千二百七十二話 続々1000年祭2
どう評価するかでその人の金銭感覚がわかりそうな宿屋の休憩室で、俺は義姉と意味があるような、ないような、でもやっぱり重要なような問答を繰り広げていた。
イブが購入した下着は黒のスケスケ。
だからなんだっていうんだ。
(……いや、待てよ。仮にも一国の王女が人生を左右しかねない装備品を下町で買うか? というか発達途上の身でそんなもの用意するか?)
年齢や育った環境のせいもあるが、自分の生活最優先だった俺達はマイナスだった恋愛偏差値がゼロになったばかりのおこちゃま。積極性に至っては未だにマイナスだ。主にイブが指示されたことしか出来ない。
社会経験ゼロの新人が研修期間に役に立てないように、恋愛偏差値ゼロの男女が交際数ヶ月で朝チュンなんて出来るわけがない。というかお兄さんが許さない。
アイテムは装備しなければ意味がないが、こうしている間にもイブの肉体は成長し続けているので、サイズという前提条件がある以上数ヶ月後には装備出来なくなるだろう。イブは誰かに見せる以外の目的……例えば自分の満足感のために装備するような子でもないため無駄になってしまう。MOTTAINAI。
成長が止まる可能性もあるが、彼女の姉や母、そして個人的な期待を込めた目で見ればおそらくNOだ。
巨乳やぽっちゃり体型が好きというわけではない。俺は大きくなるまでの過程が好きなのだ。子供の成長を見守るのと一緒。目に見える変化は嬉しいものだろ。
ぶっちゃけ過ぎと思われるかもしれないが、好みを言えないヤツよりはマシだと思う。
大小どっちが好きか聞かれた時に「好きになった人のが一番」だの「サイズより形だよ」だの言うヤツは一体何を考えてるんだ。答えになってないんだよ。オカズにしてる割合が高いのはどっちか言えよ。アンドロイドのオプションで付けられるとしたらどっちにするか言えよ。聞かれてるのはそういうことだぞ。
――という自分語りはこの辺にしておいて。
イブもそのぐらいのことは理解しているはずだ。
では何のために購入したのか?
ユキの頼みだからか平然と教えてくれたイブと、同じくユキに頼まれたからか平然と流れを作ったシャルロッテさんを他所に、俺は自問自答タイムに突入した。
「説明しても?」
「……お願いします」
いつ如何なる場合でも考えることを止めてはならないが、流れを作った者が明確な答えを持っているというなら聞こうじゃないか。考えるのはそれからでも遅くはない。それに対して自分なりの意見を言えるしな。
というわけで思考を中断してシャルロッテさんの話に耳を傾ける。
「まず品質ですが、男性のルークさんは知らないと思いますが、女性用の下着は購入するための敷居がワンランク下がるんです。
大通りに面したお店は言うなれば宝石店。ごく一部の貴族や金持ちが利用する超高級店です。対して下町の裏通りにある下着専門店は、庶民から貴族まで幅広い層が利用するもの。取り扱っている商品の品質もそれ相応で、外食店や武具店であれば大通りに出店していてもおかしくないレベルです。それより下、『履ければイイ』な下町品質だと雑貨店になりますね。ロア商店やコンビニもそれです。
堂々と店を構えるようなものではないですからね。むしろ構えない方が客が来ます。必需品なので宣伝なんてしなくても売れますし」
「な、なるほど……つまりイブは王女が履いていても問題ない下着を買ったと」
「もちろん超高級店の方が良い品は揃ってますけど、ああいったところはオーダーメイドが基本なのでイブさんには敷居が高過ぎますし、いくら一世一代の大勝負に使うとしてもそこまでする必要はありません。それどころか頑張り過ぎると引かれてしまいます。デートを申し込む際に婚約指輪を渡す学生がいないのと一緒です」
「まぁ重いですよね。準備万端ってのも萎えますし」
王女に幻想を抱いている隣国の王子ならともかく、イブがどういう人間か知っている俺はそういうのは期待していない。
「清潔感とほどほどの高級感のある白の上下で決まりですね。『らしくない』はマンネリ防止だけで十分です」
「そういうことは当事者だけで話せば良いんです。もしくは相談相手に。下着以上に表に出すべきものではありませんよ」
「じゃあ気持ち悪くない性癖とやらを教えてください。願望を口にすることは法律で許されている基本的人権ですよ」
義弟から提供された下ネタを本気で気持ちが悪がったシャルロッテさんが真面目なアドバイスをするも、そういう流れと判断した俺は悪びれることなく反論。
これは彼女の発言内容に同意すると同時にイブへの励ましと助言でもあった。
