千二百八十三話 ステーションの乱5
普通、視察される側は少しでも良い評価をもらおうと取り繕うものだが、どうやったってボロは出るし抜き打ちでされてしまったら逆効果なので、多くの企業や団体は違和感のない程度におこなう。
普段の仕事ぶりに自信のある者達が、そういった状況を逆手に取ってあえて素を見せることも少なくない。その場合上司は視察日を伝えない。
では俺達が今居るステーション建設現場はどちらか?
一応後者だ。
視察官を名乗ろうと思っていたら責任者に誘われてその必要がなくなったり、抜き打ちで本物(偽物ではないが本職でもない)の視察官が来たので取り繕いようがなかったり、誰にとっても幸か不幸かわからないことが続いているが、絶対に取り繕わなくてはならないレベルで酷いのに自信満々に素を出しているので後者だ。
ただ問題はそこではない。
この『酷い』というのが誰かの主観で、当事者は改善する必要がないと思っていて、最低限の成果を出しているので評価する側が何も言えないことが問題なのだ。
曰く「現場はぶつかってナンボ。良い物を作るための意見交換が出来ている証拠だ」、曰く「確実性を重視しているだけ」、曰く「こうすればやる気のある人材だけが残る。技術力はないが働き場所を求める者達には必要な仕事」などなど。
これを真っ向から否定出来る人間なんて居ない。
――というのが太古の昔より続く大事業の闇である。
「俺はそういった現状を何とかするために視察に来たんだ」
現場のことを何も知らないという事実を隠したいからか、裏取引でもするのか、ただの生理現象か、急にトイレ休憩を取ると言い出してそそくさと俺達の前から消えたアホ貴族一行。
怪しさ満点だが、30分ほど前に宿屋で済ませているのでまったく催していないし、ついて行こうとしてもどうせ「向こうにもあるみゃ。儂を待つより早いみゃ」とか「ついでに大事な通話もするからついて来るんじゃないみゃ」とか言われるし、こちらもやっておきたい内緒話があったので大人しく一時離別することに。
その内緒話というのがこれ。
事情を知らないイヨに今から何をするのかの説明だ。
彼女が同行することが決まってからずっとアホ貴族も一緒だったので、今の今まで伝えられていなかったのだ。
まぁ伝える必要があるかと言われれば微妙なんだが……嘘が下手だし、思ったことを言うだけだし、何なら職場見学気分でウロチョロしてるだけで全然OK。
あえて言うなら気分だ。外で遊んでいる時に見慣れない花や謎の器具を指差して「問題です。あれはなんでしょう?」とクイズを出す保護者感覚。
「つまり遊びじゃないってわけね! マジメなしごとってわけね!」
案の定イヨのテンションは上がった。
ただ何故かマリーさんのテンションまで上がった。
「私達が使えないみたいな言い方やめてくれる? ちゃんと仕事してるわよ。相手が世渡り上手なだけで」
どうやら俺の言動が気に食わなかったらしい。イヨがアッサリ納得したことも怒りゲージの天元突破に拍車を掛けたと見える。
「悪に負ける正義なんて実質悪でしょ。てかいらんでしょ。悪が間違ってないことを証明してるだけじゃないですか」
「い、言ってくれるじゃない……」
前言撤回を求めて静かな怒りを露わにするマリーさんに容赦なく正論パンチを放ち続けると、その事実は認めざるを得なかったのか、マリーさんは言い返すことなくただただ悔しそうに顔をしかめた。
「? どういうこと?」
「視察したのに問題になってないってことは、その現場は素晴らしい職場だと太鼓判を押したことになる。でも見てもわかる通りここは問題だらけ。健全を守るための視察が悪の繁栄に加担してしまってるんだよ。口八丁手八丁がどこまで通用するか試されてるまであるな」
「つまり役立たずってことね!」
「うっ……!」
子供の無邪気な感想がマリーさんの精神を傷つける。
「な、なら……上から目線で語るルーク君は解決策を私達に教えてくださるのかしら? 出来なかったらどう謝罪してくれるのかしら?」
イカン。ちょっと煽り過ぎた。責任の取り方を持ち出してきた。終わりだ。こんな状況でまともな会話が成立するわけがない。
そして情報を集める前から解決策なんて出せるわけがない。
そのぐらい聡明なマリーさんなら理解しているはずだが、残念ながら今の彼女は自分が批難されなければ誰がどうなろうと構わないという厄介者と同レベル。見た目は大人、頭脳は子供、武力と権力は世界トップだ。少なくとも俺は一方的にボコされる。たぶん誰も助けてくれない。
「どーでもいいわよ。ようするに悪いところを見つければ良いんでしょ?」
