千三百六話 猫は気まぐれ
「うおっしゃぁ! こっからは子供の時間だぜ! 祭り楽しもうぜ、祭り!!」
王都をグルッと囲う防壁にポッカリと空いた穴……もとい門の前で帰還組の乗った馬車を見送った俺は、別れを惜しむことも車両基地までの道中を心配することも、当たり前だがリニアモーターカーのトラブルを不安がることもなく、周りにいるニャンコ達に呼び掛けた。
気分は大人の目から解放された子供……って、そのまんまだな。ただテンションは上がる。やりたい放題は楽しい。
彼等の滞在期間が2日というのは最初から決まっていたこと。
悲しんだところでどうなるものでもないし、悔いのないように全力で楽しんだ。会えなくなるわけでもない。1000年祭は難しいかもしれないが、別のイベントで交流する機会はこれからいくらでもある。今はこれで十分だ。
――とか言うとしんみりした空気が出そうなのでやめておく。
本当に誰一人悲しんでいない。
それどころか盛り上がっている。色々な意味で。
残留組が「仕事頑張れよ~」と煽れば帰還組は「労働の楽しさと必要性を理解してないヤツはこれだから……散財して後悔しやがれ」と社会人マウントを取り、「楽しみにしてたイベント見れなくて残念だったなぁ~」と煽れば「次はお前がそうなる番だからな。覚悟しておけ」と復讐心をメラメラ燃やし、「金出すならお土産買って帰ってやるぞ」と煽れば「てめぇの血液を手土産にしてやるよ!」と馬車から飛び出して殴り掛かる。
これをどう思うかは人によるだろうが、俺は愛情がなければ成り立たないこの関係と空気を素晴らしいと思った。
「どこか行きたい場所でもあるの?」
呼び掛ける前から今後行動を共にする雰囲気を漂わせていたヒカリ・ニーナ・ユチの3人は、見送りを終えて散り散りになる残留組に目で挨拶しつつ牽制。
参入者がいないのを確認した後、口にすれば間違いなく帰還組と言い争いなり笑いのネタなりにされるので一切触れずにいた、今後の予定について尋ねてきた。
まぁどうせユキに暴露されるんだろうが、それはそれ。こういうのは知られていないと思い込むことが大事なのだ。
俺は口に出していないだけで頭の中にはあった予定を、皆に受け入れてもらえる確率が少しでも上がるよう、丁寧かつ単純明快に告げた。
「水着コンテストに、出場しましょう」
「へぇ~。ルークってばさっきのイベントで人前に出る楽しさを覚えたんだ。頑張ってね。応援してるよ。わたし達は見ないけど」
「なんでそんなこと言うんだよ! 俺の将来の嫁がいるかもしれないだろ!」
「候補ならもう何人もいるでしょ。これ以上増やしてどうするの。四方八方に手を出すより誰か1人に絞った方が良いって言われたんじゃないの? 1人ずつ落としていった方がトラブル起きづらいって気付いたんじゃないの?
(ぼそっ)まぁそうやって心の距離が近づきすぎないように調整してるんだろうけどさ。このどっちつかずの時間を少しでも長く続けるために」
「ん? 最後なんて言った?」
「ううん。なんでもないよ」
ヒカリは、はぐらかすようにニッコリと笑ったかと思うとすぐに呆れた表情に戻り、同行しない言い訳を続けた。
「百歩譲って嫁候補がいたとしてもわたし達がついていく必要ないでしょ」
「嫁同士は仲良くなっておく必要が――」
「いるかどうかもわからない候補より今居る候補。わたしはお姉ちゃんと親睦を深めておくからルークはルークで頑張って嫁を探してね」
これ以上仲良くなると俺を置いてけぼりにして姉妹でキャッキャウフフしそうなのだが、あくまでも俺の誘いを断るための言い訳で、本気ではないはず。
というポジティブシンキングの下、俺はさらに説得を続けた。
「暑さ対――」
「言っておくけど一番貧弱な私でも気温があと5℃上がっても平気ニャ。バルダルでも余裕だったニャ。暑さ対策で薄着になったり水浴びしたりする必要は皆無ニャ」
神よ、今すぐ地球……じゃなくてアルディア温暖化を。火精霊の活性化を。きっと新種の動植物が増えていい感じになります。冷房魔道具の開発に力注ぐようになって人類も発展します。
世界のためを思うなら何卒。
(ノウ)
(テメェには言ってねえよ。出しゃばってくんな。大体いつまで火属性アンチでいるつもりだ。精霊王が特定の属性を差別すんな。世界の未来を考えるなら試しておくべき事象だろうが)
神様の代わりに反応したユキを心の中で罵倒する。そして説得する。
この際温暖化してくれるなら誰だって構わない。
(だってそれ前の人がやりましたしぃ~。私はどう考えても冷やす担当ですしぃ~)
(なら一旦温めて、それから冷やせ。物事は振れ幅が大きいほど効果的だからな。夏は暑く、冬は極寒にしよう。そうしよう。するっきゃない)
(たしかに一理ありますね~)
イエスッ! イエースッ! これは完全にイケる流れだ! ビバ水着! ヒャッハー!
