千二百五十七話 初夏の旅路5
最近忙しくなってきたので更新頻度を落とします。
完成次第出すので毎日だったり2日に一度だったりそれ以上空いたりまちまちになりそうです。
落ち着いたら毎日更新に戻します。
雲一つなく、どこまでも突き抜けるような青い空。
周りには、山と森とゆるやかに隆起した平原、気の置けない仲間達の笑い声と愚痴に見せかけた歓喜と期待感が溢れている。
地下の整備を優先したことで獣道より幾分マシな程度の状態で放置されている街道には惜しげもなく日光が降り注ぎ、時折すれ違う輸送班の表情も穏やかだ。
そんな疲労感すら楽しい旅行の道中だというのに、まるでハードルを上げるだけ上げて見捨てた知人を見るような目をこちらに向けてくる高校生が居る。
ピート=ベーカー。
世界で最初にパンを作った一族の末裔にして、今なお製造・研究をおこなっている大貴族の末端、そして親友の友達という微妙な立場にもかかわらず親友を差し置いて近況報告をしようとする空気の読めない野郎だ。
ちなみにユキから聞いた話では元祖というのも嘘らしい。広めたのが彼等ってだけ。声が大きい者が勝つ。やったもん勝ち。社会の摂理だ。
「よ~くわかった。ルーク。お前が俺を嫌いだということがな」
さらに視線を鋭くして『睨む』といっても差し支えない空気と口調で、意味不明な発言を繰り出してくるピート。
「俺は事実を述べただけだ。事実陳列罪は架空の罪。批難される謂れはない。脇役でも良いから本人の口から聞きたいと思うのは普通だろ? それともお前はクラスの劇で村人Bの役を貰った我が子より主役の子に感想聞くのか? 聞かないだろ?」
「うっ……そ、それは……」
ピートを往なし、改めてファイ達に話を――。
「感想はともかく見る時は全体でしょ。ボク達も会話に参加するからまずは全体の流れを掴んでよ。最近食べた中で一番美味しかった物とか行った場所とか苦労した話も出てくるしさ」
「なんだよ。それならそうと早く言えよ。指摘されて動揺するとか、誰がどう見ても求めてるものと違うから、自分語りしようとしてるからだって思うじゃんか」
ファイの補足で納得のいった俺は、説明が下手過ぎるピートを軽く説教し、大人しく彼等の取り組み(?)を聞くことに。
大なり小なり自慢や相談は混じるだろうが、知りたかった話を包括しているなら問題ない。親友達の話を多めにしてもらえると有難いが、そこまで要求するのは贅沢というもの。
「仕方ありませんの。普段から傍若無人で図々しいピートは、自分より上の人間を相手にした時の緊張に慣れていないんですの。1人でも批判的な人間が居たら凹む豆腐メンタルと化しているんですの」
傍若無人の権化がなにやらほざいて……い、いえ、なんでもありませんです。はい。
「お前等もそれで良いな?」
しばらく同じ時間を過ごすことになるヒカリとイブに合意を求める視線を送ると、
「文句言ってたのルークだけでしょ。わたし達は最初から聞くつもりだったよ。心の底でもつまらないなんて思ってないよ」
「先手を打つんじゃないよ。『心の底ではそう思ってる。俺は代弁しただけ』っていう読心術万能説で巻き込もうと思っていたのに」
「ルークがそう思ってることをわかってたからね」
裏の裏のそのまた裏ってわけか……深いな、心理戦。
「面白ければ問題ない」
「――っ!」
イブの空気を読まない一言によってピートの豆腐メンタルはさらにボロボロになり、不快な想いをさせるかもしれないという加害妄想も加わって、何故語り部に名乗り出てしまったのか後悔の念に包まれ始めた。
「こら」
無自覚に自己主張したイブのポンコツな頭をグーで叩く。復帰までの時間稼ぎおよびフォローを目的としたものだ。
「……?」
案の定、何故怒られているのか理解出来ないイブは、説明を求めるような視線を向けてくる。
「つまらなかったら途中で離脱しても良いんだよ。用事を思い出したとか、なんか面白そうなものがあるとか、それっぽい言い訳して邪魔にならないように立ち去れば良いの。聞くか聞かないか、見るか見ないか、掘り下げるか掘り下げないかを選ぶ権利と責任は自分にあるんだからさ。間違っても『飽きた』『面白くない』『○○はどうして××なの』ってネガティブ発言や話の腰を折ること言うなよ」
「そういうの苦手。ルーク君の腕を引くからやって」
お前は合コン慣れした大学生か! 誰を狙うか事前に合図決めておくアレか! もしくは見たいテレビがあるから井戸端会議から逃げ出したい子供!
