千二百二十四話 リニアお披露目4
~~~♪
聞き覚えがあるが具体的にどこかはわからない車内チャイムが流れると、事前に流れを説明しておいたこともあってか発車までの時間を会話に当てていた人々は慌てることなく中断し、席を離れていた人々は駆け足で戻り、はしゃぐ子供は親が色々なやり方で大人しくさせ、アナウンスを待った。
『皆様、本日はリニアモーターカー体験会にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。目的地セイルーン王都までの移動時間は出発後3時間を予定しております。座席にお座りになり、今しばらくお待ちください。
また客室内は通路・お化粧室を含め全席禁煙となっており、喫煙される際は――』
そして始まる定番の挨拶および注意事項説明。
突然車掌が喋り出すと乗客が驚いたり聞き逃したりしてしまうので、こうして今から大事な話をすることを知らせるのが最近の流行りというか作法になっている。
船でも昔から汽笛という形で同じような手法が取られていたので、違和感なく受け入れてもらえた。
あ、言うまでもなく広めたのは俺ね。国や自治体もやろうとはしてたみたいだけど技術力が足りなくて実現は出来ていなかった。
「「「…………」」」
飲食がうんたら非常時がどうたらリクライニングの使い方がこうたら。
似たようなことが多いとは言え、鉄道としては初のものなので、乗客達は嬉々とした様子で耳を傾ける。
ちなみにこれをやっているのもウチとは無関係の運営の人間。運転手は居なくても他の係員は大勢乗っている。いわゆる客室乗務員だ。
『それでは、セイルーン王都到着まで、どうぞごゆっくりおくつろぎください。まもなく出発いたします』
4分間にわたるアナウンスの最中、乗務員が車内の様子を見に来て、終わる直前に居なくなった。
よく訓練されている。時間に合わせてテキトーな仕事をしていたとしたら許さん。多少遅れても良いからキッチリやるべきだ。手抜きを覚えるな。
~~~♪
先程とは別の、しかしこれまたどこかで聞いたことのあるような発車メロディが流れ、それが止まるとリニアモーターカーが滑らかな動きで移動を始めた。
「「「おおっ! って早ッ!?」」」
地球産のリニアは1分ほど掛けて150km/h、3分で500km/hに達するらしいが、アルディアでは違う。最初から浮いているし、最初から超加速だ。
乗客達はあまりに早さに、動き始めた感動と、一瞬で見えなくなったステーション待機組、そして同じように見えてちょっとずつ違う洞窟の土壁で移動速度を実感して感情のジェットコースターを体験す……。
「まるで感情のジェットコースターですね。こんな良いリアクション取ってもらえたら開発者冥利に尽きますよ」
「記者受けするコメントを私にしてどうするのよ……」
「この後の取材でも同じこと言うので真似しないでくださいって忠告です」
「はいはい……」
歓喜する一同を他所にマリーさんと小声で打ち合わせ(?)をする。
およそ1分。車体を取り巻くあれやこれやが安定したら席を動かしても良くなるので、前に座っている記者達と対面する形で取材される予定なのだ。
もちろんアナウンスが入るし、窓の外でも高速道路の車間距離を調べるアレみたいに白黒マークが目に入るので、全員が周知してくれると思う。
むしろその前に動き出したヤツがいたら説教よ。見てみぬフリは許しません。全員で協力してリニアは安全な運行が出来るのです。
「……やっぱりちょっと第二加速時に振動がある」
ただし関係者は除外ね!
動作確認大事だから。席から立っても許されるから。というかしなきゃダメだから。それが安全のためであり仕事だから。
でも出来ればひと目のないところでやって欲しかったな~、なんて……乗務員に紛れて客室以外の車両でとかさ。なんでわざわざ戻ってきた?
――と、ゴーイングマイウェイな婚約者を心の中で咎めたところで、説明を続けよう。
取材があるからこそのこのツーショットよ。
俺だって本当はフィーネとかイブとかの隣でダラダラしたかったよ。記者の皆さんにも仕事を忘れて超高速の世界を堪能してもらいたかったよ。
進行方向と逆を向かせるとか楽しみ半減……じゃないけど、むしろ楽しそうだけど、それを感じる暇があるのかは怪しいものだ。
「本当に振動が少ないですね。やはりこれもプラズマの力なのでしょうか?」
「そうですね。浮力と推進力を両立させることに苦労しました。例えば音。これだけの速度で移動すれば普通は凄まじい風切り音があると思います。しかしリニアにはありません。
その理由は力場の制御です。リニアのために作られた空間だからこそ可能なこの制御は――」
一部緊張した面持ちだが、ほぼすべての知り合いが高速移動を楽しむ中、俺はマリーさんと共に真面目に記者の取材に応じていた。
開発者を代表してちゃんとしなければ。この後、王都で控えている講義のためにもプロっぽいところを見せておかなければ。しっかり宣伝してもらわなければ。
が、それはそれとして、俺はそんな話より裏話……もっと言えば表に出せないこの2週間の出来事について語りたいので、今回はそちらをさせていただこう。
秘技! 語り部の並行思考!!
