千二百六十九話 続1000年祭10
「誠に申し訳ございませんでしたッ!!」
幸せになれる壺というこれ以上ないぐらい定番の詐欺商品を、本物と信じて俺達に売りつけようとしたファミールさん……の雇い主は、事情を聞くやいなや深々と頭を下げた。
言い逃れのためではない。元々謝罪しようとしていたところに、詐欺だと気付いた俺達の指摘が入って、二重に責任を感じているのだ。
精霊術や読心術は使っていない。
詐欺を見抜かれて焦るならともかく、最初から焦っていて、接客に割り込んでまで販売を中止させるなんて手違いによるトラブルぐらいしか思いつかないだけ。偽物であることを見抜いた相手をさらに騙そうとするとも思えなかった。
「ではやっぱり……」
ただ、雇い主を悪と決めつけて情報収集より真偽の確認を優先したファミールさんに気付けるわけもなく、自分を利用したことへの嫌悪感を露わにする。
これは仕方がない。非を認めるとはそういうことだ。
やり直す切っ掛けにはなるが、信頼は失われ、過去の出来事を掘り出されたり今後の方針を決めさせられたり勘違いされたり、崩壊させないための多大な労力が必要となる。衰退は避けられない。
それでもやり直すためにはやらなければならない。
信頼とはそうやって生まれるものだ。
「い、いや、違うぞファミール。僕もついさっきまでこの壺を本物だと思っていたんだ。これは僕が取り扱いたかった商品じゃない」
「だから売れる前に回収しようと町中を駆け回ったと? 嘘ですね! そうやってまた私を騙すつもりなんでしょう!」
まさか味方から攻撃されるとは思っていなかったのか、男は動揺しながら正当性を主張するも、今のファミールさんには悪事がバレたことによるものと思えるらしく、言い訳扱いされて取り合ってもらえない。
どうでも良いが、ファミールさんは入社当初の失敗ばかりしていた頃の自分に見え、男は仕事に慣れてフォローする側になった自分に見え、勘違いによって失った信用を取り戻すために四苦八苦するのも日常茶飯事な俺は、人知れずダメージを受けていたりする。
こんなところでトラウマを刺激するんじゃないよ。
「嘘じゃない。僕もキミと同じだよ。壺を売ろうとしていたらエルフの少女が現れて、そんな効果はないと断言されて、精霊を可視化する術を掛けてもらってようやく偽物だと気付いたんだ。これまでも、そしてこれからも僕は誠心誠意商売する」
壺の時と同様に精霊術を使ってフォローしても良いのだが、これは彼等の問題。どうやって納得させるのかと様子を見ていると、男は疑心暗鬼の従業員を宥めながら一部始終を説明した。
たぶんイヨだ。
幸せになれるとかいう摩訶不思議な力に興味を示しただけで、本人に人助けするつもりは微塵もなかったんだろうが、結果的に素晴らしいことをやっている。
ご褒美にあとで弄ってやろう。
(可視化させたのは私ですよ~。お城での会議が終わったので合流したんです~)
(よくやった。ご褒美に冷たくしてやろう。好きだろ、そういうの)
(今は弄られたいお年頃なのでそっちでお願いします~)
(ノゥ)
(オゥノゥ)
突然始まったユキとの他愛のない雑談。
続けようと思えばいくらでも続けられるが、目の前のイベントに集中したかったので、俺はそこで念話を打ち切りにした。
(ユキ先生の次回作にご期待ください)
俺達の戦いは始まってすらいない。始まる予定もない。
「なら教えてください! 商品を売る時は必ず『効果は人によって異なります』と言うよう指導しましたよね! あれはなんですか!? 事実だと思って受け入れましたけど本当はそういう手口だったんじゃないんですか!?」
っと、何やら険悪なムードになっているじゃないか。
一度こうと決めたらトコトン突き進むファミールさんが、これまで気付いていなかった……というか良いように捉えていたことを裏返して悪い面だけ見て責める感じかな。
ただ――。
(どうなんだ、それ?)
