閑話 真実を知る者達
王都から少し離れた雑木林。
暗闇に包まれ、氷のような静寂が満ちるその空間に、唐突に声が湧いた。
「……作戦内容を確認する」
女の声だ。
どこまでも冷たいその声に応じる者はいない。発した者の姿もない。それでも声は無意味な独り言のように虚しく夜の闇に響き続ける。
「各班、所定の位置に移動。作戦区域一帯を人的封鎖。その後、赤B2より別命あるまで待機。規定時刻までに実行命令がなかった場合は順次撤収。実行命令があった場合――」
声は淀みなく続けた。
「作戦区域に存在するすべての人間の排除を実行する」
やはり応じる声はない。
影もそれを当然のように受け入れ、その存在ごと闇夜に消え……る前に別の声が響いた。
「聞~ちゃった~、聞いちゃった~♪ せ~んせぇ~に言ってやろ~♪ どうもどうも、通りすがりの雪ダルマです」
冷たさなど一切感じないどこまでも明るい声だ。
「…………」
「おっと、私に手を出すのはやめておいた方がいいですよ。この雪ダルマは衝撃を与えたら爆発しますから。本物の私は別のところに居ます。そう……貴方達の雇い主であるニコニコ金融さんの社長のところです!」
ザシュッ!
影は雪ダルマの忠告を無視……いや、一応聞き入れて、遠距離から魔力の刃で胴体を切り裂いた。
「ノリが悪いですね~。自分の所属と違うんですからちゃんと指摘してくださいよ~。ニコニコ金融さんはニコニコ金融さんで悪いことやってますけど、殺人ギルドの皆さんほどではありませんし。ヴュルテンブルク侯爵の執事さんが運営する『マーダー×マーダー』のリーダーの1人として、これまでに23もの命を奪ってきたサーバスさんと違って、人命に関わるようなことはしてませんし」
が、雪ダルマはすぐに復元し、気にした様子もなくトークを続けた。中身の真偽については定かではないが、爆発するというのは嘘だったようだ。
「…………」
「あらら、また無視ですか~。そこは『な、何故それを!?』と驚愕してくださいよ~。そしてギルド名が間違ってることツッコんでくださいよ~。本当は『スコーピオン』でしょ~。どうして貴方達は揃いも揃って同じ反応をするんですか。これで4人目ですよ。個性を失った現代っ子のファッションでももうちょっと変化ありますよ。あ、各班のリーダーさんの前に私の分身が現れて同じ展開になってるって話なんですけどね。部下の皆さんは経験値を奪われて気絶してます」
ギリッ、と歯を噛みしめた影は、ほのぼのと語る雪ダルマに殺意をむき出しにして襲い掛かった。
「だから同じ反応やめてくださいよ~。腰に忍ばせた毒がたっぷり塗られた短剣に手を伸ばしながら右足を踏み出す前に氷漬けにして身動きを封じ、反応が返ってこないまま語りを続ける私の身にもなってくださいよ~」
と、氷の彫刻の前でひとしきり嘆いた雪ダルマは、気を取り直して説明を続けた。
「私はすべてを知っているんです。魔獣や盗賊の仕業に見せかけて人や村を襲い、邪魔者を消したり計画を遅らせたり危険手当や護衛代として金銭をせしめたりしてますよね~。そこで奪った品を横流してますよね~。魔獣を改造したり洗脳して計画を遂行しやすくしてますよね~。
あ、いえいえ、怒ってるわけじゃないんですよ。厳しい世の中で生き抜いていくためには争いに勝たなければなりません。弱肉強食は種の繁栄に必要なものですし、そのためには多少の犠牲はつきものです。私にとっては人の業も同じ。誰が誰に不幸な目に遭わされようと気にしません。
では何故、これまで放置してきた私が今になって手を出したのか、気になるでしょう~。仕方ないですね~。特別に教えてあげましょう~。一言で言うと邪魔だからです~。