「おっ、流石は聡明なイヨさんだ。本質を見抜いていらっしゃる。その通り。ここで争っても仕方がないんだ。俺達がやるべきことは『確実性と効率を両立させた現場づくり』と『建築から運送まですべての作業員の健全化』の2つ。その切っ掛けを作れただけでも御の字だ。
というわけで、手始めにブラックマーケットに流れてた用品の出どころを調べるぞ。もちろん現場の改善点を見つけながらな」
「おーっ」
子供らしく元気いっぱいに拳を天に突き出すイヨ。
気分は宝探しだ。
「マリーさんもそれで良いですね? 良いって言わないとアホ貴族並みにアナタのことを付け回しますよ。トイレまでついて行って聞き耳立てますよ」
この流れならイケる。
俺は確信をもってマリーさんに尋ねた。
補足しておくと、御者をしてくれた美女Bが最初にトイレに行きたいと言い出して、アホ貴族が「実は自分も」と同行したのだ。
建築現場のトイレは壁が薄いことで有名だし、あの変態ならそのぐらいのことはやりかねない。俺はヤツならやってくれると信じている。
「はぁ~……まぁ良いわ」
溜息と共に俺の提案を受け入れるマリーさん。
言うまでもなくトイレ前待機の許可ではなく和平交渉成立の意味である。
「ところで私達の関係についてはどうするつもり? どっかの誰かさんが口を滑らせたせいで連絡を取り合う仲だってバレたけど」
ただ引き下がりながらも攻めの姿勢は忘れない。そこに痺れる憧れるぅ~。
「こうなることを知ってたんだから当然でしょう。俺は天才魔道具発明家。ステーションで使用されているものの多くの開発にも携わってます。その品々が露店街で売られているのを発見した俺は、横流しの可能性を危惧し、知り合いの国家公務員メリーさんに相談。実は近々視察する予定だったことを知り、偶然その日に責任者に見に来ないかと誘われた俺は、予定時刻より早く到着した知人に『早かったですね』と声を掛けた」
「……アナタ、小説家になれるわよ」
「もうなってますよ。ロア商会主催の自作小説投稿イベントで。ステーション計画の基礎になってる話を投稿して大不評でした。散々馬鹿にされたのでもう書かないと思います」
「詐欺師って言えば良かったと猛烈に後悔してるわ」
「次に活かしてください。あと全部フィクションです。実際の人物・団体とは一切関係ありません」
「どうしてそこを念押ししたの!?」
「読みたくなるかなって」
「なったわよ!!」
それは良かった。
――というわけで、アホ貴族も戻ってきたので、視察スタート。
王都ステーション北口。
ここは、リニアや地下鉄利用者に買い物から娯楽まで様々なエンターテイメントを提供する商業エリア……になる予定の場所。
完成度20%では商業区画は影も形もない。
そんな北口の端、駅ナカから少し外れた商店街のような区画に、俺達の視察するヴュルテンブルク侯爵の管轄はあった。
「これは無いわぁ……」
下層階には商業施設、上層階はオフィスや居住区とする駅ビルタイプの高層建築物(田舎基準のため3階程度だが)が数多く点在する現場を、相も変わらずギスギスしている作業員を横目に練り歩いていた俺達。
そちらも相当呆れポイントだが、今回呆れた理由は町の外見。
「なんでこんな豪華にしてんだよ! そこら中に高級感滲み出てて落ち着かんわ! あと街灯! 屋根! レンガ! あそこにデザイン性求める必要あったか!? もっと他にこだわるべきところあったんじゃないのか!?」
そこはまるで芸術都市。前衛的という名の無駄遣いをしているとしか思えないものがチラホラ見受けられた。しかもパッと見で高価な品だとわかる。
俺はその中でも特にアレなものを次々に指さして指摘していった。
「ここは貴族向けだから当然だみゃ。他はもっと庶民っぽくしてるみゃ。これは国も認めてることみゃ。それに大量生産だから安上がりみゃ」
「だとしても普通の資材より高価だろうが! てか特注してる時点でダメだろうが! 施工も絶対面倒だろ! そんなことしてるから作業進まねえんだよ!」
マリーさんが何も言わないということは国公認は嘘ではないのだろう。
高級感を否定するつもりはないし、そういう場所が必要というのもわかるが、これは違うと思う。
(なんで政治家ってのは新しいものに金をつぎ込むかねぇ。『良い物=高級』『新しい=凄い』って何時代の価値観だよ。デザイン性とか誰が求めてんだよ。使い方のわからないものより使い慣れたものを採用しろよ。どれだけ優れた用品だろうと使いやすさに勝る価値はないだろ)
この分では内装もヤバそうだ。
「もう手配済みだから手遅れだみゃ。今から変更すると余計費用が掛かるみゃ。そして何度も言うが計画は予定通り順調に進んでるみゃ」
「言われなくてもわかってるよ……」
変える気もないクセに……。
せめて現場の空気と作業効率だけでも何とかしよう。




