千二百八十四話 ステーションの乱6
サノア運河――。
セイルーン王国の北に位置するこの大河は、幅こそ250mと控えめなものの、長さは2222kmと世界三大河川の1つに数えられるほど巨大で、国を上下に分断している。
幅と深さがあれば貿易の要となっただろうが、狭く浅いサノア運河は航海船は使えず、逆に専用船や小型船は航海に向いていないため、出入りする際はアクアないし近くの町で乗り換え&積み換え必須。地元住民や自然環境に気を遣いながら運行しているので便の数は限られ、船も決して大きくはないため、他の運河と比べても物流は乏しい。
だったら河川のみで運用すれば良い、と商人達は一時期陸路や空路より楽な船便をこぞって利用したらしいが、当然のように衝突事故やトラブルが多発したため、現在では国が定めた鉄道並みにギチギチの運行計画によって平和が保たれている。
個人の所有する小型船に積み荷として載せ、商業目的ではないという建前でチマチマ運ぶのが精々だが、やり過ぎると地元住民から「仕事の邪魔だ」「運河で遊べねえだろうが」と苦情が出るのであまり使われない手段である。
そこまでの手間暇を掛けるぐらいなら陸路や空路を使った方がマシなのだ。
ただ便利は便利だ。
これは俺の予想だが、リニアや地下鉄がどれだけ普及しようと、運河を利用した貿易はなくならない。むしろ互いに足りない部分を補って発展する。そして代わりの運輸手段が出来てなのか、運河を明け渡されてなのかは定かではないが、使いたくても使えなかった層が歓喜するだろう。
何より運河があるだけで人は生きていける。
それが一番のメリットだ。
「このステーションは、そんな素晴らしいサノア運河と肩を並べようとしてるものなんだぞ? 同じ交通手段・運輸手段として地下鉄をあんな風にしようとは思わないのか? こんな町づくりしてて悲しくならないのか?」
王都出身者なら目と鼻の先にあるものだし、そうでなくても一度は見聞きしたことがある素敵運河を、ここの連中は反面教師にしてしまっている。
俺は、地元で有名な不良校の新任教師にでもなった気分で、二十歳前後の若い男多めの作業員達に訴えかけた。7:3ぐらいだろうか。男女比で言えば9:1。
「分断って言うけど、実際は王都から海岸都市アクアにかけて国の8割を二分化してるだけで、南側は地続きだぞー」
「あと、橋や渡し舟が豊富なお陰で陸にある隣町より対岸の町との交流の方が盛んだけど、開閉式の橋だと交通の妨げになるし、船が通れる高さにしたらメンテナンス大変って各方面から苦情が出てるぞー」
「わかってるよ。うるせえな。いちいち揚げ足取るな。苦情についてはこの後触れるつもりだったんだよ。良いから大人しく自然の雄大さに感動と感謝しとけ。これまで散々世話になってきたもんだろ」
名称を間違えた教師を嘲笑う生徒のように、やんややんや言ってくる作業員達を一蹴し、俺は強引に話を戻す。
これだから地元民は嫌だ。本題などおかまいなしに知識をひけらかしてくる。まぁ俺が言えた義理ではないが。脱線大好きだし。
――というわけで早速脱線。
付け加えるなら、方々で言われているような凄まじい統治力があるわけではなく強者の気まぐれによって元々1つの国だったところが分断されただけなので過大広告も良いところなのだが、お偉いさん方は一向にやめる気配を見せない。
あと色々技術者に丸投げ。
平べったい船舶とか、メンテナンスが楽な橋とか、開閉が早い橋とか、空飛ぶ自動車とか、転送装置とか、これさえあれば不満解消というものの製作を依頼してきやがる。
絶対やれること残ってるのに『自分達は精一杯頑張りました』と疲れた顔して責任ごと……というか責任だけ押し付けてきやがる。さっさと作らないお前等が悪いと言わんばかりの風潮にしやがる。
「そんなことより俺の質問に答えろ。お前等こんな状態で本当に良いと思ってんのか」
「過程と結果は別物だ! 過程がどれだけ悲惨だろうが結果良ければすべて良し! 誰にもわかりはしない!」
「そうだそうだ! 理想と現実を一緒にするな!」
が、アホ貴族もそうだったように、一同はギスギスノロノロした現場を当たり前のものとして受け入れていた。
上の者達が立場を守りたくて無理矢理というのはありがちだが、虐げられている下の者達まで同調するのは珍しい。
「…………」
「…………」
「…………そこのキミ。なんで同調してるか教えてくれないか。普通は怒られたり手柄取られるの嫌なもんじゃん」
「え? ああ、自分こういうの気にしないタイプなんで。与えられた仕事を淡々とこなすの好きなんで。残業無しで給料もらえたら何でも良いんで」
