千二百九十三話 ステーションの乱15
ステーションは、ホテル・ショッピングモール・レストラン・アミューズメント施設などを一体にした複合観光集客施設を目指している。
そういった場所で重要なのは役割分担。
駅と商店街で客の奪い合いが起こるように、需要があるから、売り上げを伸ばしたいからと好き勝手に出店すると集客が片寄り、複合施設のメリットが失われ、結果的に自分が困ることになる。
そうならないよう各地のステーションでは、買い物は商店街、食事と娯楽はどっちでも、大規模な遊びや寝泊りは駅ビルと、ある程度目的ごとに分けることにしている。
周辺に高層建築物がないのもそのためだ。
駅地下には小売店が多数存在しているが商店街へ伸びていたり、取り扱う商品が似ている店は一定範囲になかったり、そこを含めて商店街と呼べるものになっている。
要するに仲間意識が高い。
テナント料で稼ごうとせず、集めた客を近隣の町や村に流す目的としてことで可能となった、真の複合観光集客施設である。
そりゃあデパートに詰め込んだ方が便利だし余った土地を他のことに使えるが、一ヶ所に集めるデメリットも存在する。
例えば商店街なら搬送車を店先に停められるが高層建築物は上り下りがあるため搬入が難しくなるし、交通手段の中心は時間で人口密度が劇的に変化するので在庫管理や人員配置が難しい。人混みに流されて友人とはぐれるなどザラにある。在庫置き場もない。
荷物の持ち運びも面倒だ。
カートを利用出来る平地と違い、ビルでは購入した品を自らの手と足で運ぶ必要があるが階段は面倒なのでエレベーターやエスカレーターを使う。しかし先程言ったように混雑必至なので待ち時間にブチギレる客が必ず出る。買い物客の大荷物や旅行客の巨大バッグに通路を塞がれて間に合わないとなったら暴力沙汰さえあり得る。そういった設備維持のコストが商品価格に跳ね返ってきたりもする。
さらに独自性も出しづらい。
駅ビルに求められるのは確実性。ここに行けば欲しい商品が必ずあるという安心感が売りだ。そう簡単にラインナップを変えることは出来ないし、取り扱う商品も定番の品ばかり。面白さを求めるなら下町、高級感を求めるなら百貨店、という人も多いのではないだろうか。
またそれは雰囲気にも通じる。
屋外というのはどうしたって開放感があるし、外だからこそニオイや汚れを気にせず食べ歩きが出来る。それによって周りの店とのシナジーも作りやすい。商店街を盛り上げるための対策会議をすることによって自然と親睦が深まるし、「あ~それならこっち使いな」と他店の商品の接客やら宣伝をされることも多い。
そこには生存競争の激しいデパートにはない家族のような温かさがある。
最後に、中央に集まって一気に移動するとなると乗り場も道路もエライことになるため、近隣の町へ向かう馬車への乗り換えは少し離れた場所にした方が良い。
少し離れた場所……すなわち商店街の奥。
誰もが通るエリアを素通りさせるのは勿体ないので、目的地へ向かいながら楽しい時間を過ごしてもらうために食事やウインドウショッピングが出来る場所をつくったのが、商店街だ。
乗り場へ向かうための馬車や、少ないながらも町への直通便も運航するが、割高な上、移動中の暇な時間に「あっ、あの店行ってみたい!」「なんか賑わってるな。何してるんだろう」と思わせることが出来るので、おそらく徒歩客の方が多くなる。待ち時間も潰せるしな。
「なるほど……それで大規模娯楽施設のカジノはこんな目立つ場所に建てられたってわけですね」
下品と言っても差し支えないネオン街(それほどデカい建物なのだ)の入り口に到着すると同時に終わった説明に、俺は納得の意を示した。
敬語を使っているのは、普段ダメダメなのに得意分野にはめっぽう強いという強キャラあるあるをアホ貴族が披露したので見直した……わけではなく、説明してくれたのがマリーさんだったから。
つまりいつも通りだ。
「な~にが真価を発揮するだよ。全然わかってねえじゃねーか。謝罪やら弁論やらで官僚に作ってもらった資料に書かれてることだけ読み上げる役人と同レベルだ」
最初こそ意気揚々と語っていたが、マリーさんの3度目の補足で彼女に任せた方が良いと悟り、肯定するだけの機械と化したアホ貴族に冷ややか視線を向ける。
これで彼女のように補足や否定を入れれば汚名返上も出来たのだが、無能特有の『まったく同じことを言うつもりだった』『自分も知っていた』を連発したため、評価は変わらず最底辺のままだ。
「か、彼女が詳しすぎるんだみゃ! 儂は上の人間として十分な仕事をしたみゃ!」
「自分を褒める人間ほど無能って言葉を知らないのか? そういうのは他人から言われるから意味あるんだよ」
相手を下げるゴミよりはマシだが、勝手に目標を決めて勝手に終わらせたり諦めるバカも好きではない。
マリーさんも視察官という立場に甘えてやり過ぎな気もするが、それにしたってアホ貴族は自分の管轄のことを知らなすぎる。ステーションの方針ぐらい熟知しておけ。どうやって建設計画の指示出してんだ。それもセバスチャン任せか。
「他人から言われているみゃ。だから自信を持って仕事したと言ってるんだみゃ」
(ったく、これだから権力者は……群がってくる連中が気に入られようと必死過ぎてモラルや向上心が欠如してやがる。誰かこの無能を叱るヤツは居ないのか)
自然と溜息が漏れる。
