千二百五十九話 初夏の旅路7
面白い人が面白いことをする。人気が出る。市場が拡大する。
凡人が集まってくる。まだサポートだけで主要部分は面白い人がやるので現状維持。
世代交代や物は試しと凡人がメインになる。ブランド力でそこそこ売れる。
自分の実力と勘違いしてつけ上がる。好き勝手にやり始めるor向上心を失って無難な作品をつくる。客は離れていくが面白い作品もあるので若干衰退。
責任を問われるも居場所を守るために自身の正しさを主張する。新規開拓と解釈した会社は受け入れる。面白い人が見切りをつけて居なくなる。
残った凡人、または凡人や時代に合わせて自分らしさを見失った面白い人が面白くないことをする。これまで築いてきたものが全部なくなる。
それ自体は社会でよくあることだが――。
「それと同じようなことが一部貴族の間で起きてて、偶然成功した凡人が『これからは俺達の時代だ』と他者を排除、貴族達は団結して抗って、皆して自分を含めた芽を摘み取ってるだぁ~?」
学生達の努力によって若干改善されたとは言え、根本的な問題が放置されたままであることを知った俺は、呆れと怒りを籠めてここまでの話を総括した。
「バカだろ。何考えてんだよ。いい加減学べよ。一時の利益に目をくらませて孤立したらどうなるかなんて歴史が証明してるだろ。今回はそうならないとか根拠のない自信を抱く前に市場を大きくすることを考えろ。独り勝ちを目指すのは地盤が整ってからにしろ。共倒れしそうな状態でやるな」
そして当事者であるピート達を批難した。
そう……彼等は当事者だ。
率先して学生運動をおこなったからでも、実家や知人の仕事に影響が出ているからでも、俺達に説明したからでもない。
彼等も騒動の原因の1つだからだ。
「そういうの教えるのが高等学校であり社交界だろうが。通うだけなら誰でも出来るんだよ。将来のための力と知恵を得ろよ。
市場を荒らす連中はそれをしないせいで生まれたんだぞ。『他人を蹴落としてでも勝てば良い』『自分は正しいから意見するヤツは全員敵だ』って考え方で生きてきた結果、頭も下げられない独善的なヤツになっちまったんだ」
ピート達に説教されて心を入れ替えたということは、説教されるまでは同じ道を歩もうとしていたということ。
危機に瀕してから動き出すのでは遅い。そうなる前に改善するべきなのだ。明るい未来の芽を摘んでどうする。不満や悪の芽を摘め。意識が完全に、現在蔓延っているプライド高い貴族や、自分良ければすべて良しの成功者と同じじゃないか。
「学生は学ぶ側であると同時に教える側でもあるんだぞ。クラスメイトっていう学校生活では誰よりも身近な存在として、相談に乗ったり力を貸したり注意したり、変な意識のまま社会に出る前に助けてやれよ。それをしなかったからこんなことになってるんだぞ」
「何を言っている。彼等は自らの意志で一番楽な道を選んだだけだろう」
「もちろんそれもあろうだろうけど、成り上がったってことはこれまでは弱い立場だったんだろ? なら功績を奪われるか敵対してアリみたいに踏み潰されるか、2つしか選択肢がなかったところに現れた一発逆転のチャンスに縋るのは当然のことじゃないか。
上手くいった途端、手の平返して『やるじゃないか。仲間になることを認めよう』とか言われても『はぁ?』だし、形勢逆転したんだから上から目線であれこれ言うに決まってる。
今の状況はぜ~んぶ自分達が招いたことなんだよ。教育もせず、協力もせず、いつまで経っても昔の上下関係を押し付けた結果だ。被害者面すんな。図々しい。なんでこの期に及んでプライド持ち続けてんだよ。頭を下げて力を貸してもらえよ。技術・情報・物資・人脈。次に繋がるものを手に入れろよ。認めろよ。讃えろよ」
