十四話 風呂に入りたいⅡ
「これさえあれば毎日お風呂に入れるようになるんだ! 今こそ決断の時! 我が家に入浴の文化をッ!」
風呂場の拡張と浴槽購入には両親の許可が必要不可欠。
アリシア姉との実験に成功して確信を持った俺は、家族全員が揃う夕食時を狙って二人に話を持ち掛けた。これならアリシア姉とレオ兄、そしてマリク達も興味を示すはず。戦いは数だ。
「そうは言っても高いのよ?」
「今のままじゃダメなのかい?」
しかし、父さん達はいくら力説しても渋い顔をするだけ。それどころか逆に俺を諦めさせようと疑問を投げかけてくる。
たしかに母さんの言うようにリフォームにはとんでもない費用が掛かる。DIY担当としてリフォーム関係の仕事も担っていたのでおおよその金額はわかるし、加工技術や運搬技術が未熟な世界ならその数十倍になるであろうことも想定できる。
そんなことをしてまで入浴するぐらいなら今のサウナで十分だ、という二人の言い分はもっともだ。
「え~? あれ面白いわよ~?」
「アリシア。これは面白い面白くないって次元の話じゃないの。黙ってなさい」
「僕はルークのやりたいことの邪魔はしたくないな~。これまでだって素晴らしいものを生み出してきてるわけだし」
「それは……そうだけど……」
アリシア姉もレオ兄も入浴経験のない子供には変わりないはずなのだが、歳の差なのか性格なのか、同じ主張でもまるで効果が違った。
片や、風呂の素晴らしさもそのために必要となる費用もその後の生活も、何もかも理解しておらず、意味のない感情論を繰り返す少女。
片や、過去の功績を元に見事としか言いようのない援護射撃を繰り出す少年。
しかしまだ弱い。落とすにあと一歩足りない。
(マリクとエルは完全に傍観者になっているし、やはり俺が何とかするしかないようだな……見てろよ、父さん達には風呂の素晴らしさをこれでもかってぐらい体験させてやる……!)
風呂と“アレ”のコンボで我が軍門に降るがいい! ハーッハッハッハ!!
「これよりオルブライト家お風呂計画を開始するっ!」
翌日。俺は協力者達の前で決起集会をおこなっていた。
メンバーは俺、レオ兄、アリシア姉、マリク、エルの五名。
朝早くから集まってくれた精鋭達である。
「じゃあマリク、腐らない木材を買ってきて、加工して、組んで、接着して、加熱鉄板組み込んだ浴槽作って」
「おうっ、任せろ! ……って出来るわけないだろ!? 俺は大工じゃねぇ。どちらかと言えば不器用だ」
チッ、使えない奴め……。
「まあ冗談はこのぐらいにしておいて、皆にはここに人が入れる穴を掘ってもらいたいんだ」
「なるほどね。ここにお風呂を作るわけか」
「さすがレオ兄、理解が早くて助かる。大きい石を敷き詰めて、小石と粘土で埋めて、水を入れて、加熱鉄板を起動させて、完成だ」
「ルーク様、ルーク様! それだと水漏れしませんか!」
「良い質問だ、エル。たぶんする。でもこれは風呂の手軽さと素晴らしさを体験してもらうためのものだから、数十分も持てばいいんだよ」
驚いたり喜んだり意気込んだり、望んだ通りのリアクションをする一同に感心しつつ補足説明していくと、大人達が『それぐらいなら……』と安堵の表情を浮かべた。
こんな寄せ集めの素人に職人技を求めるのは無理というものだ。なんなら過半数が子供だし。
「それに気に入ったらマリクが兵士達からお金集めて、本格的な浴槽買うでしょ」
「おう、もちろんだ! なにせ俺達が一番使うからな! がははっ」
豪快に笑うマリク。
さすがに露天風呂……というか仕切りすらない庭風呂を使い続ける気はない。
こうして始まった風呂作り。
俺の開始の合図と同時に、みんな一斉にシャベルを突き立てた。ザクッ、ザクッ、と訓練場の土を削る音が響く。さすが魔力持ち。全員掘る速度が尋常じゃない。
「ふんっ、ふんっ!」
「どりゃりゃりゃりゃあああ!」
マリクとアリシア姉は力任せに豪快に掘り進め、あっという間に深い穴を作るものの、形はデコボコ。
「ちょっと二人とも! 土砂がこっちまで飛んでるってば!」
被害を受けながらも弱々しく抗議するレオ兄は、水平器でも仕込んでいるかのように几帳面な穴を作っていく。
「えっさ、ほいさ」
