千二百四十三話 久しぶりの空気
「はぁ!」
「…………」
「ぬおりゃああ!」
「………………」
「モフモフモフモフ」
「「それは違う(よね)」」
自動改札も電光掲示板も店舗もない未完成と呼ぶに相応しい駅の最深部。
階段を222段上った先に広がる空洞よりは幾分か文明を感じるリニア乗り場で、俺は本当にプラズマを引き出す能力を失ったのかを調べるために、世界で一番過敏な反応を示すニーナに付与していた。
近くには、直接触れた方が良いかもしれないという正当な理由があって猫耳をモフった直後に、姉と共にツッコミを入れたヒカリだけ。
ワンチャンに賭けて彼女の猫耳も触れたのだがどちらも無反応。どうやら本当にプラズマと永遠の別れを迎えてしまったらしい。
「モフモフ……」
「言語能力を失ってもダメだよ。ウジウジしててもプラズマは戻って来ないよ。また使いたかったら取り戻す努力しなきゃ。ルークはやれば出来る子だよ」
聖母のような顔で励ましてくるヒカリ。その隣ではニーナがグッとガッツポーズを取っている。頑張れという意味だと思う。
嬉しいが俺の求めているものではない。
「え? 何の話? 俺は2人の耳を揉めなくなったことを悲しんでたんだけど?」
「そっち!? 傷付いた顔しとけば女は勝手に落ちてくれる、何とかしてくれると思ってるゴミ男みたいな理由だったの!?」
茶色のフワフワと黒色のツヤツヤを失った両手は、幸福の絶頂から失意のどん底に叩き落とされたような辛さがあった。
思わず慰めたくなるような空気感を出しておけば、その幸せを長く味わえるという打算的な考えがあったことは否定しないが、ただのスキンシップを勘繰られたり邪険にされるのは腹が立つ。
自然と俺の口調も厳しいものになる。
「いやいや。そこは『対応こそ冷めたかったが払い除けることなく揉みを受け入れていた』ってなるところじゃん。寂しさを紛らわさせてくれるところじゃん」
「それどころかわたし達が責められてる!?」
中ボス戦で親友が死んで自暴自棄になったパーティメンバー然り、卒業パーティで羽目を外す学生然り、何かを犠牲に事を成した人は多少の横暴なら許されるのです。
イッツミー。
ア~ンド、レッツゴー。
「はぁ……こんなことならわたしもココちゃん達と上に残ってれば良かったよ……」
実験は失敗ということで自分(俺?)を用済みと判断したヒカリは、攻勢に打って出た俺をアッサリと無力化。指を動かすことすら出来ない超絶サブミッションを決めながら後悔するように呟いた。
「女性とのくんずほぐれつに喜びつつ、目の前にぶら下がってる獣部分に触れられず絶望を感じるという、複雑な感情のダブルパンチに俺の精神はショート寸前なんだが、どうしてくれる?」
「脱ケモナーのリハビリだから我慢しなさい。犯罪者を更生させるためには、社会のルールを叩き込んで罪の意識を抱かせる必要があるの」
犯罪者より二次元好きに三次元の良さを知らしめるって方が近くね? 生身の女の素晴らしさを教える感じじゃね?
もしくはロリコン・ショタコンを……どうしたら良いかわからないからやっぱ無しで。
脱ロリショタってどうやるんだろうな。あいつ等ってたぶんプリプリの肌とか綺麗な体とか、言い方悪いけど経年劣化してない物に魅力を感じてるじゃん。純粋無垢なものを汚したいか守りたいかのどっちかじゃん。大人の異性の魅力とか説いても無駄じゃね? ゲーム嫌いな人に無理矢理やらせてどうなるっての? 無理に抑え込んだら将来自分の子供に手を出すよ?
