閑話 エルフという種族
「人間って不思議だよね」
使者としての仕事を全うしたクララとフリーザは、愛娘への土産話&行きたいと言い出した時のための下見がてら、否が応にも目につく1000年祭の雰囲気だけでも味わうことに。
ルーク達と出会って3年。
幼馴染にして使えるべき主が交流していることを知って8年。
他種族との交流に消極的なエルフ族の中では、トップクラスに『人間』という実力もなく身勝手なのに何故か繁栄している謎生物に理解を示すようになってきたクララに説得されたフリーザも、大人しく付き合う。
「氷を生み出して、砕いて、味付けをするなんて、私達なら一瞬で出来る。でも人間は違う。凝固の維持も均一粉砕も出来ないからそのための道具も作らないといけない。味付けだって自然のものを使えば良いのにそれじゃあ面白くないからと自分達で作り出す。
そこにあるのは自分自身の楽しさや他者への奉仕じゃなくて、オリジナリティっていう名の手柄。他人を利用したり、貶めたり、争ったり、必要とは言い難い感情を抱きながら生計を立ててる。商売をしてる」
目の前で繰り広げられる祭り、そして手元のカキ氷を見つめて、クララが呟く。
2人が居るのは、地元民より浮足立った旅行客の姿が目立つ大通りの一画にあるオープンカフェ……の遥か彼方。王都を囲む巨大な防壁の上。
一般に開放されている観光スポットではなく、武装や魔道具が数多く存在する兵士のみが立ち入ることを許された周辺警戒のために作られた物見台の端。城で言うところのシャチホコポジションである。
そんな王都でも一二を争う一望スポットに腰掛けて、2人は他者の視覚情報を強制的に変換する魔術を使用してまで手に入れたお祭りグッズを興味深そうに眺める。
「絶対に譲りたくない信念と誇りがあるのかと言えばそうでもない。他に楽する方法が見つかれば躊躇なく乗り換える。好きだった物でもブームが去ったら使わなくなる、食べなくなる、作らなくなる。その苦労を楽しんでるわけでもない。それしかないから仕方なくやってるだけ。
恒久的なものじゃなくて刹那的なものを求め続ける。100年足らずの短い人生なのに『好き』が何度も入れ替わる。1つのことを極めようとせず飽きが来ないように新しいものを生み出し続ける。廃れるとわかっていながら作るし、どんなに良い物でも一番にしようとはしない。ウケるかどうかは他人次第。ほどほどに布教してダメならダメで受け入れる。諦めと挑戦が両立してる」
「その好奇心こそが千差万別な向上心を培うのだろう。同族を思いやり、過去を大切にし、変化を嫌う、俺様達との決定的な違いだ」
ポジティブとネガティブの感情を入り混じらせた言葉を発する妻に対し、フリーザは『自分はエルフの考え方の方が好きだ』と言わんばかりに苦笑する。
あまり肩入れし過ぎるなという忠告なのかもしれない。
「その青色の……ブルーハワイと言ったか? それも100年後には『ブルースカイ』や『ディープブルー』といった名称になっていそうだな」
「かもね。しかも味はそこまで変わらないの。染色方法をちょっと変えただけ。カキ氷も、より細かく砕ける魔道具や感触を変えられる術式が作られて、違うものになってるかもね。『雪氷』とか『スノーパウダー』とか」
「ふむ……先に俺様達が売り出すか? 大儲け出来るかもしれないぞ?」
「ふふっ。儲けてどうするの。人間の通貨なんて使い道ないじゃない。これだってユキさんがくれるって言うから買っただけでどうしても必要ってわけじゃないし」
クララは夫の妄言を笑いながら手元のお祭りグッズに目をやる。
その身1つで生きていける、どころか自然の中で暮らすことに喜びを感じる彼等が興味本位以外での外食や宿泊をするはずもなく、所持金はユキから貰った銀貨20枚のみ。
日本円にして約2万円。娯楽費と考えれば十分過ぎる金額である。そのうち使用したのは1/10。残りはイヨと来た時のためと里の者達への土産用だ。
金などなくても下見をすることは出来る。知り合いに頼めば物々交換することも出来る。商売などせずとも力さえあれば現金を手に入る方法などいくらでもある。
実際2人はそのつもりでいた。
「そんなお金イヨだって受け取らないよ。むしろ『なんで商品作ったの!? わたしがやるつもりだったのに!』って怒ると思う。商売に手を出すならの話だけどね。
先人の務めはお手本になること、そして残すこと。気まぐれに後世の楽しみを奪っちゃダメだよ」
「わかっている。言ってみただけだ。俺様には里での生活が合っている。今回の旅でよくわかった。今後もイヨには会いに来るつもりだが寄り道はしない」
「とか言ってる人ほど外に出たり外の物にハマったりするんだよね。イヨに会いに行くとか言い訳してさ。私に内緒でギャンブルやりに行ったら離婚だからね」
ギャンブルに限った話ではない。人間がハマるものの代表例として酒・女・賭け事という情報を得ているクララは、万が一の可能性を考えて例に出しただけだ。
まぁ競馬場を覗いた時にフリーザが思いのほか盛り上がっていたこともあるだろうが。他人から貰った金でなければ馬券を購入しそうな勢いだった。
「俺様は嘘をついたことはない。1000年も一緒に居るんだ。お前だってわかっているだろう」
「まぁね」
里の中でも特に歳が近いヘルガを入れた3人が幼馴染だ。
