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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
六十二章 千年郷

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千三百三話 続続々1000年祭6

 性癖・娯楽・願望。


 様々な想いによって開催された女装コンテストに、どれでもない想いを胸に出場することになった俺は、一番手を見た瞬間、『実はちょっと女装してみたかったし、ま、いっか』と気楽な気持ちで引き受けてしまったことを後悔した。


「なんで? 知り合いが大勢出場するかもしれないから?」


 ヒカリは、ステージ上で審査員や観客に愛想を振りまく女装した友人より俺の心境に興味があるようで、視線をこちらに向けながら尋ねてきた。


「だって本人が見ないでくれって目をしてたし」


「そこまでわかってるなら訊く必要ないだろ。それだよ。俺が後悔してる理由は」


 当たり前のように心の中を読んでいることはさて置き――。


 知人だけの方が盛り上がる場合もあるが、知人だからこそ遠慮したり恥ずかしがって微妙な空気になる時もある。今がそうだ。


 泣きそうな顔は儚い系美少女の演技として高評価を得ているが、ファイの心中は手に取るようにわかる。


 今すぐにでもこちらに駆け寄ってきて言い訳or青ワンピースを脱ぎ捨ててぶっ倒れるまで全力疾走したいに違いない。


 深夜のプロレスごっこを子供に見られた両親はこんな感じになって、目撃した子供が多少なりとも知識を持っていたらこんな気持ちになるのだろう。


 それでも舞台に立ち続けているのは、ファイの女装を担当したであろうアリスとシィに脅されているのか、ニャンコ達が否定した『金』『運営や知り合いに泣きつかれた』『ライバル貴族とのゴタゴタ』か、はたまたただのプロ意識か。


「それがわかってるならなんで凝視してるの? 見なかったことにしてあげればいいじゃない」


 ヒカリの言う通り、俺はステージから目を逸らしていない。ファイの一挙手一投足に注目し、発言をすべて記憶する勢いで観察している。


 理由は単純明快。


「手遅れだからな。一度見られるのも二度見られるのも変わらない。どうせファイは今夜枕を濡らす。だったら出番を控えてる俺のために役立ってもらうべきだ。傾向と対策を練るべきだ」


「じゃあ後悔した理由ではないよね」


「俺が参加したことで不幸な事故が起きたのは事実だ。申し訳ない気持ちで一杯だよ。だからお詫びとして精一杯弄ってやるつもりだ。それが俺の優しさだ」


「そうかなぁ……」


「そうなの。大体こっちも見られるんだからおあいこだろ。知り合いに見られたくないならこんなイベントに参加するんじゃねえよ。海水浴行ってエロい目で見られたからってそれは誰のせいでもないだろ。あそこはそういう場所だろ。嫌なら上着着ろ」


「まぁ……」


 納得したようなしてないような微妙な反応を示すヒカリ。


 ただこれ以上この話を広げるのは無駄だと思ったのか、「後悔してる理由それだけじゃないよね?」と、話を切り替えた。


「わかったニャ! レベルが高過ぎて優勝無理だと悟ったからニャ!」


 その瞬間、俺が答えるより早くユチがクイズ番組にでも参加したように手を上げて、解答した。


 参加者は彼女とニーナだけだ。他のメンバーはイベント(というかファイ)に夢中。各々に感嘆したりニヤけたり写真を撮ったりしている。写真はあとでくれ。


「それもある」


「ええ~~?」


 頷くとユチは小さくガッツポーズを取った。と同時にヒカリから落胆の声が漏れる。


「安心しろ。諦めたわけじゃない。俺は俺なりに全力で挑むさ」


「あ、なるほどね」


 誤解が解けたようでなにより。


 美少年と言っても差し支えないファイが、ただでさえ薄い腕毛や足毛を剃って、露出させて、肌の美しさに自信があると言っているのだ。


 特殊な性癖をお持ちのお姉様方はもちろん、面白さを求めていた人々も、自分の美に自信がある少女達も、思わずゴクリと喉を鳴らすぐらいには魅力的。


 審査で何を重視するかはわからないが、美を蔑ろにするとは思えないし、全力で女装して同性すら圧倒するというシチュエーションは普通に面白いので、この時点で俺の優勝はほぼほぼなくなった。


 しかもおそらくこの後に登場するのも美男ばかり。


 もはや観客をどれだけ笑わせられるかぐらいしか目標がない。


 しかし手は抜かない。一度やると決めたからには全力で勝ちに行く。例え美では勝てなくても笑いでは一番になってやる。そして誰よりも楽しんでやる。


「じゃないと保護者の立場を犠牲にした意味がないしな」


「……? もしかして性癖でも娯楽でも願望でもない出場理由の話?」


「そうだよ。俺は、武道大会観戦で熱くなったり、各国の料理を食べて一喜一憂したり、あーだこーだ議論するヒカリ達を見るのを楽しみにしてたんだ。お前等が思ってる以上にな」


