千三百五話 続続々1000年祭8
「まぁあれだね。負けるべくして負けた勝負だったね」
「納得いかないわ! アタシのどこがあの子達に劣ってると言うの!?」
100点満点中33点という微妙な点数を引っ提げてステージ裏に戻ると、ヒカリが慰めとも煽りとも取れるどっちつかずの空気で、現実を突き付けてきた。
「何もかもだよ。点数詳細見たからわかるでしょ。というか見るまでもないでしょ」
ファイが98点で、オッサンが79点。
この時点で準優勝の希望すらない。流石に点数準拠だろうし。特別賞の可能性は残されているが、数字によって明確に優劣をつけられた以上、女装コンテストとしては負けだ。
が、己の美を誇る気持ちと数字の素晴らしさは無関係。
他人の決めた優劣に不服があることを主張し、掴みかかる勢いで迫るも、本気でないことを見透かされているのかヒカリはまるで他人事のように無視して、数十秒前のことを思い出すよう言った。
このコンテストでは、4人の審査員が『美しさ』『話術』『見た目と中身のマッチ具合』『なり切り度』『将来性』の5つの項目を5点満点で評価するのだが、よほど気に入れば1項目で持ち点をすべて使っても問題ない、非常に緩いルールとなっている。
ただバランスが崩壊しかねないので実際は高くても7点で(ファイの美やオッサンのマッチ具合がそれだった)、俺は最高得点を目指して頑張ったのだが、結果はまさかの低評価。自信のあったなり切り度ですら2人に負ける始末だ。
「ステージ上でも言ったけど評価の基準がおかしいわよ! メチャクチャ盛り上がったじゃない! ちゃんとオカマやってたじゃない!」
「それもステージ上で言われたでしょ。魔道具頼りで自分のアピールが足りなかったって。変装するアイディアは良かったけどルイちゃんの魅力が伝わらなかったんだよ」
「だとしても話術やマッチ具合は高得点になるはずでしょ!? あの盛り上がりはギャップがあったからこそでしょ!? 男がやったからこそでしょ!?」
「あれはやり過ぎ。司会の人が止めてたのに強行しちゃったし、盛り上がりも半分以上が怒りや気持ち悪さによるものだし、たぶん観客に配点させても同じ結果になると思うよ。特別賞も期待しない方がいいね」
「男と女の両方の力を持つオカマがやり過ぎなくて誰がやり過ぎるって言うのよ!!」
「そうだね。きっと光と闇の混合魔術より強力だね。きっとどこかに評価してくれる女装コンテストがあるよ。だから今回は諦めようね」
「…………うん」
かつてないほど優しい目をして今度こそ本当に慰めにかかったヒカリに対して、俺が出来ることは何もなかった。
受け入れられたらもうどうしていいかわからなくなる。
まぁ有効だからやったんだろうけど。
「それよりいつまでオカマになり切ってるの。あとは結果発表だけなんだからそろそろやめなよ。最下位はインタビューもされないんだしさ」
「最下位って決めつけないで。まだ2人残ってるでしょ」
「……一応訊くけど出場者の人数を間違えたわけじゃないよね? 今ステージ上で喝采を浴びてるカルロス君に勝てないのを認めたんだよね?」
ええ。エキゾチック美女は無理です。
振り切ったオカマと同じぐらい需要あるし、似合ってるし、クール系だから寡黙であることがこれまでとは別の意味でプラスポイントになってる。自作の超音波美顔器で女性達の心もガッチリキャッチしてる。
ニャンコ達の視線からは『お前も笑いに走らずにああいうのをやっていれば……』という声が聞こえる気がする。
「とにかくインタビューされるのは受賞者だけだよ。もうなり切る必要ないよ」
念押ししてくるヒカリに、俺は失望を露わにしながら言った。
「アナタ何もわかってないわね……そこが一番大事なとこでしょ! コンテスト出場者が一堂に会す結果発表で、皆が拍手を送る中、1人だけハンカチ噛みしめて『きーっ!』ってやりたくて女装したまであるわよ!」
勝ち負けなんて関係ない。イベントは閉会式をするまでがイベントだ。
「何なら、舞台から降りる時に投げキッスするつもりだし、出待ちされてたら男の姿であっても『うっふ~ん』ってファンサービスするぐらいのプロ根性あるわよ」
最後の一笑いをもぎ取りたいじゃん。
誰か一人でもその出来事を思い出して笑顔になってくれた勝ちよ。
「じゃあイベントが終わったらもうオカマ口調は使わないんだね? 結果発表以外で使ったら罰を与えるけど良いんだね?」
クセになったってことにして時々出そうとしてんのバレてら。実はオカマ口調が気に入ったことバレてら。
だったら最初からそう言えよ。ややこしい。俺のことわかってくれてないって被害妄想抱いちゃったじゃんか。
「ハッ! も、もしかしてヒカリは、アタシが美の道を究めて自分より美しくなることを恐れて、出る杭を打とうとしてるの!? そうはいかないわ、よんッふ!?」
「言ったよね。使ったら罰を与えるって」
(も、もう発令されてたんですね……本番に向けた準備運動もダメなんですね……あとオカマに掛けたつもりかもしれませんけど股間を蹴り上げるのはルール違反ですって……)
表現しようのない痛みを放つ股間を押さえながらゆっくりと床にひれ伏した俺は、ヒュホヒュホという訳のわからない言語を口から発しつつ伝わっていると信じて心の中で批難し、コンテストの成り行きを見守った。
この時って動けなくなるけど思考は出来るんだよね。肉体と精神が別のものになってる感じがするよね。あと取り敢えず押さえるよね。手のぬくもりが良い感じなのかな? それともこれ以上のダメージを負わないように守ってるのかな?