「今、ルークさんが何を考えたかユキさんに教えてもらったらその主張は崩壊すると思いますが、それでも良いですか?」
「思想の自由も基本的人権です。やめてください」
前世で見たAVとかエロ漫画とか彼女とかバレたら殺される。
し、仕方ないじゃないか。印象に残ってるんだから。男の恋愛はフォルダ別保存だけど、それとは別にオカズフォルダが存在しているんだ。中身はもう宇宙よ。嘘だと思うなら外付けHDDかパソコン本体のDドライブを覗いてみろ。探せるなら隠しフォルダも。絶対多種多様なジャンルが勢揃いしてるから。
ちなみにこれも仕方ないこと。
10代前半の頃から毎朝食べているパンを急に禁止されて、代わりに毎朝焼肉定食を作れと言われて従うヤツなどいない。性欲発散は食事や睡眠と一緒。そういうものだと受け入れろ。栄養が足りない、こっちも美味しいと多少なら趣味趣向を変えることは出来るだろうが、基本は食べたいものを食べさせてやれ。
「まったく……エロガキもほどほどにしてくださいね」
呆れながらも年上らしく寛大な心で許してくれたシャルロッテさんは、最終的に「まぁそういうことです」と俺の意見を採用して第二フェイズに移行した。
だったら最初から批難なんてするんじゃない。
批難して良いのはいいとこ取りしないヤツだけだぞ。
「問題は『何故そんなものを今買ったのか』です」
「……? ダメだった?」
が、話を振られたイブは流れを理解しておらず、さらなる説明を求めて肩に掛かる艶やかな金髪を揺らした。
「全然ダメじゃない。むしろ良い。はじめてのおつかいって意味でも充実したイベントだった。ただエロ下着を持ってた方が良いと言っても――」
そこまで言って俺は固まった。
「ちょっと聞くけどイブが普段の身につけてるのは、量産品とオーダーメイド、どっちだ?」
「オーダーメイド。身の回りのお世話をしてくれてるメイドさん達やみっちゃんがそれとなく測って、注文してる……らしい。服もそうだって聞いた。詳しくは知らない」
周りのことに興味を示しているとも興味がないとも取れる返答だ。
それでよく丁度良いサイズを用意出来るなと採寸する者と仕立てた者に思わず感心してしまうが、それはさて置き――。
「わかったぞ! 重要なのはイブ自身ではなく彼女を取り巻く環境! すなわち彼女がこうなる原因となったメイド達! ユキはそれをトークテーマにしろと言っているんだ!」
線と線が繋がった。通りでやたらとそいつ等の話が出てくると思ったよ。
「あ~、なるほど、そういう考えも出来ますね。私はてっきり『折角だから着てみせてくれよ』か『この下着にどんな機能付けようか』の流れかと思いました」
「シャルロッテさんが思春期の男子、そして俺をどんな目で見てるのか、よ~くわかりましたよ」
「数分前の自分の発言を忘れているようですね。私はルークさんに合わせただけですよ。それともそのようなことは一切考えていないと? 確認されても構わないと?」
「進行役が強者でなければそうしていたとだけ言っておきましょう」
(((合ってんじゃん)))
読心術や精霊術を使ったわけでもないのにそこら中からツッコミが聞こえた。
ただその真偽と偏見に満ちた考えの是非は別の問題だぞ。事実陳列罪だけならまだしもそれを使って人を貶めるようなことはやっちゃいけない。例えエログッズの構想が既にあって、隙を見て商品化を企んでいたとしてもだ。
「しかし良いんですか、ルークさん」
「何がっスか?」
今後の予定が決まりウキウキで町へ繰り出そうとしていると、複雑そうな顔をしたシャルロッテさんから質問が飛んできた。
「散々ユキさんの言うことには従わないと言っておきながら従う気満々ですけど」
「た、たしかに……!」
「まぁ意識した時点で負けてますけどね。反発した結果、上手くいこうが失敗しようが、そのアドバイスがあったお陰になりますし」
「ぐっ……て、てか説明ってそれのことじゃなかったんですね。そこまで書いてなかったんですね」
苦し紛れの話題転換。テーブルの上にあるユキから渡されたであろう指示書を指差して尋ねた。
「いえ、すべて指示通りですよ」
「……はい?」
「今までのは全部台本です」
「マジッスか!? 目で追いながら一言一句間違えずに口に出してたんですか!? それも俺にバレないほど自然に!?」
「はい」
貴族ならそれくらい当然だと言わんばかりに平然と頷くシャルロッテさん。今後の人付き合いを考えたくなったのは言うまでもない。
もしかしたらイブも昔同じような経験をしたのかもしれない。




