千二百八十七話 ステーションの乱9
感性ほど千差万別なものはない。
例えば大自然でのんびりすることを何よりの喜びにする者も居れば、気持ち良いけどその時間で別のことをやりたいという者も居る。草原の青臭いニオイが嫌いという者も多い。
この『好き』『普通』『嫌い』の3つの中でもさらに細分化される。
それを伝えることは難しい。
点数という客観的に判断可能な方法を採用するとしても歩んできた人生によって価値観は異なる。言葉や文章で伝えるにしても表現力の問題があるし、それなら実際に体験させた方がまだ伝わる。
「むむむむむ……」
自分の感覚を信じて調査に乗り出したものの、あまりにも自然なアンチパワースポットは立証を許さず、俺は解決の糸口を見つけられない現状に困り果てていた。
正直言って困れるだけでも満足するレベルでどうしようもない。
何かと万能扱いされる精霊術師だが、実際は精霊の助力を得られるだけのただの人。それもプログラマーが一からシステムを組むように、過程を経てはじめて叶うものだ。
中には「ここがおかしいよ~」と向こうから情報提供してもらえる者も居るし、俺もたまにあるが今回はなく、もしイヨが居なければ試行回数が足りず、精霊術が弱まっている理由と合わせて、違和感の正体を『相性の悪い場所』で終わらせていたに違いない。もしくはそういう日。
場所・天気・気温・メンツ・体調・気分。
これ等は失敗した時の理由として挙げられる上位であり、普段出来ていたことが出来なかった時の言い訳としても使われるものだが、感覚の場合は『気のせい』がダントツだろう。
「くっ、このままじゃ俺も他の連中同様『そういう場所でした』と言うしかなくなる……環境の変化をものともせずに、精霊の影響力が弱まるってことを突き止めたってのに」
「いい加減私達を見下すのやめてくれない? 怒るわよ?」
「無能な連中が悪いんです。俺は悪くありません」
「…………」
『工事の視察に精霊術師、それも自然の変化に気付けるほど有能な人を2人も連れてくることなんて普通はないのよ。大事業の予定地の調査がせいぜいよ』
マリーさんが向けてきたジト目からは、そんな台詞がありありと感じ取れた。
ただそれは俺以外の精霊術師の存在をほのめかしており、自分の立場を悪くしてでも余計なトラブルを回避した……というか口にしたら今以上に立場が悪くなるので選ばざるを得なかったのだろう。
流石は空気読みのプロフェッショナル。
まぁ俺はそれをわかった上でからかいに行きますけどね。今後も隙あらば勝確の戦い挑みますけどね。弱者をいたぶるのサイコー。嫌われないようにマウント取るのは人類の基本的尊厳です。それがコミュニケーションというものです。
「よくわからんが、とにかく原因はわからなかったんだみゃ? ならおみゃあ等の気のせいみゃ。ここは普通の現場で、あれは普通の大規模工事用魔法陣だみゃ」
一触即発の状態からの喧嘩という、止めることも出来なければ逃げることも出来ないこれ以上ないぐらい万能な時間稼ぎをおこなおうとするも、アホ貴族は一切空気を読まずに実力不足という現実を突きつけて、流れを断ち切った。
さらに証拠がないなら無罪だと主張し、見せたいものでもあるのか別の場所への移動を提案。美女達を引き連れてのそりのそりと歩を進める。
それを見た作業員達も次々に作業に戻っていく。
完全に終わりの雰囲気だ。
(くっ、マズイ……)
これには俺もマリーさんも動揺した。
予定では、両の手に魔力を纏わせたマリーさんに「おっと、暴力はルール違反ですよ。そんなことしたら次に会う時は法廷ですよ」と先制攻撃……もとい野蛮な争いをやめるよう進言し、結局殴られ、目にもとまらぬ速さなので証拠不十分。
それに対して「バレないから犯罪じゃないなんて理屈が通用するのは子供と権力者だけ」と怒鳴り、イヨ辺りからツッコまれるも「世の中ってそういうもんだし。もちろんバレても揉み消せばOKまで含めて。騒がれないのはバレてないのと一緒」と社会派を気取って回避。すかさずマリーさんから「精霊裁判で真偽をハッキリさせるのはやめた方が良いわよ。そうなったらアナタに悪意があったか否かも判断するから。たぶん誰も得しない結果になるから」と補足が入り、引き下がることに。
