千二百七十五話 続々1000年祭5
世間に目を向けるようになったことで倫理観を失いつつある知人達の将来および自身の正義の心配をしたニコは、思春期の好奇心について相談を持ち掛けてきた。
身の回りでそういった話題が増え続ける現状を何とかしたいようだが、世の中に無駄なことも余計なこともないと思っている俺としては全肯定で支援するわけにはいかない。
「新しい場所で新しい知識を身につけるなんて当たり前のことだろ。なんで怒ってんだよ。世間に関心を持ったこと、成長したことを褒めてやれよ。分不相応だろうが不適切だろうが、それが間違いだと気付くためには必要なことだぞ」
「そんなことはわかっていますわ。ワンとスーリにも同じことを言われましたわ。『学校で教えることがすべてじゃない』『自分の目で見て、耳で聞いて、肌で触れてはじめてわかることもある』と。
ただそれは本当に今身につけなければならないことなのか、そういったことに興味がない者達を巻き込んでまで共有しなければならない情報なのか、ワタクシは疑問を抱かずにはいられないのですわ」
「お前そんな潔癖だったか?」
言わんとすることは理解出来るし、思春期なら仕方のない心理だと思うが、それは彼女に迷惑を掛けている連中とて同じこと。
ただでさえ温室育ちのガキ共だ。これまで知らなかった世界を知って興奮するあまり手が付けられなくなることはもとより、『自分が好きなものを理解してほしい』『相手の嫌がる顔が見てみたい』という“愛”が暴走してもおかしくない。
これまで貴族達の自慢話や権力争いに上手いこと対応してきたニコが、セクハラにだけ対応出来ないというのも妙な話だ。
方向性は違えどやるべきことは同じはず。
「時と場所を選べと言っているんです。恋人とイチャつくことや、成人がそういったお店を利用することは否定しません。ただ学生の身、しかも周囲の目を気にしないどころか積極的に見せびらかしてくるのはどうなんですの?」
「あ~」
そういうものだと一蹴するのは容易いが、学校の授業でおこなわれているなんちゃって性教育で満足している彼女が納得するとは思えないので適切な対応を考えていると、ふと別の答えが導き出された。
「……あれ? ちょっと待てよ。お前、妙に納得してたじゃん。俺とイブ……というかイブが、恋愛だの下着だの自分達にはまだ早いと思ってた話題を平然してたから、このぐらいはやった方が良いのかもってことじゃねえの?」
ニコが現れた時に漏らした言葉『やはりそうですわよね』は、自分と同じく性に無関心なイブがこちら側だったことへの失望と納得から出たものに違いないと思っていたのだが、ここまでの話を聞く限りそういうわけではなさそうだ。
俺に質問に対しニコは、案の定、首を横に振り、
「それはイブさんの近況がワタクシの予想通りだったことによるもので、平然と話に乗っていたことは未だに信じられない気持ちでいっぱいですわ」
「私がいるのはその前と後だから」
「ど、どういう意味ですの……?」
出た出た。コミュ障特有の自分がわかるんだから相手もわかるだろ理論。相変わらず言葉が足りない子だ。
イブの近況とやらも気になるが、困り顔でこちらを見ているニコを無視するのも気が引けるし、まずこちらから片付けるとしよう。
「ニコが今居る領域にイブが足を踏み入れることはない。何故なら彼女はその前の恋愛トークの段階でギブアップしたからだ。立場上無理強いされることもないしな。たぶんイブにそういう話を振るのは俺かユキぐらいだ。
そして後ろ。これは先を意味する。思春期のあれこれに興味のないイブだけど、その先にある生命の神秘には興味津々で、役立つ知識だと知るやいなや自ら進んで手に入れた。その結果、精神は子供、頭脳は大人、体は年相応っていう珍妙な人間になっちまった。
ガウェインさん達はニコみたいな思春期ならではの恥じらいやら戸惑いをイブに望んでるっぽいし、俺としても見てみたいから頑張るつもりではあるけど、第一歩を踏み出したばかりの子に共感しろは無理があるって」
説明を終えると同時にイブが肯定するように一度大きくコクリと頷く。
「てかなんで知らないんだよ。仮にもイブの親友だろ」
「仮にもは余計ですわ。恋愛話という名の愚痴や自慢に辟易していたことはもちろん知っています。だからこそその先にあるものにも否定的に違いないと思い、話を振ったのですわ」
「それこそ『なんで知らないんだよ』だ。イブの善悪や是非の基準は役に立つかどうかだぞ。そんなの常識だろ。お前イブ検定何級だよ」
「限度というものがあるでしょう!? まさか友人からそういったお店のチラシを見せられても気にしないんですの!? 親友から見ず知らずの女性の裸体の写真を見せられたり、授業中に出した何気ないワードや術式をエロに関連付けられても平気なんですの!?」
キレる若者、ニコ。
こうはなりたくないものだ。
まぁ彼女もエロに踊らされただけの犠牲者の1人にすぎないようだが。
(しっかし……何やってんだよ、あいつ等)
まるで俺がやったかのような剣幕で怒鳴っているせいで、真の回答者であるイブが口を挟めずにいるのでその時間を利用して言い訳させてもらうが、俺は無実だ。
たしかに小学生の頃、DBのブルマの裸シーンやDえもんのSちゃんの入浴シーンをクラス中に見せていたが、時代が時代だったし、女子だけを狙ったりはせず全員にやっていた。むしろ男同士の方が多かった。見せていたものもおっぱいちんちんレベル。青年漫画に出てくるセッションシーンやら自家発電にはノータッチだ。
