千二百三十八話 鉄道会議6
総務部部長マグノリアさん曰く、新システムのお披露目中止は正当な決定であり、その技術の独占は正当な主張らしいが、俺はそうは思わない。
何故なら開発者が拒否しているから。
関係者全員とは言わずとも大多数が賛成していたら、どれだけ気に食わなかろうが部外者でしかない俺が口出ししたりはしない……かは保証しかねるが、現場の声、しかも最重要である開発者の声を無視して進めるのは違う。
それが鉄道業界の進歩を妨げるならなおのことだ。
たしかに、親会社から押し付けられたプランが気に入らないからと、改善だか改悪だかわからないことを現場の判断で勝手にしたのは事実だ。
しかしそこから良いもの(少なくとも地下鉄計画においては)が生まれたのなら、鉄道立案者としては是が非でも世に出していただきたい。
マグノリアさんは技術が確立したら出すと言うが、応募者……というか採用されたorさせた権力者との兼ね合いがあるので、今後真剣に取り組むとも思えない。
元々あった設計図に従って無難な列車を作って終わりだ。
もしかしたら今回俺が触れたことで注目するかもしれないが、彼等だけでどうにか出来るとは思えないし、未熟さを認められるなら今やっている。今出している。
本気でやれば出来るなんて言葉を信じるほど俺はバカじゃない。
よってこの技術は『あ、それウチが昔作った仕組みだわ。パクった? パクってなかったとしても色々手伝えるよ。だから共同制作ってことで良いよな?』用として倉庫の片隅で眠ることになる。
得するのは得しなくていい連中だけ。将来性という意味では何一つ得るものがない。そんなのはお断りだ。
ではどうするのか? 個人的には気に食わないが、企業として間違ったことはしていない相手を、どう説得するのか?
「とある筋から手に入れた情報なのですが、この精霊を消費するシステム……セイルーン王国第4王女イブ=オラトリオ=セイルーン様が、今年の春頃に既に作られていたみたいなんですよねぇ~」
『なっ!?』
同じ穴のムジナになれば良い。
悪い意味で使われることが多い言葉だから語弊はあるけどな。わかりやすさ重視だ。嘘も言っていない。
「あれあれ? 御存知ありませんでした? まぁ仕方ないですよね。そちらと同じで技術が確立するまで世に出さないようにしてるものですし」
「証拠はあるんですか~?」
まさかそんな手で来られると思っていなかったようで、まともに動けなくなったマグノリアさんに代ってノミドがニタニタと嬉しそうな顔で話を進める。
どうやら形勢逆転の勧善懲悪の物語はお好みのようだ。
何度も言うがあくまでもこちらを正義と仮定した場合の話だ。向こうサイドだと安全を脅かす悪を如何に倒すかのストーリーになる。人って正義大好きだからな。悪いことしてるヤツを排除して、褒められて、幸せになりたい生き物だからな。
「どうだろうな。俺も自分の目で確かめたわけじゃないし。でも本当だったらセイルーン王家にはその時の情報眠ってるはずだぞ。あと証拠は無いけど根拠はある。
ほら、最近化学反応への理解が進んだお陰で機械化に注目が集まって科学技術が発展してきたじゃん。地下鉄とかモロそうだし。俺も会議楽しみにしてんだよ」
彼女が味方であることを証明ためにあえて砕けた調子で話す。
若干の脱線も交えることで『大したことじゃありません。気楽にしてください』と暗にマグノリアさんの威圧もおこなう高等技術だ。
「当然、法整備も進んでるわけだけど、エネルギー法の1つに『一定量以上のエネルギー源となる魔道具・機械は開発にも使用にも許可が必要』っていう規則あるだろ。あれって危険なものを生み出さないためのものであると同時に、情報共有のためでもあるんだよ。もし誰かが作ったら、表に出す・出さないはさて置き、国が管理するわけ。
最近そこに精霊に関する記載が増えた。科学技術は精霊を犠牲にする恐れがあるから、大規模または長期的に利用する際は国家精霊術師の検査が必要っていうな」
それがあったから彼等も精霊術師に調査を依頼したのだろう。
その結果、ガッツの考えた精霊蒸気システムは精霊を犠牲にすることが判明し、具体的なルールや処罰は決まっていないが念のために止めておこうとなったと。
法律だの処罰だの犠牲だの恐ろしいワードを乱立させているが、生物はもちろん世界は精霊を犠牲にした上に成り立っているので、すべてを禁止することは出来ない。
自然環境への被害が多いものを知らずに使い続けると怖いからほどほどにしようねって話だ。ま、エアコンや原子力発電みたいなもんよ。たぶん今後も精霊を代償に高エネルギーを得る機械とかは作られるんじゃないか。国が認めたら使用OKな。
「何故そんなことがわかったんでしょうね」
「さぁ? 表舞台には出せない人間が危険な魔道具とか作ったんじゃね?」
これ以上言うと国家反逆罪だか不敬罪になりかねない。
言いたいことは伝わっているはず。
そしてイブという前例がある以上、彼等の『ウチのもんだから手を出すな』という主張はもう出来なくなった。
取り合えずこれでイーブン。
というか立場上になったか。なにせあっちは相手が国だもんな。
「それと原案者の方……あ~……ああ、あったあった。《パド=スカーレット》。スカーレット子爵の次男さんですかね」
さらに俺は畳みかける。
手元にあった資料(名簿とは一切関係のない設計図)を見せつけるように正面に突き出し、その奥で応募者名簿を出してくれているニコのケータイ画面を透視。あたかも手元の紙に書かれているかのように原案者の名前を言い当てる。
知っておいた方が良いだろうと実家を通して探してもらっていたのだ。
『――っ!』
この如何にも視察官っぽい動作に動揺するマグノリアさん。
企業としては正しい選択でも、現場の声を無視するというのは善悪で言えば間違いなく悪だ。社内のいざこざも解決出来ない相手に大事業を任せてもらえるわけがない。計画ごと他社に持って行かれる可能性大。
『か、彼の考えた鉄道システムが何か……?』
おのずとマグノリアさんの態度は軟化する。
内部事情を知っていることと合わせて、彼の中で俺達の立場はほぼほぼ確定したらしく、妙な勘繰りもせず取り調べを受ける被疑者のように素直になっている。
案の採用に当たって不正を働いた可能性もなしきにもあらず。
後でバレても明言はしていないのでいくらでも弁明は可能。あっちが勘違いしただけだ。
この勝負もらった!
