千二百五十五話 初夏の旅路3
学ぶことの大切さを、真面目に、長々と、例え話を交えつつわかりやすく説明したものの簡略化の権化には通用せず、イヨは自分が同族であることを自覚しないまま何でも簡単にまとめようとする人間をバカにして話を締めた。
しかも悩みは勉強についていけないことだけで、要求されたから仕方なくネガティブな話題を出したけど本当は楽しい学校生活について語りたかったと言わんばかりに、間髪入れずに先程までとは比べものにならない熱量で語り始めたので、俺には引き下がる以外の選択肢が存在しなかった。
取り敢えず悩みは解決したようなので良しとしよう。
「でね、ルイーズが――」
「へぇ~」
さらにいつの間にか話し相手は俺から商店メンバーに移っていた。
まぁ会話なんて第三者に割り込まれてナンボだし、自慢話は色んな人にして多種多様な反応を見たいと思うもの。気にする必要はない。
「ルークが逐一拾って、ツッコんだりマウント取ったり、流れを止めたせいじゃない?」
イヨのお悩み相談が終わると同時に離れていった姉や母と違い、ヒカリがまだまだ俺との会話を楽しみたいと絡んで来た。というか注意してきた。
「人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。これはそんな難しい話じゃない。二択を外しただけ。不幸な事故だ」
子供の自慢話に正しい対処法なんてない。
対等な立場で喧嘩上等夜露死苦で行くのか、保護者面して温かい言葉を投げ掛けるのか、へりくだるのか、あえて距離を置いて捕まえてごらんなさいするのか。
当人の気分次第で正解にも不正解にもなる。
さらに言うなら、正解だとしてもリアクションが過剰だったり少なかったりすると不満が生まれるし、トーク力の問題で嫌われることもある。逆に不正解だとしても上手く噛み合えば割と大丈夫。
基本的に対等か、上から目線にならない程度に褒めるかすれば上手くいくので、俺も普段通りからかい交じりにやったらたまたまイヨ達の求めてる反応とは違って、ノルン達に取られてしまっただけ。
「次は上手くいくよ。気にするだけ無駄無駄」
「でも失敗は失敗だよね?」
……まぁね。
素直に褒めりゃ良かった。俺にしか出来ないことをやろうとしたのが間違いだった。俺は好きなんだけどな、同じ目線に立って本気で向かってきてくれる兄ちゃん。アリシア姉とかそんな感じ。レオ兄は保護者面の方。
「あ~、それ、ルークが昔やってたぞ」
「ウソ!?」
「マジマジ。教師達を見返すために自分でそれ用の魔道具作ってな。それがタッチパネルの元祖だ。シャーペンとか高品質な紙も同時期に作り出したし、スゲーよ」
聞き耳を立てていたわけではないので詳しいことはわからないが、どうやらイヨが思いついた学校生活で役立つグッズなり技術なりは、既に俺が解決したものだったようだ。彼女がその魔道具の存在自体を知らないのか、ただ単に使いこなせていないだけなのかは不明。
それはそうと……自分のことでマウントを取るのはダメで、第三者が代わりにマウント取るのは大丈夫って、不公平だと思いませんか?
「てかアレじゃね。親友の親の親友っていう微妙な立場のノルンやサイと仲良くなる隙を窺ってたのかもな。俺に話し掛けながらさり気なく興味を引いて『へぇ~凄いね』と言われたタイミングで乗り換える。釣りと一緒。よくある手じゃん」
「それはあるかもね。イヨちゃんがココちゃん・チコちゃんの家に遊びに行ってる姿をよく見かけるけど、サイ君達と仲良くしてる姿は見たことないし」
ソーマファミリーの住居は商店の上。遊びに行くなら必然的にそこに勤めているノルンやサイと遭遇する機会は多い。
いつまでも「あ、どうも」じゃダメだ。そろそろ近所に住んでる兄ちゃん姉ちゃんぐらい仲良くなっておくべきだ。両親や保護者代わりのルナマリアも推奨していると思う。ここで「関わっちゃいけません!」とならないのがその証拠だ。
「ちなみにルークは危険人物に指定されてるみたいだよ」
「誰から!? どの層から!?」
「それは言えないよぉ~」
と、イヤらしい笑みを溢したヒカリは、わざとらしく「あっ、そう言えば!」と手を打ち、思い出したように前を歩いていたファイ達に声を掛けた。
「学生生活と言えばアリスちゃん達も高校生だけど、どう最近」
「「「…………」」」
エレベーターでは別パーティを組んでいたエリオット氏含め、6人がゆっくりと振り返る。
心なしか顔色が優れない者が数名。何かあったのだろうか。
「悪いな後回しにしちまって」
ヒカリの発言も気になりはするが、彼女がこういう笑いをする時は冗談や誇張表現なことが多いので、イヨを苛めたお返しだろと高を括ることにした俺は、学生生活の話を聞いて懐かしくなったという自然な流れでファイ達との交流に移った。