これだけで10分は稼げた。
……うん、あとで説明しておく。たぶん俺以外誰もわかってない。人間関係のトラブルの原因の3割は決めつけだって言うし。説明大事。情報と価値観の共有大事。
「ん~、でもな~」
「え? まだ何かあるの?」
フィーネは微笑みながら佇み、イヨとマリーさんは是非を問うようにこちらの様子を窺っている中、腕組みしながら首を捻るというこれ以上ない戸惑いアピールをおこなうと、何かに期待するようにマリーさんが喰いついた。
ただ顔だけで声は至って普通の問いかけ。
役者だ。
動かないのが俺だけなら無理矢理にでも移動させていただろうが、4人全員、しかも1人は国に認められた視察官という状況ではそれも出来ないらしく、アホ貴族も面倒臭そうに振り向き説明を待つ。
「いや~、前に調べた時はなんともなかったんですよ。時期とか時間とか心境の変化とかそんな次元じゃなく安定してたんですよ」
この魔法陣が原因とは断言出来ないし、作業員達が元々そういう性格という可能性も十分あり得るが、この半年ほどで何が起きてこうなっている可能性は高い。
しかもちょくちょく利用していた地下や龍脈ではない部分が。
「前に調べた? 安定していた? 何を言ってるみゃ?」
「何もなにもそのまんまの意味だよ。俺、地下鉄で使用してる洞窟を最初に発見・調査した凄腕研究者」
「なんだとみゃ!?」
アホ貴族は、会話の節々から漂う俺の有能感に気付いていなかったらしく、今世紀最大の衝撃作でも見たようにカッと目を見開いて、動揺を露わにする。
結構直接的なこと言ってたんだけどな……。
あ、もちろん誇張表現だ。実際は半年に1回ぐらいある。『シリーズ最高の』や『いまだかつてない』などを含めれば2ヶ月に1回はある。むしろそういった宣伝文句がついていない作品を探す方が難しい。
アホ貴族の驚きもその程度のものだ。
一般人で例えるなら、友人がメチャクチャ可愛い女性と付き合い始めた時や、干した布団のお日様のニオイの正体がダニだと知った時ぐらいの衝撃。
「フッフッフ……ようやく理解出来たか。俺の偉大さが。自分の愚かさが。この視察の重要性が」
正体を明かすのとはまた違う、実力のみで判断してもらえる喜びに鼻の穴を大きくしてムフっていると、アホ貴族は震えながら呟くように言った。
「地下鉄とか工事現場が好きなただの学生と思っていたみゃ……それも相当アホな。就職したいと言い出しても断っていいレベルの」
「んだとコラァ!? 顔か!? 俺の平凡フェイスと庶民的な雰囲気で判断したのか!?」
「……? それ以外に何があるみゃ? 付け加えるなら執事に『学生のファンも作っておくべき』と進言されたから仕方なく案内してやってるみゃ」
どうやら無礼という言葉を知らないらしい。
取り敢えず面接官には向いていない。これまで幾度となく有能な部分をチラつかせているのに全スルーとは……人を見る目が無さ過ぎる。
この様子だと、車両基地でレオ兄達と交流しているにもかかわらず、今朝も一緒に居た俺のことを関係者と認識していなさそう。『抽選で選ばれた者しか乗れないリニアの乗客だから、運よく当選した学生が1000年祭に行こうとしてるぐらいにしか思ってなかった。宿屋は旅行プランに含まれていただけ』とか言いそう。
まぁ正体を明かすつもりはないからその方が助かるけど。
自分に与えられた仕事を理解していないのも問題だ。
「ならファンになってもらえるよう努力しろよ。一言余計なんだよ。『ただの学生だと思っていた』で良いじゃんか」
「調子に乗らせるのはよくないみゃ。気を遣い過ぎて客観的な意見を出さないのは、この国の人間の悪いところだみゃ。同格ならともかく格下相手にはズバズバいくべきみゃ」
前半は肯定、後半は否定させていただこう。
誰であろうと信念を貫け。同格以上にはむしろ積極的にやれ。
「そんなことはどうでも良いみゃ。それよりどうしてそんな人間がここに居るみゃ? 何の用みゃ?」
