千二百四十七話 エレベーターの乱1
車両基地は、製造と運行計画以外の地下鉄に関するすべてを司る施設だ。
ここ『王都車両基地』で言えば、全長2.2km、幅190mの広大な敷地に大きく分けてリニア・鉄道・地上の3つの階層があり、燃料の補充や大がかりな清掃、車両の保管、各社の工場から送ってもらった部品による車両修理やレール整備、メインではないが荷物の積み下ろしなどをおこなっている……いや、おこなう予定。
完成した直後にリニアにはどれも必要ないものだ。燃料の補充なんてそもそも必要としない。車内販売の商品すら爆売れしない限り1日1回で良い。鉄道は未完成。
つまりまだ機能していない。
ただ建設工事はおこなわれているので人々はバタバタしているし、リニア用の下階層と鉄道用の上階層、他にもビルのようにそこら中にちょっとした階層が存在し、常にどこかしらを見慣れる重機や物体が行き来しているので、吹き抜けはどこを見ても面白い。
まるで巨大なアリの巣だ。
しかし俺達にはやるべきことがある。行くべきところがある。
早々に立ち去ろうとするも、当然のようにもっと見たいと駄々をこねる者達が現れ、これ以上ここに居たくない……もとい1000年祭を少しでも長く楽しみたい派閥によって鎮静化され、不満だらけの中でアトラクション大会の開催が決定。
ジャンプ力や壁登りに自信のある連中が、最下層から約60mのクライミングに挑戦することとなった。
普通なら工事現場や作業現場で遊ぶなど言語道断なのだが、迷惑を掛けないことを大前提としている上、一部の者達はハンデとして搬送を手伝い、地に足を付けていては見つけられない不備を探す宝探しも並行しておこなうというので、認めざるを得なかった。
何より責任者が許可を出している。むしろ開催を熱望している。
若干怯えているのが気になるところだが、人数制限の関係で参加を断られた俺がそれ以上何か言ってもひがみでしかないので、素直に応援しておこう。
「口に出さないだけで顔は『それならそうと先に言っとけよ。俺にもワンチャンあったじゃん。物質や魔道具のチェックとか俺より適任なヤツ居ないじゃん』って言ってますけどね~」
「おいおい、ユキさんよ。勝手に人の気持ち解釈するんじゃないよ。雰囲気で決めつけるんじゃないよ。文句の有無と実行に移すかどうかは別の問題だぞ。俺がどんな顔してようと応援するって言ってるだから、それを信じれば良いんだよ。表の気持ちと裏の気持ちが一緒なんてことの方が珍しいんだ。適度に流してけ。辛くなるのは自分だぞ」
「私は他者に疑心を植え付けるのが楽しいので大丈夫ですよ~」
「最悪だな。人の不幸は蜜の味と思ってるヤツは滅びろ」
「そして一緒に悩んで、解決して、人として成長させてあげるんです~。決めつけの先には円満か決別しかありませんけど、私が手を貸せばどちらでも幸せになれるルートが生まれるんです~」
「…………」
ユキの教育論を、怒るべきなのか、褒めるべきなのか、加減するよう言うべきなのか、俺にはわからなかった。
取り敢えずそこに俺を入れないのは違う。疑心を植え付けただけで終わるのはダメです。ちゃんと有言実行してください。
「私が植え付ける前に自分自身で疑心を抱く、または決めつけていた場合はノーカンです~」
「みんな!?」
俺が周囲に目を向けるより早く全員が顔を背けた。
もしかしたら俺は偏見によるイジメを受けているのかもしれない。
「位置について~、よーい、ドーン!」
ユキが作業音に負けない声量でスタートの合図がおこなうと、参加者達は一斉に地上に向かって駆け出していった。
壁を垂直に駆け上がる者、縦横無尽に行き交うコンテナやアームを乗り継ぐ者、他にも空中に足場を生み出したりロープで立体起動したり各々の方法で上を目指す。
これが周りの参加者達を押しのけながら前に進むレース(実質障害物レース)なら怒号が鳴り響いていただろうが、瞬発力勝負かつ迷惑を掛けたら即失格なので、皆その力をすべて足や握力に割いている。
「んじゃあ俺達も行くか」
そんな一同を下・横・上のどこから見るのが良いのかはわからないが、俺達も彼等の目指すゴールへ向かう必要があり、エレベーターより早いことが前提みたいなところがあるので、早々に移動するとしよう。
あまり待たせては悪い。
「……誰か乗れよ」
意欲を見せた手前、真っ先にエレベーターに乗り込んだのだが、40人近くいる知人達は誰も後に続かない。
2人組を作っての逆バージョンだ。飲食店で空いてるテーブルに座ったら急に混んできて、どんどん相席が増えるのに自分のところだけ誰も来ないやつだ。
「アタシ等、エレベーターって乗り物に慣れてないし……」