そういう風潮を作った過去の人間も悪いが、それに対して疑問を抱かずのうのうと生きているアホや、不満を表に出さず虎視眈々と復讐の機会を窺っている若人も悪い。
つまり全員悪い。
そこに無関係な人間なんて存在しない。
イジメるヤツ、イジメられて何もしないヤツ、見ているだけのヤツ、周囲との関係を断って無知なヤツ、対処しようとして出来ないヤツ、全員の責任だ。
そのぐらいの気持ちじゃないと風潮は変わらない。『○○になったら』じゃない『○○をする』んだ。させるんだ。
流行り病も同じ。よく「落ち着いたら」って言葉を見聞きするけど、なんで他人事なんだよ。周りに注意喚起して対策徹底しろよ。世間で言われてる方法じゃ効果薄いから蔓延してんだろ。今日ぐらい良いかで終息遅らせてんだろ。ウイルスにイベント日も記念日もないんだよ。全員が当事者なんだよ。
「しようと思っても聞く耳を持ってもらえないんだが……」
話を聞く感じ、ピート達は成功者と直接交渉したわけではなさそうだが、大人達を通して耳にしたのだろう。ピートはまるで拒絶されたような様子で愚痴を溢す。
どこぞの派閥の印象操作を受けている可能性もなくはないが、それはそれで潰す対象が増えるだけなので、俺はピートの言葉を真実として受け止めることに。
「だ~か~ら~。聞いてもらえるまで頑張れよ。このままじゃ不味いってことを訴えかけろよ。お前は恋人とエロいことする時に『嫌』とか『怖い』って言われて諦めんのか? 譲歩してもらったり次の機会狙ったり何とかして事に至ろうとするだろ? 結局やる気の問題なんだよ。どうでも良いと思ってるからすぐ引き下がる」
「例え話はあまりにもアレだけど中身は正しいね」
絶対に触れたくないと拒絶を露わにする学生達の中で、ヒカリだけが出来れば触れたくない程度の雰囲気で会話に入ってきた。
おそらく『やる気の問題』という部分が効いたのだろう。
社会経験がなく理想を押し付けやすい学生は説得出来て、裏も表も知り尽くした大人達を説得出来ないのは、力が足りていないからだ。
声の大きさだったり、内容だったり、技術や人手や物資だったり、話に乗って得になると思わせる“何か”が無ければその道に精通した者は動かない。
今回の場合詳しい人間は、プライド高い貴族・高慢な成功者・そこに参入しようとしている連中だな。
個人が無理なら大衆だ。
「伝統派とか革新派の一部じゃなくて国を巻き込め。労働組合も作れ。権利や技術や利益を譲ってwin-winの関係を築け。自分達だけ得しようとするな。何ならこれまでの責任取って下になれ。流石に国相手に調子乗ったりしないだろ」
「し、しかし国はそう簡単に動かせるものではないぞ」
「成功者の反感を買う可能性もあるわ。自分達の一世一代の発明を少しばかりのお金と感謝で奪われるんでしょ? 従わない方が得と思うかもしれないじゃない」
大人達に提案はしてみるが……、と消極的な姿勢で言うピートとベアトリス。
視線は当然懐疑的。
「何度も言ってるだろ。頑張れって。立場を弁えろって。そんなになるまで放っておいた責任を取れよ。調子に乗らせず拒否もさせない絶妙なラインで交渉する。国はそのための力だ。裁判官だ。
どうせステーション計画や他の国家事業でも下とか横の方では似たようなこと起きてんだろ? なら絶対動くって。それを1つ1つ片付けていくだけだよ」
真偽を確かめるべく、スキー場のソリばりに地面を腹ばいで滑っていたユキに目をやると、何も言わずにそのままツイーッと滑っていった。
沈黙は大体肯定だ。
車両基地で出会ったデブの周りとか怪しい。