ルナマリアやフィーネとも年齢は近いのだが、立場や実力の違いから親友とは呼べない間柄である。2人の仲が良過ぎて間に入れなかったというのもある。
さらに言うなら『フィーネ大好きルナマリアからガンつけられたから』が正解だが、当事者達が表に出そうとしないので真実は闇の中である。
「それにしても1000年か~。長いよね~。キミも頑張ってるね~」
以前、ユキから聞いたセイルーン王国建国秘話に登場した、ベルフェゴール作の防壁。外側は幾度となく修繕されているが基礎部分は当時のままというのを、実際に触れて感じ取ったクララは、労うように尻の下のレンガを撫でる。
「彼等が里に来るまでは興味もなかったので知らなかったがな」
「まぁほぼ同い年って言っても『だから何?』って感じだしね。国なんていつ無くなっても不思議じゃないし、名産とかもさっき言ったみたいに気が付いたら無くなってるし」
数年に一度とは言え、王族の側近や門番をしている彼等が、里に足を踏み入れる人間のことを知らないわけがない。
ただセイルーンという国のことは何も知らなかった。
ルーク達がロア商会を作って、ルナマリアがヨシュアに来て、その様子を見に来るついでに調べて、ようやく判明した事実だ。
「初めてヨシュアに行った時に食べて感動したポップコーンが、2年も経たない内に多種多様になってて驚いたよ。私はエルフだから探しようはいくらでもあるけど、他の種族は当時の味を求めても絶対見つからないよ。あれ絶対困る人多いよ」
「同じ店ではダメなのか?」
「お店も時代に合わせて味変えたりするらしいよ。職人がいなくなって味が変わったり、利益とか生産量とかの問題で原材料が変わっちゃうこともあるって聞いた」
「つまりそれもまた希少価値というわけか」
「そ。だから食べたかったらレシピを覚えて自分で再現するしかないの。もしくは味が変わらない数年、数十年の内に一生分食べて満足するか」
「……むしろ恋しくならないか?」
「なるね。絶対。やっぱり人間って変わってるよ。好きな物が無くなっても平気なんてさ」
結局そこに行きつくらしい。
「私達、イヨが大人になるまで生きてられるかな~」
突然のシリアストーク。
「受け継いだ力を使いこなせるまでということなら無理だろうな。著しく変化しなくなる10年後なら……まぁ大丈夫だろう」
「結婚は?」
「無理だな。俺様の目の緑色のうちは認めん。力の継承とは関係なくお前がイヨの花嫁姿を見ることはない」
ただそれはあくまでも人間基準。死というものを受け入れている大人のエルフにとっては、好物の販売中止が決定した程度のものでしかない。悲しみも同様。
むしろどこまで行けるか、チキンレースや賭け事のように、ワクワク感すらある話題だ。
力の継承。
それは親から子へ、子から孫へ、代々受け継がれるエルフ族の命のバトン。命そのものと言っても良い。
受け継がなければ長生き出来るが、そこまでして生きる意味はなく、彼等にとっては後世の役立つことこそ至高。継承してこその人生なのだ。
そしてこの継承。父と母で渡す量や質に差が生まれる。
男性の場合は急激に老けたり実力が低下するだけだが、女性の場合は寿命も激減する。『無』と『時』の特殊五行によって生まれる前から繋がっている母と子は、継承によって吸い取られるエネルギーも桁違いなのだ。
まさに命のバトン。
継承しない場合の寿命が1000~1200歳であることを考えると、渡した直後とは言わずともクララが数年以内に亡くなる可能性は高い。
「私の方が長生きする可能性もあるんだけど」
「それも無理だな。俺様は追われるより追うタイプだ。自分が先に逝くなどあり得ん。イヨの結婚もお前に看取られることも許さん。共に死んでもらう」
「そう言えば告白の言葉もそんな感じだったような……」
「忘れるな。500年前とは言え人生を左右する重大な分岐点だぞ。そしてお前はそれでOKを出した。つまり俺は死ぬ前にお前を殺さなければならないということだ」
「はいはい……大人しく先に逝くからそんな物騒なこと言わないの……」
悲しむのは残された者の仕事。
逝く者は振り返らずにただ突っ走るだけだ。
「ま、イヨは1人でも大丈夫でしょ。ヘルガも居るし、神獣とか強者とかよくわからないコミュニティ作ってるし」
「やはりアイツに結婚は無理そうか?」
「無理だね。全然無理。最近はもっぱら魔道具。男なんて眼中になし。このまま独身貴族として自由気ままな人生送るんじゃないかな」
ロリエルフ、ヘルガ。
人生の墓場を経験しない数少ないエルフになりつつある。
「それだと結婚生活が楽しくないように聞こえるんだが……」
「まぁそこはケースバイケースってことで。人生は一度きり。どっちかしか選べないからね。どっちが幸せかなんてわからないよ。少なくとも私はフリーザと結婚出来て良かったと思ってるよ」
「俺もだ」
王都のどこかで『リア充爆発しろ!』という悲痛な叫びが炸裂したとかしなかったとか。
「ちなみにイヨが寂しくないようにもう1人子供をつくるという案もあるが?」
「……ありだね」
力で無理矢理受胎することは容易いが、子供を天からの授かりものとしているエルフ族は、成り行きに任せるのみ。
それ故に妊娠しにくい・させにくい彼等は数が少ないのだが……果たして。




