千二百七十七話 続々1000年祭7
「お~っ、スゲーじゃん!」
迷いそうなほど広大な公園だけでは収まりきらず、市街地へと延びる(というか広がる)露店区画へとやって来た俺達は、良い意味で予想を裏切る賑わいに歓喜した。
「なんで宣伝しないんだよ。並みのイベントより人集まるぞ」
事前にされた説明からして数ヶ月単位の催しなので、公園を隅々まで利用したい子供にとっては迷惑以外の何物でもないが、遊ぶためのスペースは残っているし珍しい品を探す遊びも出来るし、これほどの人手があれば何かあってもすぐに解決出来る。
出店者としても商売敵の情報を集めつつ活気のある場所を借りられて、国としても路上生活者対策になって、一石何鳥かわからない願ったり叶ったりの状況だ。
これをイベントにしないなんてあり得ない。
収集がつかなくなるならわかるが、まだちょっとした学園祭やフリーマーケットレベル。3倍になってようやく焦る程度の混雑具合である。
「ここはイベントになっていますわ」
「なんだ。目的地はここじゃないのか。俺はてっきり公園の奥に露店街があって、ここが一時的に拡張した場所だとばかり……」
ニコが告げた条件に合う場所だったので目的地だと決めつけていたが、道中にあるだけの類似会場だったらしい。
「別にここでもよろしいですわよ。お2人の御眼鏡にかなう品があればの話ですが」
「……微妙だな」
「ん」
チラッと見た感じ、各国の名産や私物or自作品販売が多く、あっても無難な魔道具ばかり。俺達を唸らせる品は影も形もない。
探せばあるのかもしれないが、やはりそういった物を探す時は表より裏。ここで探すぐらいなら発表会に行った方がマシだ。
まぁ、隠れた名品を探していたという建前でトラブルを回避しようとしている関係上、それは出来ないわけだが……。
「目的地はすぐそこです。2分も掛かりませんわ」
俺の気持ちを知ってか知らずか、ニコは念押しするように言って歩を進める。
「そんなに近いなら混ぜれば良いじゃないか。こっち側はそうしてるんだろ? 延ばす方向を変えるだけで良かったのになんでしないんだ?」
「言ったでしょう。下町は誘惑が多いと。今から行くのはそういう場所ですわ」
一応辺りを観察しながら素朴な疑問をぶつけると、ニコは本日何度目かの『実はそれも関係していた』展開を繰り出してきた。
(またかよ……いい加減、他愛のない雑談に見せかけたフラグ立てやめてくれ……)
思わず溜息が漏れる。
息と入れ替わるように、俺の脳内にどこで仕入れたかわからない部品を販売している店の前にどこかで見たことのあるキャラクターだけど微妙に違うパチモングッズが売られている光景が浮かぶ。
まさにアンダーグラウンド。
人目を避けるように存在する裏路地にそれはあった。
折角なので瓶入りラムネを購入し、お祭り気分を味わいながらやって来たのは、良く言えばちょっと荒れた商店街、悪く言えば無法地帯。市場の体はなしているが、売られている品がすべて違法と言われても納得する雰囲気だ。
公園に負けず劣らずの賑わいを見せているが、あちらは子供が無邪気にはしゃいでいるのに対し、こちらは大人が欲望を満たしてガッツポーズを取る感じ。
例えるなら遊園地と特売。
空気感も客層もまるで違う。
「くれぐれも勘違いしませんように。ここが最も治安の悪い場所ですわ。大通りの方へ行けば真っ当な露店街がありますわ」
「近道すんな。最初は目玉か平均を見せろ。大事だぞ、ファーストインパクトって。俺は慣れてるから良いけど、初心者が楽しい市場を求めてここ来たら絶対引き返すぞ。何なら二度と市場に足を運ばないぞ」
「そのぐらい臨機応変に対応しますわ。ルークさんには公園を見せるだけで十分と判断したまでです」
事前の説明はなかったし、こういうものはエリアごとに紹介するべきだと思うが……まぁ良いだろう。どの道ここに来ていたんだ。時短は嫌いじゃない。
ニコの社交性が心配になったので指摘しただけだ。
「しっかし、ちょっとアンダーグラウンド過ぎないか? いくら年中祭りで浮かれてたり、治安最悪って言っても、立ち入り規制があるわけでもないのにヤバい品溢れすぎだろ」
王都の大通りを1、ワンと買い物した下町を4とした場合、ここのアウトローっぷりは10を超える。深夜の河川敷と同じかそれ以上だ。
ちなみに風俗街や成人式の二次会は15、権力者の表に出せない部分は人によるが20~30、ネット社会の裏側は50というのが俺の中の数値。
「こういう場所ばっかだからお前の知り合いが変なことにハマるんじゃないのか? 普通の下町なら平気だったんじゃないのか?」
ヤンキーに憧れた子供が、心も体も資金力も大きくなるにつれて夜遊びを覚えたりコンビニでたむろしたり喧嘩したりヤンキー路線の人生を送るならともかく、大人になって唐突に目覚めた者は中々に厄介だ。
なにせ助走がない。持てる力のすべてを使って真似をしようと……いや、超えようとする。そして簡単に越えられてしまう。