アイツ知ってても放置するタイプっぽいし。部下に責任押し付けて上澄みだけかすめ取るタイプ。貴族や成功者を唆して対立させてる黒幕の可能性も微レ存。
まぁそうだとしても氷山の一角だろうけど。
「あっ、一応言っとくけど、今だけとかノウハウ足りないとか、マウント取るようなことは言うなよ。あくまでも両方にとって良くない状況ってことを訴えろ。それとたぶんいつかは失敗するけどちゃんと支えてやれ。ほら見ろとか言ったら同じことの繰り返しになるぞ」
「一度関わったら見捨てるなと?」
「そんなわけないだろ。見捨てて良いよ。ただそれは自分達が優秀だと勘違いして、失敗や衰退を人のせいにして、本物を追い出そうとし始めたらだ。絶対に自分達の利益のために切り捨てるな。『奪われた』と感じて本人はもちろん類似例で仲良くやってる連中からの信頼も失うぞ。事と次第によっては没落するぞ」
「え? 没落しても良いんじゃないの?」
先程のちょっとしたツッコミとは違い、ガッツリ自分の意見を持って話に割り込んで来たヒカリは、不思議そうな顔で首を傾げた。
「……まさかとは思いますが、ヒカリさん。アナタ。ゴミはどこまで行ってもゴミだから見捨てろと言っておられる?」
「そこまでは言わないけど、自分を取り繕ってまで無理する必要は無いし、自分の利益のために誰かを犠牲にするやり方も間違いではないし、市場争いをもっと激しくやっても良いんじゃないかな~って。
潰したところの技術や資材は吸収して、一流と二流をキッチリ区別した方がわかりやすくて好きだな。部門や部署で分ければ潰れた方もそのままの形で存続出来るわけでしょ? だったら優秀な人材だけ残して後はポイしちゃえば良いじゃない。環境が変わることで優秀になれる人も居るだろうしさ。ぬるま湯に浸かったままダラダラするのが一番良くないよ」
実にヒカリらしい意見だ。
たしかにそういう考え方もある。上の連中に潰されて芽が出ない秀才は多いだろうし、キャリアアップのために転職する者も少なくない。
「でもライバルがロア商会みたいなところばっかになったらみんな上を目指さなくなるだろ? やり過ぎるのも考え物だぞ?」
「ウチは例外でしょ。結構外部に協力してるし、利益度外視で活動してるし、立ち上げた時から国も手出し出来ないレベルだったから放置されてるけど、他がやったら国に吸収されるか分解されて、新人教育も兼ねて微妙な企業に入れられるよ」
「そこで独善的にならない成功者を量産して、国家を上回る勢力を手に入れて、好き勝手やるんですね。わかります」
「普通はそうなる前に反逆者が出たり、周りが成長して対抗勢力が生まれたり、成功と失敗を繰り返して停滞したりするんだけどね……」
ロア商会舐めんなよ。
反旗を翻すより一緒に切磋琢磨、成長したら認めてもらうためにさらに努力、成功と失敗を繰り返して急成長するわ! 幹部連中が怖くて逆らわんわ!
てか部門が多種多様で転職し放題の好き勝手やれる企業とか誰が嫌うんだよ。不満があったら聞きたいわ。周りが凄くて活躍出来ないってやつ以外な。
「とにかく生産性や品質は保ちつつ何とかしろ。絶対民衆に迷惑掛けるな。迷惑掛けることこそが一番の恐怖だと知れ。一度失った信用は簡単には回復しないぞ」
ヒカリの厳しい意見を取り入れつつ、俺はそうまとめた。
そんなことよりそろそろファイ達の話しようよ。いい加減真面目な空気疲れたよ。旅行先でする話じゃないよ。
……え? もう王都に到着する? 町の外観とか1000年祭で外まで賑わってる様子とか語ってたら400mなんてアッという間? そ、そうですか、じゃあ後で俺だけ宿屋でゆっくり聞きますね。




