千三百四話 続続々1000年祭7
男でもドキッとするような美少女に変身したファイと、ギャグ漫画でしかお目にかかれないブサイクな女装をおこなったオッサンに続くのは、どちらも微妙な俺。
美貌と笑いという女装イベントにおける二大正義を先に、しかも圧倒的なクオリティでやられてしまったので優勝の可能性はほぼほぼなくなったが、諦めるのはまだ早い。
ナンバーワンになれないのであればオンリーワンになれば良い。
たしかに彼等は凄かった。素晴らしかった。大多数が満足したことだろう。しかし全員ではない。何故なら大事な部分が欠けているから。
(ふふふ……女装ってのは見た目だけじゃないんだよ! 隙間産業の大切さを思い知れ!)
俺は、満たされていない客の求めているものを提供するべく、ステージに上った。
「あらぁん。アタシ好みのイケメンがこんなにたくさん。ちょっとそこのお兄さん、どう? 隣の女よりアタシの方がピッチピチよぉん」
登場したら客に愛想を振りまきながらステージ中央へ向かう暗黙の了解があるようだが、それではどうしても演技っぽくなってしまう。
俺が目指すのは振り切ったオカマ。
嫌々女装している者も面白いが、全力で演じている姿も面白い。金を払ってでも見たいと思うからこそオカマバーは繁盛してるのだ。同性だと話しやすいってのもある。
兎にも角にも言動で楽しませてくれるオカマは需要の塊。
そのために取るべき行動は、過剰なほど全身をクネクネさせながら歩を進め、愛想を振りまいている最中に客の中に好みの男性を発見。笑顔で近づいて誘いをかける。
俗に言う客弄りだ。
実際客の反応は悪くない。爆笑ではないが笑っている。引いている客も居るがそれも面白さあってこそ。エンタメの中に僅かにあるリアルさを感じてこそ。
たしかな手ごたえを感じて俺はさらに続ける。
「そっちのダンディなオジ様も良いわねぇん。一つ飛ばして金髪のお兄さんもス・テ・キ」
「俺は!? いや飛ばされて嬉しいけど!!」
ネタにされた若者のリアクションでさらに笑いが起きる。
偶然ではなく狙い通り。最初から最前列にいた彼のことを弄ろうと決めていたのだ。
中規模イベントとは言え会場は超満員。それなりの時間並んでいないと最前列は無理だ。それだけでも彼が女装コンテストに並々ならぬ熱意を持っていることがわかるが、出場者への反応も早く大きく、一緒に来たであろう友達と審査員になり切ってファイ達が何点か議論までしていた。
つまりノリが良かった。
自分を飛ばされて友達を弄られたら高確率でこうなるし、ならなかったら「言葉を失うほど選ばれなかったのがショックだったのかしらん?」とでも言えば良い。
オカマになり切った人間がすることは何もかもが面白いのだ。
『いや~、正直期待していませんでしたが、これは素晴らしいですね。慣れていますね。もしかしたら普段から隠れて女装しているのかもしれません』
片手をヒラヒラさせてウインクと共に去るという、美女or吹っ切れたブサイクにしか許されない行動を取ってステージ中央に向かっていると、司会からお褒めの言葉が飛んできた。
俺は頬に手を当て、全身でくねらせながら、
「自分ほど理想の女性はいないと思ってるわぁん」
『これは間違いなく1日の大半を鏡を見て過ごしてますね~。気持ち悪いですね~。せめてアンさんぐらい美しくなってからやっていただきたいものです』
「アン……? ああ、最初に出てきた小娘ね。あんなのアタシの足物にも及ばないじゃない。アンタ眼科行った方が良いんじゃないの?」
『アナタは整形外科に行った方が良いですよ』
良いぞ、司会。やれば出来るじゃないか。さっきのはなんだったんだ。まさか俺なら上手いこと料理してくれるだろうって信用してやったのか。でも初対面だよな。
