千三百十二話 スタンプラリー王都編2
「本当にやるの?」
「え? ヒカリは参加しないのか? 進路決めジャンケン」
やる気は金儲けと俺弄りに注がれ、たどたどしさが微塵もない、児童お手製の品しか売っていない店の方が何百倍もマシな露店を後にした俺達は、次の曲がり角でジャンケンの勝者がどちらに進むか決められるゲームをおこなうことに。
羨ましそうにこちらを見るイヨを尻目に、真っ先にグーを突き出し、発案者として最初はグーの掛け声に合わせて上下に揺らそうとしていると、ヒカリが時間浪費イベントの開催に対して疑問を呈してきた。
まさかの参加辞退に世界一平和な緊迫した空気が一瞬で壊れる。
「そっちじゃなくてスタンプラリーだよ」
ああ、そっちね……。
まぁジャンケンにも乗り気ではなさそうだけど。
軌道修正しようとしたら俺とニーナに全力で抵抗されるの目に見えてるから当然と言えば当然かな。後戻りは禁止だけど2連続で勝って回るように移動したら実質リスタート。逆にヒカリが参加しなかったら誰も反応してくれないから真面目に進む。ユチは道中の雑談メインだから進路なんてどーでもいいだろうし。
(このニャンコ考えてやがるぜ……!)
てな話はさて置き――。
「やるよ。どうせ進路にあるだろ。祭りを楽しむついでに宝探し感覚で出来るんなら参加しない手はない。クリア出来なくてもたぶん問題ないからテキトーで良いしな。いざとなれば金貨20枚払えば済む話だ。思い出づくり最優先。楽しむ心プライスレス」
「でもそれだと大会の観戦や出場は出来なくなるよ?」
「甘い、甘いぞ、ヒカリ。そういうところにこそユキは居る。闘技場の客席を練り歩てる売り子がスタンプ持ってたり、八百長を申し込んできた敵チームが持ってたり、そう考えることを読んで普通の露店に居る可能性もある」
どうやっても撒けないし推理しようがないなら何も考えずに祭りを楽しむだけだ。
「普段ならそうだけど『購入』っていう条件があるんだから意味なくない? それっぽい誘いやお店は全部断れば良いだけでしょ? ヒントで出た補修用品を売ってる店に行かないだけでも相当厳しいだろうし」
「わかってないなぁ。これは俺達とユキ達との勝負なんだよ。向こうからは声を掛けたり絡んでこない。こっちは自然体で祭りを楽しむ。意識したりさせたら負けだ。
偶然にもそこが対象店舗で、いつの間にかスタンプが集まってしまったってんなら、大人しく負けを認めようじゃないか。思わず声を掛けてしまう店でもいい。無視されるリスクを負ってまでやるってんなら認めよう。
もちろん公平になるようにスタンプは全部の店で求める。ユキ達の裏をかければもらわなくて済むし、そのさらに裏をかかれたら押されてしまう」
「あ、これ少ない方が良いんだ……」
ヒカリは、俺の首からぶら下がっているスタンプラリーカードの6つの欄の1つ、氷マーク部分に押された赤いスタンプを見ながら言った。
「何を今更。当然じゃないか。店の商品をどれでも1つ貰えるなんて褒美より、ユキ達にマウントを取れる方が嬉しいじゃないか」
お前から逃げるため、お前が用意したものを買わないため、などと言うとイヨが本気で泣きそうだったので話に乗っただけ。
スタンプラリーは探すのではなく逃げるのが目的だ。
宝探しとは対象店舗以外を指す言葉だ。
「でもそれルークが勝手に思ってるだけでしょ。ユキちゃん達は一言も言ってないよ」
「おやおや? ヒカリさんは暗黙の了解を御存知でない? 大事なのは結果より過程、そしてその後なんですよ? 『やってくれるぜ』と思わせられるかどうかなんですよ?」
「意味がわからないよ」
「ん~、例えば補修用品。あいつ等のことだから米を使った料理も補修用品とか言いそうじゃん。米の粘着力で食器直せるとか暴論吐きそうじゃん。でもギリギリ納得出来る。その場合は俺達の負け。あんだーすたん?」
「やっぱり意味がわからないけど、とにかくわたし達は普通にお祭りを楽しめばいいってことなんだね?」
これがヒカリのドSから来るものなのか、俺の話術や彼女の理解力の問題か、はたまた別の要因なのか、俺にはわからなかった。
まぁ方針は伝わったから良いよな。
「あ、さてはこの進路決めジャンケンもイヨちゃん達に先読みさせないためだニャ? 移動時間を楽しむって名目で、目を皿のようにして散策してたのに店が見つけられなかったって文句を言うためだニャ? 強者の予測ってその程度なんだってバカにするためだニャ?」
くくくっ、俺に喧嘩を売ったことを後悔するが良い……ルールに違反しない程度に全力で回避しようとする俺にスタンプラリーさせることが出来るかな。
俺は黒い笑みを浮かべながら拳を揺らし始めた。
イヨが店員姿を見せびらかしたくて嘘をついただけ、おそらく下町でこれ以上のイベントはないと判断した俺達は、一路大通りへ。
この2日間散々歩き回った西側以外、どこへ向かうかは意見が分かれたのでそこはジャンケンの勝者に任せたが、露店や催しものが多い場所に向かうのは満場一致だった。
「……こっち」
右往左往しながら進んでいると防壁と直面。
右へ行けば西、左へ行けば南、後戻りは禁止という選択を迫られたニーナは、元居た場所も『後戻り』に該当すると思ったのか、左を選択。
「終わり、かな」
「そうだね。一応大通りだし、ここから方向転換するのも面倒だし、このまま一直線に南エリアに向かうべきだね」
それと同時に進路決めジャンケンも終わりを迎えた。
2つ前ぐらいから勝負は決まっていた。
重要な局面だけ勝ち、ここでも当然のように二連勝したヒカリに不正を感じずにはいられないが、暴けなかったこちらのミスでもあるので大人しく引き下がっておこう。
「デデン! 突然ですがここで問題! 祭りの最中、喉が渇いた人はどうするのが正解でしょう!