一方エルは、穴掘りはさっさと切り上げ、無駄のない動きで土を外へ運び出していた。獣人らしい身体能力を生かしつつも、サポートに回れるあたり計画性がある……料理に関しては例外だが。
「マリクのとこ、ちょっと掘り過ぎてる。レオ兄はもうちょっと丸みを帯びさせて」
そして、筋力も魔力も足りない俺は、掘るよりも指示を飛ばすのが役目になり、気づけば完全に現場監督と化していた。
そしてわずか三時間で大人一人が余裕で入れる大穴が完成した。
「次はどうするんだっけ?」
「石を運んで敷き詰める」
掘った時に出た石、フィーネに頼んで取ってきてもらった石、庭を探せばありそうな石、いろんな石をかき集めてくる。大きい石はマリクとエルに任せて俺達子供組は小石と粘土集めだ。
「怪我するからってルークが除けた石がこんなところで役立つなんてねぇ」
「役に立とうが立たまいが運動するところの整備は毎回しておこうよ……マリク達もしてるじゃん」
「いろいろ使えて面白いのに」
そんなところまで実戦形式じゃなくていいだろ。
そして俺は途中離脱して石の配置指示に移る。パズルと魔道具づくりで慣れてるからな。
「ルーク様、さっきから楽してね?」
「してない。文句あるならマリクが設計しなよ。石の大きさとか形とか計算して少しでも水漏れがなくなるようにさ」
「んなもんテキトーでいいだろ。合わなきゃ砕けばいい」
ダメダメ、それじゃあサボれないじゃないか。
その後、大き目な石を敷き詰めるパズル大会を開き、隙間埋めで子供達の泥レスリングというマニアックな催しをし、庭の片隅に即席浴槽が爆誕した。
ゴクリ――。
頑丈さ、水漏れ、水の温度変化、加熱鉄板の不備などなど、完成した浴槽を入念に調べていると、どこからともなく息を飲む音が聞こえてきた。
そんなことをするのは、隠さなければならない部分をわかっているか、一生懸命に作り上げたものかのどちらか。
この中に前者が居るとは思いたくないので、皆が俺の評価が気になって仕方がないということにしておこう。
「……よし! 完成だよ! みんなお疲れ様!」
「「「わああああああああーーーっ!!」」」
そして、途中から(最初から?)指導者に祭り上げられた俺の確認と宣言によって、緊張から解き放たれた一同は沸いた。
やはりモノづくりは素晴らしい。
素人仕事なので色々気になるところはあるものの、わずか半日、しかも加熱鉄板以外はすべて自然から採取したものと考えれば十分過ぎる代物だ。石と粘土で固めた粗造りだが、立派に浴槽の形を成している。
これで父さんも母さんも洗脳……いやいや、誘導……違う違う。俺の話に耳を傾けてくれるはずだ。
「ありがとうアリシア姉。助かったよ。漏れしないように石や泥を敷き詰める作業、すごく上手だった」
「ふふん! こんなのジグソーパズルをやってる私には楽勝よ!」
言うまでもなく俺に対する感謝や褒め言葉はない。受け取るだけだ。しかもこれがお世辞だったら俺は殴られていた。ハイリスクノーリターンだ。
まぁ今回は本当に上手かったわけだが。
「お湯は私に任せて!」
唯一の加熱経験者のアリシア姉が得意げに魔力を注入すると、鉄板が唸りを上げ、湯気が少しずつ立ち上り始める。
「わあ……湯気が出てきた!」
「凄いです! ほんとにお湯になってます!」
レオ兄とエルが顔を近づけて驚きの声を上げる。俺も思わずニヤリ。
「熱っ……でも気持ちいいな!」
マリクが指先を突っ込んで顔を綻ばせると、全員のテンションが跳ね上がった。
入れ物が完成したということは、次にやるべきことは一つだ。
「さ~て、それじゃあ誰から入るか決めようかぁ~」
チラッ――。
「お、俺はこいつ等の訓練があるから後で入らせてもらうわ」
「わ、私はご飯の支度が……」
トップバッター争奪戦が始まった瞬間マリクとエルは辞退。すごすごと退散していった。
アリシア姉とレオ兄、もしかしたら俺も訴えかけるような目をしていた可能性は否定できない。
貯水ボックが使えない代わりに、水はマリク達が溜めてくれたのでそこは感謝するとして。アリシア姉はその時からパシャパシャと無邪気に水遊びをしていたし、レオ兄はお湯になるところを初めて見るということで興味深そうに眺め、やはり時々アリシア姉のようにパシャパシャパシャパシャ。
