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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
六十一章 ステーションⅣ

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千二百八十五話 ステーションの乱7

 ステーション建設現場のいざこざの主な原因は、上司と部下の価値観の違いだった。


 他にも様々な禍根が潜んでいそうなのでこれを解消したら平和になるかと言われると微妙なところだが、これまでのように便利なアイテムを渡してどうにかなるような問題でもないため、巧みな話術をもって双方を歩み寄らせることに。


 納得とまではいかずとも、下の者達の一方的な主張や拒絶による攻撃の手を緩めさせることに成功した俺は、続いて上の者達との対談に入った。


「若者ってのは自分勝手なもんだ。実現可能かどうかなんて関係ない。自分の将来も周りの迷惑も知らない。やりたいことをやる。でなきゃ楽を選ぶ。

 ただどこかで壁にぶつかる。実力だったり、予算だったり、期限だったり、会社の方針だったり、理想と現実のギャップで困る時が必ず来る。そういう時に手を差し伸べてくれる存在が今後の人生を大きく左右するんだ。

 アンタ等だって経験あるだろ。『こんな時に頼りになる先輩が居てくれた……』って思ったことは一度や二度じゃないはずだ。なのに何故それをしない? どうして理想の先輩や上司にならない?」


 絶対的な正義が存在しないこの問題はどちらか一方を宥めても解決しない。お互いに意見をぶつけ合って、理解して、妥協して、はじめて和解となる。


 そしてそれは知らない者より知っている者の方がやりやすい。


 何故なら自分達が歩いてきた道だから。


 歩み寄るなら上の連中からだ。


 バイト達より厳しめな態度で中年達を見渡すと、顔を背けたり、教えを乞うような表情を浮かべたり、苛立ったり、内心丸わかりの反応がそこら中で巻き起こる。


「給料以上の仕事をしたくないって言うならそれ用の人材を新しく雇えば良いじゃないか。与えられた仕事はこなしてるけど業務内容の変更や追加は受け入れない。だから怒鳴る。クビにする。それは暴力で無理強いしてるのと同じだ。

 募集要項に仕事の詳細書かなかったのはそっちのミスだろ。あれじゃあ勘違いされても仕方ないぞ。全部やるのが当たり前と思ってるなら大間違いだ。バイトにそこまで求めるな。求めるなら納得してもらえるまで話し合え。相談されるのを待ってないで自分から事情や不満を聞きに行け。それが上司の仕事だ」


「こちらにも都合がある」


 喜怒哀楽のどれにも属さない様子だった如何にも中間管理職の風貌をした中年が、これまで何百回とおこなってきたであろう言い訳を慣れた様子で紡ぎ出した。


「それを教えろっつってんだよ。そして現場で共有しろっつってんだよ。それが出来てないからこんなことになってんだぞ」


「現状に問題があるとは思っていない。上からの指示を従順にこなせる実力ある者が生き残る。それが信頼と正確さに繋がる。これが現場の正しい姿だ」


「正しくはないだろ。そんなこともわからなくなっちまってんのか」


「いいや、正しい。先程からキミが言っているのは夢物語に過ぎない。理想と現実は違う。社会では結果がすべてだ。『業務体系を改善しようとしたけどダメでした。そちらに時間を取られて今月はノルマが達成出来ませんでした』『既にノルマを達成したので残った時間で職場を良くしていきます。悪化しました』など腐るほどある失敗例だ。これ等は当事者に責任を取らせて終わるような問題ではない。最悪倒産する。

 これまでクビにした者達の中にもキミのように意識の高い人間は居たし、おそらくこの後『良い上司は他人を注意出来る者ではなく、それを自覚させ、直せる者。それによって期待以上の結果を残せる者』と我々を咎めるつもりだろうが、それはリスクを恐れない向上心溢れる者達にやってくれ。確実性を求めるこの現場には必要ないものだ」


 おそらくこれまでの視察官もこうやって言いくるめられてきたのだろう。


 しかし俺は彼等と違って読心術が使える。精霊術も使える。


 男が言っていることは間違っていないし、余計なお世話なのも重々承知しているが、全部が全部本心というわけではないのでもう少し粘らせていただこう。


 気になることもあるしな。


「都合の良い言葉並べて逃げてんじゃねえぞ。アンタ等は『自分達が教育されなかったから下の世代にも教育しない』『誰も助けてくれない絶望や、ただただ右往左往することしか出来ない無力感を味あわせてやる』『自分は苦労したのに他人は楽するなんて許せない』っていう負の連鎖を引き継いでるだけだ。この流れをどっかで断ち切らなきゃいけないのに責任を負いたくないからって被害者面&正義面して逃げてるんだ。