「俺は頑張った」
長い長い神界生活を終えて現世に帰還した俺を待っていたのは、温かい言葉でも感謝の気持ちでもなく、有無を言わせぬ圧……かどうかを知る前に先手必勝。
「序盤はともかく中盤からは僕達にルークを責める気持ちは無くなっていたが、唐突に自己正当化を図られると当時の気持ちが沸々とわいてくるな」
「じゃあ今度はお前がやれ」
言った瞬間、疲れ切った全員の表情に喜びが混じったのを感じ取った俺は、すぐさま補足説明を入れた。
「言っておくけど神界に辿り着けなかったら死ぬからな。指示も世界崩壊と紙一重だからな。俺の頑張りはもちろんフィーネ達のフォローなかったらお前等何度か死んでたからな。精神を削られるのに無理矢理補給されるしんどさを味わって来い」
どれほど大変なことか理解出来ていないのか、その苦労すらも受け入れているのか、一同の顔色は一向に変わらない。
「やる・やらない以前に肉体を維持したまま龍脈に入ることが不可能です」
そんな時はやはりフィーネに限る。
アリシア姉が成功した話は伏せておいた方が良いだろう。最初から俺という特異点しか出来ないことにすれば万事解決よ。
「少し前にアリシアさんが通りましたよ~?」
ユキさぁ……。
空気を読まずに指摘する精霊王を心の眼光で射貫く。
「あれは1000年に一度起こるかどうかの奇跡的な確率でしょう」
「まぁ正直私も驚きましたけど~」
あ、そういう感じね。ならOKで~す。
たしかに下手に隠すより『特異点その2』にした方が後々面倒にならずに済む。コーネル達は挑戦権を持たないパンピー。行きたかったら自分でやれってんだ。
「そもそもリニア計画はまだ終わってないだろ。プラズマタイトが完成しただけでまだまだ課題は山積みだろ。そういうのはこっちが片付いてからにしろよ」
「言われなくてもわかっている。お前が戻ってくるまでに出来ることはしておいた。問題ないとは思うが一応見ておいてくれ」
言いながらコーネルは見違えるほど整備された洞窟内を指す。
地下鉄としてはまだまだだが、洞窟としては十分過ぎるほど綺麗になっている。自然との調和を目指したステーションと言えば納得してもらえるレベルだ。
「あ、そうなん? 神界をおさらばしてノータイムで戻ってきたと思ったら、結構時間経ってたんだな。具体的にどのぐらい?」
この感じからして従来のやり方ではなく、改良版プラズマタイトおよびその周辺の流れを踏襲しているのだろう。つまり指導終了後の作業。
画面外だから気付かなかっただけではなく時間経過によるものだと判断した俺は、お互いのズレを調整することに。
「超常現象が起きなくなってからだと5時間22分だな」
「短ッ! 割とすぐじゃん!」
神界から龍脈、そしてヨシュアにある出口まで、どの程度の距離と変化(?)が必要となるかは不明だが、異空間を移動して5時間は早いと思う。
「てか凄くね!? そんな短時間でこんだけの作業したの!?」
「……まさかここしか見ていなかったのか? 僕達は他でも作業していたぞ。ヨシュアおよびセイルーンに居る関係者、ドワーフとの情報共有も密におこなっていた」
「ゴメンね! 俺ばっか頑張ってる空気出して! そうだよね、リニア計画ってリニア作るだけじゃないもんね! 運行出来るようになるまでのすべてだよね!」
4日間不眠不休で仕事していたのは俺だけではなかったらしい。
流石に俺と違って休みはしただろうが、『なんかコイツ等休み多くね? 考えてる暇があったら手を動かしてもらいたいわぁ』などと思っていた過去の自分を叱りたい。
「んじゃあ車体とかも出来てる感じ? この下部パーツを貼り付けたら動かせますよ的な?」
「そうだな」
うわぁ……仕事はや~い。助かるけどなんか寂しい~。
「ルークが持っていたあの融合する謎レール。ヒカリさんとニーナさんが完成させてくれたんだが、どうも車体に組み込むことで自動で道筋を辿る役割を持たせられるらしくてな。ドワーフ達に見せたところ瞬く間に車体が完成した」
だから俺の居ないところでフラグ回収するのやめてくれません? しかも自動運転とかいう一歩も二歩も先を行くの。
あとやっぱり30回融合ってフラグだったんですね。通う回数じゃなくて受け取った回数だったんですね。毎日のように通ってるヒカリとかニーナ、しかも面倒だから3つ4つまとめてくれとか言えるあの人達ならそりゃあ余裕で集まりますよね。
「あとはプラズマタイトを組み込んで実際に走らせてみるだけだ」
「ステーションの方はお姉様に任せて良さそう」
という感じで、王都でゴタゴタが起きるまで、俺達は和気あいあいと小難しい話をしていましたとさ。めでたしめでたし。




