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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十八章 ステーション

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千二百三十二話 ステーション6

 竜車で1日、魔獣に襲われたり休憩を取ったりしなければ半日の距離にある王都に、3時間で到着可能なリニアで移動すること、2時間50分。


 俺の体感的な話はさて置き、現状の移動手段と比べたらアッという間の旅も、もうすぐ終わる。


「最後にして最大の注目ポイントはブレーキです。運動エネルギーを摩擦でも逆噴射でも引力でもなく『エネルギー保存の法則の反転』でゼロにして停車させます。

 これは『プラズマエネルギーによる浮力と推進力の確保』という特別な方法で重力制御をしているリニアならではのもの。地下鉄では見られないものです。ご注目下さい」


 ここまで来たら記者達も質問することはな……くなりはしないが、座席を戻したり荷物をまとめたりアナウンスを聞いたり、到着間際特有のバタバタがあるので強制終了だ。


 俺だって何でも知っているわけじゃない。出さない方が良い情報だってある。これ以上は事務所を通してくれ。セイルーン王家ではなくロア商会のな。


「さて……」


 適度にハードルを上げた俺は、来たる時まで微妙に空いた時間を、車内販売限定リニアクッキー&スパークサイダーの飲食に使用することに。


 前者は鉄道をデザインした箱にリニア型のクッキーを詰め合わせたもの。後者はリニアがデザインされたLサイズのカップにサイダーが入っている。


 これ等は言うまでもなくこのために作られた製品。サイダーもプラズマを意識して、黄色くしたり、炭酸を強くしたり、趣向を凝らした一品となっている。


 クッキーはもちろん、サイダーもチルドカップ(プラスチックカップに入った飲料の上からもう1つプラスチックの蓋を被せたアレ)を採用しているのでお土産としても使えるが、渡すような相手も居ないのでここで食べてしまおうという魂胆である。


 この後に控えている王都側の取材でも感想言ったり出来るし。


「バリバリバリバリ」


 我慢しきれなかったのか、俺と同じく渡す相手が居ないのか、周りでも購入時から咀嚼音やニオイが漂っている。今もそうだ。


 これまでより大きい気もするが深く考える必要はない。


 子供が一気食いしたり喋りながら食べればそのぐらいの音は出る。説明に集中していて気付かなかっただけで普通の音量かもしれない。


「ムシャムシャムシャムシャ」


(…………ない)


 まぁそれはそれとして、破くには惜しい綺麗な包装紙を丁寧に開けて、未開封の箱も開けて、中に入っているはずのクッキーが見当たらないわけだが、黒いトレーしか見えないわけだが、これは製造側のミスということで良いのだろうか?


 生産者や流通ルートを把握、何なら依頼しているかもしれないマリーさんが我関せずの顔をしているのだが、問い詰めた方が良いのだろうか?


 彼女自身は悪くないとは言え、仲介は紹介した側にも責任が発生する。


 お前の失態は俺の失態。俺の失態は俺の失態。


 例え生産過程のミスだったとしても、それはロクに視察もせずに依頼した者の責任でもあるのだ。少なくともそんな業者を紹介した者への信頼は下がる。


 しかし彼女は一向に悪びれた様子を見せない。王女失格だ。


 偉いから謝らなくて良いわけではない。むしろ偉いからこそ謝るべきなのだ。非を認めるべきなのだ。


 隣でやったのだから気付いてはいるはず。というか「私にも頂戴」と言っていた。開封した直後にこの反応になった。事と次第によってはこの後の予定を変更して工場視察をおこなう必要があるだろう。その後は関係者の洗い直し。


「ひゃっはり、ふーふふぁんはらふはったふぉふぉは……(ゴクン)最高ですね~」


 くっ……1回食べているし、大好物になるほど美味しくもなかったが、心も体も食べる支度が整っていたところで失った挙句、周りから嬉しそうな感想が飛び出すと流石に辛い。


 あまりの辛さに幻聴まで聞こえ始めた。食べながら喋っている女性の発言内容が「やっぱりルークさんから奪った物は最高ですね~」に聞こえてしまう。


 密閉された箱の中身だけ取り出せるヤツなんて1人しか居ないのにな。


 そいつは無賃乗車だから限定品を購入することが出来ず、俺が記者達と質疑応答している間も「もらっていいですか~?」と何度も強請り、諦めたのか急に静かになり、それと同時にこの咀嚼音が聞こえてきたが、それがどうしたっていうんだ。


 箱の中身がないことと何の関係もないじゃないか。


「…………おい」


 背面テーブルの中央に乗っているクッキーの箱と、その隣のカップホルダーにハマったカップに視線を向けたまま、後ろの席に座っている精霊王に向けて言霊を発する。


「はい?」


 小さく、低く、苛立ちの籠ったその言霊を受け取ったのは、他の誰でもないユキ。


 精霊王としての力か、風精霊の気遣いか、はたまた俺が触れるのを待っていたのか、唯一彼女だけが反応を示した。


「返せ」


「全部食べちゃいました」


「『最高ですね』か!? あれで最後だったのか!? トドメの一撃だったのか!?」


「いえーす」


 ですよねー。


 はぁ……イヤな予感はしていたんだ……何かが終わる合図みたいだとは思っていたんだ……。


「ちなみにルークさんが私の言動を説明している間にサイダーも飲み干しました」


「このカップの中身は!?」


 さらにユキは衝撃の告白を続ける。


 箱はそれ自体がそれなりに重く安定しているので気付きづらいが、カップは例え透けていなくてもパッと見で質量がわかったりする。何の力もない地球でそれなのだ。魔力という第六感に近い力に優れたこちらの世界では、それはもう高確率でわかる。


