千二百五十三話 初夏の旅路1
「じゅぎょーについていけない……」
良く言えば気持ちを切り替えて、悪く言えば臭い物に蓋をして、仲間達との旅行を楽しむことにした俺が最初に関わったのは、子供チーム。
小学生の遠足のごとく仲良しグループに分かれて王都までの長い道のりを歩いていると、こういう状況に慣れている……少なくとも魔獣蔓延る外界を友達と散歩することが日常のイヨが、数十人での大移動に早々に飽きて私生活の愚痴をこぼし始めた。
飽きたとは一言も言っていないがたぶんそうだ。
じゃなきゃ周りの人達の楽しそうな空気を乱してまでそんなことを言うわけがない。構ってちゃん特有の『わたし楽しくないから別のことしよ』だ。全員が楽しめる方法を探しているとも言えるが、大抵は失敗に終わるやつだ。裏で「あのまま続けたかったね~」って言われるやつだ。
断じて俺が学校生活について尋ねたからではない。
「100%おにぃのせいだよね」
「イヨちゃんはあきてない」
「ココ、チコ、それは違うぞ。百歩譲って俺に責任があったとしても乗ってきたイヨも悪い。最近どうよなんて話の切り出しの常套句だし、暇なら話し相手になってくれって意味じゃないか。嫌なら『今は旅を楽しみたいから邪魔しないで』って断れば良いんだ。旅を楽しむか人生相談するか。どっちを選ぶか決定権はイヨにあった。そうだろ?」
「イヨさんは悪くありませんわ! 彼女の言動はすべてにおいて肯定されるのです! 話を振ったルークさんには、イヨさんはもちろん一心同体と言っても過言ではないワタクシ達を楽しませる義務と、それによって不利益を被った場合に解決する義務がありますわ!」
「はぁ……ルイーズ、お前さぁ」
抗議してきた連中を正論パンチに見せかけた話題すり替えで蹴散らしていると、常識やモラルを一切受け付けないイヨ信者が平然と無効化。
ツッコミ所が多過ぎてスルーしたくなるが、このまま蝶よ花よと甘やかされて育ったら狂った価値観の信者になりかねないので、嫌だし怖いが触れておこう。
「このような空気にしたことも罪ですが謝罪は結構ですわ。次回から気を付けてください。そんなことより早々に質疑応答に入ってくださいませ。イヨさんがお待ちですわよ」
あ~、これは無理だわ。彼女の世界はイヨを中心に回ってる。もう手遅れだ。彼女を主役にしない話、主役だとしても否定的な話は全部ダメとかどうしろっちゅーねん。
イヨもイヨで仲間を得て満足気な顔してるし。
イヨが自らの責任を受け入れてルイーズの考え方を否定したらどうなるのか気になりはするが、「ワタクシのイヨさんはそんなこと言わない!」とか言い出して自分の思い通りになる妄想世界に籠ったら怖いし、恨み辛みがこちらに向くのも嫌なので、好奇心は捨てて放置安定。
これが大人だったらどうしようもないが、成長や変化の余地が残されている彼女なら、きっといつか自分でその異常さに気付いてくれるはずだ。
イヨも、本当の味方は自分を叱ってくれる者ということに気付いてくれるはずだ。
(そうやって皆さんが放置した結果ロクでもない大人が生まれるんですけどね~。社会経験を積むことで改善されるなら『老害』なんて言葉は存在しませ~ん。大人だろうと子供だろうと成長しない人はしないんですよ~)
(つまり何か? お前は今改善しろって言ってんのか? 俺にアレを何とかしろって?)
(それを決めるのは先駆者である皆さんです~。1つ言わせてもらうなら後悔のないように~)
他愛のない雑談の最中に突然大人の責任を自覚させてくる精霊王様。そこに痺れる憧れるぅ。
まぁ子供の頃の好き嫌いなんて乙女心ぐらい様変わりするから、ルイーズに関してはもうしばらく様子見させていただくけどな。
いよいよになったら彼女の親御さんと相談して何とかする……かも。俺もあんまり人のこと言えないしな。ケモケモハァハァしてるしな。
「学校好きって言ってなかったか?」
未来予想図をコンマ数秒で描いた俺は、凶信者から指摘される前にイヨの相談に真摯に対応することに。
基礎学校の初年度なんてこれまでの人生で培った常識の範囲のことしか教えない。もし知らないことがあったとしても授業を聞いているだけでなんとかなる。
彼女のアホは、常識に囚われない思考で道を外れていくことによるもので、知能が劣っているわけではないのだ。知れることが多過ぎるだけなのだ。
さしずめ千里眼を手に入れた子供と言ったところか。
授業についていけない唯一の原因、学生生活が苦痛で現実逃避している可能性を考えて心変わりしたのか尋ねると、彼女は首をプルプルと横に振り、
「べんきょーが面白いなんて言ったことないわよ」
「あ~、好きなのはあくまでも学校の雰囲気やクラスメイトとの楽しいやり取りで、勉強は面白くないから自分の意志で放棄してるってわけか。だから授業についていけない」
「きゅーくつな部屋に何時間もとじこめられて、面白くない話を聞かされるなんて、全然面白くないわ。キョーヨーされてるみたいでつまらないのよ」
気持ちはわかる。というより大半の学生が彼女と同じだろう。放棄出来るかどうかの違い。
周りの大人が放任主義で、周りからどう思われても気にせず、怒られても『将来使わないから』以外の理由を言えるイヨだから出来ることではある。
「おにぃ。イヨちゃんはちゃんとした理由なんて言ってないよ。先生が『まぁエルフだし仕方ないかな』って怒らないだけ」
「生徒を区別するような教師はぶっ飛ばして良し。イヨは嫌がるだろうが俺が許可する。次、注意しなかったらルナマリアに言え。闇に葬り去ってくれるから」