 当事者じゃなくて良いっていうこの気持ち、わかる人にはわかると思う。透明人間最高。眺めてるだけの環境最高。たまに口を挟んで肯定される関係最高。


「でもわたし達の気持ちを優先してくれたんでしょ。ありがと。コンテスト頑張ってね」


「ルークなら勝てる。面白さは正義」


「おう。任せとけ」


 俺は、100点満点中98点という誰がこいつを一番手にしたのか問いただしたくなるような高得点を叩き出したファイ……もといアイちゃんを見送りながら、気持ちを奮い立たせた。


 ヒカリとニーナの応援があれば百人力よ。




『あ~、シユじゃ。年は正確には覚えとらんが40ぐらいじゃ』


「ねえっ、俺の立場は!? 先手を取られた上にあっちの方がキツくて面白いって、俺はどうしたらいいの!?」


 まぁそんな気持ち一瞬で砕けましたけどね。


 二番手として現れたのは、ロア商会の初期メンバーの紅一点ならぬドワーフ一点のシュバルツ氏。オッサンと言った方が伝わるだろうか。


 名前はファイと同じく本名から取ったのだろうが、そんなことはどうでもいい。


 先程の美少女とは似ても似つかない大女というだけでも会場は笑いに包まれたのに、オッサンというあだ名に相応しい容姿をしたガテン系の髭モジャの中年が、それ等を一切隠さないどころか強調しているなんて卑怯としか言いようがない。


 キャミソール&ミニスカートを着用することで腕毛と足毛を可能な限り露出させているのはもちろんのこと、胸元は大きく開いていてそこから見える筋肉やら毛やら傷やらがひたすらに逞しさを主張しており、顔もそこまでしなくてもというぐらいベッタベタのチークと口紅で彩られ、赤いリボンが短髪に乗っている。


 野太い声も、普段通りのオヤジ口調も、痛々しいの先にある面白さを見事に演出している。


 中の下ぐらいの容姿をした少年が女装するより絶対に面白い。というか実際観客も審査員もメチャクチャ喜んでいる。これを求めていたと猿のごとく両手を叩いて大爆笑している。


「ノルン達がここに来ていることは聞いたから驚きはしないけどさぁ。てっきりサイかソーマが出てくると思ってたのにオッサンて……」


 そりゃああいつ等はロア商会の初期メンバーとして昔から仲良いし、サイなんてウチに来る前からの付き合いだけど、だからってあの堅物がこんなイベントに出場するなんて思わないじゃん。


 嫌がってるギャップがまたウケてるし。


「「「~~~っ! ブハハハハハハ!!」」」


『ウインク炸裂ぅぅ!! 意外とノリノリだー!!』


 何かアピールを求められたオッサンがバチコーンとウインクを決めた瞬間、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。


 言うまでもなく笑いによるものだ。


 見ず知らずの他人の肩や背中を叩いた音がこんな遠くまで聞こえるとかどんだけだよ。当然のように誰も怒らないし。激戦に次ぐ激戦の末に優勝したワールドカップでもここまでじゃないと思う。


「演目まで被ってる……八方塞がりだよ……俺なにすればいいんだよ……」


「ちなみにルークの出番はこの次だよ」


「ザケんな! ただの比較対象じゃねえか! 本物と偽物の差を知るための実験じゃねえか! もちろんあっちが本物で俺が偽物ね!」


 いくら前向きと言っても限度がある。


 女装イベントにおいて盛り上がるというのは良いことだが、目に見えて最高潮となった場合は虐……もとい逆だ。あとは下がるだけ。下げるだけ。


 それをするのはイッツミー。


 泣きたい。



『はー、面白かった。こんなに笑ったのは久しぶりです。これはもう優勝と特別賞は決まったようなものでしょう。え~っと、残り4人ですか。さ、次の人どうぞー』


「せめて司会者はやる気出せ!? そして公平にやれ!? 多数決においてその誘導は犯罪だぞ!? どっちかに入れろって言ってるようなもんだぞ!?」


 この司会者。ファイが立ち去る時にも似たようなことを言っていたが、残りの参加者への発破であったり期待であったりの意味が見て取れた。


 しかしこれは違う。


 涙を拭きながら、マイクで拾えるかどうか怪しいぐらいの小さな声でのコメントなんて、素としか考えられない。


 そして大衆はこういうのに弱い。そうだよなぁ、と納得してしまう。あと断言するが俺の時はやってくれない。何故なら美貌も爆笑も微妙だから。


 たぶん「面白かったですねー。でもやっぱりアレの後だとちょっと……」とか言う。褒めてるように見えて実は他のヤツを持ち上げる時のテクニックを使う。


「ほらほら、早くいかないと迷惑になるよ。空気が冷める上に期待感だけが上がって自分が苦しい思いするだけだよ」


「わかってるよ!」


 消化試合感を出すゴミ司会者と、俺の心中を察した上で面白がるヒカリと、どうにもならないことをわかっていながら他者を頼ろうとする自分の弱さに苛立ちながら、俺は自らの足で処刑台へと歩きだした。

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