千二百四十九話 エレベーターの乱3
「それにしても久しぶりだな。元気だったか? 最近どうだ? 何か面白いことあった?」
俺と一緒にエレベーターに乗ったら面倒事に巻き込まれたり異世界に飛ばされるなどという根も葉もない噂を信じて心を乱していた高校生達を、楽しくもタメになるトークをもって平常運転に戻し、改めて知人・友人との交流を楽しむことに。
親戚のおじさんみたいな切り出し方だが仕方ない。
会話の基本は意見交換。知らないことを教えてもらい、それに共感したり否定したり自分の経験談を織り交ぜたり、現状を把握しながら話を広げていくためにはこれがベストなのだ。
主導権を相手に握らせているので初手で地雷を踏むことはないし、途中で踏んだとしても話を戻せば大抵の場合は何とかなる。肯定姿勢ならそれも回避出来る。
テキトーに共感していたら「よく知りもしないクセにわかったようなフリしないでよ!」と怒られるかもしれないが、それはもう知らん。持ち前のコミュ力で何とかしろ。俺なら話題を逸らす。地雷原からは逃げるべきだ。
「別に。普段通りだよ」
「なるほど。ファイは爆笑1人漫談がしたいんだな。だから親友との他愛のない雑談をぶった切ったんだな。よしやれ。今すぐここに居る全員を湧かせてみろ」
質問への返答に『何でもいい』『知らない』『普通』を使ってはならないなんて、子供でも知ってる社会の常識だ。
こっちはその普段通りの詳細を教えろって言ってんだよ。「○○についでどう思う?」って聞いてんのになんで「そうだな~、××は~」って言ってるようなもんだぞ。会話が成立してないんだよ。
自分は面白かったけど他人がどうかわからないから言わない方が良いとか思っているのもアウトだ。それはただの杞憂でしかない。自分から言うのは難しくても聞かれたなら言わないとダメだ。
面白いことが無いのは論外。人生楽しめてない証拠。どんな小さなことでも良いから『楽しい』を見つけろ。
ちょっとしたいざこざで大惨事になる貴族社会で生きてきたファイがそんな初歩的な話術を知らないはずがないので、俺に喧嘩を売っているか、他にやりたいことがあるか、あるいはその両方かは知らないが、わざとと思って良いだろう。
「会話の切り出し方としては正しいけどタイミングは間違ってるよ。僕等の話したいことは1分やそこらで語り尽くせるものじゃない。ここで中途半端にするよりは、王都までの道中や1000年祭の散策中にゆっくりした方が良いと思ったんだよ」
「……到着してから続ければ良くね? 何往復もするから待ち時間結構あるぞ?」
「トラブルが待ってるから無理だよ」
「断言された!?」
エレベーターを降りたら会話終了という訳のわからない条件を突きつけてきたファイに苦言を呈すも、逆に俺が訳のわからないことを言ったかのようなハテナ顔をされてしまった。
他の面々も移動時に転移しないことがすべてだったらしく、人間に絡まれるなら問題ないと言わんばかりの様子で佇んでいる。
「今出来るのはエリオットの話かな」
「そして無視して話進められた!?」
ま、まぁ、どうしても近況報告が必要だったわけでもないし、話したいことがあるというなら聞こうか。友人の友人(?)の話ではあるし、流れでファイ達の高校生活について聞けるかもしれない。
「で、エリオットって誰?」
「ワタクシの従者ですわ」
「あ~なんか居たかも、そんなヤツ。一度挨拶されたような気がするわ」
記憶の片隅にあるアリスの立ち姿。ツインドリルの後ろに隠れるようにぼんやりと執事服を身に纏った男の姿が浮かぶ。
たぶんあれがエリオットだ。従者なんだから一歩引いたところに立ってるだろうし。顔とかは全然覚えてない。道端で挨拶されたら「あ、どうも」って返す。
「たしかに自己紹介という意味での挨拶は一度ですけど、ワタクシが知っている限り三度は会っていますわよ。本人不在でも話題として何度も出ていますわ」
「人生で出会ったヤツを全員覚えてる人間なんて居ない。俺にとってエリオットはその程度の存在だったってだけだ。記憶に残るようなことをしない方が悪い」
「責めてませんわ」
「俺も言い訳してねえし」
この勝負は引き分けだな。
どちらも攻め手に欠ける。
「そいつがどうかしたのか? もしかしてこの旅行に参加してた? 全然気付かなかったんだけど。参加する予定だったけど何かあって不参加だったとか?」
ファイが1分という短い時間で終わる話題として出した以上、大したことはないが一応伝えておきたい程度のものなのだろうが。
「参加はしていましたわ」
「ならエレベーターには乗らなかったのはホワィ?」
「彼はルークのことを目の敵にしてますの。主の傍に居るより、ルークと一緒の空間に居ないことを選ぶほどに」
「マジで!?」
答えたのはファイではなくシィ。
彼女の方から絡んで来る時は嫌がらせというか批難されることが多い(というか100%?)なので、口を開いた瞬間身構えたのだが、案の定だった。
「え……な、なんで? やっぱアリスを振ったから? それともその後の対応に苦労したから? 気にしてないように見えて実はメチャクチャ荒れてたとか?」
「ち、違いますわ! シィさん! 変なこと言わないでください! エリオットは空気を読んで辞退したんです!」
慌てる理由の半分は事実だからという格言があったようななかったような気がするが、もう半分が誤解されたことによるものなので、どちらかわからないアリスについては考えないことにしよう。
今、気にするべきは、彼女達の発言内容だ。
「なんで空気を読んだら辞退するなんてことになるんだよ? 俺以外が高校生組になって仲間外れになるとか? 自分達しかわからない話題で盛り上がって愛想笑い浮かべ続ける3分間になるかもしれないとか?」
「「「それはない(ですわ)」」」
口に出しておいてなんだが俺もそう思う。
例え自分が入れない話題でも興味さえあればどうとでもなる。絶妙なタイミングで「なんだそれ?」と知りたさを前面に押し出して言うだけの簡単なお仕事よ。
「彼はいつも一歩引いたところに居るから仕方ないんだけど、ルークがボクとアリスとシィとピートとベアトリスの5人だけだと勘違いして、名乗り出るか迷ってるうちに自分の代わりに荷物が乗ることになっていたんだ」
「あ~そういうね」
あるある。一度タイミング逃したら名乗り出づらいよな。こっちから誘うのもなんか違うし、譲り合いでゴチャゴチャしたり微妙な空気になるぐらいなら、スッパリキッパリ諦めるよな。じゃあ別で行くわってなるよな。
「トラブルに巻き込まれた時に後から助けに入る人材が必要と思ったとも言ってたですの」
うんうん。大事だよね。フィーネ達が居るけど、よく知らない連中を頼るのも違うしね。
てかやっぱみんなトラブルが起きることは確定だと思ってるのね。
まぁ俺も起きると思う。
だって、駆け上がり選手権の審判としてゴールで待ってなきゃいけないユキの姿が無くて、その代わりに成金貴族のデブがニーナ達に絡んでるもん。




