん俺はロリに目覚める。絶対コミカルな動きであわあわしてる。悶絶してのた打ち回ってる。ドヤ顔でやり遂げた感出してる。あ、ダメだ。妄想してだけで惚れそう。
ドフッ――。
「落ち着いた?」
「……うん」
自分は性的に意識しないクセに、俺が性的な目線を他人に向けると辛辣な対応を取るヒカリさんも、たぶんツンデレ。