――などという思考が一瞬で俺の頭の中を駆け巡ったが、口に出すとあらぬ誤解を受け、そこからトラブルが巻き起こりそうなので、黙っておくことにした。
そんなことより今は状況説明だ。
俺はロリコンじゃないから成人近いヒカリの肉体に興奮出来るし、目を瞑って感覚を彼女の胸とか股とか尻尾……じゃなくて尻に向けて、意識を獣部分から逸らして、戻そうとする意識を刈り取って、それも掻い潜った意識は未来のためのエネルギーとして貯蓄に回して、語り部に集中すれば、ほ~らこの通り。
「尻尾催眠」
(グハッ! め、目の前で……今、俺の目の前でニーナの尻尾が揺れているのを感じる……80デニールのタイツよりも極上な肌触りの、ある種胸や尻よりも魅力的なスンバラシイ物体が、風を切っているのを感じる!)
きっと目を開けた先には、『催眠術掛かるかな~、どうかな~』と挑戦的、挑発的なワクワクとした、しかし感情を表に出すのが苦手なせいで普段通り表情のないニーナの顔がある。
見たい。とても見たい。
でも見たら終わる。
語りとかどうでも良くなる。本当に催眠術に掛かったように彼女の尻尾から目を離せなくなる。王女争奪戦の時に勝るとも劣らない力を引き出してヒカリ共々ニャンコフェスティバルの参加者にさせる。
(やりたいことをしない人生って、やりたいことが出来ない世の中って、どうなんでしょうね)
(ユ、ユキ……)
悩み苦しむ俺に、救いの手を差し伸べるようにユキから念話が届く。
「お姉ちゃんパンツ見えてる。やるなとは言わないけど、わたし達が地べたに寝そべってるってことを考えて動いて」
「いやん」
「――っ!!」
さらに畳みかけるように猫姉妹の魅惑のトークが飛び交い出した。
猫耳や尻尾が素晴らしいのは言うまでもないことだが、それを引き立てるのはそこへ至るまでの過程。耳なら髪や首筋、尻尾なら尻や足も重要だ。それ等があって初めて100点満点を狙える。いくら部位が良くても過程がダメなら満点は取れない。
それが合わさった今、俺の答えは決まっ――。
「ってない! まだだ、まだ俺はやれる! 俺は主人公として語り部をしなきゃならないんだあああああッ!!」
「うわっ」
気合一閃。俺は目を瞑ったまま勢いよく立ち上がり、ヒカリの拘束を力業で振りほどいた。
これぞ主人公。
これぞ信念を持った語り部。
「私やりますよ?」
「え? ホント? じゃあお願いしようかな。俺はこの子達とニャンコフェスティバル開催しとくわ。終わったら声掛けて」
「了解で~す」
こうして俺は語り部というサブキャラがやる仕事をユキに任せ、主人公のあるべき姿『ヒロイン達とのイチャイチャ』を開始した。
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………じょ、冗談だって。ちゃんとやるって。
俺の周りには彼女達しか居ない。
今回の貸し切りのために知人を50人近く呼んだのだが、その大半がプラズマタイトで試すついでにリニア先頭にある機関部の点検をしているイブ達のところか、二度と見られないかもしれない工事現場の見学に行っているせいだ。
特に子供達(精神年齢含む)は、建築途中の店や工事中の歩道など、将来的に自慢話に出来そうなイベントに夢中らしい。
『ふふーん、ここって元々何もない小さな洞窟だったのよ! 洞窟と洞窟を繋げて、建物を作って、こんな立派な地下都市にしたんだから! 例えばそこの店って――』
と、ドヤ顔で友達に語っているイヨの姿が目に浮かぶ。
気持ちはわかるが、もっと見たいと駄々をこねて運行が遅れる可能性すらあるので、早めに呼び戻しておくとしよう。どうせリニアも見るって言い出すんだ。
「あ、私やりますよ」
「……お前、さては暇だな?」
役立つことにこんなに積極的なユキは見たことがない。
「というより追い出されたんじゃない? イブちゃん達は研究のこととなったら冗談を一切受け付けないし、リニアを初めて見る人達にとってもチョッカイ掛けてくるユキちゃんは邪魔な存在だろうし、工事現場は言わずもがな。流れに流れてここに辿り着いたんだよ、きっと」
「うわ~ん、ルクえも~ん。ヒカリアンが事実を述べて私のことをイジメるんだー。事実陳列罪として性的興奮が極限に達する禁断の精霊術を使って裁こうと思うんだけど良いよね~?」
「許可する」
「ダメに決まってるでしょ」
チィ……。