「わかった! 校長先生に言うね!」
ルナマリアのガチさを理解している少女だった。
察しの良いガキは好きだよ。
まぁその辺は後日何とかするとして、今は根本的な部分の解決をしよう。
「イヨが面白くないと感じるのは当然だな。なにせ学校の方針がおかしい」
「……? どゆこと?」
「学校で教えるのは『将来に役立つ勉強』であって『勉強の楽しさ』じゃないってこと。何にでもなれるように、周りに迷惑を掛けないように、偉い人達が定めた範囲の知識と常識をとにかく詰め込むのが学校教育だ。
答えに辿り着くための道は色々あるなんて教えない。答えが1つかどうかなんて命題も与えない。将来一番使えそうな道を1つだけ教える。それを何度も繰り返す。途中でやり方を忘れようが諦めようがとにかく一律に教える。
自分達が教えたことが正しくて、他のことは間違いだと、洗脳と拷問を繰り返すんだ」
「せんのーとごうもん!?」
周りもやってるから、将来のためだから、と言いながらテストや入試といった方法で習得状況を調べたり周りと比べさせたり、子供達に勉強しなければならない強迫観念を植え付けながら自分達に与えられたノルマをこなす。
誰が悪いわけでもない。全部自分のため。
――という言い訳で好き放題やる。強要はしない。勝手に周りと比較して、劣等感や優越感を抱いて、しなければならない状況を作るだけ。出来て当たり前。出来なければ怒られる。そういう環境が自然と構築される。
これが洗脳や拷問でないとしたら一体何なんだ。
「でも学ぶ楽しさはあるよ?」
「ココ、それは違うな。教師や大人達からそう思わされてるだけだよ。楽しいってことを否定するつもりはないけど、俺はちょっとやり方を変えるだけでそれ以上の楽しさがあると思うぞ」
俺は歩みを止めることなく、空中に書いた文字が使用者と一緒に移動する、フィーネ特製の謎ペンを用いて説明を開始。
科目や内容は若干違うが、日本の小学6年生と基礎学校5年生で1年間の学習時間はほぼ同じなので、代用させていただいて……。
国語・算数が175回、社会・理科が105回、外来語が70回。
授業は1回45分なのでこの基礎5科目を計算すると、国語・算数が131時間、社会・理科が78時間、外来語が52時間となる。
1ヶ月あたり10~7時間程度だが、これを30時間でクリア出来るRPGに換算すると1ヶ月あたり2時間30分。月に10回プレイするなら1回あたり15分。それを5つ同時進行。
そんなやり方で楽しめるわけがないし、内容を覚えているわけがない。絶対キャラクター相関図がゴチャゴチャになる。
1年間続けてクリア時に泣けるか? 翌年は覚えてるのを前提に2をプレイするけど大丈夫か? 俺は無理だ。楽しめない自信がある。
じゃあどうするのか。
楽しみたいヤツは好きなゲーム以外を捨てるし、何も考えないヤツは言われるがままに高得点を狙う機械になるし、結局どっちも『勉強が嫌い』になる。ごく稀にそれでも楽しめるってヤツも居るが彼女達は違うと思う。
イヨは前者、無自覚だがココ達は後者だ。
日本もだが、アルディアでも幼い頃に進むべき道を決めることは良しとされておらず、基礎学校の勉強ぐらい全部身につけておけというのが一般的な考え方だ。
仮に将来その道に進んだとしても続編でRPGが作られるとは限らない。リズムゲームになったり、シューティングゲームになったり、思っていたのと違って挫折することがある。
そうなったら『好き』がわからなくなる。
それが今の……いや昔からの子供の育ち方だ。
大人が学ぶ楽しさを教えたり、子供が自分からそのゲームの面白さに気付いてやり込めれば良いが、教えるべき人間もそうやって育ったし意識の高い子供も少ない。
「俺は最低限やれれば良いと思うけどな。本気で学ぶのは大人になってから。気になったPVを見て、やってみて、続けるかどうかは自分が決める。期限とか評価とか気にせずにやった方が絶対楽しいだろ? 出来て当たり前より出来たら凄いって言われる方が良いだろ?」
「ぴ、ぴぃぶい……?」
「プロモーションビデオ。作品とか授業内容とか端的にわかりやすくまとめた映像のことだよ。あんま深く考えるな。知恵熱出るぞ」
そこは本題ではないので、頭の上からブスブスと黒い煙を出しているイヨを鎮め、話を進める。
「要するに、教える内容が決められてる先生達に無理させずに、大人になって時間が余ってから気になったものを学ぼうってことだね」
「そゆこと。生きてれば色んな知識が蓄えられるしな。それを使ってリベンジよ。強くてニューゲームよ」
まぁ美味しいところをヒカリに取られたけどな。
「根本的解決になってないけどルーク的に改善案とかあるの?」
「あるある。一通りの流れを教えて反復練習させるべきだな。足し算だけじゃなくて四則計算を。分数だけじゃなくて二次関数を。何時間も狂ったように同じことを繰り返すんじゃない。関係付けて覚えさせるんだ。
次のエリアに進むために敵を100体倒すより、次やその次のエリアまで進めさせて、クエストとして『○○を×体倒せ』『○○が落とす△△を3個』『○○が落とすレアドロップ求む』って方が絶対楽しいだろ。進むっていう目的のためだけに脳死プレイより明確な目的があった方が達成感あるだろ」
「ルーク……ココちゃん達、1年生だよ……」
そうでした。
基礎すらわからないって言われたら……どうすっかな。