たしかに彼女の言うように、大半の詐欺は事実を隠れ蓑にしておこなわれるが、効果を保証出来ないものを「確実にそうなります」と宣伝するのも詐欺だ。
騙すにしても保険を掛けるにしてもその注意書きは必要となる。
「誠実だからこそ事前に伝える必要があるんだよ。『必ずこうなります』と言ってならなかったらそれこそ詐欺じゃないか。かと言って最低限の効果を宣伝文句にしても売れない。大衆が求めているのは確実性じゃなくて上手くいけばこうなれるって希望だからね。見向きもされない微々たる効果より、かもしれないの過大広告。
ファミールだって『健康になれます』『楽に出来るようになります』って曖昧な宣伝文句の商品より、『顧客満足度ナンバーワン』『○%効率アップ』って方を選ぶだろ? それと一緒さ」
「そ、それは……」
同じ商品でもアピールの仕方で売れ行きは天と地ほど変わってくる。
正論のような正論でないような意見だが、そういった手法を用いて商品を選んだことのあるファミールさんには正論に感じられたらしく、たじろいだ。
「まだです! まだあります!」
が、すぐに気を取り直して攻撃を再開した。
「私知ってるんですよ! 先輩達が、その領域に辿り着くまでの労力や成功者数を伝えずに『○○が出来るようになります』と言って商品を販売していることを! 今サギーさんが言った理屈だと隠すメリットがありません!」
ファミールさんは与えられた仕事以外にも興味を示すタイプの社会人らしい。入社前に調べたのかもしれない。どちらにしても素晴らしいことだ。
(てかこの雇い主、≪サギー≫っていうのか……親は何を考えてそんな名前を付けたんだ。DQNネームってレベルじゃねえぞ)
「顧客情報を集めてないんだから言えるわけないじゃないか。ウチの規模を考えてから言ってくれよ。事務も合わせて5人だよ、5人。独占販売してるものの効果や満足度なんて調べられないよ」
サギーさんの様子からして、ファミールさんが指摘したのは自社商品のみで、数字を宣伝文句に使える仕入れた商品などはちゃんとアピールしているのだろう。
「当選確率を言わない! 利益が出るようになってから当選させる! オマケを本体にする! これはもう立派な詐欺です!」
「どれもこれも企業努力の範疇だよ。違法でもない。過大広告なんてどこでもやっていることさ」
やっていない企業を探す方が難しそうだ。褒められたことではないが責められるほどのことでもない。壺の件も手違いのようだし、この程度では国は動かないだろう。
売りつけようとしていた壺も、銀貨3枚、原価の約7倍というボッタクリと言えるかどうか怪しいレベルの代物だった。物流が安定している日本ならせいぜい3倍だが、アルディアでは無くはない価格設定だ。
俺の好みではなかったし、やり方も気に入らないので例え本当に幸せになれたとしても絶対に買わなかったが、人によっては効果無しでも喜んで買うだろう。病は気からという言葉があるように、本人が幸せだと思っているなら俺達に止める権利はない。
そもそも騙される方も悪い。
恨むなら自分の見る目の無さを恨め。
「大体それは会社が大きくなったらやろうと言っていたことじゃないか。まだ計画段階で実行に移していないなら例え違法でもセーフだと思うよ」
ごもっともだ。
ただ――。
「モラルとしてはどうなんですか! 違法じゃないからセーフ? そんなの犯罪者の理屈です。法が許せば人を殺しても構わないっていうのと一緒です。
大事なのは自分がそれをどう思っているかでしょう。例え認められてたとしてもプラスα、モラルや信念を持っていないとダメだと、私は思います。その分野の未来も考えず、製作者や関係者への感謝を忘れてはプロとは呼べません。『儲かれば良い』『自分良ければすべて良し』なんて人が居るから悪が栄えるんです」
そう。問題はそこだ。
