閑話 ヨシュアよいとこ一度はおいで1
1人の支配者が統治する君主国は世界に数多あるが、絶対的権力を持つが故にその力を手に入れたい者に狙われたりやり方が気に食わない者に異論を唱えられることが多く、場合によっては国を二分三分した戦争に発展する。
そうなると巻き込まれたくない者はもちろん、敗北者や、実力行使に出るほどではないが気に入らない者は諸外国に行くし、その先で国をつくったり、仕掛けた側が勝利して新たな国が建国されたり、和睦によって形こそそのままだが国名や方針が変わったり。
外的要因の他にも、跡継ぎ問題や国力を失ったことによる併合など自分達の都合で引退したりするため、単一王朝が長生きすることは少ない。
同じ一族が30代以上、1000年統治するなど人類の歴史で見ても稀だ。
トップがお飾りにならずに最前線で政治に携わっている……偶然生まれた天才がどうにかしたわけではなく国を大きくするだけの実力を持った人材が代々育っていて、そのやり方が国民にもウケているとなると、その数はさらに少なくなる。
セイルーン王国もその1つ。
ただ1000年間繁栄し続けたかと言えばそうではない。むしろ崩壊寸前と言っても良い状況だった。争いこそ起きていなかったが国力を失いつつあったのだ。
そんな状況を救ったのは、知る人ぞ知る町。
その名はヨシュア。
世界で起こる変革の実に8割以上の発信地となっている特異点に、今日も知識と力を求めて新たな犠牲者……もとい冒険者が訪れていた。
「ここが噂のヤバい町、ヨシュアね!」
国の中心から少し西に外れた地方都市。
産業になるものがあるわけでも国を支える重要施設があるわけでもなく、10年前までその他大勢の田舎町として名を馳せていた(?)にもかかわらず、謎の発展を遂げて今や王都より人気かもしれない町。
領主様をはじめとした貴族達が町民の生活を第一に考える方針らしく、町を大きくすればするほど人も物も集まるのに、必要以上に自然界に手を出そうとはしないんだとか。近くに村を作ろうとするのすら止めたって話よ。お陰で限られた居住権を巡って熾烈な争いが繰り広げられてるみたい。
まっ、この私、凄腕美少女冒険者の《ミスティ=ブルーネル》には関係ないことだけど!!
流石に宿屋すら満室なんてことはないだろうし、例えそうだったとしても野宿すれば良い。
ヤバいと言ってもここは王都の御膝元で、大人気の町で、地下鉄とかいう凄い事業に取り組んでてひっきりなしに人が出入りする場所。多少離れたところでキングオークやワイバーンみたいな危険な魔獣が出現するわけがない。
まっ、女性冒険者人気ランキング89位を取ったこともある私ほどになると、そのぐらいの強敵じゃないと寝込みを襲われても対処出来ちゃうんだけど!!
……え? 他の年? 実力ランキング?
そんなことどうだって良いじゃない。何千と居る女性冒険者の中での二桁っていう素晴らしい事実以外考える必要ないわ。
あいつ等が……貴族の権力と財力にものを言わせたチート魔道具娘や、幼馴染三人組って素朴さを売りにした小娘、訳のわからない力を使う格闘娘が居なかったら今も二桁順位だったのよ。
というかペットは選考理由から除外しなさいよ。なによ『一緒に戦ってる姿がカワイイ』って。汚いわよ。私だって言葉が通じるカワイイorカッコいい相棒いたら絶対人気出たわよ。誰か頂戴よ。男もだけど、出会いがない人ってホントどうしたら良いのよ。神様、私にだけ冷たくない? 人生ハードモードじゃない?
(まっ、そんな人生を変えるためにここに来たんだけど!!)
