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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十八章 ステーション

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千二百四十話 スカーレット家

「いや~、有意義な時間だったな~」


 午後3時から7時まで、4時間にわたっておこなわれた鉄道会議が終わると、参加者達は続々と席を立ち、特に感銘を受けた企業や相手の下へ移動を開始した。


 100人は入れる巨大ホールが一気に騒がしくなる。


 俺は一同とは別の理由……固まった筋肉をほぐすために椅子から立ち上がり、仲間達に本日の感想を伝えた。


 俺達の発表は最終日なので当然誰も寄って来ず、発表の時に聞きたいことは一通り聞いたし、知りたいのは各々がこれ等の技術や理論をどこまで発展させられるかなので、嵐が過ぎ去ってから挨拶する程度で十分。焦る必要はない。


「「「…………」」」


 各社の威信を掛けていることもあってどれもこれも興味深い内容で、指摘も思わず唸るほど的確なものばかりだった。技術も知識も参加者の熱意も、まるで厳選されたかのように優秀なものばかり。明日以降の会議も楽しみだ。


 ま、俺達には及びませんけどね! 一番的確な指摘したの俺ですけどね!


 ――と、心の中でマウントを取ったりドヤ顔をしても相手にされないことはわかりきっているので、一瞬で通常運転に戻して会話を続ける。


「ちょっと納得したわ。この中で失敗作を出すのは相当勇気いるわ。折角の機会に無難なものでお茶を濁そうとする気持ちはわからないけど、現場の独断で改変されたもの、しかも良し悪しの判断が出来ないものを出すのは無理だわ」


「でも出すんでしょう?」


 鍛冶で鍛えた自分には無縁、それどころかメモが間に合わなかったのでまだペンを走らせていたいと言わんばかりに、席に座ったまま本日発表した8社から事前に頂いていた資料をテーブルの上に並べていくノミド。


 顔だけこちらに向けて尋ねてくる。


「そりゃな」


「では頑張ってください」


「そっちもな!」


 別れの挨拶を告げた直後、室内前方右側の扉が開き、俺とイブはコミケ始発ダッシュかバーゲン会場かと見紛うばかりにこちらに押し寄せる参加者達より早くそこに飛び込んだ。


 王女と親睦を深めるという権力者垂涎のイベントを差し置いても、ここに集まっているのは天才の意見が喉から手が出るほど欲しい者ばかり。そのために来たと言っても過言ではない。


 会議中一切発言しなかったこともあってその価値は天井知らずだ。


 普段なら声を掛けることすら憚られるが、『意見をいただく』という大義名分があれば怒られることはないし、参加したからには付き合ってくれるはず。


 そんな思いが彼等を突き動かしている……かもしれない。


 たぶん合ってる。



「私は言いたかったことを全部ルーク君に言われただけ」


「言われなかったとしても俺やニコに筆談で言うように頼んでたクセに」


 日頃から運動をしていない連中に現役バリバリの少年少女が負けるはずもなく、精霊術という誰にも気付かれないバフ&デバフを掛けたこともあって、難なく脱出に成功。


 会場の外で待機しているアインと合流するべく、俺達は場内を早足で歩きながら、雑談のような何かに花を咲かせる。


「否定はしない」


 この様子からして、おそらく貴族様との交渉という崇高かつ大切な用事がなかったとしても、彼等の取材だか相談だかを快く引き受けることはなかっただろう。


 何度も言うが質疑応答は済んでいる。参加者同士の言い合いもその時にした。これ以上何をしろというのか。公表出来ない技術の話ならワンチャンあるが機嫌を損なう可能性も高い。危険な賭けだ。


 その証拠に、彼女は会議中に今晩空いているという情報をもらった時も(犯人はユキ)、真っ先に同行することを選んでいる。


 必然的に残る有識者のノミドは待機組となり、ニコも資材の話をするならこっちということで同行を拒否し、いつの間にか会場奥に立っていたフィーネも任せろというので、お言葉に甘えたってわけ。


 年を追うごとに危機回避能力が高くなっている気がする。とうとう周りにある駒まで使い始めた。


(そう言えばリバーシ得意だったな……)


 棋士のように盤面を把握していたりするんだろうか?


「私がこっちを選んだのは、原案者が誰で、あの仕組みに気付いてるか、興味があったから。終わった議論より新しい議論。ただそれだけ」


 一流の打ち手は相手の心を読むものとかどこかで聞いた気がするか、イブもその例に漏れず、俺の心を読んだかのような返答を繰り出してきた。


 だがそれはこちらとて同じこと。


「お前がこの日のために用意したピンクのフリルのパンティを履いてることはお見通しよ! 履き心地悪かったら困るから事前に3回装備してることもな! もちろんブラジャーもお揃い!」


「ハズレ。それは最後のリニア試運転の時。今日は白」


 くっ……! こ、この俺が読み間違えただと……!


「……間違えた。合ってた。今日のはピンク」


 うっしゃああ!!


