千二百二十五話 会長引退!?
「このリニア計画を最後に私はロア商会の会長を引退します」
「「「――ッ!?」」」
世界的大企業のトップからの突然の引退宣言。
フィーネを中心に動揺が広がる。
(後継者に指名されたらあの窓から飛び降りる。後継者に指名されたらあの窓から飛び降りる。後継者に指名されたらあの窓から飛び降りる)
笑顔で取材を受けていた俺は、背後から届けられたその速報を聞こえなかったような態度を見せつつ拝むような気持ちで集中。同時に車両前方にある開閉可能な天窓までの最短ルートを計算し、誰にも悟られないよう脳内で術式を組み上げる。
引退については少し前からほのめかしていたので衝撃はないが、後継者に適した人物が他に思いつかず、こんな大々的かつ限定的なシチュエーションで公表するとなれば話は別だ。
移動中の電車内では慣性の法則が働くため、その場でジャンプしても後ろに下がったりはしない。下がるのは急発進した時のみ。力場を反転させてその状況を作り出せば体は進行方向へ吹き飛ぶので、俺の体はさながら事故でもあったように自然に――。
(って、そんなことしても意味ないか……)
その場からは逃れられるだろうが結局後から取材される。指名された事実も変わらない。リニアの栄誉に無駄に傷をつけるだけだ。本当に指名されなくなるなら悩むが変わらないなら大人しくしておこう。
そもそもされると決まったわけではない。
俺は逃亡計画を白紙に戻し、背後に耳を傾けた。
さて、フィーネを取材している記者もそうだが、周りの人々が落ち着くまで3秒ほど掛かりそうなので、今の内に何が起きているのか詳しく説明しておこう。
いくら宣伝したいからと言って100人という限られた体験会の参加者をすべて記者にするわけにもいかず、乗車したのは抽選で選ばれた2社から計4名。他の報道班はしたかった質問を彼等に託すことになったわけだが、『世界初』が幾重にも重なる歴史的イベントで3時間はあまりにも短く、質問内容は乗っている時だからこそ出来る・すべきものが厳選された。
当たり前だが記者達は1分1秒も無駄にしないよう、入念な打ち合わせをおこない、効率良く動いた。
その最たる例が分担。
座席を回転させて2人席を無理矢理4人席にすることは出来るが、質疑応答には当然答える人間が必要なので俺とマリーさんを含めて6人というのはスペース的に無理がある。受け答えする側からしても1対1の方がやりやすい……というか不可能。多人数の会話はどうやっても聞く側になる時間、つまり待つ時間が生まれてしまう。
無駄だ。共通の話題やら雰囲気づくりやらを必要としない取材おいて、これ以上ないぐらい無駄な時間だ。
つまりリニア計画の中心人物である俺とマリーさんを取材する記者が常時……は言い過ぎだが2人居て、言い方は悪いがイブ達サブメンバーに話を聞く記者が居ると。
今のところはないし、聞いたところでな気もするが、後で王都組の護衛として同行している人達にも話を聞いたりするのかもしれない。どちらかと言えば体験会参加者としての感想かな。マリーさんとニコの道中や作業の裏話が飛び出したら御の字で。
そんな話はさて置き――。
何故フィーネはこんな発言をしたのか?
切っ掛けとなったのは、取材とは一切関係のない子供の何気ない疑問。
『ねえねえ、なんでこんなに狭いの~?』
親は運行するために必要なことだと説明するが、その子供が言っているのはそういうことではなく、他のリニアが走れないけど大丈夫なのかという問題視。
ちゃんと事前説明を聞いていた親は1本だけだから平気と教えるも、子供の疑問は解決されるどころか深まり、近くで取材を受けていたフィーネに何故1本なのか尋ねた。
子供だろうと取材する側とされる側の区別ぐらいつくし、頼るなら見た目普通の俺やイブではなくおそらく幼心にも偉さと凄さを理解しているエルフ会長だ。
フィーネもそこまで読んでいただろうし、例え読んでいなかったとしても無下に扱う性格ではないので、当然のように取材を中断して答えた。
『材料が1つ分しかないからですよ』
流石だ。わかりやすい上に間違ってはいない。
プラズマタイトまでは生成可能だが起動(というか龍脈との連結)にはプラズマが必要になる。そしてそれは俺達にしか付与出来ない力。時間制限付きの力だ。
『エルフなのに作れないの~? エルフは何でも出来るって聞いたよ~』
『何でもは出来ませんよ。出来ることだけです』
フィネカワさん!?
