九十六話 元カノ
ある日の事、いつも通り平和で忙しいロア商店。
その休憩室で3人の男女が殺伐とした雰囲気で睨み合っていた。
「・・・・ぼ、僕には僕の生活があるんだよ。君とはキッパリ別れたはずだ」
アワアワと動揺しつつ自分の意見をはっきり言うソーマ。
「振られた事にまだ気づいてないのにゃ?」
相手を威圧しつつ椅子にドッシリ構えるトリー。
「ふ、ふ、振られた!? 違いますわ。二股をかけた挙句どっちつかずのまま逃げたソーマ様を説得しに来たのですわ!」
ソーマの元彼女、というか二股されていた片方の女性が怒鳴り散らしている。
有名になったロア商会の雑貨屋を訪れた客の中に、昔ソーマが手を出した女性が居たことから全ては始まった。
彼女が家族は説得したから正式に付き合おうと言い出し、それを聞いた妻のトリーが怒り、仕事中にも関わらず急遽ソーマと共に休憩室に籠ったのである。
それにより人手が足りなくなったのだが、ノルン店長が買い物に来ていたユチを捕まえてレジに放り込んだので問題ない。
基本システムは食堂のレジと同じなのだ。
そんな3人の様子を部屋の外からコッソリ覗くノルン。
「あわわわわ・・・・修羅場だ、男女の修羅場がアタシの店で繰り広げられてる~。
しかし危なかったなぁ。両親の男女関係のもつれとかユチちゃんには早すぎる。このままレジに居てもらおう」
自分のファインプレーを褒めるノルンは1人で悩むことを止めて、この場を治めるために応援を呼ぶことにした。
「恋愛アドバイザーのユキさんにお任せですよ~」
その相手はユチと同じくたまたま店にやってきていたユキ。
(人選ミスかな~? でもユキ様、やる時はやるし)
後悔しつつも頼むことにした。
とても第三者が立ち入れる雰囲気ではないが、そんなことは気にせず勝手に話し合いに参加するユキ。
「フッフッフ~。3人とも、この私に何でも相談してくださいね~。一発で解決ですよ~」
「「「・・・・・・」」」
そんなユキを無視して睨み合う3人。
しかしユキはめげない。
「人生経験豊富な私を頼れば万事解決ですよ~?」
「「「・・・・・・」」」
「なるほど~、みんなの前じゃ恥ずかしいですよね~。隣に個室があるのでそこで話を聞きましょう~」
「「「・・・・・・・・・」」」
その後も、ことごとく無視され続けたユキはトボトボとノルンの下へ退散してきた。
「・・・・無視って最も残酷な行為だと思うんですよ~」
「そりゃ恋愛関係で縺れてるところに無関係な人間がいきなり話しかけてきたら、ああなりますって」
どうやら本当に自信があったらしいユキは落ち込んでいた。
ノルンが遠くから話を聞く限り、この女性はソーマも気に入っているようだが、それ以上にロア商会と親しくなりたいように感じる。
おそらく彼女は前にロア商店に来ていて、その時にソーマが働いている事を確認しているはずだ。
貴族子女を二股するという最低な行為をしたソーマを彼女の両親が認めたのも、飛ぶ鳥を落とす勢いのロア商会に勤めているからと言うのが大きいのだろう。
という結論に至ったノルンは、当然何もわかっていない様子のユキに事情を説明する。
「なるほど、なるほど~。では今度こそ私が解決しましょうー!」
説明を受けたユキは何やら秘策を思いついたらしく、再び意気揚々と部屋へと突入し、元彼女が無視できない衝撃の一言を放った。
「アナタにソーマさん以外の独身従業員を紹介しますよ~」
「「「え!?」」」
この場が治まるなら何でもいいソーマ。
今すぐ元彼女が居なくなればいいと思っているトリー。
ぶっちゃけ権力者と知り合いになれれば誰でもいい元彼女。
完全に3人の利害が一致する提案をユキがしたのだ、それはビックリするだろう。
そして元彼女は当然食いついた。
「ち、ちなみにどのような殿方なのでしょう?」
「アナタの好みによりますね~。どういった男性が良いですか~?」
巨大組織に成長したロア商会には、ヨシュアだけでも100人を超える従業員が居るのである。
単純に男女比率が半分だとしても50人は男、フリーという条件ならさらに少なくなるが、それでも数十人は紹介出来ると言う。
「でしたら私は肉体派な殿方が良いですわ! ソーマさんも細マッチョでしたが、もっとガッチリと男らしい方が・・・・」
何やら理想の結婚相手について語り出した。
その隣では何故ソーマが細マッチョなのを知っているのか、とトリーが旦那を尋問している。
女性が散々条件を付けた結果、それに合う男性など知らないと言うユキは取り合えずマッチョが揃う農場を紹介。
あとはこの女性がどれだけ気に入られるかの問題なので頑張れとしか言いようがない。
しかしユキの活躍によって問題がスピード解決した事に変わりはなかった。
まさかの事態である。
「ね、ね、ちなみにイケメンで強くて頭が良い20代の男って居ます? あ、一緒に仕事出来る人で、アタシを拘束せず自由にさせてくれるって条件もつけて」
「ノルンさん、理想が高すぎますよ~」
当然居る訳も無かった。
同じ質問をサイにしたところ、「ほら、これを見て自分のレベルに合ったヤツを探せ」と鏡を差し出されたらしい。
「くっ・・・・顔か!? 女は顔が全てだって言うんですか!?」
そう言う問題でもなかったが、とにかくノルン店長の春はまだまだ遠そうである。
もちろん問題が解決して万々歳とはいかない。
「ねぇ~。私、いつまでレジやればいいの~」
ユチは遊びに来ていただけなのに、ひたすら商店のレジ打ちをさせられていた。
「店員さん! 表の掲示板にあった銀貨1枚のオーク肉ってどこかしら?」
「この中央通路の突き当りの冷蔵庫の中にあります。赤い値札が目印です」
「あの、服のサイズを間違えたみたいなんだけど交換できるって本当?」
「大丈夫ですよ。あちらのカウンターで承ります」
「ちょっと! 緑と白の石鹸の違いは何っ!?」
「いま係員を・・・・って誰も居ねぇーーっ!」
「「「ねぇ、店員さん!」」」
元彼女が帰った後、ソーマとトリーはイチャイチャし出したため、結局ユチは閉店まで手伝わされた。
途中から要領を得た彼女は、接客しながら高速レジ打ちをしつつ、大型商品配達の受付まで行うという離れ業をするまでになっている。
(くっそぉ・・・・この代償は高くつくからな・・・・)
後日、労働の対価としてノルンが驚きの金額を請求されたが、自腹で払ったとか。
「ってかソーマとトリーさん、トラブル解決したんだから仕事に戻ってよ・・・・」
と嘆きながら貯金を卸す姿が目撃されたらしい。