 イブが首元から自分の胸部を覗き込んで数秒、俺はスカート捲りしそうになる手をガッツポーズに変換し、勝負が引き分けになったことを喜んだ。


 あ、もちろん自分自身で捲らせる素晴らしさも理解しているぞ。その姿を見て監視官みたいに感想言うの良いと思います。夢があります。でもそれと同じぐらい捲りたい欲求があるんです。派手にリアクションされても楽しいし、無反応でもそれはそれでありだし、訴えられない限り勝ちなんです。わかるって言ってください。


「でもそれは心を読んでないから私の勝ち」


「んじゃあこれでどうだ。極秘資料とかあったら送ってもらうつもりだろ。面白い相談があったらすぐケータイに掛けるようにノミドに頼んでるだろ。こっちの交渉が途中でもトイレに駆け込んで聞くつもりだろ」


「……正解」


 心なしかムッとした様子で答えるイブ。たぶん気のせい。研究以外の勝ち負けとか気にしないタイプだし。


 なにはともあれ今度こそイーブンだ。


 公表出来ない情報については俺も同じだがこちらは交渉重視。面白い話の有無は今夜フィーネ達に教えてもらって明日朝一番で絡みに行く。もちろんあればの話。


 ガッツ達みたいに素晴らしいものだったら解決に乗り出そうじゃないか。いやトラブル抱えてるか知らんけど。


「さ、というわけでゴールドさん、よろしく頼むぞ」


「よろしく」


 使い道がないというので買い取らせてもらったエクステをイブの髪の先端に装着し、風精霊に頼んで若干声を変えてもらえば、アッという間に王女から視察官(仮)に早変わり。ゴールドさんの再来だ。


 俺も髪型と声を変えてブラウンさんに変身。


 さ、というわけで手配してもらった馬車に乗り込んで、スカーレット家を目指すとしよう! 俺達の決着もそこでつけよう!




 屋敷は王都中央の片隅にあるスカーレット家。


 男爵の上、侯爵の下、貴族の中間管理職こと子爵にしては小さめだが、決して貧相でも安っぽくもないその建物はどこか穏やかな空気の漂い、常にピリピリしている貴族社会とは一線を画す雰囲気があった。


 だからなのだろうか。


 そこの住人も温和だった。


「あ、はい、良いですよ。僕のアイディアから派生したものに関してはそちらが責任を取っていただけるというのでしたら、自由に使っていただいても」


 というか緩かった。


 スカーレット子爵の次男《パド=スカーレット》。金髪碧眼という貴族としてテンプレの容姿を持つ二十歳そこそこの男性は、急な来訪と急な注文を二つ返事でアッサリと承諾。


 隣に座っている奥さんと父親、さらには後ろに控える従者2人まで『本人がそれで良いなら』と、朗報でも受け取ったかのように微笑んでいる。


「そ、そうですか……良かったです……ええ、ホント……」


「辛そうですね? 大丈夫ですか? 胃薬や頭痛薬はありませんけど腹痛の薬ならありますよ。話し合いは落ち着いてからでも構いませんので」


 心配そうにこちらを見るパドさん。発言内容からもその様子からもストレスのない人生を送っているのは間違いなさそうだ。


 羨ましい。順風満帆で有名なウチの家族ですら『闇』と言ってのける貴族社会でどうやったらそんな生き方が出来るのか。今度詳しく聞いてみたいものだ。


 俺の役には立たないけど他の連中は救える。


「い、いえ、大丈夫です。こちらが勝手に構えていただけなので。こんなアッサリ受け入れてもらえると思っていなくて」


「そんなにおかしいですか? 改変によって出た損害や責任はそちら持ちで、こちらは従来のものに加えて新しい計画書までいただけて、国の役にも立てるなんて、断る理由はないと思いますけど?」


「正直なことを言いますと、どっちも寄こせと言われるんじゃないかな~っと。もしくは法外な報酬要求」


「あ~。居ますね~」


 するとパドさんは他人事のような反応を示し、


「でも僕思うですよ。恨まれるより感謝される方が将来のためになるんじゃないかって。恨まれたらもう関わってもらえません。しかし感謝されたら関わってもらえますし、声を掛けてもらえることもあります。目先の利益より後々の苦労。スカーレット家は代々そうやって生きてきました」


 メッチャ良い人ぉぉ~~。


 感動と同時に納得もした。


 おそらくそれこそが彼等が子爵である理由だ。


 利用されたり騙されたり不利益を被りながらなんとかかんとかここまでやってきたのだ。善悪の判別に力を割いているというのもあるだろうが、皆で幸せになろうとして得し過ぎないほどほどを求めた結果、国や依頼人から「スゲー!」ではなく「ん~、まぁこんなもんか」でそれなりの褒賞を与えられている。


 融通が利かなくなることがわかっているので上に行かないのか、行けないのかはわからないが、下にはこういった優秀な人材が眠っていることが多々ある。


「あのぉ……もしかして精霊蒸気システムに気付いてました?」


「いえいえ、そこまでは。ただ何か使えそうな気はしていまして、信頼出来る中央交通開発に応募という形で続きを依頼したんです」


 しゅげぇ……しゅげぇよパドさん……。


(てか何やってんだよ親会社。見事に優秀な人材を埋もれさせてんじゃねえか。秀才だからって不完全であることを疑わず計画進めて、真のアイディアを封印して、誰も得しないまま終わるところだったじゃねえか)


 やはり安定志向は良くないな。


 可能性を潰してしまう。


 今回は俺が介入したことで事なきを得たが、本来はゴチャゴチャしたまま終わり、計画どころかいくつかの会社が倒産していたかもしれない。


 今後はアイディアを採用されたら、会社や工場に直接出向いて意見交換するような、アフターフォローにも力を入れてもらうとしよう。


 パドさんにはその第一号になっていただこう。

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