「ルークと一緒だと何か起きそうだし……」
真っ先に反応したのは近くに立っていたノルン&ソーマの商店コンビ。
ここにサイを入れた3人で居ることが多いが、今回アイツは駆け上がり選手権に参加しているため不在。ソーマも嫁や娘達が参加したため、同じ独り者であるフレンズと身を寄せ合っていた。
彼等の顔色から察するに、押し出されて嫌々ながらエレベーター付近に来たといったところか。決めつけは良くないけどたぶんそう。端的に言えば犠牲者。
まぁ反応した理由はどうあれそういう事情なら仕方がない。
ただでさえ慣れていない乗り物なのに工事現場の仮設なんて怖さ倍増だし、何度もトラブルに巻き込んでしまっているので忌避されるのも納得だ。
「じゃあレオ兄」
「残念。オリバーが結構ここを気に入ってるみたいでね。僕はシャルロッテさんとオリバーと一緒にエレベーターでゆっくり行くことにするよ」
と、レオ兄はベビーカーに乗った今年2歳になる愛息子に目を向ける。
オリバーの視線は、リニアモーターカーとそこから運び出される荷物、そして勝負中の知人達の間を行ったり来たりしている。当然笑顔。
これを止めさせるなんて俺には出来ない。
「パピー、マミー」
「折角の旅行なんだから家族より友達と過ごしなよ。僕もルークぐらいの頃はそうだったよ。僕等はレオ達と一緒に行くよ。人数的に丁度良いからね」
父さん、母さん、マリク、エル、レオ兄、シャルロッテさん、オリバー、そして旅行の荷物達。
目の前に停まっているエレベーターの積載量と丁度良い感じだ。
ガタイの良いマリクとオリバーでプラマイゼロに出来るし、今回の旅行に父さん達の友人は参加していないし、オリバーがここを気に入っているというのもホントっぽいし、このメンバーで後から行くという意見に反対するのは難しい。
荷物を誰かに預けて、その代わりに俺を入れるという提案も出来なくはないが、だったら友達で良いじゃんとなる。
流石の先読みだ。
伊達に生まれた時から貴族をしていない。
「「「…………」」」
その直後、狙いを定められたことを悟った元学友達が目を逸らした。同年代の友人達も目を逸らした。念のためなのか何なのかロア商会の連中も目を逸らした。
「洞窟とかこの施設の話とか詳しく聞きたいよな、ファイ」
「なんでボクなんだ!?」
何もしていないのに犯人に間違われた人間のような声を上げる元学友。肩を組んで逃げられなくしているのも大きそうだ。
「なら逆に問おう。俺と相席するのが嫌な理由を。そこで逃げようとしているアリスとシィ、彼等の高校のクラスメイトで俺も以前交流したことのあるピート=ベーカーとベアトリス=テイラーを入れて、友人6人。駆け上がり選手権に参加した連中の荷物を積めば完璧だぞ」
アリス達は他の連中に囲まれて身動きが取れずにいる。
俺の気のせいでなければ『良い生贄を見つけた。これで俺達は安泰だ』と言わんばかりの雰囲気だ。
「……トラブルが起きるから」
顔をしかめながら言葉を絞り出すファイ。
俺への配慮ではなく決定打に欠けるのをわかっているからだろう。
「説得力は皆無だな。俺はお前等をトラブルに巻き込んだことはない。つまり不安がられる理由がない。久しぶりだから話したいことも沢山あるし、聞きたいことも沢山ある」
「そ、それは……」
案の定ファイにそれ以上の言い分はなく、メンバーが決まろうとしていたところで、
「ワタクシは先日ルークさんにフラれましたわ! 気まずいですわ!」
今度はアリスが『死に物狂い』という言葉がピッタリ来る自傷特攻をおこなった。
これには一同も納得するしかないようで囲いが崩壊し始める。
「恋仲にならなかっただけで友達ではいようってなったじゃん。むしろ異性とかいう面倒な感情入り込まない本物の親友じゃん。あと先日とか言うけど3ヶ月近く経ってるし、忙しかったから会うのは久しぶりだけどだからこそ話す必要があるだろ」
「うっ……」
が、俺は容赦なく一蹴。
囲いはより強固なものに再構築された。
「生理的に無理ですの」
「やめて、シィ……純粋に傷付く発言するのは。知り合いになってから8年、なんだかんだ仲良くやってきたじゃん。キミの言葉は時々ナイフより切れ味あるんよ。そのことを自覚して。可能な限りで良いから周りの男子に優しくてあげて」
「……? これ以上どう優しくしろと?」
怖いよ~。将来の旦那と仲良くしてるだけで睨まれるとか怖すぎるよ~。それが許されるのは異性の場合だけだよ~。俺が泥棒猫になるわけないじゃん。
当然、シィの身勝手な主張は受け入れられず、トラブルに巻き込まれる……ではなく楽しい楽しいエレベーターの旅に選ばれたのは我が友、高校生チーム。
やったね! ラッキー! おめでとう!




