千二百五十八話 初夏の旅路6
伝統と革新。
永遠に続く両者のマウントの取り合いはいつしか日常となり、批判は改善案に、勝つための努力は売上アップに繋がり、どれだけ市場を奪われても次の戦いで勝利ないし引き分けに持ち込んで民衆に新たな娯楽と懐かしさを与えてきた。
お互いをライバル視しつつも良いところは取り込み、しかし決して己の個性は見失わず自分らしさを伸ばし、利用者にどちらを選ぶか選択を迫ってきた。
まぁ、革新派は先駆者が切り開いた道を歩んだり自分が成長するためにライバルを育てるという伝統的なシステムを利用しているし、行きつく先は伝統。
伝統派も元を辿れば革新的なことをやっており、ニーズに合わせて変化させているのだから現在進行形で革新派だったりするのだが、そういった部分から目を逸らして「卑怯な手段で勝っても意味はない。大事なのは利用者の信用。正々堂々実力で上回ってやる!」と切磋琢磨する彼等のことを、俺は全力で応援したい。
均衡が崩れたら支えてあげたい。
第三勢力が現れたら育ててあげたい。
そんな個人的な感情はともかくとして、選ぶのも戦うのも両派閥や利用者だけではない。一旗揚げようと参入してきた者達も、どちらの市場を利用するか、どのような戦略でやっていくのか、選択しなければならない。戦わなければならない。
それをそこら中で繰り広げて組織や業種の壁を乗り越えた結果、生まれたのが『社会』だ。
横と縦、間接的という意味での斜めの繋がりによって成り立つ社会は、上の者達が主導して何とか成り立たせてきたものだが、現在危機に瀕している。
理由は簡単。
かつてないほど激しく入れ替わる勢力と技術。これまで培ってきたものが通用しない市場。力のある者が成りあがり、力のない者は淘汰される現状について行けないから……いや、微妙に違うな。ついて行ける人間が居ないからだ。
「――ってことで良いんだよな?」
「ああ。出資者であり経営者であり昔ながらの繋がり多い貴族達の取り組みは、無数の勝者と敗者を生んだ。1つ成功したら次に続けと参入して、思った通りになったりならなかったり、予期せぬところで固定客が生まれたり失ったり、短期間で戦力が大きく入れ替わっていった」
戦力て……。
語り部ピートの過剰とも思える表現に呆れながらも、誇張ではない可能性も拭いきれないので、俺は『貴族社会とはそういうもの』というノータッチ精神を貫くことに。
「説明に入る前に確認しておきたいんだが……携わっていないだけで貴族の生まれなのだから、貴族の仕事についての知識は持っているな?」
「基礎学校の学生レベルだけどな」
自分の知識の無さ、信用の無さ、イブやヒカリの方が無知だとわかっているはずなのに保身のために俺に話を振ったピートおよび学生達の弱さ。
俺は、すべての感情をこの『肩を竦める』というリアクションに籠めて、疑いの眼を向けてくるピートに返答した。
魔道具製作や知識提供を依頼された時に調べたりするので、詳しいところは詳しいが、そうでない部分はトコトン無知だ。
……って当たり前か。文系の人間は数学について語れないし、小売業をしている人間はIT事業に詳しくないし、スポーツ選手は農林業を知らない。極めるのも、会話出来るぐらいの知識を持つのも、時間が足りない人間には難しいことだ。
「貴族は主に出資と経営と管理の3つの方法で利益を出してる」
「その通り。1つ目は物品の製造をおこなう工場や技術の向上を目的とした研究施設などに出資して、そこで得た売り上げの一部を得る方法だ」
念のために説明する意思を見せると、ピートは自分の仕事を奪うんじゃないと言わんばかりに口を挟んで来た。別に良いけどさ。全然譲るけどさ。
例えるなら株主だな。
「2つ目はそれを自分の手でおこなう方法。方針を自分で決められる分、手腕は問われるがリターンも大きい。利益はもちろん実力を示すことで国や他の貴族達からの信用も上がる」
こっちは企業経営。
株主もだが、業績の良い企業は出資者になったり次に語るであろう管理に口出ししたり、それぞれが利益や利権を目的として繋がっている。
「3つ目は土地や流通、人などの管理。2つ目以上に大変だが国や町に貢献出来る栄誉ある仕事だ。画期的な管理方法を確立させられれば入れ替わることも夢ではないので、他の伝統とは一線を画す存在でもある」
地方自治体。
安定と不変が求められるこの仕事は、国や町から任命された一族が代々おこなうので汚職の温床になることも多いが、一度任命されれば繁栄が約束されたも同然なので皆信用を得ようと、優秀であろうと努力する。
それ故に固定客と敵も多い。
程度にもよるが、基本的にバレたら一発アウトなので、法律の抜け穴をつくったりして凌いでいる。その力を他のところに活かせ。
とにかく、第三者を巻き込むため、他2つ以上に伝統と革新を両立させる必要がある仕事だ。
「この3つに加えて近年サービスや通信・交通事業が大きく成長している。モノの取引だけでは差別化出来ないことに気付いた貴族達は、満足や効用、利便性を提供し始めたんだ」
「知らんがな」
着地点は読めた。
ただでさえ神力の魔道具の登場で各種生産性が爆発的に上がったのに、馬車の乗り心地改善やら飛行船やら地下鉄やらケータイやらカメラやら、各方面に次から次へと新技術が導入されるせいでしっちゃかめっちゃかになっている。
数ヶ月掛けて採算の取れる価格設定やルートを確立したのに、先週参入してきた企業はその半額でやっている上、採算取れている。時代に追いつけていない。
お前達のせいだ。
