千二百九十話 ステーションの乱12
世間体で言えばおそらく最底辺に位置する風俗嬢相手にも分け隔てなく接し、褒め称える妙ちくりんな少年(俺のことだ)を気に入った美女Aは、これまで以上にフレンドリーに接してくるようになった。
元々距離を置かれている感じはなかったが、それでも初対面なりの遠慮はあった。しかし今は久しぶりに再会した友人と接するが如くグイグイ来る。
彼女ほどではないが美女Bも身内感を漂わせている。
「え~? 覚えてないの~? ここに来る途中で自己紹介したじゃん」
そこで明らかになったのは俺が彼女達の名前を憶えていなかったという事実。
ただ言うほど気にしてはいないようで、美女Aはこちらに謝罪する隙を与えることなく、ダメな弟に説教する姉のような様子で言葉を続けた。
「私が≪ミラ≫で、こっちが≪リサ≫だよ」
「……本当に名乗りました?」
記憶力にはそれなりに自信がある。覚える相手は3人と少なく、道中も結構暇で、初対面ということで一生懸命情報収集していて、それほど時間も経っていない。
例え忘れていたとしても聞けば思い出して然るべきだが、耳に届いた単語は一切心当たりがないもの。
俺は罪を重ねるのを承知で尋ねた。
「あ~、じゃあ私の気のせいかも」
「あァん? 寝惚けるのも大概にしろよ、このメス豚が。頭ん中、性に関することで一杯なんじゃねえのか。次やったら罰としてその触ってくださいと言わんばかりに露出してる乳揉むぞ。揉みしだくぞ」
その場のノリだけで生きている小娘の、パーティドレスと見紛うばかりの薄く、エグく、肌色の多い胸元を凝視して右手をワキワキさせる。
おそらく今の俺の目力は、公園でエロ本を見つけた中学生男子に勝るとも劣らないものとなっているだろう。もちろん演技だ。本当だぞ。
「キミ、距離の詰め方おかしいよ!?」
が、あまりにも真に迫り過ぎていたようで、本気にしてしまったミラさんは告白にOKした直後にセクロスしようとしてくる男でも見るような目と声で批難してきた。
「は? おかしくねえし。下心なんて全然ないし。これは礼儀を知らないヤツへの教育だし。自分の非を認められない若者への指導だし。殴るのは流石にどうかと思うから不快感を与える方向にしてるだけだし」
「いや、酒の席で盛り上がったらベッドイン出来ると思ってる男ぐらいおかしいよ。もしくはボディタッチされる=自分に気があると思って告ってきた挙句、断ったら罵倒してくる男子学生」
……俺の例えの方がわかりやすいし品があるよな。
(どっちもどっ――)
まぁ答えなんて求めてないけど。俺の中ではそうだし。他者との比較なんて自分が納得してれば良いもんだし。表に出すようなもんじゃないし。
というわけで幻聴はスルーして、ミラさんの下品な話にノリを合わせつつ彼女の求める距離感とやらを探っていこう。
「んだよ、お前みたいな体しか取り柄のない女ならすぐヤレると思ったのによ……ちやほやされていい気になってんじゃねえぞ、ブス。お前なんて体目的じゃなきゃ誰も相手にしないんだよ。一生男に尻振ってろ……って20年も持たないか。ゲラゲラゲラ。
あ~あ、ホント時間無駄にしたわ。で、なに? アンタ結局どんな距離感で接して欲しいわけ? 敬語? タメ口? 煽り合いはNG?」
「リアルッ!! え、もしかして経験ある? 勘違いしちゃった系?」
「そんなわけないでしょ。百戦錬磨のハーレム王に何言ってるですか。俺が告ればみんな下着姿になってケモミミつけて殴り掛かって来ますよ」
「どういう状況なの……」
女性が着替えているタイミングで乱入し、驚いている隙に装飾品を無理矢理つけながら告白、固定したところで虐殺スタートだ。獣人相手なら服をはだけさせるので限界だな。
「ま、男なんて毎秒『それさえ見られれば悔いはない。というかその状態の美女達に殴られたい』と思って生きてますから。行動に移すかどうかの違いだけで男は皆持ってる思考ですから。もちろん女も。それが欲望であり性癖ってもんです」
「状況について何一つ説明されてないけど、別に気にならないし、現役時代も今もそういう要望多くて慣れてるから今更引きもしないけど……」
それはお互い様。こっちだって距離感の返答を得られていない。
というか流石は風俗嬢。上か下か、良いか悪いかわからないけど倫理観が一般人とは天と地の差だよ。レベルが限界突破した超ド級の化物だよ。これで引かないのは俺の身近だとユキぐらいだ。恋愛経験豊富な大人でも自分のことは棚に上げて引きやがるからな。そんな連中には世間の皆様がしていらっしゃるマニアックなプレイを透視と未来視で見せ付けてやりたい。
幽○白書の『黒の章』ならぬ『ピンクの章』だ。
あ、距離感は友達の姉ぐらいが良いそうなので、ここからはそんな感じでいかせていただきます。はい。
「2人とも嬉しそうに昔の話をしたり近況報告入れてきますけど、もしかしてコイツのとこって待遇良いんですか? 他にも貴方達みたいな人居たりするんですか?」
いくら仕事でも友人との楽しい会話を邪魔されるのは嫌なようで、セクハラを拒絶され手持無沙汰になったアホ貴族は、前方の真面目組と後方の俺達の間をウロウロ。
それはそれで鬱陶しいことこの上ないのだが、そのぐらいは許してやろうと寛大な心で彷徨うクマを眺めた俺は、趣味と実益を兼ねた質問をおこなう。
「当然だみゃ。儂が虐げるのは使えない者か興奮するシチュエーションだけで、気に入った者は――」
「俺は彼女達に訊いてんだ。黙ってろ」
「みゃ……」
美女達はどちらも二十歳過ぎの中肉中背。
見た目の維持は運動より食事制限と厚化粧に重きを置いているようで、筋肉・魔力量ともに並。しかし貴族の付き人をしているだけあって健康や食生活には気を遣っているらしく、不健康な生活を送っていたであろう過去を感じさせない外見をしている。内面も健康そのもの。
仕事内容は大きな声では言えないもので、雇い主は他者を虐げることが趣味のようなクソ野郎だが、それを差し引いても充実しているのだろうか?