 実際持ってみても結構な量が入っている。


「ただの水で~す。ルークさんがコップをテーブルに置いた直後から、混ざらないように、でも成分は変わらないように、ちょっとずつ中身を入れ替えました~」


 無駄のない無駄な動きだ。


「ルーク様、私の分をお食べ下さい」


「おっ、サンキュー」


 まぁこっちは無駄のない素晴らしい動きだけどな! フィーネ様様よ。


 あ、あと水は普通に美味かった。むしろ嬉しかった。


 お茶とか果汁飲料ってなんか喉に残らん? 結局最後は水で締めたりしない? 炭酸飲料は言わずもがな。口臭も気にしなくて良いし、発表とか接客とか声を出す用件の時とか絶対水なんだけど。俺だけ? 




 フッ――。


「「「お……おお……」」」


 世にも奇妙な、おそらく世界初のエネルギーの消失を体感した人々は、驚愕とも納得とも取れるような声をあげる。


「魔力を切った時の感覚に近いですね~」


「わかりやすく身近なもので例えるのやめろ。それをこんな大規模で、しかも人工物でやってるのが凄いんだろうが」


 何はともあれ唯一の不安要素だったブレーキも何事もなく作動し、念のために用意していた強者達を借りることも無く王都に到着。


 ヨシュア出発時と変わらないどころか、物流や人材の差から形になりつつある駅のホーム(洞窟)で倍近い人々に見守られる中、リニアから降りていく。


「どうでしたァ? リニアモーターカーの乗り心地はァ?」


「あのブレーキ……凄いな……どうやったんだ……」


「おーい、俺俺ー、久しぶりー」


 乗客に初乗車の感想を尋ねる記者も居れば、完成間近なリニアモーターカーに興味津々な者や来訪を歓迎する者も居るが、やはり一番多いのは関係者への取材。


 慣れているだけで決して好きというわけではない俺やフィーネ、マリーさん、ニコに加え、注目されるのが死ぬほど嫌いなイブや、乗客名簿に載っておらず表に出せないユキやクララ夫婦など、ここが一番面倒なところではある。


「はーい! みなさーん! またまたぼくの登場ですよー! 車体、鉄道、浮遊システムなどなど、数多くの魔道具を生み出した天才アイドル鍛冶師ノミドちゃんの可愛さを写真に残すなら今ですよー!」


 が、ノミドが世の注目はすべて自分のものと言わんばかりに前に出る。


(ったく……)


 目立ちたがり屋な彼女の言動に呆れはするものの正直有難い。


「世間では仲が悪いと噂されているエルフともこの通り!」


「え……あっ!」


 突然クララのフードを剥ぎ取り、肩……は組めないので手を握ってバンザイするノミド。シャッター音はより一層激しくなる。


 鬼の形相で「テメェー!!」と言いながら掴みかかりたい気分だ。


(油断した……まさか目立つためなら初対面の人間だろうと遠慮なく巻き込むなんて……)


 どうやら俺はノミドというアイドルを見くびっていたようだ。


「助かった……」


「まぁイブはそうだろうな」


「ルーク君も」


「否定はしない」


 兎にも角にも俺達は尊い犠牲の果てに安息を手に入れたのだった。


 ありがとう、ノミド。


 ありがとう、クララ。


 そしてありがとう、フィーネ会長。



「う、うう……恨まれる覚悟ではっちゃけたいです……安堵しているルークさん達をリニアの話題が吹き飛ぶぐらいの出来事で世間から注目させて震えあがらせたいです……」


 大団円を迎えようとした直後、ユキが欲望と理性の狭間で葛藤し始めた。


 口に出している辺り確信犯だ。


 止めなければ絶対にやる。面白ければオールオッケーな彼女は「え? だって止めなかったじゃないですか~」と、責任をこちらに押し付けて実行に移す。


「そのロクでもない野望は一生心の内に秘めておけ」


「で、でも……」


「でももかしこもない。他人を巻き込みたいなら、それ相応の理由を述べて、納得してもらってからにしろといつも言ってるだろ。何か理由があるのか?」


「理由なんてあると思います?」


 くっ……ムカつく。無いとは思ってたよ。でも念のために尋ねたんだよ。俺はちゃんと相手の話を聞く人間だから。なのになんでこっちが悪いみたいになってるんだ。


 夫婦生活で『こんなに一緒に居るのに私のことわかってない!』と理不尽にキレられるぐらいに面倒臭い。感覚を求めるな。口で言え。


「やりたいことをやるのは正義です! 例え迷惑を掛けようとも最後に笑えたら良いじゃないですか!」


「逆ギレ!?」


「ただの正論パンチです~」


「ざけんな。良いこと言ってる風にしてもダメなもんはダメだ。世のためになることを受け入れない方が悪なんて暴論が許されるのは創作物の中だけだぞ。創造の前の破壊は勝手にやって良いもんじゃない。まず説明をしろ。話はそれからだ」


「リアクション、プリーズ」


 つまり『やりたいからやる』と。


 それ以上の理由はないと。


 いくら説明しても納得しないから強硬手段に出るのは悪役側の理論であり、大抵の場合は正論なので共感することが多いが、当事者に伝えないのは違う。共感出来ない。


 実行に移す前に強者達に撤去してもらおう。


 彼等を集めた理由はコイツの蛮行を止めるためでもあるのだ。

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