流れで察してもらえると思ったがそんなことはなく、作業員の中でも特に若い十代後半の男は、俺の投げ掛けた質問に面倒臭そうに答えた。
年下の俺に対して中途半端ながら敬語を使ったのは、周りにマリーさんとフィーネといったひと目でわかる圧の持ち主が居たからか、誰にでもこういう態度を取っておくのが彼なりの処世術なのか……。
そしてこの男、仕事にやりがいや楽しさを求めていない。
ここにはバイト感覚(実際日雇い)の人間が集まっているのだろうが、そういった人間は変なプライドを持っていないので悪いところはすぐ直せるし、確実性しか求めていないのでそれ以上は頑張らない……良くも悪くも技術と精神が安定している。
応用は利かないが安く使える人材というのは間違いなく需要がある。
個人的には好きではないが、本人も周りも納得しているなら部外者がとやかく言うわけにはいかない。
ただ――。
「ならなんで上からの指示に逆らってるんだよ。言われたことをやるだけならこんなことにはならないだろ」
現状に不満があるのだとしたら改善する必要があるし、彼等の言い分が間違っているならそれを伝えて納得させなければならない。
ここではそのどちらかが出来ていない気がする。
手掛かりらしきものを見つけた俺は言及を続けた。
「給料以上のことを求められたらそりゃ抵抗しますって」
「というと?」
「『慣れてきたんなら次は○○をやれ』って仕事増やすし、そうなるのが嫌で手を抜いたらゴチャゴチャ言うし、挙句残業させようとするし。他にも『ここの作業は終わったから今度はこれを覚えろ』って新しい仕事与えてくるんですよ。しかも慣れたものと同じレベルを求める。んでもってそれに慣れたと思ったら前の仕事をやらせる。日雇いに何を求めてるんだか……」
「現場は生き物だ! 常に状況が変わる! 乾燥時間、資材の運搬、人材欠員、事故! 同じ仕事ばかり出来ると思うな!」
俺が溜息交じりに言う若者を注意するより先に、リーダーらしき男が口を挟んできた。おそらく件の上司だ。
「まぁ落ち着け。お互いの言い分はわかった。ただ客観的に見てて双方に悪いところがある。1つ1つ片付けていこう」
俺は今にも喧嘩を始めそうな2人の間に割って入って、ついでにそれに感化されて争いを再開させそうな従業員達を止めて、話を進めた。
「要するにお前等は、基本的には今のままで良いけど、苦労はしたくないんだな? 自分が想定してるより多くの仕事を与えられるのが嫌なんだな?」
まず下の者達の意見から。
「まぁそんな感じです」
若者はまたもや気だるげに答えた。
周囲から補足の声が出ないのはつまりそういうことだろう。もしかしたら若者特有の『皆の前では言えないから後でこっそり言おう』勢も居るかもしれないが、取り敢えず今はこれが総意と思っておいて良さそうだ。上のやり方に納得している者もそれなりに居るはずだし。
「ならちゃんとそれを上司に伝えよう。ここからここまでの仕事しかしたくありませんって口に出そう」
「そうやってクビになった人間を何人も知ってます」
「それはそれで話し合うべき問題だな。専任って形なら必要になったらまた呼ばれる。そうならないってことは実力不足だったか、誘われたけど断ったかのどっちかだ。もしそういう説明も理由もなくクビにしたってんなら労働組合に言え」
「…………給料が減るし」
「それは仕方ない。同じ仕事なんて無限にあるもんじゃない。その男が言ったみたいに状況に合わせて作業内容を変えていくのが普通だ。それをしたくないってんなら暇を受け入れるしかない」
若者が口ごもり上司が口を挟まないのは、自分達にそこまでの権限がないことを事前に伝えられていたからか、面倒臭くてやろうとも思っていなかったのか、はたまた今言った通り安月給になってまでこの仕事を続けたくなかったのか。
何にしても、若者が力を失い、上司が自信を持ったのは確かだ。
「それも嫌なら事業全体巻き込んで管轄関係なく作業内容別にしてもらうとかな。水道管を埋めたり、タイル敷き詰めたり、重機動かしたりなんて、工事現場ならどこでもやることだろ。なら出来るヤツがやった方が良い。安く雇える人材なら上としても願ったりかなったりだしな」
「でもそうなると本職が……」
「そう。プロが仕事を失うかもしれない。費用より付き合いや信頼を優先して雇ってもらえないかもしれない。現状を変えたら誰かに恨まれるかもしれない。だからやらない。
その結果が今だ。何にもしてないヤツが文句言うな。言って良いのは変えるor変わる努力をしたヤツだけだ。自分中心の主張ばっかして妥協点を見つけようとしないヤツは相手の要求呑むか断るかしかないんだよ」
「「「…………」」」
若者達が黙った。
さて、次行こうか。
ぶっちゃけ問題はこっちだ。