「そうだねー。私等が慣れてるってのもあるけど気に入った相手には普通のプレイしかしないし、連れ回すから良い物も沢山もらってるし、使い捨てられるのが当たり前だった昔からは考えられないほど仲間も出来たから、今は天国に感じるよ。
それが嫌って子も居るけど、周りに見せびらかすアクセサリーみたいな扱いされるの好きだしね。『これがお前等が見下してた底辺だぞ!』って得意になれる」
「気持ちいいこと好きだしねぇ。姫……あ、風俗嬢のことなんだけどぉ、働けば働くほど精神削れていくみたいな子も居たけど全然そんなことなかったしぃ、ホント、あーし等この仕事向いてると思う~。
見た目、態度、テクニック。客がつかなきゃ捨てられるし、人気があっても病気になれば簡単にポ~イされるの、ホント、リスキーな仕事って感じぃ」
「いやそこは今も変わんないでしょ。この前だってさ――」
まるで笑い話のように、そして他人事のように、職場から消えた者やアホ貴族に酷い目に遭わされた者のことを語る2人。
使えない者が消え、使える者だけが残ることを当然とするのは、この現場とも自然界とも違う弱肉強食の世界で生きてきた者の強さであり弱さだろう。
自分が生き残るためにはどうすればいいか。捨てられないようにする技術や精神が自然と身についた結果が、この楽観主義なのかもしれない。
同格だから仲良くなれる。仲良くなれるから気に入られる。気に入られるから豊かな生活が送れる。豊かな生活が送れるから同格になれる。
この循環が不幸なのか幸福なのかは人によりそうだ。
(……俺達と出会わず、辛うじて生き延びていたら、ヒカリとニーナはこうなってたのかもしれないな)
遥か昔にスラム街で出会った少女達のことを思い出す。
誰が悪いわけでもない。
あえて言うなら運が悪い。
気を抜くとシリアスになりそうなテーマだ。
「でもまぁルーク君も言ったようにいつまでも続けられるものでもないし、子供とか出来てもメンドーだし、稼げる時に稼いどくべきだよね」
「まーねー」
「そのためには奉仕あるのみ! 女は触られてナンボ、見られてナンボ、魅了してナンボ! 恩返しも兼ねて色々やっちゃうよ~ん」
「だねー」
悪に手を染めてでも――。
穏やかな空気のまま話を締めた2人からはそんな声が聞こえた気がした。
「あ、そうそう、メンバーだったね」
あ、覚えててくれた。
なんか言い出しづらかったから助かる。
「夜のってことなら私達以外に1人。今日は体調不良だから屋敷で休んでるけど居るよ。多少のセクハラなら耐えられるぐらいの家政婦なら5人……あ、この前辞めたから4人か、まぁそのぐらい屋敷に居る」
「あとセバスチャンの仕事場だねぇ。あーしが知ってるだけでも10人は居る」
「セバスチャン?」
知らない名前だ。
「アホ貴族……あ、いや、ご主人様の執事だよ。経理から実務まで何でもこなしちゃう凄い人。ヴュルテンブルク家がこんな大きな仕事をさせてもらってるのもあの人のお陰ってもっぱらの噂だよ。本名は忘れたから私達の間では『セバスチャン』って呼んでるの」
「ミラ、おみゃあ今、儂のことを『アホ貴族』と言ったかみゃ!? そして噂の出所どこみゃ!?」
「言ってませ~ん。知りませ~ん」
瞬間を生きている小娘に何を言っても無駄だ。俺も身に染みて理解した。
あと俺の呼び方が移ったとしたらゴメン。何も考えてないから影響されやすいんだと思う。
「ぐむむ……覚えておくみゃ……これが終わったらひぃひぃ言わせてやるみゃ」
「料金上乗せでヨロシクで~す」
雇い主に対するものとは思えない態度を取り続けるミラさん。本当に色々気にしたいタイプらしい。
暖簾に腕押しのような状況に、アホ貴族が悔しがったのは言うまでもないことである。




