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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十八章 ステーション

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千二百二十六話 ステーション1

 フィーネの引退宣言という予想外のイベントが発生したものの、それによって何かが変わることはないらしく、個人的には付き合える&付き合ってもらえる時間が伸びるだけなので全員がアッサリと受け入れた後。


 俺は予定通り、リニアを経験した今だから出来る話をするべく、事前説明会ではしていなかった地下鉄計画のすべて(まぁ表に出せる部分だけだが)を話し始めた。


「皆さんならわかると思いますが、地下の移動というのは非常に暇です。到着するまで同じ景色が延々続くだけ。何かとすれ違うこともない狭い洞窟。何かを見つけたと思った瞬間に見えなくなる速度。何でも出来そうなほど長い乗車時間。リニアほどではありませんが地下鉄道も似たようなものです。

 しかしだからと言って乗客の好き勝手にさせるわけにはいきません。竜車より広々としていても本質は変わらないのです。声量・発言内容・ニオイ・行動・見た目、他者を不快にさせることはもちろん罰則の対象ですが、裁かれなければ、見つからなければいいということではありません。気遣いが必要なのです。

 ひと航海並みの人数が、特売日の商店並みの頻度で入れ代わり立ち代わり利用する地下鉄では、従来の乗り物とは比べものにならないぐらいのトラブルが発生します。マナー違反や痴漢といった人為的なものから、置き忘れや乗り過ごしといった偶発的なものまで、馬車や飛行船では起きないようなことが多発します。

 それは何故か? 暇だからです。そして周りがやっているからです。『自分は辛い思いをしているのにあいつ等は楽しそう。羨ましい』という気持ちが人を悪の道に走らせるのです。誰も褒めてくれない陰ながらの努力より利益ある怠惰。危険を冒して手に入れた感謝より楽しい自己中心。人間とはそういうものです」


「あのぉ……もしかしてルークさんは人間嫌いですか?」


 記者の1人が遠慮がちに言う。


 どうも勘違いしているようだ。


 あ、ちなみに鉄道は文字通り鉄を利用した道……レールや車体に鉄を使っているのでそう命名した。地下にあるから略して地下鉄ね。


「何言ってるんですか。好きに決まってるでしょう。好きだからこそ本当の喜びを知ってもらいたいんですよ。誰かを不幸にして手に入れる『楽』ではなく、皆で努力してようやく得られる『楽しさ』を。幸福スパイラルを作りたいからこそ、間違っているところを直せと言い続けるんです」


「その割にはネガティブな意見をお持ちのようですが……」


「逆ですよ。ネガティブというのはそれをどうやってプラスに換えるか考えているからこそ出てくる思考です。もちろん中にはそのままダークサイドに落ちていく人も居ますけど、大抵は改善する気持ちから生まれるものです。

 たしかに、その中に入れる気が無かったり、甘い汁だけ吸おうと近寄ってくる連中は、ブラックリストに載せた後で放置すれば良いですよ。その方が楽ですからね。でもそれじゃあ幸福スパイラルは小さくなります。だから俺は出来るだけ見捨てないようにしているんです。

 嫌いというのであれば、そういった人達を注意することもなく何でも受け入れてしまう連中です。当然ですよね。スパイラルを小さくするどころかマイナス方向に進めてるんですから」


 これが説教の対象であったり、他にすることがなければ、「もう敵と言っても良い。言い訳するしか能がないのかって感じです。ああいう連中って自分の子供も同じように見放すんですかね? 間違ったことを正さないんですかね?」と攻撃的になるところだが、彼等は違うし俺のしたいことからもズレているので、本題に戻るとしよう。


「すいませんでした。ウチって闇に精通した人間が多いので。俺自身も色々見て来ているせいで自然と意識が高くなっているといいますか」


「そ、そそ、そうですか! そうですよねっ! ところで、本計画ではその暇を取り除くための策を講じているとのことですが、具体的にはどのようなことをされているのですか!?」


 言いながらニヤリと笑うと、記者達は震えあがり、早口で続きを促してきた。


 触らぬロア商会に祟りなしといったところか。




「色々やっていますよ。まずは車内の広告ですね」


 記者達の気持ちを汲んでスルーした俺は、席の後ろにある網ポケットに手を伸ばし、そこに入っていたパンフレットを取り出す。


 どうでも良いけどこれって、その座席を利用してるヤツと後ろに座ってるヤツ、どっちの担当なんだろうな。


 普通に考えれば後ろに座ってるヤツが使うんだからそいつのスペースだろうけど、主導権は前の座席のヤツにあって、今みたいに座席を回転させて向かい合ってたら前の取れないじゃん? 背中合わせにしてたら後ろのヤツも取らないじゃん? つまり俺の席の後ろにあるのが俺のじゃん?