「残念だけどそれは無理なんだ。視聴者の過半数がそれをやるのはマナー違反なんだよ。最初の1人だけに許された特権なんだよ。例外として子供やお年寄りの世話をするためってのがあるけどイブは違うし。
イブなら……そうだな。『今の話で新作のアイディアが浮かんだ。パスカルさんと議論したいから』でいけ。コーネルは近いから厳しいけどアイツは後方組だろ。追おうとしても俺とヒカリが抑えるからたぶん大丈夫だ」
ならどうすれば良いのか、研究と違って答えを求める空気を醸し出したイブに秘策を教えると、任せろと言わんばかりに大きくコクリと頷いた。
準備万端だ。いつでも来い。
「ただのヤラセだよね」
そんな俺達の様子をはたから見ていたヒカリが、俺にだけ聞こえるような小さな声でツッコミを入れてきた。
「対人関係なんてそんなもんだろ。円滑に進めるためには裏取引や作戦が必要だろ。予算や時間やメンツや場所を確認するのってそのためだろ。面白そうなら参加して、つまらなそうなら理由を付けて断る。気を遣ったり逆に遣わなすぎたりで取捨選択をミスするヤツはコミュ障になるか嫌われるか。簡単な話じゃないか」
まぁピートのように、本心の吐露と加害妄想と被害妄想と無関係な第三者の余計な一言といった、負の連鎖によって生まれるコミュ障も居るがな。
「そうかなぁ~。移動中の雑談ぐらいもっと気楽に楽しめば良いと思うけどなぁ~。楽しもうとしたものって大体面白くなるし。その逆も然り」
「無理だな。イブはその域まで達してない。あと他にやりたいことがある上で話を聞こうとしてるから、優先順位が低いと感じたらアッサリ捨てて当然。1人の世界に閉じ籠って脳内で試行錯誤を繰り返さないだけマシだと思おう」
「イブちゃん、なんで旅行に参加したの……」
気分転換かな。もしくはトラブル目当て。もちろん研究方面の。
それこそユキやフィーネから事前に内容を教えてもらっている可能性もある。全部は無理でも、アホ貴族との邂逅みたいな確実に時間の無駄になるようなものは教えてもらえそうだし。それだけの功績残してるし。
「ルークも知っているとは思うが、高等学校は貴族の子息が将来のための人脈づくりや技能を磨く場であると同時に、彼等をサポートする従者や経営者志望の学生の学び舎でもある。当然集まっているのは未熟者ばかりだ」
精神統一を終えたピートが意を決して語り始めた。
「まさかまた学園祭の時みたいなゴタゴタが起きてるんじゃないだろうな? もう手伝わないからな?」
わざわざ誰もが知っている高校の仕組みについて話す意味も、在籍者の素性を分ける意味もわからないが、嫌な予感だけはしたので先手必勝。
自分は違うがな、と他人事のように語っているピートへのツッコミも兼ねている。優秀なら自分で何とかしろ。
「違う。いや違わないが問題はヨシュア高校だけのことではない。もっとワールドワイドな問題だ」
「ワールドワイド? そんな大規模な問題をお前等がどうにか出来んのか? 何度も言うけど手伝わないぞ?」
「大丈夫だ。既に解決に向けて動き出している。俺達の働きかけでな」
これまで以上のドヤ顔になるピート。隣のベアトリスも似たようなものだ。
まぁ俺はファイ達の『ボク達かな~?』ってリアクションの方を重要視しますけどね。絶対第三者が絡んでますよね。
「年上はよく年下に責任を押し付けるが、その環境をつくって来たのは自分達だ。子供を育てたのも、技術を発展させたのも、精神を育んだのも、大人だ」
突然始まった大人批判。
お前は俺かとツッコみたくなるが、ワールドワイドな問題を語るために必要な工程なのだろうと大人しくしておくことに。
「発展途上の過去とそれ等が揃って豊かになった現代。思想や必要な技術が変わるのは当然だな? 開発ではなく持続的生産性、新規ユーザーの確保ではなく離れていった者達の呼び込み、独占ではなく各社との協力によって会社を大きくする。そういった時代に合わせた方向転換が必要になる。わかるか?」
「伝統も大事だけどな」
「揚げ足を取るな。そんなことはわかっている。俺が言っているのは力の入れ方だ」
へいへい……。
「それで? 老害と青二才がぶつかってどうしたって?」
「そこに技術を独占した大企業と力を合わせようとして失敗した中小企業の群れ、世代を問わず己の考えで支持する組織を変える連中が加わるが、とにかく貴族社会は戦乱時代を迎えていたんだ」
思っいたより3倍多くて、巨大な問題だった。
自分が得するためにはどこに所属するべきなのか。昔からの繋がり? 将来性のありそうな新規産業? これまでの実績?
またそのやり方はどうするべきなのか。ターゲットは個人? 家族? 企業? 外国人? 金持ち? 庶民? 年齢層は若者? 大人? 老人?
方針を時代に合わせると言ってもすべてに対応出来るわけもなく、否が応にも現在抱えている層が変わってしまうし、方針自体がウケるとも限らない。
しかし挑戦しないわけにはいかない。
(だって研究者や開発者が頑張っちゃったからな~)
まぁ俺達のことだ。もちろん他の連中も。
かつてないほど急激に成長した市場をどう動かすのか、あるいはどう対応するのか、俺達があれこれやっていた裏というか表で貴族達も色々やっていたらしい。
誰が悪いわけでもない。あえて言うなら対応出来ない連中としか言えない問題だが、どう決着をつけたのか俄然興味が出てきたぜぃ。