 若かりし頃の情熱を失い、他人を思いやる気持ちを忘れ、安定を求める場慣れした排他主義者であることを認めず、敵と味方を区別して敵の言うことはすべて間違いと決めつける。結果を出せてる自分は正義で、出来ないことが悪なんて考えは間違ってるぞ。相手が苦しめば自分が幸せになるなんて幸福定員数理論は存在しないし、どんなに頑張ろうと過去は変えられないんだよ。諦めるなら成長じゃなくてそっちを諦めろ。

 つらく当たれば当たるほど自分が苦しい思いをするってわかってるか? 過去のトラウマが脳裏をよぎる、指示も指導もしにくくなって作業が思うように進まない、でも上からは次々に新しい命令が来る。『いつか誰かが助けてくれる』『画期的な方法を生み出して楽にしてくれる』なんてそれこそ夢物語だぞ。甘えんな。今を良くしようと思ったら自分で動け」


「「「…………」」」


 ギリッ、と歯を噛みしめるような音が鳴る。


 1つや2つではない。そこら中からだ。


「余計なお世話だ。嫌なことから目を逸らすほどヤワではないし成果も出している。チャランポランな仕事しかしないクセに文句ばかり言う、自分が出来ないことを他人に求める、金を稼ぐことを甘く見ている連中とは覚悟が違う」


 怒りは残っているものの、それは嘘偽りのない本心らしく、中年は『何故そんなわかりきったことを部外者から言われなければならないんだ』と言うように顔をしかめ、毅然とした態度で俺の目を見た。


 信念をもって仕事している社畜はホント厄介。


 いくら整合性の取れた発言をしても否定的な意見として捉えて聞きやしない。


 これほど初手から善悪を決めてかかる人種は、他には宗教にハマったヤツか、引きこもりのネラーぐらいのものだろう。


「もう一度言う。理想と現実は違う。過程と結果は別物。社会は覚悟と妥協によって成り立っているものだ」


 中年は念押しするように言った。


 社会における価値観に支配されるこの男(一部作業員)を正気に戻させるためには、まずその大前提が間違っていることを教える必要がありそうだ。



「アンタ等、さっきから確実性確実性言ってるけど、それ本当に実現出来てんのか? 本当にこれまで完成後に問題起きてないのか?」


 突然現れた小僧に長々と説教された挙句、これまで信じてきた経営理念を何の根拠もなく否定された大人が、どういう反応をするか。


「……なに?」


 正解は『戸惑いと怒りを露わにする』だ。


 前者は聞く耳を持っているだけまだマシ。自分達がその発言を否定する根拠を持っていないことを理解している。怒りはダメだ。せめて『○○さんから聞いたから間違いない』と否定してくれ。


 あとイヨ。わからないからって話をすっ飛ばして善悪の判断に入るな。例え問題が起きていたとしても彼等が悪というわけじゃない。


「私達が調査した限りでは問題は見つかってないわよ」


 一触即発の空気を払拭するようにマリーさんが答えた。


 動揺していたアホ貴族もホッと胸を撫で下ろす。本当に自分の仕事について何も知らないようだ。


「ホント~にぃ~?」


「やけに疑うじゃない。何か理由でもあるの?」


 またもや自分達の視察能力を疑われたと思ったのか、マリーさんは眉をひそめながら詳細説明を求めてきた。


 俺はやれやれと肩を竦め、再び中年に視線を戻し、


「さっきからアンタ、過程がどうだろうと誰にもわからないって言うけど、わかるに決まってんだろ。ネガティブな気持ちでやった仕事にはネガティブな精霊が宿るんだ。そしてそれは絶対に悪い方向にむかう。そのせいでリニアや地下鉄が機能しなくなる可能性もあるんだぞ。

 サノア運河の苦情とかまさにそうだ。あれも国家事業だけどお前等も関わってるよな? てかお前等がやったよな? 最近苦情が増えたって聞くぞ」


「え~っと……ええ、たしかにステーション計画が始まる前に応援って形で携わってるわね。あれもネガティブな空気が伝染したせいだっていうの?」


 カバンから取り出した分厚い資料に高速で目を通したマリーさんが俺の仮説を立証すると、想いという形もなければ数値化も出来ないものを持ち出された一同は反論する術がないようで、大人しく、しかしどこか怯えた様子で俺の返答を待った。