何より俺達はクソガキ。品行方正が求められる上級国民とは重さが違う。王族の耳に入りかねない状況だったら、たぶんしなかった。
あとで説教だな。
「欲望は大事。それを叶えるための努力で人類は発展してきた。チラシの良し悪しはわからないけどきっと経営努力の賜物だから見る人が見れば凄いと思うはずだし、私にない発想力を持つ人の意見は是非聞いてみたい」
ようやく付け入る隙を見つけたイブが、感情を荒げるニコを煽るようにマイペースに答える。
「そんな高尚なものではありませんわよ!? 今のところ何の役に立っていませんし!!」
「ニコちゃんに役立てようとする気がないせい。私はそういう話をメイドさん達から聞けて助かった」
「それは稀有な例ですわ……」
【急募】中学生(出来れば女子)が無修正本を役に立たせる方法。
って普通に性教育で良いか。こういう機会でもなければ目にしないものだし。
「学校の性教育は、各器官の機能を教えるだけで具体的な発散方法やそのメリット・デメリット、本番ですべきことを一切教えないから不十分だぞ」
「な、なんですの、急に……」
「な~に。奴等のセクハラを人生の役に立ってもらおうと思ってな」
「……まさかとは思いますけど、下町で得た知識や技術が正しいなんて言いませんわよね? 知人から仕入れる情報より不確かで独善的なものですわよ?」
「でも自分なりの正しさを導き出すためには必要な情報だ」
性に正しさなんてない。せいぜい相手に合わせつつ自分も満足することだろう。
しかしだからと言って基礎を蔑ろにするのは違う。
教育というは、地盤をしっかり作った上で、知識は自分で発展させるものだと自覚させるもの。それをしない教育は教育じゃない。ただの押し付けだ。
性教育でいうなら、大人が教えるものと自分が見聞きしたもの、どちらが自分にとっての普通か、正義か、考えてから行動に移すべきだな。
「堂々巡りですわね。ワタクシはその判断をするのは時期尚早だと言っているんです。今はもっと他に学ぶべきことがあるでしょう」
「それはニコの意見だろ。他の連中は今必要だと思ってるから、必死こいて情報収集と共有に励んでるんだぞ、たぶん」
「セクハラして楽しんでいるだけでは?」
「オマケかもしれないだろ。メインはそっちかもしれないだろ。大体そんなに嫌なら直接注意しろよ。放っておいたら無くなるとか夢物語だぞ。中途半端に嫌がったら余計酷くなるぞ」
「基準が難しいんですわ。そういったお店の前を通り掛かっただけで言われますし、なんでもかんでも下ネタに結びつけようとする有様ですし」
異性のトイレに入ったらエンガチョ。下着売り場を通る時は目のやり場に困る。パチ屋の看板で『パ』の字の照明が切れてたら弄るべきかどうか悩む。数学の授業で「答えは一万個!」とか言われるとドキドキする。シャワーやウォシュレット、自転車のサドルの刺激が気持ちいいことに気付いて友人に言うけど恥ずかしがって共感してもらえない。
思春期あるあるだな。
「ふん、ガキはこれだから……」
「アナタも同い年でしょう」
「これは精神年齢の話だ。そして行動に移せるかどうかの問題だ。ちなみに俺は女友達に下ネタ話を振れる。エロじゃなくて楽しさ目的でな。雑談感覚だ。恥ずかしがったり興奮したりするヤツはまだまだガキンチョよ」
「どうすればその領域に辿り着けますの?」
「もっと子供の頃に経験しておく。子供だから大抵のことは許される。やりたい放題だ。今ヤンチャしてる奴等も5年後には落ち着くだろうよ」
「根本的な解決になってませんわね」
仕方がない。人間というのは未知が気になる生き物。
誰かに教えられる前に気になるものを見つけ出して将来の役に立つ・立たないに関係なく経験しておくか、流行りに乗ってやるか、我慢して一生やらないか、三択だ。
「ま、自慢話みたいにほどほどに付き合ってやれよ。覚えたての知識をひけらかすガキを眺めるのは結構面白いぞ。俺が女だったら、意味もなくボディタッチしてみたり胸揺らしてみたり見えないようにスカート翻したり下ネタっぽいこと言ったりしてからかってたぞ、絶対」
「淑女を良しとする貴族にあるまじき願望ですわね」
「その考えが時代遅れだと思うけどな。もちろんギャップは素晴らしいけど、気さくにそういう話が出来る女友達の方が需要あると思うぞ。お前とワンやスーリもそういう関係だから思春期なのに一緒に居られるんだろ。
丁度身近に良い見本がいるから観察してみることをオススメする。ロア商会の連中だ。ノルンとサイとソーマ。トリー、リリ、リン、ユチなんかもそっち系だな。たぶん近くにいるから一緒に観察してみろ」
「はぁ……」
納得したようなしてないような判断に困る反応だが、取り敢えず引き下がってくれた。
これで男女の付き合い方を少しでも学べれば良いな。
(あ~、そっかそっか、ワンもスーリもそれを狙ってわざとセクハラしてた可能世があるのか。『この程度のことで動じるようじゃこの先ついて来れないぜ』的な。下ネタトークが出来る異性の友達って割と夢だったりするし。
ワンからしてもそれがOKになれば、2人きりの時はためらいなくイチャイチャ出来て、3人の時はワチャワチャ出来て、良いことづくめだし)
真偽を確かめるほど野暮ではないので、俺の中で勝手に2人の恋愛偏差値を上げておいた。
ちなみに、俺の真似だったことが後に判明するが、禁止するようなものではないし上手くいっていたのでスルーして、三角関係の行く末を見守らせていただいた。