1番、ボッタクリ価格を承知で近くの露店で購入。
2番、安くて冷えている物を求めてコンビニやスーパーに行く。
3番、持参した飲み物をカバンから取り出す。
さあっ、解答を一斉にどうぞ!」
「え? お祭りを楽しむのなら1番じゃないの? そういう部分も含めてのお祭りでしょ? 例え冷えてなくてもわたし達なら魔術で冷やせるし」
「流石にニャ。祭りならではの商品もあるし」
「コンビニやスーパーの売上が減るのは仕方ない」
ヒカリ、ユチ、ニーナ、3人揃って1番を選択。
実際は2番を選ぶ人間が多いので祭り期間中の売上は増えるのだが、世間の風潮に流されるのもどうかと思うし、少女達の意見を蔑ろにしてまで銅貨数枚の差にゴチャゴチャ言うつもりもないので、近くの露店で興味を引く飲み物を探すことに。
『ご当地サイダー』
……怪しい。
展示されているカラフルな瓶のラベルには萌キャラが描かれた物が多数。そんな文化はない。瓶も、各種テーマに合わせてここまで繊細に加工する技術もない。
店先に置かれた巨大冷蔵庫は精霊術で冷却。ただの鉄の箱だ。いや冷蔵庫は冷蔵庫だが廃棄された品を拾ってきたのか機能していない。
「だがあえて行く! 飲みたいし! こういうの好きだし! すいませーん! スイカサイダーあったらくださーい!」
俺はヒカリとユチの冷めた視線を無視して、今出店したばかりであろう露店に、意を決して突貫した。
ニーナだけはこっち側。考えても仕方ないなら楽しんだ方が良い。やりたいことをやったもん勝ちだ。彼女は真理をわかっている。
「お兄さん運が良いですね~。これが最後の1本ですよ~」
「マジっすか! ラッキー! ってしかもこれビー玉入りじゃん! 専用器具でポンってするやつじゃん! 俺これ好きなんだよなー」
メイドの恰好をした美女から、銅貨2枚と引き換えに赤い液体が入った透明な瓶を受け取った俺は、専用器具でビー玉を押したい気持ちを抑えて、さらに尋ねた。
「他にオススメあります?」
「果実系は定番ですね~。レモン、オレンジ、マスカット、さくらんぼ、梨。最近見つかったシークワーサーやすだちも美味しいですし、塩サイダーは発汗によって失われた塩分を補充してくれるので夏の暑い日に飲みたい一品です~。サイダーの甘さとしょっぱさとシュワシュワが相まってグ~」
「全部ください! あとスタンプも!」
スタンプ2つ目、ゲットだぜ!
……いやまぁこれはね。しゃーない。飛びつかない方がどうかしてる。俺のハートをこれでもかってぐらい狙った店だった。変装してたし。3人じゃなかったし。
「あの2人はどうした? 飽きたのか?」
「イーサンはそうですね~。イヨさんは別の場所に向かいましたよ~」
「ふ~ん」
などと味気ない反応をしながら、蓋を開け、一気に半分ほど飲み、喉ごしと味と体に満ちていく水分に、ぷはーっと快感を口に出す。
やっぱサイダーってこれよな。炭酸ってこれよな。
「ノリノリだったニーナにも飲ませてやろう。メチャクチャ美味いぞ」
「…………」
飲みたそうにこちらを見ていたので差し出すも、ニーナは受け取っただけで、中々飲もうとしない。
「お姉ちゃん、こういう時は口をつけないように飲めば良いんだよ。滝みたいに流し込む感じで。お手本見せようか?」
「大丈夫」
妹から間接キスをせずに味わう方法を伝授されたニーナは、それをアッサリと実践し、「ん。美味しい……」という感想と共に突き返してきた。
(チッ、ヒカリめ、余計なことを……)
まぁこれはこれでキュンキュンするから良いけど。意識してくれてるんだって妄想するだけでご飯三杯いける。直接的じゃない方が良いまである。リコーダーよりフーフーしてくれたコーヒー。息が掛かっただけ。
男なんてそんなもんだ。