「そうであるものもあれば、『アイツ等が文句言ってるなら俺達も』って便乗もあるでしょうね。感情って伝染しやすいですし。損得があるならなおのことです」


 人間は自分が楽するためなら手段を選ばない。


 保険のために平気で嘘をついて入院期間を延ばすし、誰々がもらったのに自分がもらえないのはおかしい・ズルいと言う台詞を嫌というほど見聞きしたし、国のために使って欲しいからと給付金を断る人間なんて見たことがない。


 文句を言えば金になるなら便乗する輩は必ずいる。


 金にならなくても他者が困っている姿を見るのが楽しいからという愉快犯もいる。



「何を言っている。そういったものを抑制するのがこの魔法陣ではないか」


 中年の視線の先には、現場を監視するように中央にそそり立っているアース式立体魔法陣。


「それ誰情報だよ?」


 そんな話は聞いたことがない。


 俺はすかさず聞き返した。


「昔から言われていることだ」


(闇深いなぁ……)


 期待していた情報は得られなかったがある意味予想通りなので満足。


 意図的かどうかは定かではないが、物事を自分達の都合の良いように解釈している。正しい情報が共有されていない。さらに出所も不明と来ている。占いや裸足の方が速く走れる的なデマのようなカワイイものならともかく、これはダメだ。


「その可能性はなくはないけどそんな効果は確認されてないぞ。つまり嘘だ」


「なんだと!? 何を根拠に言っているッ!!」


「キレんな。根拠がないのはそっちだって同じだろ。条件は対等だ。冷静になれ。その沸点の低さはヤバイぞ。俺は事実を言っただけだ」


 キレる若者も問題だが、それと同じぐらいキレやすい中年も問題だ。爆発する前に病院行くべきだな。じゃないと八方塞がりになって戻って来れなくなる。


「それはそうと――」


 恐ろしく沸点の低い中年を窘め、さらに話を続ける。


「アンタ等、この現場で過ごしてたらイライラするとか、気が付いたら熱くなってることってないか?」


「あ~、あるある。な~んか妙にイラつくんだよな。テーブルに水滴ついただけでイラついて壁殴ったり、ケータイが繋がらなくてぶん投げて壊したりするわ」


「異常だから病院行け」


 恐ろしい現状を当然のように受け入れている若者に呆れたものの、俺の中に1つの確信が生まれた。


 一瞬、しかも微かにだが、彼等が感情を昂らせた前後に魔法陣の違和感が増えたのだ。


 歯ぎしりなども合わせるとこれで4度目。偶然ではないだろう。


「実は最近、過ぎたことで悩んだり、悩みたくないから深く関わらないようにしたり、自分が間違っていないことを証明するためにあれこれ考えたり、相手の悪いところを探すようになって……」


「あっ、脳内でシミュレーションして相手を論破する方法を導き出せたら次の日だろうと口に出すやつか! 『俺は正しかった』『お前は間違っている』ってなるやつか! 俺もあるある!」


「ストレスを抱える人間の典型だな。それも病院行け」


 どうやらあの魔法陣。怒りを助長するだけでなくネガティブな気持ちも増大させるようだ。


「ハッ! まさか『祭りなんだから大目に見てくれるだろう』って甘えも、この現場のせい!?」


「それはお前の性格だ。仕事に私情を持ち込むな。オンとオフはしっかり切り替えろ」


「どんなに真面目にやろうとしても『そんなことどーでもいいっしょ』と思って手を抜いてしまったり、注意してくれたことに感謝してても心のどこかで『ま~た老害が仕事邪魔してくる』って思ってしまうのは?」


「それも自分の性格」


 負の感情が引き出されているのかもしれないが、おそらく彼が元々持っていたものだ。若者にありがちだし。というか魔法陣のせいにしてる時点でダメ。まずは自分を見直せ。大抵は自分が悪い。


「母が危篤で……」


「流石にそれは現場関係ないし、注意散漫になって失敗するのは仕方ないとしても喧嘩するのは違う。むしろ落ち着け」


「そのことを周りにからかわれたんですが」


「ぶん殴って良し」


「ギャンブルで負け続けてることをからかわれて、ついカッとなって暴力を……」


「お前みたいなヤツが居るから賭け事が悪いって風潮が生まれるんだ。反省しろ。自業自得だ。二度と八つ当たりするな。喋るならネタにされる覚悟を持ってやれ」


「え~、あ~、んと……」


「思いつく節がないなら黙ってろ。ただ絶対に挑発に乗るな。信念もなく乗るからギスギスが蔓延するんだぞ」


 と、参考になるものからならないものまで、次から次へと露わになる作業員達の本性はどうでもいいとして……調べるだけ調べてみましょうかね、魔法陣。

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