「アイディアは悪くないんですがオリジナルかと言えば微妙でして。他社さんが考えたものに近いんですよねぇ。ロア商会さんのと」
『い、言いがかりです! これは間違いなく応募者オリジナルの案で――』
「証拠はあるんですか?」
『そ、それは……』
あるわけがない。
法整備が散々された現代日本でも企画書トラブルは絶えないのだ。特許や楽曲と違って権利を管理するところがない新規計画の類似品問題など調べようもない。
せいぜい応募者に確認するぐらいだが、そんなものは本人が違うと言えば終わりだ。いくらでも嘘がつけるし、本当に閃いたものだとしても似ているという事実は変わらない。
そしてここで「はい、調べました」と嘘をつくメリットはない。
『ありません』
よってこうなる。
「これがそうなんですけど……」
逆にこちらは証拠バッチリ。
トイレに駆け込む前にノミドに預けていたカバンの中から、発表する予定の資料……とは別のキラキラ光る紙の束を取り出す。
(信じてたぞユキ)
スッ――。
光と共に紙が薄れていく。
(あ、すいません、マジ助かりますフィーネさん。やっぱ有能メイドはちげぇわー。助けられっぱなしだわー。今度お礼させていただきますね)
(というのは冗談でやったの私なんですけどね~)
後でいくらでも遊んでやるから大人しくしとけ。
(ぶぅ~。急な注文に応じて手を加えてあげたんですからちょっとぐらい良いじゃないですか~)
もう十分だろ……。
ちなみにこの計画書、ユキの言うように一から十まで彼女が作ったものではなく、俺達が作っていた本物の発表資料だ。
現役のものはもちろん過去にあった地球の鉄道をロア商会オリジナルとして一通り紹介するつもりだったのだが、その中で彼等の原案と似ているものを急遽加工、提出してもらったのだ。
「……たしかに似てるな。しかも完成度はこっちの方が高い」
「逆に完成度が高過ぎるからこそガッツの精霊蒸気システムは使えないな。もしこれを作れと言われていたら思いつきもしなかっただろう」
魔法陣や化学反応に詳しくないのでわからないというマグノリアさんに代って、製造班のガッツとそれなりに知識のあるアイン、そしてイブが鑑定。満場一致で類似品と認められた。
全員こちら側と言えばこちら側だが、やはりここで嘘をつくメリットがない。むしろつかれたら困る。
「地下鉄計画は世界中の企業が新天地を求めて一斉に取り掛かった事業です。似ているものの10や20はあるでしょう。そんな時に目くじらを立てるのは違うと思います。どちらが良い案か、またどこの手直しが必要なのか、より良い地下鉄を作るために共に考えることが必要ではないでしょうか?」
『それは……そうですが……』
「もちろんそちらにも都合というものがあるでしょう。なのでこの計画書、そちらに差し上げます」
『……はい?』
突然の申し出に戸惑うマグノリアさん。
「ロア商会は本件から手を引くと言っているんですよ」
『ま、まさか皆さんは――』
「ああ、勘違いしないでください。我々はロア商会とは一切関係のない人間です。ただロア商会は『必要であればその計画書の権利を譲渡しても構いません』とおっしゃっていました。理由は先程言った通り、より良い地下鉄づくりのため。やる気と実力はあるのに中々芽の出ない企業を救済したいようですよ。国家事業で採用されれば一躍注目の的になれますからね。もちろんさらなる研鑽をしていただく必要はありますけどね」
『素晴らしい考えだと思いますし、大変有難い申し出ではあるのですが、そういった裏取引はちょっと……』
ふむ。どうやら彼等も完全な悪というわけではないようだ。ちょっと安定志向で権力者と繋がりを作ることに熱中し過ぎてるだけで。
「原案者にはこちらから話してみましょう。これまでおこなっていた作業についてもそのままで構いません。我々は権利を寄こせと言っているわけではないので」
『つまりこの列車を鉄道会議で披露さえすればすべて手に入ると……』
「はい。もちろん原案者に納得してもらってからで構いません。如何でしょう?」
『…………前向きに検討してみます』
交渉の結果、マグノリアさんは明言こそしなかったもののネットスラングでよくある断りの言葉とは違う、本当に前向きな姿勢を見せて通話を切った。
まぁ問題の大部分は俺達が貴族様を納得させられるかどうかだしな。
(さて……スカーレット家が手柄を全部渡しても大丈夫な連中なら助かるんだけど……)