今後の人類の発展を左右する、誰もが注目している国家事業で大量の死者が出れば、事業はおろか1000年祭の開催すら危うくなります。例え継続が決まっても皆さんの心にはわだかまりが生まれるでしょう。それじゃあ困るんですよ。ネガティブな想いが増えると計画に支障が出るんです。水を差されたくはないんです。
なので私は今年だけ積極的に世界に干渉することにしました。旅行客が魔獣に襲われないようそれとなく助け、不慮の事故を未然に防ぎ、飢餓で苦しむ人々のために作物を実らせ、雨を降らしました。これもその一環です。
お世話になったお礼というのもありますけどね。最後くらい何かしたいじゃないですか。チマチマやってれば良かったものを、楽しようと国家事業に手を出したのが間違いでしたね。それではさようなら、サーバスさん」
畳みかけるように説明・処刑宣告した雪ダルマが赤グローブに包まれた手を振ると、影を覆っていた氷が砕け、彼女から力も記憶も身につけた経験すらも、すべてを奪った。
「自分より不幸な人間を生み出しても過去も未来も変わりませんよ。魔獣被害で家族と友を失い、体を売る生活に精魂尽き果て、金や権力で他者を好き勝手にする貴族への復讐心から闇に手を染めた哀れな人間さん。すべてを忘れて人生を一からやり直しなさい。シーユーアゲイン。親友はゲイン。気付いていないだけで貴方の周りには優しい人がたくさん居ますよ。次の人生は幸せになってください」
地面に突っ伏した元サーバスに、同情するような責めるような謝るような視線を向けたユキは、雪ダルマの恰好のまま闇夜に消えていった。
おおよそ24時間後――。
「裏工作&サポートお疲れ様でした~。協力感謝しますよ、レイクたん」
「わたくしの名前はレイクです」
イブ達との魔法陣調査を終え、王都近郊でマンドレイクの苗を植えていたレイクたんの前にユキとフィーネが現れ、絡んできた。
突然の来訪者にも一切動揺することなく普段通り対応するレイクたんだが、その顔には鬱陶しいという気持ちがありありと浮かんでいる。
この2人では、力づくで排除することも難しければ成功したとしても労力に見合わず、無視すればするほど事態が悪化するだけ。
彼女に残された道は土いじりを中断して立ち上がることだけだった。
「ルーク様につけていただいた名前に不満があると? 消し炭にされたくなければ400文字で私が納得出来るだけの理由を説明しなさい。羨ましいです」
「フィーネ様、アナタ、面倒臭い女になりましたね……」
それはフィーネの主への愛、そして嫉妬の炎を見て、さらに色を濃くした。
「私の目が黒い内は炎に活躍なんてさせませんよ~」
「なんということでしょう。ユキに吹き消されてしまいました。弱点属性以外でダメージを与えることは困難です。仕方がありません。今回だけは許しましょう」
「素直にプラズマで傷んだ3人の体を治療したお礼と言ってくださいませ。それより一体何の用ですか。今回はメリットがあったので協力しましたが、よほどのことがない限りお互い干渉しない約束だったはずです。わたくしは打ち上げなど求めていませんし、感謝も不要なので今すぐ仕事に戻らせていただきたいのですが」
茶番にしてもグダグダなものを繰り広げる2人に平然と、しかし交流を断固拒否する気持ちを籠めて尋ねると、ユキがヘラヘラ笑いながら答えた。
「まぁまぁそんな冷たいこと言わずに~。あとで私も手伝ってあげますから~」
「結構です。どうせ余計な力を与えて新たな植物を生み出すつもりでございましょう。わたくしの力を食物連鎖に使用しないでくださいませ」
「仕方ないじゃないですか~。世界はそうやって成長してきたんですから~。レイクたんだって私が力を付与したオクドレイクさんの力を借りて生まれたんでしょう。なら次はレイクたんの番ですよ」