人体の不思議だね。
『優勝は~、男とは思えない美しさと圧倒的な演技力を兼ね備えたアンさん! おめでとうございます!』
「ど、どうも……」
ペットボトルサイズのトロフィーと優勝賞金(世界共通美容品ギフト券1万円分&ドレス仕立券3万円分)をファイが苦笑いを浮かべながら受け取ると、会場から盛大な拍手が巻き起こる。
『審査員特別賞はシユさんです。笑わせていただきました』
「うむ……」
こちらは仏頂面。
だがそれがいいのか、ファイに負けずとも劣らない盛大な拍手と、比べものにならない「面白かったぞー!」的な野次が巻き起こる。ファンが急増したようだ。
気持ちはわからなくもない。おそらくしばらくはオカマバーの需要が増えるだろう。何なら女装する中年が増えるだろう。ゲテモノ女装コンテストとか開かれるかもしれない。運営らしき連中が話し合ってるのを見たし。
計6人。ファイ、オッサン、俺、カルロス、ワン、マリクという、ロア商会が主催しているとしか思えないメンツでおこなわれた女装コンテストは、下馬評通りの結果となった。
美形枠ではカルロスが、ネタ枠で我が家の筋肉担当マリクが競ったが、一歩及ばずだった。やはり正統派(?)は強い。ファーストインパクトも強い。
どうしても基準にされるので高得点を取れることも少ないのだが彼等はそれを乗り越えたのだ。ナイスファイト。感動した。
「きーっ! 悔しい! やっぱり納得いかないわ! アタシのどこがこの子達に劣ってると言うの!?」
「「「何もかもだろ(よ)」」」
勝手知ったる俺の扱い。
参加者一同が息の合ったツッコミを入れた瞬間、ドッ、と会場中が湧いた。一番盛り上がった。
『これにてミスター美少女コンテストを終了します! それでは皆さん、さようなら~!』
笑いが落ち着いて一呼吸。空気が冷めるギリギリのタイミングで司会が宣言し、打ち合わせなどはなかったが俺達も空気を読んで手を振り、そのまま左右に分かれてステージを降りていく。
「ルイー! 次も出場しろよー!」
「今度は魔道具無しでやれー!」
「というかイベントに毎秒出演しろー!」
取り敢えずMVPは俺ってことでいいね?
「いや~楽しんだ楽しんだ」
「優勝こそ出来なかったけどルークっぽくて良かったニャ」
更衣室に戻ってくるなり女物の服を脱ぎ捨ててパンイチになるも、当たり前のような顔で居座ったニャンコ達は、口々に感想という名の感謝の言葉を告げてきた。
アール達大人組が小僧の裸を見ても動じないのはともかくとして、ヒカリやニーナ、ユチまで目を逸らすことなくだらけているのは如何なものだろう……。
もしかして肌に対する価値観や羞恥心って男女で相当違ったりする? それともただ単に彼女達が慣れてるだけ? 海水浴で肉体美褒めちゃうタイプ?
「お気に召したようで何よりだよ」
そんなことを思いながら俺はおざなりな返しをし、手早く着替えていく。残り少ない彼女達の時間を無駄にするわけにはいかない。
「しっかし男って肌綺麗な人多いわよね。やっぱり美容と筋肉は切っても切り離せないものってことなのかしら?」
「私はそれより毛の薄さが気になったよ。ルーク君、もっと美容品の開発に力入れてよ。私達の体毛なんとかしてよ」
「アンは特に濃いからねぇ」
「って、駄弁るんかい! 着替え終わったのに移動しないんかい! 祭りどうでもいいんかい!」
「まぁまぁ。体験した出来事について語り合うのも楽しいものよ。実行するだけが祭りじゃないわ。そもそも祭りは今年いっぱい続くわけだし。露店巡りは次の機会にやればいいじゃない」
「それはそうだけどさ……」
本人が望んでいる以上無理強いするわけにもいかず、その後俺達は、帰宅組の出発時刻ギリギリまで更衣室で他愛のない話をした。
「というわけで年1で企画してね、ロア商会の女装コンテスト。ゲテモノとガチの部の2つで。もちろん他のことでも良いわよ。いつもみたいにアッと驚くことやって頂戴」
まぁ主に女装の素晴らしさを語られて、自分を楽しませるイベントを催せって脅されただけですけどね。