ピートはそう言おうとしている。自分達の事業が上手くいかないことを人のせいにしようとしている。許すまじ。俺は世のため人のために頑張ってるだけだ。
「勘違いするな。責めているわけじゃない。速度の差はあれど昔からあったことだ。技術的・注目度的にそれ等の分野に手を出しやすくなったのは事実だが、悪いのは時代について来れない連中だ。適応出来なければ没落する。怖ければ安定に走る。そういったリスクとリターンに悩むのが貴族社会だ」
「問題は明確な勝者と敗者が生まれてこれまであった均衡が崩れたこと。そして得意分野を捨てて楽に儲かりそうな分野に手を出す貴族が増えたことよ」
安心したのも束の間。ベアトリスが続く。
「端的に言えば成功者が調子に乗ったんだ。『これからは俺達の時代』『もうお前達の世話にはならない』と関係や事業を切り捨てていった」
「最悪だな……」
当たり前のことだが時代に正しさなど存在しない。
成功したら正義。失敗したら悪。というか没落or倒産。
そこまでは良い。
持続出来るかどうかは知らない。秩序なんてクソ喰らえ。糧も必要ない。俺が自力で天下を取るんじゃい。後のことはやってみてから考えるぜ。
これはダメだ。
成功者はもちろん、成功者になろうとする伝統・革新派の連中も一発逆転の可能性があった分野への出資を止め、同じような製品づくりに励み、企業としての力を激減させる。
今はそれで良いかもしれないが先が無い。
たまに挑戦的なことをやってもウケずに大打撃。それを見た挑戦者達は、踵を返して安定という名の先の無い道へと歩き出す。地力は失われ、サービスやら新規産業やら慣れないことをやっても上手くいかず、切磋琢磨にすらならない状況で無理について行こうとするので赤字経営。
たまたま上手くいった連中だけが残る。
地獄絵図だ。
「そもそも伝統と革新はそういう部分を補いながら育っていくものだろ? 放り出したら地盤が無くなって新規事業も成り立たなくなるのがわからないのか?」
「伝統派や常識ある革新派は危惧したようだ。しかし大衆の興味は次々に生まれる新しいものに向けられた。彼等が求めているものは些細な差ではなく選択肢だからな。自分にとっての一番を探すのは当然のこと。止めることは出来ない。
必然的に売上は下がり、一か八かの新規事業も周りに溢れる手抜き事業に埋もれてしまい、弱り切った状態では他社への協力もままならず、トップになっても他企業を呼び込むことが出来ないor呼び込む気がない。
やはり慣れているものが一番だと戻ってくる客も居るが、現状維持が精一杯で事業としては失敗と言っていい有様で、新規顧客を得ようとしても土壌が育たないので上手くいかず、現在貴族の多くが手を取り合って生き残ろうとしている。
逆に成功した新参者はそういった客の確保に乗り出し、昔ながらの貴族達に睨まれ、それでも着実に客を奪いながら勢力を拡大している。ただ周りは焼け野原だ。物資・技術・人手を自分達で生み出している彼等は、小さな石ころに1つで崩壊するかもしれない状況だ。なりふり構わなくなった権力者から攻撃されてもおかしくはない」
頑張れとしか言えない。
何度も言うが俺は貴族社会のことを知らない。魔道具開発や世界の理の研究、小売業のアドバイスは出来るが、この件に関しては応援することしか出来ない。
「1つ言わせてもらうなら、現状古参に支えられてる伝統派も共同戦線張ってる革新派も、客は同じものを求めてないから切磋琢磨しなくなったら離れていくし、独立した連中も楽するためには彼等の協力が必要不可欠で、彼等の生み出すものあっての交通やサービスだってことを理解しないとダメだな」
そうなったら新たな産業が生まれるし、それはそれで良いと思うのだが、自分が共倒れの一端を担うというのは目覚めが悪い。
されるかどうかもわからない感謝より、現状の問題を何とかする手助けをして責められない道を進もうじゃないか。
新しい世界より今ある世界。
俺は伝統派であり、ほどよく革新派だ。
てかもう何とかなってるっぽいしな。
「俺達も同じことを考えた。そこで、社会見学と称して新規事業参入の難しさを学んだり、他者との繋がりの大切さを伝えるために将来の話をしたり、学生達の意識改革に取り組んだんだ」
「おおっ、流石、実家が伝統派なだけあるな! 保身のためには努力を惜しまないじゃん! 有能になるじゃん! 青田買いじゃん!」
「悪意のある表現をするな。例え事実だとしても言って良いことと悪いことがあるぞ。今の貴族社会を憂いた子供の努力と言え」
事実なんじゃん。
「とにかくヨシュア高校の上級生は大丈夫だ。あとは他の地域の学生と大人達だ」
……ん?
「任せた」
「知るかぁーーーーッ!!」
肩にそっと置かれたピートの手を弾き飛ばす。
「冗談だ。ロア商会の方で市場を支配してくれれば良い。手を取り合わなければ太刀打ち出来ないほど強大な敵が現れれば彼等も考え直すはずだ」
「どこが冗談!? 任せてんじゃん!? ロア商会なら仕方ないって諦める可能性あるし、支配するまでに没落する貴族や倒産する企業も多いし、市場奪い返しても『やっぱりロア商会の方が良かったなぁ~』とか思われたらどうすんの!?」
「技術とサービスと価格をより良くすれば大丈夫だ」
それはそう。でもそれが出来ないから不満やら勝ち負けやらが生まれるわけで。
「すべて提供してくれ。支援してくれ。その都度アドバイスしてくれ。天下のロア商会なら容易いはずだ」
「ザケんな」
それをするのは国だろ。
この後王城に連れて行ってやるから直接言え。無理なら俺から尾ひれ背びれをつけて伝えてやる。もちろん一個人の意見じゃなくて一族を代表した進言としてな。