と、心の中でツッコんだのも束の間。フィーネは構わず話を続けた。そもそも途切れていない。ボケてもいない。
『それに貰ってばかりだとつまらないでしょう? お菓子が好きでも食べたい物は人やタイミングによって違いますし、自分で作ってみたいと思うでしょう?』
『思う!』
『ふふっ、良い返事です。私はそういった皆さんの意欲を大事にしているのです。このリニアモーターカーも研究者や技術者の皆さんの努力によって生み出されたもの。私は何もしていませんし今後するつもりもありません。
もし貴方がリニアを作りたいと思ったのなら、そのやる気と技術と知識を育てて、材料を作ってください。洞窟はそれが成功した時に大きくしましょう。もちろんリニア以外でも構いません。やることは同じです』
『わかった!』
イヨと同年代の子供には早過ぎるんじゃないかと思わなくもないフィーネ大先生の有難い講義は、少年の納得によって終了した。
この出会いによって彼の将来がどう変わったかは神と予言者のみぞ知ることだが、その直後フィーネは何を思ったのかさきほどの発言をおこなった。
「実のところ最近会長としての仕事はしていないのです。ロア商会は私が手を貸さずとも成長可能な企業になりました。なので私が引退したところで何が変わるわけでもありません」
はい、ジャスト3秒。
周りが落ち着いたのを確認したフィーネは、大したことではないと言わんばかりの様子でスラスラ言葉を紡ぎ出す。
彼女ほど聡明な人物なら売り言葉に買い言葉はないだろうが、いつ出そうか悩んでいた情報を『こんなスゲェもん作れたのってやっぱ強者が居るからだわ』という風評被害を減らすために使用した可能性は否定出来ない。
記者達の質問には含まれていないが、そういったネガティブor裏事情を知ろうとする質問も候補には上がっていたはず。フィーネなら感じ取ることなど朝飯前だ。
ぶっちゃけムカついてそう。
まぁ普通に考えたらそう思うよな。俺だって地球に居た頃は『これって○○が××したからじゃね?』と陰謀論にワクワクしたものだ。意識が高かったのでそのせいで失敗したとは一度も思わなかったが、それでも優遇や違和感に首は傾げた。
力があり過ぎるというのも考えものだな。当事者達は受け入れているのに周りのせいで全力を出せなくなる。不便な思いをする。
「(ぼそっ)フィーネさんは自分の評価なんて気にしないでしょ。気にするとしたらルーク君達の評価よ」
「それは言わないお約束」
足手まとい感が出てイヤ。実力が同じ者同士で付き合えよって結論に至る。何なら差別と区別の違いを理解しない連中から強要される。
誰のお陰とか誰のせいとかどうでも良いじゃん。
もっと『自分』を見ようよ。
ランキングとかでよくあるパターンだけど、その時の数字しか出さないの、あれなんなん? 他人とかどうでも良くない? 大事なのって自分が前と比べてどうとかじゃない? 人気になったとか伸び悩んでるとかウケる層が変わったとか、そういう過去との比較を教えてくれよ。百歩譲って業界全体。建設的な話しようよ。
「というわけで、地下鉄の可能性を実感したいただいたところで、ステーションの話をさせていただいてもよろしいかね?」
「貴方はどの立場なのよ……」
「こちらを無視してフィーネの話に耳を傾けている記者達に説教する立場であり、今後の建設計画について話せる立場であり、いつ後継者に指名されるかドキドキしてたけど会長不在で行くことを知って安堵した立場だが?」
「勘違いしてるようだから言っておくけど、取材受ける側ってどちらかと言えば立場下よ? 本当にそれで問題ないのか事細かに言及されても挫けずに説得しなきゃいけない、欠点があっても他人のせいには出来ない、辛いだけの立場よ?」
なんて世の中だ……褒められないどころか貶すために努力するなんて……。
それが改善に繋がるならまだしも疑い続けるのは違うじゃん。前科があるわけでもないじゃん。まだ何もしてないじゃん。むしろ活躍してるじゃん。
そんなんだからフィーネも引退するんだよ。
まぁ仕事しなくなるだけで栄誉会長とか相談役とかで残りはするだろうし。というか俺が在籍してる限り近くに居るだろうし。それ以前にリニア計画の終わりがどこかわからない。安定した運行が出来るようになった今日とでも、ステーションが完成した1年後とでも、誰も携わらなくなった100年後とでも言える。
悪い大人の奥義『明確にしない』だ。
俺は貴族……いや暗黒社会で生きるマリーさんの言葉とフィーネのやり口に絶望しつつ、目の前の敵から如何に逃げるかを考え始めた。
(ってこの思考がもう負けか。この人達は敵じゃないよな。ちょっと厳しい質問も問題が発生する前に食い止めようとするアドバイザーとしての思いやりだよな)
他人を信じれなくなったら終わりだ。口に出すか出さないかの違いだけで貶す連中の仲間入りしている。世界を変えようと思ったらまずは自分が変わらなければ。