やはり世の中待っているだけではダメだ。俺達もイヨを見習って自分から動かなければ。
子供の人生相談を蔑ろにしてまで話すようなことではなかったので譲ってもらったが、元々先約していたのは彼等だ。懐かしく思ったのも事実。
一石二鳥だ。一部の隙も無い。
「いいや、隙だらけだね」
「どこが?」
「イブ=オラトリオ=セイルーン第4王女やバルダルの名家の長男、ゼファールの天才科学者、エルフ族が同行してることを隠してたじゃないか。よくわからない人(?)も多い。見た目で判断したりはしないけど一言ぐらいあっても良かったんじゃないかな? まさか王城に連れていかれたりしないだろうね?」
周りのメンツを見渡して呆れながら言うファイ。イブからは視線を逸らしている気がする。おそらく気のせいではない。
「別におかしいことじゃないだろ。お前等全員トラブルが起きる前提で動いてたんだろ。俺が何か騒動を巻き起こすって信じてたんだろ。なら顔や名前を知られたくない有名人が正体隠すのは当然じゃないか」
リニア開発に関わった3人は全員が有名人。今回のことで功績もある。各企業や貴族が喉から手が出るほど欲しい人材だろう。知り合いになれるだけで大きい。
エルフ族は言わずもがな。ミドリやエリートは知らん。
「先に言っとけってのも無理な相談だな」
今の今まで帽子やメガネで変装していたのだが、アホ貴族とのゴタゴタも片付き大移動が始まったのでもうトラブルも起きないだろうと解除したところ、今度はそこでようやく彼等の正体に気付いた連中が動揺。
ファイの意見はもっともだが、正体を知った一同は口数が減る・落ち着きがなくなる・ヒソヒソ話が増えるなど、あからさま過ぎて絶対にバレる。
高校生組で喋ったのはファイとアリスだけ。他はまるで他者との交流を拒絶するように無言を貫いている。
「よくわからないけどごめんなさい」
「「「――っ!!」」」
責任を感じたイブがペコリと頭を下げる。と同時に動揺が広がる。
「いやいや、イブが謝ることじゃないって。ロア商会の凄さと人脈の広さを侮ってた連中が悪いんだって」
すかさずフォローを入れる。
そもそも想定外の参加者と言っているが、まさか大規模イベントでちょっとだけ絡んだだけで、道端でばったり会っても挨拶されない&出来ない間柄とでも思っていたのだろうか? 交流があることすら聞いていないのかも。
俺の婚約も何かの手違いとか、ロア商会の力を取り込むための政略結婚で別に仲良くはないと思ってるとか。
でなければ有名人がひょっこり現れただけでここまで動揺する理由がない。
「お前等そういうとこから差別が生まれるってわかれよ。全員平等なんてあり得ないぞ。高校だってそうだろ。まさか貴族じゃないからって見下したりしてないだろうな。そんな態度を取ってたらお兄さん不安になるぞ。
良いじゃないか、王女や天才や最強種や魔獣が一般人に混じってたって。偶然王族と同じ馬車に乗り合わせることだってあるだろうよ。エルフが用を足した直後のトイレに入ることだってあるだろうよ。露店で売られてるエロ本が魔獣の御下がりなこともあるだろうよ」
「「「それはない」」」
いやあるよ。
あるけど多方面から怒られそうなのでこの辺にしておくよ。
そこら中から殺意の波動が飛んできてるよ。
「ワタクシ達はともかく、交流したことのないエリオットやピートさん、ベアトリスさんが動揺してしまうのは無理のないことだと言っているのですわ。辺りを飛び交うドッキリワードの数々。黙りこくるのも無理ありませんわ」
「なるほど。つまり家族で風俗街を歩いてるようなものってわけだな。店から出てきたホクホク顔の男や、入る前の血走った目の男、歩いてる女性が就労者かもしれなくてドキドキが止まらないんだな。興味津々だけど話し掛けられないんだな」
「不敬罪で捕まりなさい」
「無実の罪で裁こうとするな。性欲は生物に備わった基本的欲求の1つだ。貴族や王族や上位種や家族をそれに例えるのは悪いことじゃない。第一わかりやすかっただろ」
謂れのない批難を浴びたことに苦言を呈したところで、改めて、
「とにかくみんな仲間です。受け入れましょう。普通に接しましょう。イブだって、リニアモーターカーの製作が一段落したから次のやりたいことを探すついでに一般的な学生の生活を調査しようってだけ。必要なものを作ってやるって言ってるんだ。感謝こそすれ怯える理由なんてないだろ」
「王族が無言で話題提供を求めるのは立派な脅迫ですわよ!!」
アリスがいつもの調子でツッコむ度に周りがビクつく。
今回に至っては立派な不敬罪だし。
イブはそんな小さなことを気にする子じゃないから大丈夫だけど。
「まぁアリス達の言い分にも一理あるな。というわけだからまずはイブから語っておやりなさい。最近何やってたんだ? リニア製作を頑張ってたのは誰でもわかるからそれ以外で。寝る前とか」
実は俺も気になってたりして。