 まぁそういうのも気遣いっていうんだろうけどさ。席を倒す時や動かす時に後ろの人に一言断りを入れるコミュニケーションって大事やん?


「人間、暇な時って何でも良いから注目したくなるんですよ。トイレの個室とかでもそうですけど、こうやって暇潰しアイテムを置いておくと、普段見ないようなものでも自然と手を伸ばして読んだりするんですよね。しかも特別何かするわけではないので手間も掛からない。あえて言うなら持ち帰られた時の補充ぐらいです」


「たしかに……」


「つい見ちゃいますよね……」


 身に覚えがあるのか記者達はしきりに頷く。


 おそらく数秒後には次なる策を聞きたそうな顔をしていただろうが、それよりも早く、車両前方の壁面にどこかで見たことがあるようなないような企業の広告が映し出される。


「あれもそうです」


 記者2人は進行方向と逆を向いて座っているので、誰かが言わないと気付かない。


 一瞬、マリーさんに任せてアワアワさせる悪戯も考えたが、どうせ華麗に対応してしまうので破棄して指さすと、記者達……それこそイブ達の取材をしていた連中も含めて全員が、ゆっくりとスクロールして次々に新しい広告が登場する装置をボーっと眺め始めた。


 やり方は至ってシンプル。壁の内側でクルクル回しているだけ。1分もすれば最初の広告に戻る。


 しかし目が離せない。


「生き物は動くものを追う習性があります。今回は乗客の反応を見たかったので途中からでしたけど、本来は席から立ちあがっても良くなった辺りでああなります。結構見れちゃうでしょ?」


「ううむ……何の変哲もない広告なのに恐ろしいほど吸引力があります……」


「え、ええ……隅から隅までじっくりと読んでしまいました」


 説明している最中ずっと眺めていた記者達をからかうように言うと、ハッと我に返り、まるで恐ろしい催眠術から解放されたように動揺を露わにする。


 これは大自然を駆ける馬車や竜車では出来ないものだ。飛行船でも一応やっているがあっちは景色やら船内探検やら出来ることが沢山あるので効果は薄い。


 だが地下鉄は違う。


 効果抜群だ。


「リニアは速過ぎて無理ですけど地下鉄なら洞窟内に張っても見れるでしょうね。点検が面倒なので加速する前のステーション付近限定にはなりますけど」


「くっ……」


 ん?


 至って真面目な話をしていたのに突然記者の1人が悔しがり始めた。


 気になって様子を窺うと、


「あんなゴミ企業の広告を見てしまったなど、2回も見てしまったなど、甥っ子に顔向けできません! 町に張られていたポスターはバレないように排除してきましたがこれは流石に難しい! 私はどうすれば良いんですか!?」


「冗談でもやめとけ!?」


 ライバル企業だか理不尽な理由で首にされた元職場かは知らないが、普通に犯罪だ。というかそんなヤツを寄こすな。仮にも世界初だぞ。お前のところの出版社どんだけ人材不足なんだよ。息抜きのタバコとは訳が違うんだぞ。器物破損だぞ。


「あ、気にしないでください。彼の会社は印刷業おこなっていまして、排除というのは新札したものを張ったということなので。ゴミ企業も『ダメな企業』という意味ではなくゴミ処理をする企業のこと。発言も本人は自分を下げてるつもりなんですが、実際は『あんな』や『○○してしまった』と見下す形になってしまう癖があるんです。誤解されやすいタイプなんです」


「何故コミュニケーションを必要とする仕事に就こうと思った!?」


「子供の頃からの夢だったので」


 そっかー。なら仕方ないなー。


 でも改善する努力はしろ。じゃないと俺が怒るぞ。さっき言ったばっかだよな。目の前で腑抜けたことをしてるヤツが居たら誰だろうと注意するって。



「と、とにかく、広告費によって料金の値下げが可能になるわけです。いわゆるスポンサーってやつですね。win-winの関係です」


 事前説明会でもそれなりの時間を割いて話したが、これまで長時間の退屈を経験したことのないアルディアの人々にとって未知のものであり、あまり理解を示してもらえなかったがこの様子なら大丈夫そうだ。


 ダメなら乗ってもらえば良い。


 補足しておくと出資企業も同じ反応だったが、如何せんこちらは『世界初』のブランド力があったので何とかなった。というか引く手あまただった。


 マリーさん達には、資金力より顧客満足度を重視して選んでもらったので、不良債権はないと思う。


 この宣伝効果で業績アップしたら嬉しいな。宣伝方法って意味でも関係性って意味でも次に繋がるし。


「ではここからはその資金を使った車両以外の部分……ステーションについて説明していきますね。説明会だけでは理解してもらえてなかったようなので」

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