エロ本を見たことがない天才ハッカーが、生まれて初めて見たエロ本に感動し、ありとあらゆる手を使ってネットから無修正モノを拾い集めるようなもの。
無菌状態で育った貴族連中にこの闇は刺激が強すぎたのだ。
おそらく、このドンチキ騒ぎが終わったら町は元に戻り、貴族達もヤンキーやエロに興味津々な思春期で落ち着くことだろう。
「なぁ……ちょっと思ったんだけど、年頃とか下町とか色んなものに責任転嫁してるけど、諸悪の根源は『1000年祭という歴史的大イベントで各国から集まった違法品を規制無く取り扱う場所』なんじゃないか?」
「そ、それは……どうでしょう……」
自信なく言葉を紡ぎ出すニコ。
別に俺は全知全能の神様でも、すべてを見通す予言者でも、裏事情を知る強者でもない。確かめる術もないため可能性でしか話せない。
しかし思い返せば返すほど、ここ最近のトラブルの大部分を占める1000年祭の闇から話を逸らされている気がする。
まるで誰かが都合の悪い真実を隠そうとしているみたいに。
(実はそうだったりして~。しかもステーション計画に関係あったりして~)
ふとしたことから生まれた疑問に、無駄とはわかりながらも頭を悩ませていた俺達(というか俺)に、ユキから意味深な念話が送られてきた。
普段なら陰謀論と一蹴するところだが、言い放った相手が相手なので判断に困る。コイツの場合はどちらにもなり得るのだ。
「まぁ可能性をいくら考えても仕方がありませんわ。取り敢えず慎重になるということで。それより如何です? 興味を引くものはありまして?」
イブもその方向で納得しているようだし、現状で出来ることは何もないので、俺はニコに言われるがまま話を戻すことに。
「ん~……ニコの狙いとはちょっと違うけど“アレ”かなぁ」
活気溢れる露店市場の中でも特に声が大きい店に目を向ける。
「さあ、買った買った! 今もっとも注目されているボッタクール商会が、今もっとも熱い魔道都市で仕入れた、大流行間違いなしの選りすぐりの商品ばかりだ! 美容から冒険に役立つ品までなんでもござれ! 凄い・早い・安いの三拍子揃ってるぜ!」
(ボッタクールって……)
まぁこの際名前はどうでもいい。
気になるのは売られている品々。
「こちらの家庭用浄水器は『クリーンニナール』と申しまして、水道水が夢のWaterに! 取り付け工事不要! 本社を通してご登録していただければ1か月無料リース可能! ただし浄水カートリッジ交換はお客様のご負担になります」
「こちらの基礎化粧品『スベスベドリームセット』は、限りなく水に近い成分で、肌荒れやアレルギーが絶対に起こらない特別製!」
威勢の良い客引きとは別に、接客販売員達がそれぞれにオススメの商品をアピールしている。
ただ――。
「ゼファール製? あれが?」
イブも俺と同じ結論に至ったらしく、審美眼には自信はあるものの世間知らず故の不安から、真偽を確かめるような視線をこちらに向けてきた。
魔道都市ゼファール出身の友人パスカルを基準にした場合売値がつかないほどの粗悪品となるが、彼女が魔道都市の中でも最高峰であることは理解しているので、他の連中はこういう品も作っているのかもしれないと思ったってところか。
「違うだろうな。魔道都市で仕入れたって言ってるだけで、魔道都市で作られたとは一言も言ってない。おおかた、他国で仕入れた品を一旦ゼファールに持ち込んで、そっから移動させたってとこだろ。ゼファールとも言ってないから自称魔道都市かもしれないな」
「そんなことしてメリットあるの?」
「いくらでもあるぞ。まず何と言っても信用が得られる。大抵の客には無名の商会が頑張ってると思ってもらえるし、例えバレたとしても嘘は言ってないからセーフ。そしてたぶんバレない。病は気からって言葉があるように、子供でも作れるろ過装置を無駄に高価な素材で作ったりただの水でも、本人が良いと思ってれば効果はあるんだよ。似たようなことさっきもあっただろ」
幸せになれる壺を売っていた2人の姿が脳裏をよぎる。
まぁ、あちらは意図せずやっていたことで、こちらは意図してやっていそうだが……。
「それからダイエット食品なども……」
値段に見合わない魔道具&魔道具を使って生まれた粗悪品に、イブの機嫌は悪くなる一方だが、そんなことなどお構いなしに商売を続けるボッタクール商会員。
「「「ダイエット!?」」」
女性陣も興味津々の話題に食いつく。
「ダイエットに有効だと思われる各種食品の優れた部分を取り入れた画期的な製品です。しかも食べながら痩せられます」
「「「ちょうだいっ!!」」」
そして我先に金を突き出した。
人体は精神と同じぐらい未知の分野なので確かなことは言えな……くはないが(精霊達に教えてもらえるし)、おそらく科学的根拠もなければ効果もない。
未知だからこそ好き放題出来る。
嫌な商売だ。