「であれば次は人間か魔獣にでもやらせてください。ただでさえ植物は搾取される側なのです。種を繁栄させようと頑張った結果、他種族の繁栄のための犠牲になるなど、到底許せるものではありません。そろそろ役割を変えても良いではありませんか。わたくしはそのために頑張っているのです」
「難しいですね~。人間は生み出すものが特殊ですから~。努力する方向も種の繁栄じゃなくて他種族の排除ですし~。もしくは代償をどこかに押し付ける~」
「改めて人類を滅ぼしたくなりました。意欲を掻き立てていただいたことには感謝します」
「それは良かったです~。これからも植物の地位向上と適度な人類排除を頑張ってくださいね~。応援してますよ~」
と、精霊王が種の繁栄のための努力および選定作業を認可したところで、フィーネが仕切り直した。
「イブさん達の記憶を覗いて何か面白いものは見つかりましたか?」
「特には」
何とも言えない表情をするレイクたん。
彼女のメリットとは、ルーク以外の3人の天才の記憶を覗ける権利。
脳に植え付けた苗から情報および経験を収集していたのだ。
「それは残念です~。犯人になってまで手に入れた情報が役に立たないなんて、悲しみの極みアーッ、ですね~」
魔法陣の件も魔獣の件も、世間的には執事が犯人、強者に詳しい者にとってはレイクたんが犯人、もう一歩踏み込んで考えられる者には自然界が犯人。
しかし実際はユキが犯人。
幾重にも掛けられた罠を、証拠もないまま突破出来る人間など、居るわけがない。彼女はそのために用意された囮だった。
「わたくしは下等種族からどう思われようと気にしません。そして人間が特殊五行を学んだらどうなるか知れただけで十分意味がありました」
「じゃあ感謝してください。レイクたんの種から新しい植物作らせてください」
「お断りです。それと植えた種を漁るのもやめてください」
掘り返されたばかりで色濃くなった地面にしゃがもうとしたユキに、鋭い指摘が入る。
が、ユキはまったく意に返さず地面に手と足を延ばしたので、レイクたんは泣く泣く新たな話題を振って立ち止まらせた。
「しかし珍しいこともあるものですね。ユキ様が失敗するなど」
「まぁ私というか皆さんですけどね~。ちょ~っと龍脈に干渉したらエライ騒ぎになっちゃいました。まさかプラズマにあんな作用があったなんて驚き桃の木山椒の木ですよ~」
言いながらチラリと隣に目を向けるユキ。
そこにあったのはいつも通り微笑むエルフメイドの姿だった。
「何かしましたね、フィーネさん!」
さらに視線だけでは飽き足らず指を突きつけた。
「いいえ?」
「何かしたということにしておきましょう!」
「貴方の事情で私を犯人に仕立て上げないでください。私は何もしていませんよ。それよりユキの方こそ何をするつもりなのですか。このタイミングで龍脈に干渉するなど、世界に大きな変化を起こすためとしか考えられませんよ」
「フッフッフ~。それは秘密です~。明後日辺りに言うと思います~」
「ではわたくしはそれまでに王都から離れるといたしましょう。巻き込まれるのは御免でございます」
「ヨシュアの皆さんによろしくです~」
「勝手にわたくしの行き先を決めないでくださいませ。わたくしは他者にレールを敷かれるのが一番嫌いです」
「特に頑張ってくれたベルダンの皆さんに~。国中の魔獣を調べるなんて面倒なこと、私は絶対やりたくないです~」
「……調べたついでに服従させて商売に利用しているようですけどね」
「強い者に従うなんてどの種族もやってることじゃないですか~。ちゃ~んと対価も払ってますし、魔獣の地位向上に役立ってますし、自分で考えて動いているので良いんですぅ~」
「…………」
無視された挙句、一矢報いようと放った皮肉も平然と返されたレイクたんは、復讐を胸にその場から姿を消した。