褒めたり貶したり訝しんだり、一瞬の間に感情のジェットコースターを味わいつくした俺は、スイッチを怒りに切り替えて表に出した。
「ふんっ。残念だわ。いくら外見が良くたって見る目がない男には興味ないの。汗が滲んだみずみずしい浅黒い肌とか、袖まくりして露わになった筋肉質な腕とか、太いのに通る声なんて全然……全然……ぜ、全然……ゴクリ……っと、危ない危ない。また悪いクセが。
ま、まぁいいわん。このアタシ、ルイの美しさが本物かどうか、会場に集まった皆に決めてもらおうじゃない。アタシが負けたら謝るから、アナタが負けたらイベント終了後にアタシのために時間取りなさい。じっくり本物の美について教えてあげるわ。ぐふふ」
『え~、わたしの安否に関しては審査対象外でお願いします』
その注意勧告は大事だね。
というわけでLet's アピールタイム。
『おや? ルイさんがポケットの中から何かを取り出しましたね。これはケータイでしょうか? 何か付いていますね』
「上司からの通話が……上司からの通話が……う、うあああああああっ!!」
そこの客、邪魔すんな。
ただなんかごめん。休みの日や朝晩のくつろいでる時に仕事の連絡来るの辛いよな。着信相手を確認して腹や頭痛くなるよな。束縛社会滅びろって感じだよな。
と、ケータイを見た瞬間に発狂した観客に開発者として心の中で謝罪した俺は、気を取り直して説明に入った。
「これはケータイの付属魔道具よん。アタシって美しい上に頭もいいの。本当はケータイのカメラ機能で写した人間を拡大して投影するものなんだけど、今回のために三次元的に変装出来る代物に改良したわん。画像も念じるだけでOK。あくまでも想像で生み出したものだから肖像権も問題ナッシングよ」
『改良し過ぎでは!?』
「売ってくれー!」
先程の若者が、某ドラゴンなボールで一番と言っても過言ではない名シーン「ギャルのパンティおくれ!」のように拳を天に突き出して進言してくる。
周りの客達も呼応して口々に強請りはじめた。
「変化するのは正面だけだし、声は変えられないし、騙せるのはパッと見ぐらいのクオリティで持続時間も短いから、変なことには使えないわよん。そもそも違法改造で捕まるわよん。市販されてないから出来ることよん」
会場がガッカリした空気に包まれる中、俺は白髪の小太りの中年に変装。一呼吸おいて語り掛けるように言った。
「え~、絶対に言わないこと。基礎学校の校長編。
世の中な、金さえあればなんでも出来るぞ!」
「「「ブッ……」」」
ややウケ。
だが俺のターンはまだ終わっていない。
「体育座りしてる女子に興奮します」
「「「…………」」」
「と、言ったら逮捕された前任の校長に代わって今日からお世話になります。どうぞよろしく。それとこれだけは言っておきます。私の初めての恋人との交際期間は2日です。デート先に公園を選んだら『初デートで魔獣退治に行かない人はちょっと……』と言われてフラれました」
「「「ブフッ!」」」
今度はバカウケ。『私のモットーは~』という定番の話を期待した一同は噴き出した。
笑いの基本は予想を裏切ること。
慣れ親しんだシチュエーションは自然と脳内に浮かぶが、その流れをまったく別のもの、出来るなら別の慣れ親しんだシチュエーションに置き換えることで笑いが起きる。
逆に、その定番を利用してシミュレーションした通りに進めることで、「やらないんかい!」とツッコませることも可能。
場の空気や相手によって臨機応変にやっていく必要がある。
「ちなみに俺の姉はマジで言います」
「どんな女だよ……」
戦闘狂だよ。
「続きまして、絶対にやらないこと。今年の人気投票で3位に輝いた清楚系女冒険者ビュティ編。
暇だしM字開脚でもしようなぁ~」