最近作られたであろうレンガっぽい見た目のよくわからない素材の外壁を前に、私は1人で意気込んで、納得して、言い訳して、再び意気込んだ。
レギオン連合国出身の私がこんな遠方の地まで足を運んだ理由は、1000年祭や最先端の都市が気になるってこと以上に、ドラゴンライダーになりたいから。ドラゴンを倒すんじゃなくて従える、ドラゴンスレイヤーの上位の存在になりたいから。
一流の私は過去に一度だけドラゴンを討伐している。
一般人は生涯出会うことのないドラゴンもダンジョンの奥底や前人未踏の大自然には結構いて、私も報酬のために討伐隊に参加した。
その時に手に入れた牙と鱗は、私の剣と胸当てとして、一流の地位を確固たるものにしてくれている。
ただ私は50人の中の1人。基礎学校時代のチームメイトが誘ってくれなかったらそこにすら入れていなかった。個人としての功績はゼロに等しい。
ランキングに載ったのもその時。
一桁二桁の人達と一緒に戦って、オトリ……じゃなくて与えられた役割を真っ当して、ギルドに報告する際に使う写真(実質記念写真)で注目されて、ギリギリって感じ。
この装備も金で買ったものだと勘違いされる始末。
でもそんな日々ももう終わる。
『ドラゴンに会いたければヨシュアに行け』
これは一部の冒険者の間でまことしやかに囁かれている噂……ではなくおそらく事実。
最近、セイルーン王国からドラゴンの牙や鱗が大量に流れてきているし、保存がきかなくて流通出来ないだけで肉も売られているらしい。弱いドラゴンが現れるダンジョンでも誕生したのかもしれない。
弱いならきっと私でも捕まえられる。
子供の頃にウチで飼ってた大型犬を毎日のように乗り回してたし、乗馬や乗竜経験もあるし、ワイバーン便で移動する際は結構な確率で目が合う。つまり気に入られてる。竜も飛竜もドラゴンも大体一緒のはず。イケる。
さよなら、人気も実力もランキング圏外な私。
こんにちは、世界初のドラゴンライダーとして世間の注目を集めて、引く手あまたで逆ハーレム、私のために争わないでとか言っちゃう私。
「「「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」
「――っ! 大型魔獣!? それも複数!?」
大気をつんざく咆哮。
町中の冒険者を狩り出すレベルの緊急事態を察知した私は、身動きの取れない一般人達に一応警告し、発生源へと駆け出した。
「ちょ、え、ドラゴン!? それも三体!? なんで!?」
それはすぐに特定出来た。
まるで指揮官でも居るかのように、綺麗に100m間隔で前後左右(左だけ居ないけど)を向いて並ぶ三体のドラゴン。
その周りには怯える民衆。私と同じく騒ぎを聞きつけて駆け付けたであろう新米冒険者らしき姿もチラホラ見える。怪我人も居る。戦力になりそうな者も数名。
が、期待は出来ない。
三体とも以前私が戦ったドラゴンより一回り巨大で鱗も分厚い。中央にいる一体なんて色も違う。紫だ。明らかに格上。そんな場合じゃないんだろうけどドラゴンに種類とかあったのかという驚きと冒険者として成長出来た喜びを感じてしまう。
この戦力では前に倒したドラゴンすら無理。奴等の分厚い鱗と魔力障壁の前では数の力なんて無に等しい。必要なのはダメージを与えられる人間。
この場にはそれが居ない。
(同じドラゴンから作られた私の剣なら通用するかもしれないけど、敵と味方の戦力分析も作戦もないこんな状況で攻撃に力を割くわけにはいかない! 私達に出来るのは時間を稼ぐこと! そして被害を最小限に抑えること!)
「だから奴等の注意を引いて町から遠ざけるッ!!」
一瞬でその結論に至った私は、己の剣と足に全魔力を注いで、町に一番近いレッドドラゴンに突っ込んだ。
ダメージは与えられなくても鬱陶しいと思わせるぐらいは出来るはず。右側のコイツなら通用するかもしれない。
おそらく奴等は仲間。一体でも離れたらついて来る。
それに賭けるしかない!
「そういうの困るんですよネ~」
「んなァ!?」
神速で空中を駆ける私と、瞬間的に倍以上の速度に達した私の剣は、どこからともなく現れた女性によって完全に勢いを止められた。
犯人は鳥獣ハーピー。
翼の先にある手に掴まれた剣は、まるで空間に固定されたかのようにビクともしない。何なら体も動かない。
幸い今日はスカートではなくズボンなので眼下の連中を喜ばせてはいないけど、敵の可能性が高い相手によくわからない力で拘束されている状況で安心出来るわけがない。
こうしている間にも人々はドラゴン達に蹂躙されて――。
「……ないわね」
パンツが見えるわけでもないのに一同の視線はこちらに向けられていた。ドラゴンも見ている。
「ちょっと聞いてマス? ボランティアしてくれてる人にそういうことしちゃダメですヨ~。傷害罪で訴えられちゃいますヨ」
「ボ、ボランティア……?」
そんな私の戸惑いなど気にも留めず、女性は駄々をこねる子供に言い聞かせるように説明を始めた。
ハーピーが知能の高い魔獣というのは知っている。でもここまで流暢に喋るヤツは見たことがない。そもそも声帯が人間とは違うから「キュィ」って鳴き声になるはずなのに、若干片言なだけって……。
「そうデ~ス。魔獣の恐ろしさと人間の弱さを教えると同時に大規模戦闘を楽しめる画期的なアトラクションデ~ス。彼等はアリと戯れる像。近くのダンジョンで静かに暮らしていたドラゴン達デス。威圧したら喜んで協力してくれまシタ」
どこからツッコめば良いんだろう……。
「向こうでは遊覧飛行もやってマ~ス。有料にはなりますけど、彼等素人と違ってヨシュアーランドのキャストなのでサービス満点、迫力満点デ~ス」
戸惑っていると、さらなる説明を求めていると勘違いしたのか、ハーピーはドラゴン達が向いていなかった壁際を指した。
そこでは目の前の三体に負けず劣らず立派な体躯のドラゴン達が、背中に数人乗せて空に飛び立ったり降りてきたり、乗馬体験会と同じようなことをやっていた。
つまりアレだ。
そういうイベントだ。
私は彼等の楽しみを邪魔した空気の読めない凄腕美少女冒険者ってわけだ。
(……ナニコレ?)
1つ確かなのは、私の夢は簡単に叶いそうだけど叶ったところでなんか思ってたのと違う感じになりそうで、ヨシュアが想像の100倍ヤバいところだってこと。