他にも働いたことによる喉の渇きと空腹を訴えたり、大人達に「手伝ってくれてありがとう!」と感謝の気持ちを伝えたり、「この後に訓練なんて大変ね!」とエールを送ったり……。
(うん、確信犯だ)
あぁ、なんという出来レース。
第一陣のメンバーは最初から決まっていたのだ。
「「うわあああぁ~~!!」」
大人にとっての風呂は、子供にとってのプール。
初めてプールに来た時はテンション高く飛び込まなければならないという法律がある。
俺とアリシア姉はもちろん、思春期間近なレオ兄ですら兄弟しかいない状況で恥じらうことはなく、勢いよく服を脱ぎ去り三人同時ダイブした。
「言っておくけど二人とも人前でこんなことしたら怒られるからね。許されるのは今回だけだから。できれば僕がこんなことしたのも内緒にしてもらえると嬉しい」
「感想言う前に忠告!? そして保身!? 真面目か! レオ兄、真面目クンか!」
「そういうルークだってツッコミ入れてるじゃないか……」
「こ、これから感想言おうと思ってたんだよ」
久しぶりに入るアツアツのお風呂。体全体にジンワリと行きわたる熱。血流が滝のように全身を駆け巡るこの感覚。しかもそれは汗水たらして自分で作ったもので、ゴツゴツした石ですら露天風呂の魅力を引き立たせる要因の1つでしかなくて、達成感と開放感がむしろ……。
(最高ぉぉ~~~)
思わず「うへぇ~」なんて幼児らしからぬ溜息が漏れても仕方のないことだろう。
「二人はどうよ? 熱々の湯に入るって最高じゃない?」
個人的には大満足だが、初めての入浴はどうなのだろうとアリシア姉とレオ兄の反応を見る。
レオ兄は保身を図るほど無感動で、アリシア姉はさきほどから一言も発していない。気遣いを知らない彼女は『普通』『別に』『明日からはいいわ』など酷評しても不思議ではない。
「私好き! これってまた入れるんでしょ!?」
そんな不安を拭い去るようにアリシア姉は嬉しそうに暴れる。
非常に嬉しい反応なのだが、当然お湯はバッシャバッシャと凄まじい勢いで減っていく。まさに湯水のごとくだ。もうちょっと大人しくしてほしい。
その恥じらいを一切見せず別のところを見せるリアクションからは到底考えられないが、彼女も女の子だったということだ。綺麗好きだったということだ。
ゲシッ!
「アウチっ!?」
「あ、ごめん」
たまたま足が当たったんだよな? 暴れてたから。本人も謝ってるし。
……深く考えると二発目が飛んできそうなのでレオ兄の返答に意識を移そう。
「僕も好きだなぁ。これに入ったらもう蒸し風呂は無理だよ~」
こちらも高評価。
ただ気になるのは、彼はアリシア姉に侵略されないように自分のテリトリーをしっかり守っているつもりなのだろうが、そのせいで風呂の面積が2/3になり、着実にこちらが侵略を受けているということだ。
アリシア姉は何故かこういう時だけ対抗心を燃やさない。
その理由は、俺が弱者だから簡単に奪えると思われているのか、レオ兄が上手くそういう方向に持って行っているのか、ただの彼女の気まぐれなのか……。
たしかなことはわからないが、ただ一つ言えるのは俺の体のほとんどがアリシア姉と密着していて、雪山で遭難したような気分になっているということだ。
裸で温め合うより風呂の温度で温まりたい今日この頃。
「友達の家にはあるから存在自体は知っていたんだけど、維持が大変だって言われてたから興味はあったけど諦めてたよ。でもこれなら作れそうだね」
レオ兄はレオ兄でノータッチだし……。
ま、いいや。相手にしなかったらそのうち飽きるだろう。
そう思うことにして、俺は抱き着いてくるアリシア姉を無視して、風呂談議に花を咲かせることに。
「もちろん。父さん達が気に入ったらもっと良いのに入れるよ。毎日入ったら全身綺麗になるんだ」
「でもそれは二人ともわかってるはずだよね? それでも止めるってことはお金以外にも理由があるんじゃないかな?」
「あ~、うん、まぁそれは秘策があるから大丈夫だと思う」
「「秘策?」」
「そ、秘策。秘密にできるなら使わせてあげるけど?」
当然のようにこの提案に乗った二人は、俺のゴッドハンドによって劇的ビフォーアフターを果たすことになる。