俺は心の奥のそのまた奥で、誰にも悟られないように拳を天高くつき上げ、狂喜乱舞した。
(ではまず100年ほど世界を冷やして、それから温暖化、その後でまた冷やすということで)
……どうやら俺は生まれる時代を間違えたらしい。
「ヒカリちゃんもニーナも物好きだニャ~。ルークさんはたしかに面白いけど恋愛対象としては論外じゃない?」
「おい……」
あまり欲望を剥き出しにすると別行動を取られかねない。
慎重かつ最小限の譲歩で話を進めようと策を練っていると、ユチがバカにしたように……というか完全に俺のことをバカにしてきた。
良いじゃないか、面白い人。一緒に居て楽しいって大事なことだぞ。消極的なニーナは引っ張ってくれる存在がお似合いだし、一緒になってワイワイ出来るヒカリも相性バッチリだ。
「え? わたしはルークと結婚する気ないよ?」
「「ないの!?」」
驚愕の事実に驚いたのは俺だけではなかったが、たじろいだのは俺だけ。ニーナに至っては平然としている。
そんな俺達に対し、ヒカリは先程とは比べものにならないほど呆れた様子で溜息をつき、
「むしろなんであると思ったのか聞かせてもらいたいよ。たしかにルークのことは好きだけどそういうんじゃないよ。手の掛かる弟、もしくは実行力と集客力のある近所の面白お兄ちゃんって感じ。性的にどうこうしたいとは微塵も思わないよ」
「割とセクシャルなことさせてくれるし、インモラルなこと許してくれますよね!? 前に『エッチなことするならルークとだね』って言ってましたよね!? 一生一緒に居たいって言ってましたよねぇ!? それってハーレムの一員になってくれるってことじゃないんですか!?」
「ハーレムと恋愛対象は違うよ」
意味がわからないことを言い出しましたよ。
「恋愛に興味はないけど性的なことには興味あるからね。たぶん私って好きって気持ちが楽しさやワクワク感とイコールなんだよ。昔色々あったから今を精一杯生きようって気持ちが最優先になったんだろうね」
他人事のように自分を分析するヒカリ。
世界から見捨てられ、死の淵をさまよった人間の言うことは説得力が違う。重い。それは生物の理に反してることだなんて言えるわけがない。
「わたしが抱いてる感情は『愛』じゃなく『好き』。家族や友達に対するものよりちょっと好奇心強めの『好き』なんだよ。一緒には居たいけど自分や子供作りたい相手優先。気が向いた時に相手してもらうだけの、まぁ言っちゃえばセフレだね。
ユキちゃん達のお陰で長生き出来るっぽいし、ルークとか食堂メンバーとか知り合いの子供を自分の子供みたいに育てて満足しようかなって。行く末を見守るだけでも楽しそうだね」
「なんかもう目線が完全に老後のそれじゃん……」
「そう? たぶんアリシアちゃんも似たようなこと考えてるよ」
そうかもしれないけどさぁ……。
「あ、ちなみに言っておくけど、わたしを一番にしたからってこの考えは変えないからね。何なら怒るからね。束縛されるの嫌いだし」
「でも俺の心が熱くたぎるんだ! 獣人を愛せと轟き叫ぶんだ!」
「気のせいだよ」
そんなバッサリ……冷たいなぁ(´・ω・`)。
「まぁまぁ。あとはルークさんの頑張り次第ってことで」
「……うっす」
セフレ志望の女性をどうにかしてハーレムに入れる、か……難易度激高のミッションだな。失敗とかはないから気は楽だけど。
もちろん1人ずつ攻略するっていう基本方針には気をつけながらな。
彼女はCG回収率100%になった後で攻略可能になる隠しキャラ。その前に手を出そうとしたらルートすら消えてしまう。慎重に行かねば。しかし興味を失われないように一定の距離を保たなければ。
(ユキえも~ん。グッド・グッド・ノーマルしか存在しない選択肢と好感度が視覚化する魔道具出してよ~)
(ルビ太くん、人を頼ってばかりだと良い大人になれないよ。自分で何とかしようね)
素晴らしい精神だとは思うが話が広がらないし、ダメ人間だからこそ結婚出来たみたいなところあるから、今後もダメ元で頼り続けようと思います。
彼を手本にするのがそもそも間違っている気がしないでもないけど。