どうやら彼女、コーネル並みに潔癖のようだが、決して間違ったことは言っていないし、個人的には好きなタイプだ。
出来るか出来ないかじゃない。
やるかやらないかだ。
ファミールさんはやろうとしていて、サギーさんは無理だと判断して安定と楽を選んだ。社員の生活まで考えなければならない社長としては正しいのかもしれないが、誠意ある人間としては正しいとは言い難い。
無謀だというなら無謀でなくなるだけの力を身につければ良い。それも諦める、あるいは今がその過程だというなら、志が違う人を雇うべきではない。
「ぼ、僕は……僕はそこまでしてでも稼ぎたいと思ったんだ! キミの病気を治すために! キミを幸せにするために!」
……おや? なんか流れが変わったな。それも形勢逆転じゃなくてフィールド自体。
「気付いていたんですか……」
「キミが通っている病院はウチの近所でね。でも僕とキミは基礎学校時代のただのクラスメイト。声を掛けるのもどうかと思って見て見ぬフリをしていたけど、路上を歩きまわる仕事柄どうしても顔を合わす機会が多くて、いつの間にか仲良く会話するようになっていた」
さらに俺とイブを置いてけぼりにして……いや、俺達に事情を理解させるための回想が始まった。
「去年の冬、病院から出てきたキミの絶望しきった表情を見て確信した。もう長くはないんだと。それと同時に胸が苦しくなった。二度と会えなくなる。居ても経ってもいられなくなって声を掛けた。でもそれより先にキミからお願いされたんだ。『アナタのところで働かせてくれないか』と」
「最後ぐらい好きな人と過ごしたいと思ったんです。支えたいと思ったんです。いつも楽しそうに仕事をしているサギーさんの姿を見て、これがこの人の夢なんだと、仕事が上手くいけば私が居なくなった後も幸せな人生を送れるはずだと、余命半年の身でも何かの役に立てるんじゃないかと、そう思ったんです」
「さっきその人を責めてたのもそれ?」
「はい。健全な職場を求めてのことです。私が生きている今ならいくらでもやり直せますからね」
ただの会話なら聞き流していただろうが、物語性があるものはイブさんの大好物。伊達に小説を読み漁っていない。アッサリ順応してやがる。
「ファミール……キミはそこまで考えて……」
「アナタが考えてなさ過ぎるんですよ」
見つめ合う2人。
安堵と同情を混じらせた視線で見守るイブ。
まるで『賢者の贈り物』だ。
夫は父から貰った金の懐中時計を大切にしていたが、妻は時計を吊るすプラチナの鎖を買うために美しい髪をバッサリ切って売ってしまった。一方その頃、夫は妻が欲しがっていた櫛を買うために懐中時計を質に入れていた。
今の彼等の状況は思いやりが空回りしたことで生まれている。
「まさか通報しないでくれって言ったのって……」
「大ごとでないことはわかっていました。しかし例え手違いだったとしても詐欺は詐欺。私達弱小企業にそのレッテルは致命的なものです。精霊術師のアナタならなんとか出来るのではないかと頼らせていただきました」
でしょうね。
(で、あるんだろ。ファミールさんの病気治す方法。てかこの状況を全部解決するスンバラシイ方法)
(精霊の力によって砕けたその壺の欠片を、彼等が取り扱っているもう1つの商品『デンプン』を使って体内に取り込めば治りますよ~。使い方はルークさんの方が詳しいと思うのでノーコメント~)
確信をもって尋ねると、案の定、ユキはいつものほのぼのボイスで解決策を提示した。
ではでは、レッツオブラート。
「あ~、もしかしたら他の商品も変なことになってるかもしれないから、見せてもらって良いか? というかいくつか買って良いか? 壺壊したお詫びにさ」
「「是非!!」」
こうして俺は、食用に使おうとしていたデンプンを加工する技術を伝え、一組のカップルと1つの企業を幸せにしましたとさ。めでたしめでたし。