会場中の男共がスッと無言でケータイを構えた。先程ケータイが苦手だと言っていた男性も真顔で構えている。
まぁ今の俺の恰好がゆるふわなスカートで、テーマが『言わないこと』ではなく『やらないこと』なので仕方ない……というか当然だな。
『ちょ、そういう下ネタで点数を稼ぐのはやめてくだ――』
ゆっくりと腰を下ろす。これはヤバいと司会が制止した次の瞬間、
「「「ぶううううううううッ!!」」」
観客の大半がケータイを持っていない方の手の親指を下に向けて罵倒し始めた。物を投げ始めた。
『やめてください! わたしだって見たいですよ! でもダメなんですよ! 規則なんです! これ以上やるとコンテスト自体無くなりますよ!』
「大丈夫よん」
俺はウインクと共に、向こうにとっては根拠のない慰め、こちらにとっては計算ずくの発言をして、M字開脚の姿勢に入った。
先程までの怒りや荒れ具合が嘘のように静まり返った一同の視線が、俺の股間に集まる。もう終わりだと頭を抱える司会の姿も司会の片隅に映る。
バッ――。
そして勢いよく股を開く。
「「「おええええええ~~~っ!!」」」
一同が見たのは、俺ことルーク=オルブライトが着用していた、青と黒の縞々トランクス。
凝視していた分ダメージはデカい。
「最初に言ったわよん。変わるのは正面だけだって。スカートの中なんて細部が変わるわけないじゃない……って、ごめんなさ~い。時間切れみた~い」
「「「~~~~っ!!」」」
しかも唯一の救いだった変装も解けて、オカマの股間を凝視するだけの地獄絵図と化した。
「まぁこれだけでもアタシの優勝は固いんだけど……肝心のアタシの美に関してまだ何もアピール出来てないのよねん」
嗚咽と笑いがやまない客達を他所に話を進める。
さっさと審査に入ってくれという空気をヒシヒシと感じるが知ったことではない。時間はまだ余っているのだ。ギリギリまで頑張らなくて何がコンテストか。
「誰かアタシになってみたい人いるぅ~? 実際に相手の立場になってみたらわかることもあるわよん」
「「「…………」」」
誰も手を上げない。目も合わせようとしない。
「そうねぇ……だ~れ~に~し~よ~お~か~な~♪」
『強制イベント!? ランダムで決めるんですか!?』
観客達に指さしながら数え歌を始めると、司会が軽快かつ状況説明にもなる素晴らしいツッコミを入れてくれた。やるやんけ。
ただ観客達はそれどころではない。拳銃ロシアンルーレットでもしているかのようにビクビクと震えている。
「か~み~さ~ま~の~言~う~と~お~りっ、鉄砲撃ってバンバンバン、もうひとつおまけにバンバンバン」
『あ、これ、最初から決めてるやつだ。神様の言う通りでその人に当たらなかったから延長したやつだ。永遠に続けるやつだ』
「柿の種のねのねの、ねっ!」
『わたし!?』
最後の最後で全身を横に向けて司会を指差すと、男は驚きと呆れと拒絶を入り混じらせた顔をして固まった。
「こんな姿になって醜態を晒したくなければ優勝させなさい。顔や服だけを入れ替えることも出来ちゃうんだからね。顔のパーツだけも可よ」
『己の美を主張するとは一体!?』
「なんてやり取りをしてる時間はないので、各種加工したものがこちらになります」
俺は、審査員のテーブルの奥から取り出したフリップを、次々に客と司会者に見せていく。
『料理番組!? 下処理したり焼く時間はないからテーブルの下から完成品を取り出す料理番組!? あといつの間にそんなもの用意したんですか!? って答えなくてもいいです! さあっ、ルイさんの点数をお願います! ハリーアップ!』
「言っておくけど、この魔道具がどのぐらいの完成度になるかは、アタシの気分次第よん」
『脅迫やめてください!』