「お前が招待したんだろうが。てかなんだその手の平返し。優秀な人間が来ちゃダメなのか? 何か困ることでもあるのか?」
「儂が頭の良いヤツが嫌いなんだみゃ。小難しいことばかり言って話を逸らすし、置いてけぼりにするし、それを鼻にかけるし、自分の正義を疑わずにすべての事象に否定的だし、その矛先をこっちに向けてくるからみゃ」
「今の言葉そのまんまお前に返すわ。ここに来てからお前がやってきたことしかないぞ」
秀才(笑)に苦労させられたことだけは同情しておこう。
本物は完全に理解しているから誰であろうとわかりやすく説明出来るし、結果と過程、失敗と成功、どっちも大事にするから否定なんてしないし、間違いを見つけても解決するまで一緒に努力してくれる。
バカにして終わるのはゴミだ。
「とにかく調査は続行させてもらうぞ」
「う、うむ、仕方ないみゃ……」
こうして、正体を明かすことなく名実共に視察官となった俺は、魔法陣の謎を解き明かすべく、本物(偽物)の視察官マリーさんと協力して調査を再開。
「ハッ、わかったわ!」
――しようとした直後、イヨが何かを閃いたように両手を叩いた。嬉々とした顔も向けてくる。
「どうしたイヨ? 何がわかったんだ?」
「お祭りのこんざつでケータイが使えないように、ここでは地場に悪えいきょーをあたえているのよ! あっちが活性化した分、こっちの精霊が減ってるのよ!」
「それなら精霊の量でわかるだろ。ここは変化無しだ。地場も異常無し。一部精霊が体調不良になって同じ仕事の出来る代役寄こしたって感じだ」
こういった場面での第三者の何気ない一言は役に立つと相場が決まっているものだが、残念ながら今回は違ったらしい。
(´・ω・`)←こんな顔になったが知らん。
エルフとは名乗れなくても自分の中で是非を判断することは出来るのに、その程度のことに気付けないほど視野が狭まっていたのは自己責任だ。
「もーっ! なんなのよ、自然な不自然って! いみわかんないわよ!」
ただ、自己責任にしきれなかった幼女はキレて、周りに怒りをぶつけ始めた。教えろと言わない辺り、正体や実力を隠す理性は辛うじて残っているらしい。
「他人にとっては気持ちの悪い顔でも見慣れた自分の顔なら平気という理屈と一緒ですね」
「……それはちょっと違くね? 最近は卑下するヤツも多いじゃん」
久しぶりに喋ったと思ったら想像以上に想像以下の発言をしたフィーネ。
ホントどうしたんだろう。昔はもっと有能だったじゃないか。ラヴに悩んで自分見失ってたりするのだろうか? 相談に乗った方が良いのだろうか?
そんな気持ちを抱きながらも無視するのは違うとしぶしぶ応じる。
「わかったわ!」
再びイヨが手を叩いた。
「言ってみろ。今度くだらないこと言ったら逆さ吊りな」
「ふふーん! さかさずりになるのはどっちかしらね!」
彼女の言い分が正しかったら俺が罰を受けるなど一言も言っていないし、承諾もしていないのだが、ノーリスクハイリターンのスキンシップほど楽しいものはないので黙っておこう。
「この魔法陣は人を通じて大地にえいきょーをあたえて、そこからまた人にえいきょーをあたえるのよ! わたし達は調べ方がまちがってたのよ!」
「ほぅ!」
これが正解とは断言出来ないが興味深い話だ。
調査とはトライ&エラー。パッと見て理解出来るのは簡単なものや、俺なんかとは比べものにならない実力者だけ。基本は属性や流れなど1つ1つ試して違和感の正体を突き止める。
実際俺も、見たものを脳内で再現したり、動かして特定の条件を探したりしていた。人生経験の差でその回数が少なくなるイヨは俺より早く終わったってわけだ。
次は大地を調べようと思っていたのだが、イヨの言うように人を媒体としていた場合、それを前提とした調査をしなければ見つけることは出来ない。
当然先の調査ではやっていない。
やってみる価値は十分ある。
「フィーネさんのおかげね!」
「いえいえ、私は何もしていませんよ。ルーク様と楽しくお喋りしていただけです」
ホントすいません。メチャクチャ役に立ってます。さりげなさが半端ないっス。縁の下の力持ちっス。
というわけで作業員達を調べていこう。