ちなみに役人についてが、俺は彼等が口にした内容よりどれだけ手元の資料に目を落とさないかで実力を判断している。質疑応答なんか特にな。自分で理解してないと絶対出来ないし。
まぁアホ貴族も彼等同様「何もしないでください」「この通りにしてください」と散々注意されたのだろう。その結果がこの有様なのだろう。元からの可能性はあるが。というかそっちの方が可能性高いが。嬉々として受け入れている気がする。
「ルークがいつもみたいにきょーいくすれば良いじゃない」
「ノウ。俺は生徒を選ぶ教育者だ」
「普段ならクズの所業と罵るところだけど、今回ばかりは納得せざるを得ないわね……」
「おみゃあ等、儂の何が不満みゃ!? 具体的に言ってみるみゃ!」
イヨの精一杯のフォロー(?)すら批難する道具にしかならない。
顔を真っ赤にしたアホ貴族が若者にありがちな正解を求めるムーブをかますも、俺とマリーさんは反比例するように淡々と答えた。
「じゃあ言ってやるよ。なんでカジノなんだよ。娯楽施設なんて他にいくらでもあるだろ。作るにしてももっと小規模で良かっただろ。どうせ『感銘を受けた』以外の理由ないんだろうけど。あっても絶対言うなって言われてるんだろうけど」
人が集まるところにパチ屋あり。
誰かに言われるまでもなく周知の事実だと思うが、娯楽の中でも特に集客力と没入性が高いギャンブルは、必ずと言っていいほど駅周辺に存在する。
しかしここまで金や場所を使って作るようなものではない。
アホ貴族が憧れたというギャンブルの国バルダルだってここまではやらない。
いやまぁ『やりたくても出来なかった』が正しいんだけど……出来きるものならやってたし。絶対。
「納得したんじゃないのかみゃ!?」
「大規模娯楽施設が目立つ場所にある理由に納得しただけだ。カジノである理由には何一つ納得してない。責任者として説明出来なかったのも事実だし」
「このカジノは国から許可されてるみゃ! 批難される謂れはないみゃ!」
「許可ってか物は試しでやらせてるだけだろ。そういうステーションがあっても良いんじゃないかって。バルダルで採用してる三店方式で法の穴を掻い潜ってるから文句も言いにくいし。てかよくこんな事業通したな。これも例の執事の仕業か?」
「ここの責任者はヴュルテンブルク侯爵じゃないわよ。奥の別館がホテルになってるし、上が公園になってるから、各方面の貴族が絡んでるの。彼はその中の1人よ。立案者と言えばわかりやすいかしら。実際に指示してるのは別の貴族よ」
ステーションを代表するような建築物をこんな無能が担当出来るはずがないと詳細説明を求めると、たじろいだアホ貴族に代わってマリーさんが答えた。
「そ、それでも中枢には変わりないみゃ! 今もあれこれ手配したり指示たりしてるみゃ!」
「ならそこで横流しがおこなわれてるな。お前の担当の場所に案内しろ」
「決めつけるんじゃないみゃあああああッ!!!」
と、拒否するような発言をしつつも疑いを晴らすためには協力するしかなく、アホ貴族は俺達をカジノへと誘うのであった。
「へぇ~、庶民だけじゃなくて貴族もターゲットにしてるんだな。階層分けてる理由って賭け金……てかコイン単価の差だろ。上が高くて下が安い、かな」
アピールのために作業を優先させたのか、台こそないものの店内からはカジノの雰囲気を感じることが出来た。バルダルのものと瓜二つだ。
俺達が居るのは吹き抜けになっている3層のフロアの2層目。移動はしていない。入ったらそこだったのだ。
つまり1階は地下。
フロアの様子から察するに、おそらく1階と2階が庶民向けのエリアだ。上は見えないから知らん。どうせここよりさらに豪華だ。見下すことは人間に幸福感を与えるから。あと単純に行ってみたい欲求が高まる。
「せ、正解みゃ……何故わかったみゃ?」
「だってバルダルがそうだったし。あっちは同じフロアで分けてたけど、どうしても価格の違うメダルや玉が混ざるから、高さがあるなら分けた方が良いかなって。駅と直結してるここは北側へ向かう客の大半が通るから、比率が高い庶民向けコンテンツを手直に置いておいた方が効率的だしな」
目立つ店も、賑わってる店も、楽しかったって話を聞いた店も、通り掛かったらちょっと立ち寄ってみたくなるのが人の性だ。
その時に如何に場違いと感じさせずに誘導するかは、駅地下に限らず客商売の永遠の課題である。
置くなら気楽に触れられる低価格の賭け事だ。金がないヤツほどギャンブルにハマりやすいって言うしな。
「エレベーターもあるしな。アレって貴族が直接3階に行くためのもんだろ? 専用だろ? やたら豪華だし。上にあるっていう公園には別ルートから行くだろ?」
ひと際豪華なエレベーターを見ながら言うと、アホ貴族は正解と言う代わりに大きく頷く。
「あ、もしかして庶民街から見た方が外観が派手だったのって貴族街の方は未完成だったからか? ここから出たら2階……普通の建物なら3階の高さになるから、それに合わせて色々やっててまだ外装が出来てなかった?」
「そ、そこまで読めるのかみゃ……」
ふふふっ、伊達に天才少年と呼ばれていないのだよ。
十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人という言葉があるが、俺は成長しても凡庸にはならない……と思う。今のところは良い感じです。
さ、そんなことより証拠はどこだ? あるんだろ? さっさと出せ。




